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お嬢様と秘密の恋。 作者:庚 真守
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保険医と令嬢

 小太郎が立ち上がろうとした時、職員室のドアを開く音がした。
 今の時間なら教諭たちは、たいてい受け持ちのクラスにいるはずだった。教頭は、この学校では副校長と呼ばれ自室にいるのが常である。

 入ってきたのは、この学校の中では異質にも見える男だった。
 スーツを着ているがワイシャツの胸元が大きく開かれネクタイも解けたままになっている。無精ひげも伸ばしっぱなしだ。
「おや、コタちゃん。まだいたの?」
 彼が気安く言うと小太郎は、不機嫌そうに答えた。
「ずいぶん遅い出勤だな……伊達先生」
「今日に限って警備員に職質されちゃってさ」
「当たり前だ。自分の恰好を見ろ」
「人を見た目だけで判断するのはよくないとは思わない?」
「とりあえず髭ぐらい剃ってから言え」
「夕べ、女の家から追い出されてさ」

 ――先生? まさか、この人も先生なの?
 年齢も体格も似ているが、小太郎とこの男では身にまとう雰囲気がまるで違う。
 驚く萌花を伊達先生と呼ばれた男は、物珍しそうに眺めている。それに気づいた小太郎が、椅子から立ち上がって萌花たちを隠した。

「彼女たちが噂の編入生か……なるほど」
 頭から足の先まで嘗め回す無遠慮な目つきに萌花は、総毛立つような気がした。
 その言動や外見も、萌花の知らない人種である。
「うちの生徒をその穢れた目で見るな! 悠馬」
「ずいぶんな言い方だな。コタちゃん」
「その呼び方、今すぐ止めろ」
「生徒たちの間では、すっかり定着しているんだけどな」
「……そもそも最初に言い出したのは、お前だろうが!!!」
「学生時代からの付き合いじゃない。もうあきらめて」

 ――学生時代って、まさかこの二人って同じ歳?
 萌花は、小太郎の背後から相手の男の様子をうかがった。
 櫛も通していないように見えるボサボサの髪と無精ひげのせいで、ずいぶんと老けて見える。
 小太郎は、わざとらしくため息をつくと伊達を生徒たちに紹介した。

「これは、うちの養護教員の伊達だ。具合が悪くなったら保健室に行く前にわたしのところへ来なさい」
「こんにちは、お嬢様がた。伊達政宗と同じ苗字で伊達といいます。名前で呼んでもらったもイイよ。悠馬ってね」
 そう言って伊達は、萌花と真雪に手を差し伸べた。
 握手を求められているのだと、気づいて萌花は、手を差し出そうとした。
 伊達の手が触れる前に、小太郎が萌花の手を掴んで自分のほうへ引き寄せる。
「触れるな。見るな。近寄るな。俺の生徒だ」
「まあまあ……保健室は、生徒たちの悩み相談室になっているんだよ」
 伊達は、やれやれとばかりに首をすくめて見せる。
「新任だからって、そんなに固くならずに……もっとゆるく考えろよ。コタちゃん」
「俺の指導がいたらないとでも言うのか?」
 うっすらと目を細めて小太郎が言う。
 その表情を見ただけで、その場の気温がマイナス10度くらい下がったような気がした。

「コタちゃんはすぐムキになるから可愛いな」
「男に可愛がられても嬉しくもなんともない」
「俺も」
 伊達は、小太郎に睨みつけられても、まるで気にするふうもなく笑っている。暖簾に腕押し、糠に釘といったところだろうか。
 ふと、校長室での父子のやりとりを思い出した。
 ――こちらが思っているほど、お兄ちゃんは、本気で怒っているわけじゃないんだ。
 自分に向ける優しい表情のほうが小太郎の“余所行きの顔”らしい。
 そう考えると小太郎にお嬢様扱いされることが少し寂しい気がした。

「ね……真雪さん」
 萌花は、真雪に耳打ちしようとした。もっとも相手のほうが頭一つ分大きいので耳もとまで届かない。小声で話しかけたにすぎなかった。
「先生たちって、仲良さそうだね」
「そうですわね」
 相変わらず、そっけない真雪の答えに少し怯みそうになる。
 それでも萌花は、思い切って言ってみた。
「あたしたちも仲よくなれたらいいね……先生たちみたいに」
 ちょっとなれなれしいかな。そんな不安のせいで声がいっそう小さくなった。
 真雪は、何も言わない。

 ――仕方ない……少し急ぎ過ぎたかもしれない。もっと、ゆっくりとお友達になれたらいい。
 萌花は、そう考えることにして恥ずかしさをごまかした。
 窓の外を見ると大きな時計台が見えた。正時を告げる鐘が今は始業を告げている。
 その鐘の音に重なるように真雪がつぶやいたような気がした。
「……箱入りのお嬢さん……ね」
「え?」
 聞き違いかと思った。真雪の声にしては、低すぎる。
 萌花がいつまでも見上げていることに気付いたのか真雪は、怪訝な顔をした。
「何か」
「あ、ううん。何でもないの」
 あわてて萌花は、首を振った。
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