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お嬢様と秘密の恋。 作者:庚 真守
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2/15

小さな令嬢。

「学校では、下の名前で呼ぶなと言ったな。クソおやじ!」
 低い声にいっそう凄みが加わる。萌花は、震えあがった。
「小太郎。お嬢様の前で、本当に口の悪い子だな。お前は……」
「その大事なお嬢様に触んなって言ってんだろうが!!」
 ダークスーツと怒鳴り声のせいで、後ろから見ているとまるで暴力団関係者が気の良いご老人にすごんでいるようにしか見えない。
 ――まさか、これがあの小太郎……お兄ちゃん?

 あのお兄ちゃんが、こんな乱暴な言葉を?
 昔は、小中高大一貫教育の私立校へ通う予定で、お受験にもお兄ちゃんが付き合ってくれた。
 お嬢様、お坊ちゃま育ちの両親では、まったくあてにできなかったが、勉強だけではなく立ち居振る舞いから言葉遣いまで厳しく躾けられたのだ。
 残念ながら、それも父の会社の倒産により、すべては水泡に帰す。
 人が良いだけのお坊ちゃまな父には、世間の荒波を潜ってはいけないらしい。
 いろんなことがあった。周囲の環境だけではなく人間関係も変わる。

 ――そもそもあたしは“お嬢様”じゃない。ド庶民だ。

 さらに今の状況はさらに悪化している。
 両親は心配するなと言ってくれたが、大学への進学は完全に諦めていた。
 だが、編入試験の結果によっては高校大学と入学金・授業料全額無償だという。
 それを提示してくれたのは、かつての執事親子だった。



「あ、あの……お、お兄ちゃん……ですか?」
 思い切って、そう呼んだものの緊張で足が震えくる
 人違いの可能性もないわけではない。
 だが、犬飼校長を“おやじ”と言える人間は、ごく限られてくるはずだ。“クソ”という剣呑な単語は置いておいて……。

 目の前のヤクザを思わせるような口ぶりの人物は、手にした盆を校長に押し付けると、萌花のほうを振り向いた。
 言葉遣いこそ悪かったが、その面差しは意外にも穏やかで整っていた。
 年のころは、三十前後だろうか。
 黙っていれば上品そうな、どこぞの御曹司にも見える。

「萌ちゃん……」
 声が変わった。いや低い声音はそのままだったが、呼びかける響きがまるで別人のように甘い。
 ふわりと微笑むその表情が違う。
 色素の薄い肌と髪。
 猫を思わせるような、ややつりあがりぎみの目もと。黒い眸のめだつ美しい眼にかつての小太郎の面影を残している。
 かつての執事だった犬飼校長の一人息子。
 奇麗な声と言葉遣い。小さいころは、萌花によく歌ってくれた。
 あんなドス声になるなんて……想像もできなかったけど……。
 もしかしたら自分の知らないところで、どんなにか苦労を重ねてしまったのかもしれない。

「お、お兄ちゃん……本当に?」
「萌ちゃん。俺のお嬢様……やっと逢えたね」
 言うが早いか小太郎は、萌花の脇の下に手を差し入れそのまま抱きあげた。
「ひゃっ!」
 思わず変な声が出た。
「探したんだよ。萌ちゃん」
 小さな子供をあやすように高く持ち上げられる。
 子供のころには、よくそうやって遊んでくれたものだ。
 だが、すでに高校生になった萌花の場合は、高すぎるし顔が近い。近すぎる。
 なんともいえぬ気まずさと恥ずかしさでいたたまれない。高所恐怖症でなかったのがまだ幸いだった。



「どこにいても、きっと迎えに来るって約束したけど……すっかり遅くなって」
 何やら感動しているらしい小太郎には申し訳ないが、同じ気持ちにはなれそうもない。
 別れ際に一緒に行くと泣いて駄々をこねた。その時の約束通り、すぐに小太郎は来てくれると信じて待っていた時期もある。
 だが、その約束さえも遠い思い出だ。
 これがかつて慕っていた“お兄ちゃん”だったとしても十年近い歳月が二人の間にはあった。
 その時間の隔たりは、簡単に埋まるはずもない。
 大人と子供では、時間の流れがまるで違う。

「あ、あの……下ろして……ください。お、重いから!」
「そうだぞ。危ないじゃないか! お嬢様になんてことを」
 犬飼校長も横から萌花の身体を支えようとする。気持ちは嬉しいが、ちょっと迷惑だ。
「触るな。お嬢様に加齢臭が移る!」
 萌花から、犬飼校長へ振り向いた瞬間の小太郎の表情が一変した。
 まるで文楽のカラクリ人形だ。
 目の前で見た萌花は、抱き上げられたまま硬直する。
 怯え切った萌花が身体をこわばらせるのが分かるのか、小太郎は慌てて取り繕うような微笑みを見せる。
 巧みな顔面操作にますます恐怖を感じながら、萌花は訴えた。
「お、下ろして……お願いだから」
「……ごめん」
 小太郎は壊れ物を扱うようにそっと下ろしてくれた。
 いくら萌花が小柄だからといって、もう高校生なのに、小さな子供みたいに軽々と扱う。
 ほっそりして見えるのに、小太郎のどこにそんな力があるのだろうか。
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