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お嬢様と秘密の恋。 作者:庚 真守
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自分によく似た人とお嬢様

 ぼんやりとした萌花の後ろで扉を開く音が聞こえた。
 小太郎は、立ち上がって萌花を背後に隠した。

「おや、おや、おや……コタちゃん」
 笑いを含んだ低いがよく通る声。
「こんなところで生徒を連れ込んで何をしているのかな」
 屋上のドアの前には、伊達がニヤニヤしながら立っている。
「ち、違……!」
 萌花が否定しようとするのを小太郎が手で制した。
「なんでお前がここにいる!」
「コタちゃんが分かりやすく挙動不審だったので、どうせ、こんなことじゃないかと」
「ストーカーか! お前!!」
「可愛いウサギちゃんに付きまとう危ない教師に言われたくないなぁ」
「慣れ慣れしく、呼ぶな!」
“ウサギ”じゃなくて、“宇佐見”……そう思ったが、問題はそこではない。

「な、な、なんでも、ナイです……ほ、ほん、本当……です」
 自分でも呆れるほど、挙動不審だ。
 怪しすぎる……黙っていたほうがましだった。
「そう? ウサミミちゃん」
 からかうような微笑を含んだ伊達の眼差しにたじろぐ。
 それ以上のことは、何も言えなかった。
 もしかしたら彼らのような大人たちから見れば、自分のような子供の考えなどお見通しではないのだろうか。

「お昼食べるなら、こんなところよりうちへ来れば?」
 伊達の言葉に小太郎がうなずく。
「保健室か。確かにそこのほうが、冷房も利いているし、他の生徒もきているから友達作りもできるな」
 二人を交互に見上げながら萌花は、もしかしたら友達ができるかもしれないと、いう言葉に期待が膨らむ。それに少しばかりの不安。

「コタちゃんも来る?」
「当然だ」
 どうやら萌花の返事を聞く前に二人の間では、保健室へ行くことが決定しているらしい。



   ◇◇◇



 保健室は、一階にあるので屋上から長い階段を降りていくことになった。
 途中で伊達は、萌花のほうへ手を伸ばしてくる。曲がり角に来ると腰に触れようとしたり、たわいない会話の合間に頭を撫でようとしたり……それをすかさず小太郎が遮る。
 元執事という立場なのか、担任だからなのか。
 スキンシップが多いのは、小太郎も同じはずなのだが、自分はともかく他人がお嬢様に触れるのは許せないらしい。
 伊達は、あからさまに面白がっている。萌花を使って小太郎をおもちゃにしているのだ。

 萌花が通された保健室は、かなり広い部屋だった。
 事務机と薬棚。カーテンで仕切られた向こうにはベッドがある。
 消毒薬のにおい。
 ひときわ目を引くのがソファとテーブルだった。校長室に置かれているものより簡易的ではあったが、それでも大きなものである。
 生徒が相談に来るために用意されているものかもしれないが、今は無人であった。

「誰もおらんぞ」
 小太郎が伊達を睨む。
「あ、忘れていたよ。演劇部の子たちは、文化祭前の練習で忙しいから早弁していたな」

 ――そういえば、西園寺さんが……。
 不安と期待の入り混じった萌花だったが、やはり不安のほうが的中したようだ。
 しおれる萌花を見て小太郎の声に怒気がこもる。
「そんな忘れっぽい脳みそなら不要だな。今すぐ鼻孔からピンセットで抜いてやろうか」
「ちょっとコタちゃん。いくら考古学者だからって俺をミイラと同じ扱いにしないで」
 伊達は、笑いながら押しとどめようとする。
「ミイラほどの値打ちがあると思うか。俺のお嬢様を無人の保健室に連れ込んで何をするつもりだった?!」
「何って……俺、本当に保険医なんだけど……」

 ――考古学者?
 自分の知らない小太郎の話に萌花は、戸惑った。
 教師になっていただけでも驚いていたのに……。
 離れていた時間の長さを改めて感じずにはいられない。寂しいような心細いような何とも言えない気持ちが胸に込み上げてくる。

「あ、そんなところに突っ立ってないで適当に座って、ウサギちゃん。今、お茶を淹れてあげるよ」
 その場に立ち尽くす萌花に伊達が声をかけた。
 いつの間にか小太郎が茶器を用意している。ぼんやりとしていて気がつかなかった。
 萌花は、慌てて小太郎のそばに駆け寄った。
「あ、あの……お茶なら……あたし、淹れます」
「気が利くね。お茶の缶はそこの棚。お湯の入ったポットはこっちですよ。ウサミミちゃん」
 伊達は、ゆったりとソファに座りながら声をかけた。
 言われた通りポットと茶筒を見つける。小太郎が出しておいてくれた茶器にお湯を注いで温めている間に茶葉を急須に入れた。

「コタちゃん。お嬢様の後ろをウロウロするのは止めなさい。“待て”のできない犬じゃないんだから」
 背後から伊達が茶々を入れる。小太郎は、萌花の後ろにピッタリと寄り添っている。
 犬というより、まるで新婚夫婦みたいで恥ずかしい。
「お前に言われたくない」
「そんなに心配しなくったって、ウサギちゃんを喰ったりしないよ」
「食うな。セクハラ教師」
「ダメだよ。コタちゃん。勉強しか教えられない教師なんて……可愛い教え子には、もっとイロイロ」
「立派なことを言っているみたいだけど、別の意味だろ。塞ぐぞ。その口!」

 小太郎と伊達の掛け合いに気を取られた。湯冷ましを急須にいれようとして手が滑る。

「あっ」
「萌ちゃん!」
 すぐに小太郎が萌花の手をつかんで、シンクの前まで連れていく。
「大丈夫。湯冷ましだから……そんなに熱くないもの」
 背後からがっしりと腕をつかまれて萌花は、あせった。何よりも小太郎との距離感が近すぎる。
「痕が残ったらどうする」
 自分の袖が濡れるのもかまわず小太郎は、蛇口の水をサブザブかける。萌花のブラウスの袖だけは先にまくり上げてくれた。

 ――こんなこと……小さいころにもあった。

「どうした?」
「ずっと前に、ポットのお湯で火傷したこと……思い出しちゃって」
「幼稚園に行くより前の話を、萌ちゃんが覚えているほうが驚いたよ」
 萌花が顔を上げると、またあの不思議な眼の色をした“お兄ちゃんの顔”になっている。
 猫のようにクルクルと変わる眼の色。

「冷やしたら診てあげましょう。こっちにおいで」
 伊達がソファに座ったままで言う。
「ダメだ。俺が診る」
 水道水で流しながら小太郎が答える。そこまで冷やさなくてもいいのに……とは思う。
 同じことを伊達も考えていたらしい。
「コタちゃん……いい加減にしとけよ」

 ――やっぱり昔と変わってないな。お兄ちゃんって……。



 そんな小太郎を見ながら萌花は考えていた。
 ――お兄ちゃんは、どうして教師になったんだろう。

“人と接するより物事に没頭するほうが小太郎は、向いている学者肌な男だ”
 いつか、犬飼さんが……いや、校長先生がそう言っていた。

 人づきあいがあまり得意ではない。
 それは、萌花も同じだった。
 引っ込み思案で臆病で……だから、小さいころから可愛がってくれたのだろうか。

 ――でも、伊達先生とは、とても仲良さそう。
 保健医だからだろうか。伊達には、あまり先生らしさがない。
 萌花の知らない小太郎をよく知っている。ちょっとヤキモチを妬いてしまいそうなくらい……。

 ――あたしも仲良しのお友達が欲しいな。
 前の学校でも親友と呼べる友達はいたけど……ここでも、そんな存在に出逢えるかしら。



 火傷は、水で冷やしただけで十分だと思われた。それでも小太郎はさらに処置をすることを譲らない。
 結局、保健医ではないはずの小太郎が萌花の手に包帯を巻く。
 それだけのことなのに、とても恥ずかしい。
 まともに小太郎の顔が見られなくて、視線をさまよわせる。
 落ち着きない萌花の顔を伊達が覗き込んできた。

「どうしたんですか。真っ赤ですよ。熱でもあるのかな?」
「あ、あ、あの……」
 自分でも顔が火照るのを感じていただけに、そこをあからさまに指摘されて、ますます恥ずかしくなってくる。
 自意識過剰だと思うと、包帯を巻いてもらっている手が震えてしまう。

 ――やだ。……お、落ち着かなきゃ……。
 慌てて下を向く。顔を隠したかった。
 小太郎は、きっちり包帯を巻いてしまうと萌花の頭を軽くポンポンと撫でる。
 ただそれだけのことなのに、大きな手の感触が、なんだかとても嬉しかった。

 小さかったころのことを思い出して……。
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