貸本屋の垂れ耳ウサギ
気づいたら異世界、なんてベタな設定は夢や物語だけの物だと思っていた。
だが残念な事にその考えは改めなくてならないだろう。
………何せ自分の今の状況がそんな状態なんだもの!!
しかも変な特典まで付いて!
「サヨ、これも片付けお願いね?」
「ちょっとメナス! 少しは自分で片付けようとは思わないの!?」
「片付けはサヨの仕事。違った?」
「うっ……」
篠原小夜子―――この世界ではサヨと呼ばれている私は、つい先日目の前で本を読んでいる男に拾われた。
図書館というにはあまりにも小さい貸本屋を営むメナスは、仕事帰りに私を見つけてそのまま保護してくれたのだ。
目覚めと同時に見知らぬ世界で非常に混乱した私に、根気良くこの世界の事を教えてくれ、更には雇ってくれた。
それは非常に感謝している。
しかし納得できない事だってある。
そもそも良くあるトリップ特典とでも言うのだろうか、神様からチート能力を貰ったとか美形になったとか不老不死となったとかそういう物は無く、私の場合気づいたら何故かウサギ耳が生えていた。
しかもロップイヤー。
元々黒髪だった影響か、垂れウサギ耳も黒。
お尻にもウサギの尻尾が付いている事に気づいたその日は、現実逃避に費やしましたとも!
何が悲しくて、大学生にもなってウサギ耳を生やさなくてはいけないのだ!
というか、こういう物は美幼女美少女美女とかの特権じゃないの!?
……あ、でも可愛い系の男の娘ならいけるか?
ってどっちにしろ、どっからどう見ても平凡女でしかない私には荷が重い。
しかもこの世界、魔王や魔物、獣人とか普通にいて魔法とか使えちゃったりする典型的なファンタジー世界ときたもんだ。
街に出てまず驚いたのがそのバリエーションだ。
ゲームで良く出てくる背に翼を生やした人だとか、はたまた顔が蛇とか狼とか、右腕だけ鱗に覆われていたりとか、胴から下は馬だとか色々いた。
その様を見て、私はここが異世界だという事を認めざるを得なかった。
メナスは普通の人間の姿をしていたから、いくら説明されても納得できなかったのだ。
私にとって不幸だったのは、この世界の人たちが総じて大きかった事だ。
元々身長も低く童顔である事も相まって、幼く見られていたというのに、この世界に来てからと言うもの更に幼く見られた。
私を保護してくれたメナスだって、この世界の基準で言えば割と細身だけど身長は高い。
150センチはある私がメナスの腰上、胸より下らへんってどういう事だ。
少しはその身長を分けて欲しいものだ。
そうそう、この世界で一番困ったのは言葉だ。
メナスとは普通に会話が出来ていたからあんまり気にしてなかったのだけれど、本の中身を見ると全部不思議文字で読めなかった。
メナス以外の人たちが喋る言葉も理解できなかった。
何故だ!? と思っていたらメナスが翻訳魔法を使ってくれていたらしい。
便利だなー、魔法。
私も魔法を使えるようになりたいと言ってみたが、そもそもこの世界の人間じゃないから適性が無いとバッサリ切られたし!
普通こう言う展開って魔法使えるようになるんじゃねーの!? と一時は怒ってみたものの、できない物はできないと割り切る事にした。
駄々を捏ねたところで時間の無駄。
結局いつも魔法をかけるのは面倒くさいとかいう理由で、メナスは私に翻訳魔法が込められた魔導具をくれた。
魔導具と言っても、一見赤い宝石みたいな物が付いたイヤーカフスだったので、ウサギ耳に着けておいた。
………一瞬某有名漫画家グループが書いたマスコットみたいだとか、決して思ってない。
だけどおかげで誰かが喋る言葉も本も読めて、しっかり理解できるようになった。
ありがとう、メナス!
今日も今日とて閑古鳥が鳴く店内。
私の仕事はメナスが読んだ本や、返して来てくれた本を片付ける事。
「それが片付け終わったら、今日は店を閉めるか。」
「やった! 今日の夕飯は何?」
「とりあえず、肉かな。」
「野菜は!?」
「はいはい、用意しとくから。」
「よっしゃ! すぐに片づけるから待ってて!」
私の家事能力が壊滅的なのは元の世界でもこちらの世界でも変わりなく、基本的に料理はメナス頼みだ。
しかもウサギになった所為か、以前より野菜が好きになった気がする。
今日もニンジン出ますように!
そんな事を祈りながら、せっせと本を片す私を見て、メナスが笑っていた事など気づかずに……。