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お嬢様と秘密の恋。 作者:庚 真守
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妄想と令嬢

 慣れない環境の中で、取り残されてしまった孤独感と不安。
 手を差し伸べてくれた存在。
 それが幼馴染で兄のような人だったら……簡単に恋に落ちてしまうかもしれない。

 突然、小太郎が手を放した。
 とまどう萌花に背中を向けてしまう。
 ――え、どうして?
 強い力で引き寄せられて、いきなりその手を解かれるのは、突き放されるようで心もとない気分になる。

「おや、おや、おや……コタちゃん」
 笑いを含んだ低いがよく通る男の声が響く。
 小太郎の広い背中の後ろでは相手の姿は見えないが、女子校にいる男といえば限られている。
「こんなところで生徒を連れ込んで何をしているのかな」
 茶化すような男の口ぶりに萌花は、カッと頭に血が昇る。
「ち、ち、違います!」
 自分の脳内を見透かされたようで、恥ずかしくてたまらない。
 小太郎を責めているようで、じつは萌花自身のことを言われている気がした。

 屋上のドアの前には、伊達がニヤニヤしながら立っている。
「ほ、本当に、ち、違……!」
 なおも萌花が否定しようとするのを小太郎が手で制した。
「なんでお前がここにいるんだ」
「コタちゃんが分かりやすく挙動不審だったので、どうせ、こんなことじゃないかと」
「ストーカーか。お前」
「可愛いウサギちゃんに付きまとう危ない教師に言われたくないなぁ」
「慣れ慣れしく呼ぶな」
「でも、コタちゃんは“萌ちゃん”って呼ぶじゃないか」
「お前の空耳だろう」
 冷や汗をかく萌花とは逆に、いたって落ち着いて小太郎は応える。
「そもそも苗字からして間違えている。宇佐見だ。ウサギじゃない」

「そう? ウサミミちゃん」
 からかうような微笑を含んだ伊達の眼差しにたじろぐ。
「な、な、なんでも、ナイです……ほ、ほん、本当……です」
 さりげなく言おうとして失敗した。
 怪しすぎる……黙っていたほうがましだった。
 もしかしたら彼らのような大人たちから見れば、自分のような子供のことなど眼中にないのだろう。
 二人して面白がっているだけなのかもしれない。
 そうだ。さっきのことだって……手にキスなんて……。

 ――キス。

 その単語の恥ずかしさで、脳髄が焼けてしまう。
 違う。違う。
 あれは、キスなんかじゃない。
 いくらお兄ちゃんだからって……。
 こんな大人の男性が自分のような子供の手にキスなんて、思い上がりも甚だしい。

 ――もう考えるな……考えなくていいの。
 自分にそう言い聞かせて、萌花はうつむいた。
 顔が熱いのは、屋上の暑さのせいだ。
 風もない。太陽の熱がコンクリートを焼いている。

 ――別になんでもない……なんでもないこと。

 うつむいて黙り込んだ萌花のせいだろうか。二人の掛け合いのような会話が途切れる。
 やがて伊達がポツリと言った。
「お昼食べるなら、こんなところより、うちへ来れば?」
 その言葉に小太郎がうなずく。
「保健室か。確かにそこのほうが、冷房も利いているし、他の生徒もきているから友達作りもできるな」
 二人を交互に見上げながら萌花は、もしかしたら友達ができるかもしれないと、いう言葉に期待が膨らむ。
 もちろん不安もある。
 こんなふうにモヤモヤしているよりも、ずっと建設的だ。
 一人で勝手に恥ずかしがったり、妄想をたくましくしてしまう自分から離れたい。

「コタちゃんも来る?」
「当然だ」
 萌花の返事を聞く前に二人の間では、保健室へ行くことが決定しているらしい。



 保健室は、一階にあるので屋上から長い階段を降りていくことになった。
 途中で伊達は、萌花のほうへ手をさしだす。
 曲がり角にくると、すばやく腰に腕を回そうとしたり、たわいない会話の合間に頭を撫でようとしたり……それをすかさず小太郎が遮る。
 元執事という立場なのか、担任だからなのか。
 スキンシップが多いのは、小太郎も同じはずなのだが、自分はともかく他人が“元お嬢様”に触れるのは許せないらしい。
 伊達は、あからさまに面白がっている。萌花を使って小太郎をおもちゃにしているのだ。
 小太郎をからかうネタにされる萌花こそ良い迷惑だ。
 変な意味ではないと分かっていても、大人の男性に触れられると緊張してしまう。
 小太郎は盾になってかばってくれるのだが、萌花にしてみれば小太郎も一人の男性だ。
 これまで通っていたのが、男女共学の公立校であったとしても親しい異性など、これまで一人もいなかった。
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