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お嬢様と秘密の恋。 作者:庚 真守
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エゴイストとお嬢様

 転校初日の車での送迎については、仕方ないとしても……校長は、下校もハイヤーを差し向けようとする。小太郎を通じて萌花は、念入りに断った。
 かつての執事であったにしろ犬飼校長の奉仕は、常軌を逸している。
 まるで時代錯誤の滅私奉公だ。
 小太郎に関しては、まるで生き別れの妹と再会したように甘やかしてくれる。
 それが萌花にとっては、嬉しいより困惑のほうが大きい。
 幼いころに一緒に遊んでもらった“お兄ちゃん”と、今の犬飼先生は、やはりどこか違う。



 萌花は、過保護な元執事親子を説得して、一人でバス通学を始めた。
 これまで通っていた公立高校が電車通学だったのでバスには、まだ慣れない。
 夕方は、朝のラッシュ時ほどではないにしろ、他校の生徒たちで混んでいる。同じ学校の生徒の姿はない。
 つり革に手を伸ばすものの萌花の身長では、指先が掠るほどだった。
 つかまれそうな場所もない。あきらめて、両足に力を入れて踏ん張るが、バスがカーブにさしかかると、勢い余ってよろめいた。背中から人にぶつかり、立ち止まる。
「す、すいません!」

 肩に触れる手の感触と微かにいい匂いがした。渋く、深みのある落ち着いた香り……。「ウサギちゃん」
 聞き覚えのある声。それが誰なのかは、すぐに分かった。
 慌てて振り返ると、スーツを着た伊達が立っている。
 白衣姿でもなく、無精ひげもないから、初めて会った時とはまるで印象が違う。

「ウサギちゃんも、このバスなんですね」
「……はい」
 返事をしたものの伊達の中では、宇佐見ではなく“ウサギ”となっているらしい。
「ウサギちゃん……学校は、どうですか?」
「え?」
「ここの学校って、排他的なとこあるでしょ?」

「あの……」
 まったく馴染めていないことなど先生たちからは、お見通しらしい。
 もっと自分から話しかけなきゃいけない……そう、言われるような気がして萌花は、口ごもった。
「もう一人の編入生とは、どうかな」
「姫宮さん……?」
「そう……姫宮……なんといったかな」
「真雪さんです。彼女、本当にキレイで優雅で……ステキです」
 もう、あたしとは、天と地の違いだ。
 そんな人とお友達に……なんて、ちょっと無理だったのかな。

「彼女……ね? ま、そういうことにしておきましょうか」
 伊達は、唇の端をきゅっと上げて意味ありげに笑った。
「え?」
「わたしから見たら、ウサギちゃんのほうが可愛いですけどね」
「…………は?」
 言われなれない言葉に一瞬、硬直した。
 お世辞だって、そんなこと、もちろん分かっている。
 だけど……。
 お兄ちゃん以外の人にそんなこと言われたことなかったから、嬉しい。



 恥ずかしくて、またうつむいてしまう。
 その時、ふわっと身体が浮いた気がした。また、急カーブだ。
「……あ、うわっ」
 重心を崩してよろけてしまう。
「おっと」
 たたらを踏む萌花をすくいあげるようにして引き寄せられる。
「え、ええ?」
 頭の中が真っ白になった。
 固い胸にぶつかる。目の前にネイビーブルーのネクタイがあった。白いワイシャツには、きちんとアイロンがかけられている。
「ウサギちゃん。小さいですね。つり革にも届かないのか」
「は……い」

 ――小さい……。
 チビだから、可愛いってことか。勘違いして喜んじゃった。恥ずかし……。

「ほら、わたしにつかまりなさい」
 そう言いながら伊達は、萌花をいっそう引き寄せた。
 まるで抱きしめられているみたいに密着している。
 ――どうしよう。恥ずかしすぎる。頭がくらくらしそう。
「どうしました。小さいから、転がっちゃいますよ」
 つかまるって……これ以上、どうすればいいの?

 お兄ちゃん以外の男のヒトと、こんなに接近するのなんて……。
 だめ。やっぱり無理……そんなの絶対に無理!
 慌てて離れたとたん、またバスが揺れた。すぐに伊達は、萌花の二の腕をつかんで引き寄せる。
「ほら、だから、言ったでしょ?」
「す、すいません……」
 萌花は、遠慮がちに伊達の袖口を持った。

「ウサギちゃん……?」
「は、はい?」
「それでは、意味がないでしょう? ほら」
 そう言うなり伊達は、萌花の腰に手を回す。抱きしめられて足がつま先立ちになってしまう。
「ひゃっ!」
「これぐらいしないと、すぐに転がって行ってしまうでしょ?」
「そ、そそ、そんなに……転がったりしません……!」
「そうかな。ここで手を放したら、ドアまで転がると思うけど」

 わざと伊達は、萌花を怖がらせるように手を放す。
「や、やだ!」
 放り出されるような気がして萌花は、慌てて伊達にしがみついていた。
「やっぱり女の子から、くっついてもらえると嬉しいですね」
「……え……?」
 伊達は、萌花の身体を包み込むようにして強く抱きしめた。



「ウサギちゃん」
「は、はい」
「顔まっかです」
「…………う」
「分かりやすい反応をしますね。これではコタちゃんがほっとけないでしょう」
 ため息をつく気配を頭の上に感じる。
 ――子供っぽいって呆れられちゃったかしら。

「コタ……ちゃんって、あの……犬飼先生と仲良しなんですね」
 脳内はパニック寸前でも、どこかで冷静な部分が残っているらしい。
 恥ずかしさを紛らわすために、話を逸らそうとした。

「同じ大学ですよ。彼は考古学、わたしは心理学と、まるで方向違いですが」
「先生は、どうして学校の先生を?」
「どさくさに紛れて教員免許も取っていたんですよ」
 教員資格って、どさくさに紛れて取れるものなのか……。
 伊達の言葉は、どこまで本当か嘘か分からない。

「コタちゃんもウサギちゃんも、まだここの学校に慣れてないようですね」
「……あ、犬飼先生も最近、就任されたんですね」
「そう。だから、ウサギちゃんのことをかまいすぎて、他の生徒からヤキモチ妬かれることなんて、気がついてない」
「え、ええぇ?!」
「何か、困ったことがあったら保健室にどうぞ。便宜上、養護教諭と呼ばれていますが、臨床心理士なんです」
「それって、違うんですか?」
「カウンセリングや心理検査を行います」

 ――スクールカウンセラーって存在かしら。でも、そんなに大げさじゃなくても……。
「…じゃあ、またお昼ご飯とか…食べに行ってもいいですか?」
「お昼なら、姫宮くんを誘ってごらんなさい」

 思いがけないことを言われて萌花は、戸惑った。
 初日にお昼ご飯を誘おうとしたのだ。

「でも……あんなに頭がよくって、クラスでも人気者で……」
「うちの学校に編入するぐらいだから、ウサギちゃんも頭いいはずですよ」
「……だけど……あたしなんかが……」
 言いかける萌花の唇に、伊達の指先が触れる。
 驚いて、息が止まった。

「謙遜しすぎるのは、美徳ではありません。ほどほどにね」
 伊達は、萌花の顔を覗き込むようにして言う。触れた指先は、すぐに離された。
 一瞬ことだ。
 エキゾチックな香りが鼻先をくすぐる。
「…………は……い……」
 ようやく返事が出来たとき伊達は、やはり唇の端だけをあげて笑った。
 どこか冷たいような、それでいて甘い微笑だった。
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