挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
お嬢様と秘密の恋。 作者:庚 真守
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

13/15

出汁巻きたまごと令嬢

 真雪が連れて行ってくれた先は、中庭だった。
 青々とした木々に囲まれた中庭には、いくつもベンチが置かれている。
 旧校舎の裏手にあるせいか、人がいない。
 ほとんど使われることのないベンチの埃を払ってハンカチを広げて座った。

「あの……本当によかったのかな……あたしなんかと一緒に……」
 萌花がベンチに座るのをためらっていると、真雪はわずかに眉を上げた。
「わたくしは、あなたと一緒に食べたかったのよ。それとも迷惑だったのかしら」
「ち、違うよ。そんなことない……!」
 慌てて首を振ると、真雪は隣に座るように促した。
 なよやかな手の動きが美しい。ますます萌花は委縮してしまった。
 三人掛けのベンチの端に遠慮がちに腰を下ろす。

「いい場所でしょう。昨日もここで一人で過ごしたの」
「え? 昨日は、クラスの人たちと……一緒だったんじゃ」
「人が多いのは苦手なの。気の合わない人と無理して一緒にいるより一人のほうがよいと思わない?」

 ――それって、あたしとは“気が合う”って言ってくれたのかな。

 真雪が教室から持ってきたのは、パンの入った紙袋だった。
「あ、真雪さん。お昼は、パンなの?」
「一人暮らしだから、お弁当まで手が回らなくて」
 紙袋から紅茶のペットボトルを取り出しながら、真雪が言った。
 意外だった。真雪が独り暮らしなのも、昼食がパンだけなのも……。

「高校生で、一人暮しって大変でしょ?」
 立ち入ったことかもしれない……とは思ったがつい口が滑った。
「それほどでも」
「ご飯は、ちゃんと食べてる?」
「適当に……ね。近くには、コンビニもあるし」
「えっと、あの……コンビニって……24時間営業のスーパーみたいな?」
 分かり切ったことをつい聞いてしまうのは、真雪がコンビニで買い物をする姿が想像できなかったからだ。
「そうだけど……それが何か」
「あ、いや……」

 ――問題は、そこじゃなくて食生活のことだ。栄養が偏っちゃうよ。

「あ、あの……えっと……その……よかったら、あたしのお弁当」
 ほとんど無意識に自分の弁当箱を真雪のほうへ差し出していた。
「え?」
 真雪が不思議そうにこちらを見る。
 自分がとんでもないことを言ってしまったことに気付いた。
「あ、ううん……なんでもないの」
 萌花は、弁当箱を慌てて引っ込めた。
 ――自分のお弁当勧めるなんて……。
 恥ずかしくなって、うつむいて膝の上にのせた弁当箱を見つめる。
 ――あたしってば、どうして余計なことばっかり言っちゃうんだろう。

「おいしそうなお弁当ですね」
 そう言って真雪は、身を乗り出してくる気配があった。微かに彼女の香りが漂う。
「そのたまご焼きいただける?」
 思いがけないほど、近い距離で真雪が囁く。
 急いで顔を上げると、真雪の大きな双眸にぶつかった。
 潤んだようにも見える漆黒の眼は、色を深めて萌花を捕らえる。
 彼女の唇が甘く微笑んだ。
 それだけのことなのに萌花の気持ちを真雪が察してくれたような気がした。

「あ、あの……あのね」
 分かってもらえたのが嬉しくなって萌花は、勢い込んで答えた。
「このたまご焼きは自信作なの!」
 自分の箸で卵焼きをつまんで、真雪の口元まで持っていく。
 前の学校では、よく友達とやっていた行為だった。
「お砂糖を入れると、冷めても固くならなくて……あ……」
 ほとんど表情を変えない真雪が、さすがに驚いたような顔をしている。
 それを見て自分の失敗に気付いた。
 ――また、やっちゃった!

「あ、……ご、ごめ……」
 さっきも弁当箱を差し出して、引っ込めたところだった。
 頬が熱くなるのを感じて、箸を下げる。
 だが、真雪はさらに驚いた行動に移った。萌花の箸から直接、たまご焼きを食べたのだ。

 箸を差し出したまま、硬直する萌花をよそに真雪は、一口で食べるには大きすぎる卵焼きをほおばっていた。
 手で口元を隠して租借する真雪に、慌てて箸を置いて水筒のお茶を差し出す。
 萌花から受け取った麦茶を一口飲んで真雪は、ほぅ……と息をつく。
 しばらく二人の間で無言の時間があって、ようやく真雪は小さく呟いた。

「……おいしい」
 その言葉が、たまらなく嬉しい。
「あの……うちって、甘いたまご焼きなんだけど……」
「出汁がきいているわ。昆布と鰹節ね」
「そう、そうなの。前の夜から昆布を水につけておいて、あと鰹節でお出汁をひいたの」
 まさか、たまご焼きの昆布と鰹節の出汁に気付いてもらえたことに萌花は、ほとんど感動を覚えた。
 吸い物や茶わん蒸しならともかく、たまご焼きで分かる人は少ない。
 料理は、萌花の数少ない特技でもある。

「このお弁当、全部、自分で作っていらっしゃるの?」
「前の日の残り物とかも入ってるけど……市販品使うより安上がりなの。こっちのコロッケも食べてみて自信作なの!」
「そんなにいただいたら、萌花さんの分がなくなってしまうわ」
「だけど、おいしいって言ってもらえたら……すごく嬉しくなっちゃって」

 興奮ぎみな萌花に対して真雪は、呆れるでも笑うでもなく淡々と言った。
「ありがとう。それじゃ……こちらのパン召し上がる?」
 差し出されたパンは、大きなコッペパンに焼きそばとカツが挟まれたものだった。こってりとしたソースがかかっており美味しそうではあるが、量が多い。

「お、大きいね……じゃあ……半分だけ、ありがとう」
 もらった焼きそばパンを半分に割った。
「それだけで足りるの?」
「うん。真雪さんって、スタイルいいのにけっこうガッツリ系のパン選ぶんだね」

 真雪の食事は、それだけではない。
 ほかにも、クラムチャウダーとカレーパン……マカロニサラダもある。ほっそりしているのに炭水化物も多く高カロリーのものばかりだ。

「そうかしら」
「真雪さんなら、メロンパンとか、ヘルシー系のサンドイッチのイメージだったから……」
「萌花さんが好きなら明日は、メロンパンを買っておくわ」
「……え?」
 当たり前のように、さらりと言われて萌花は、かえって戸惑ってしまった。

 ――もしかしたら、明日も一緒に……って、意味かな?
 こんな時、どう答えればいいんだろう。
 考えてみてもいい言葉が思いつかず、萌花は焼きそばパンを齧った。
 濃厚なソースとマヨネーズの味と、焼きそばとカツの食感が口いっぱいに広がる。
「あの……焼きそばパンも……美味しいよ」
「それなら両方」
「ち、違うの……そうじゃなくて……あの……」
「何?」
「えっと……明日も、一緒に食べてくれるの?」
「あなたがよければ」
 萌花は、何度もうなずいた。嫌なはずがない。
 いくら先生たちが親切にしてくれても、女の子同士で食べるお昼のほうがずっと楽しいに決まっている。

「そう、これからのお昼が楽しみになりますわ」
 楽しみ……と言うわりには、真雪の表情は分かりにくい。
 でも、自分と同じように思ってくれるなら、とても嬉しいと、萌花は思った。

「あ、あたしも、真雪さんの好きなおかずお弁当に入れてくるね。何がいい?」
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ