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お嬢様と秘密の恋。 作者:庚 真守
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ビスクドールとお嬢様

 すでにHRが始まっている時間だった。
 校長室でゆっくりとお茶を飲んでいたせいだ。職員室に戻ったころには、小太郎と萌花のほかに誰もいなかった。

「もう一人の編入生は、本来なら別のクラスになるはずだったんだけど……かえって目立つことになるな。悪いことをしてしまったね」
「そんなこと……ありがとうございます……」
 ぎこちない微笑みを萌花は浮かべる。昔のように“お兄ちゃん”と呼ぶことも甘えることも難しいような気がする。
 それでも編入前の緊張は、かなりほぐれてきた。

「そろそろ、もう一人の編入生がくるころかな」
 小太郎は、腕時計を確認しながら言う。
 それを聞くと萌花も急に背筋を伸ばした。いつまでも“お兄ちゃん”ではないのだ。
「はい。犬飼先生」
 萌花が言うと小太郎は、穏やかな微笑を広げた。
 子供のころのよく知っている顔と今の表情が重なる。形のよい唇。わずかに甘さをにじませるような独特の微笑……観る者に抵抗しがたいような魅力を感じさせる。
 昔の“お兄ちゃん”とは、やはり違う。

 職員室のドアをノックする音がした。
 小太郎が答えると、静かに扉が開かれる。
 その扉の向こうから滑るように白い人影が現れた。
 萌花と同じ制服を着た背の高い少女。おそらく彼女がもう一人の編入生だろう。
 彼女もすぐにこちらに気付いたらしい。ゆったりとした足取りでこちらに近づいてくる。

「失礼します。姫宮真雪です」
 女の子にしてはハスキーな声……落ち着いた立ち居振る舞いも、とても同学年とは思えない。
 近くで見ると、まるで高価なビスクドールのようだった。

「わたしが担任の犬飼だよ。ここまで迷わなかったかい?」
 小太郎がそう聞いたのは、この学園内がやたらと広いせいだろう。
 萌花の場合は、自宅に車で迎えがきたのだ。古いアパートの前に不似合いな黒塗りのベンツには閉口した。
 ただ西洋の王城のような学校の前で下ろされた時には、もう何の違和感もない。
 尖塔のある講堂。レンガ造りの校舎。薔薇窓とステンドグラスから差し込む光は、まるで中世の童話の中に紛れ込んでしまったようだった。
 おそらく一人では、迷子になっていたかもしれない。
 あらかじめ話が通してあったのか、運転手は校門にいる警備員のところまで連れて行ってくれたし、警備員も校長室の前まで案内してくれた。
 萌花と違い彼女は、一人でここまで来たのだろう。

「別に……方向音痴でもありませんもの」
 冷え冷えとするような物言いだが、小太郎は気にする様子もなかった。
 萌花のほうは、いたたまれない。自分だけが特別扱いされたのだ。
「こちらはきみのクラスメイトになる。宇佐見萌花くんだ。同じ編入生だよ」
「はじめまして……姫宮真雪と申します」
 まっすぐにこちらを見据えてから彼女は、静かに目礼をする。
 その瞬間、しゃなり……と銀片の触れ合う音がしたかのような錯覚を覚えた。
 礼法の教師よりも美しいきっちりとした所作。

 ――こんな女の子がいるんだ……。
 萌花は、胸がざわめくのを感じながら、ぎこちなく会釈をした。
「あ、あの、宇佐見萌花です……よろしくお願いします」
「ウサギ・モエカさん?」
「あ、ウサギじゃなくて、ウサミ……です」
 同級生のはずなのにつられて敬語を使ってしまう。真雪には、圧倒されてしまうような存在感がある。
「可愛らしいお名前ですわね。どうぞ、よろしくお願い申し上げます」
 ――か、可愛いって……名前を褒められたのなんて初めて……。

「萌花さん……と、お呼びしてもよろしいかしら?」
「も、もちろん……です」
「では、わたくしのことも真雪と呼んでくださいな」
「は、はい」
 萌花は、自分の声が上ずっているのを感じて恥ずかしくなった。
 真雪のほうは、にこりともしない。まるで表情が変わらないのだ。それでも萌花は嬉しかった。

 小太郎は、自分の椅子に座ったままで目の前に立つ二人の生徒に向かって言った。
「この学校で編入生は珍しいんだ。中高一貫の女子校で外部入学も滅多にないしね。注目されて戸惑うことも多いかと思う。困ったことがあれば何でも言ってくれ」
「ありがとうございます」
 すぐに真雪が応じる。遅れて萌花が小さく返事をした。
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