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お嬢様と秘密の恋。 作者:庚 真守
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お嬢様と元執事

「心配になって様子を見に来たんだが……編入生二人を同じクラスにしたのは、かえってまずかったな」
 今さら……だとも思ったが、そんなことが犬飼親子には通じない。甘すぎるほど優しかった彼らのことだけは、“執事”などと別世界のことのようになってしまった今でもよく覚えている。
 まさか、それが今でも続くとは思ってもみなかったが……。
「ここで、一人で食べるのか」
「うん……」
「クラスに馴染めないのか?」

 いきなり核心をつかれた! と思う間もなく、小太郎の顔が近づいてきた。今にも鼻先がぶつかりそうな距離になって、あわてて萌花は後ずさった。
 肩をつかまれたままなので、すぐに引き戻されてしまう。
「困ったことがあったら、何でも言えって、さっきも教えたろ?」
 小太郎の手に力がこもる。つかまれた肩が痛いほどだった。
「ご、ごめんなさい……ちょっと慣れてないだけだから……平気」
「平気じゃないだろ。萌ちゃんは、そうやってすぐ一人で抱え込む」
 その場にひざまずいて視線を同じ高さにすると小太郎は、いっそう顔を近づけてきた。
 ――こういうとこ、小さいころと変わってない。

 子供のころの“お兄ちゃん”は、女の子みたいだったけど、今は眉が濃い。猫科の動物みたいな大きかった目も眦が切れ上がって、鋭くなっている。
 喉仏のありかが見て取れるし、声も匂いも、何もかもが違う。
 肩に置かれた手の大きさや力も……。それなのに、まだ萌花を子供扱いにする。
 そう思うと萌花は、少しがっかりした。

「お兄ちゃん。近い……ってば!」
「ごめん……」
 そう言うと小太郎は、すぐに手を放してくれた。
 せっかく心配してくれたのに、そんなことしか言えない自分がイヤになる。
 気まずい雰囲気をなんとかしようとして萌花は、犬飼校長が言っていたことを思い出す。

「あ、あの……お兄ちゃんは、産休中の先生の代わりなの?」
「大事なお嬢様がオヤジの学校に編入するっていうからね。萌ちゃんこそ、いろいろ大変だったね」
 むしろ、昔のお嬢様だったころこそ思い出せない。覚えているのは、一緒に遊んでくれたお兄ちゃんのことばかりだ。
 昔からお兄ちゃんは、いつも優しかった。
 でも、時々なんだか寂しそうな……どこか、遠いところを見るような不思議な眼の色になる。
 つかみどころがなくて本物の猫みたいにクルクルと変わる眼は、昔と変わらない。

「そんなことないです。全然、平気だった、です!」
 妙に力を入れて言うと小太郎は、ふっと笑った。
「旦那様のお仕事が思わしくなかったから、使用人たちも、少しずつ減っていってね」
「そんな以前からのことだったなんて……何も知らなかった」
「そりゃ萌ちゃんは、子供だったからね」
「あたし、そんなに子供じゃないです」
「親からしたら、いくつになっても子供は子供だよ」
「……先生は、どこであたしたちのこと……聞いたの?」
 萌花がそう言うと小太郎は、わずかに眉を上げる。
「“お兄ちゃん”も大人になると、いろんなツテもできるからね」
 何も言ってくれないのは、小太郎だけではない。両親もそうだった。
 いつも分からないまま流されていくのは、自分が子供だからだろうか。

「あのね、お兄ちゃん……」
 つい、つられて先生ではなく“お兄ちゃん”に戻ってしまっていた。
 自分でも分かっていたけど今さら“先生”と言い直すのも気恥ずかしい。
「こうして学校に通えるのも、お兄ちゃんと犬飼さんのおかげです。本当にありがとう」
「……お嬢さ、ま……」
 ふいに小太郎の声が詰まった。
 からかってお嬢様と呼んでいるのだと思ったら小太郎は、萌花の手を両手でおし戴いた。

「はぅ?」
 驚いたはずみで声が裏返った。
 近々と見つめられて、どうしたらいいのか分からない。
「萌……」
「は、はい?」


 この状況は、なんなんだろう。
 ――か、からかっているのかな?
 萌花は、小太郎が面白がっているのかと思った。
 だが、まるで貴重なものを扱うように萌花の手を小太郎は、恭しくささげ持つ。そうして自分の唇を押し付けた。
 小太郎の唇が触れた手の甲が、ひどく熱く感じる。

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