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  蒼い翼 作者:海土龍
64,昊仰ぐ刻 君の蒼い翼
縄を掛けられた瓊倶が恨めしそうに峨瑛を見上げている。  





▽▲


 『峨』の旗を掲げた騎馬隊が猩瑯城に向かって駆けてくる。
 灰斗攻撃が成功したとの知らせを受けて、蒼潤は戦場だというのに思わず笑みを漏らした。
 剣を横に滑らせる。敵兵が悲鳴を上げて崩れるように倒れていった。
 直ぐさま剣先を返す。そうして、後ろに迫っていた敵兵を切った。
 騎乗して扱う剣は突くよりも切った方が良いと峨瑛に教わった通りに、蒼潤は二人目を切ると素早く構え直して、次に備えた。
 更に、一人切る。
 返り血を浴びないような切り方をしていた。それでも、気付くと、肘の上まで真っ赤に染まっていた。  


「天連様っ!」



 甄此の声で蒼潤は振り向いた。
 瓊倶だ。瓊倶が自分に向かって突進して来ている。
 ――なぜ?
 どう考えても無謀だった。自軍から突出している。
 ――こちらの守兵がたった五千であることに気付いたか。
 そうだとしても、すでに遅い。
 蒼潤は西方を見やった。薪塢が一万を率いて、側面から突っ込んでくる。
 『峨』の旗も近い。
 蒼潤は城内に逃げ込む合図を出そうとして、止めた。
 馬首を返す。


「瓊倶を捕らえろ!」



 片手を上げてから、さっと瓊倶に向かって振り下ろした。
 瓊倶は逃げる素振りを示さなかった。一直線に蒼潤に向かってくる。
 不気味さを感じ、一瞬だが、蒼潤は怯んだ。
 腕が伸ばされる。瓊倶の腕だ。
 我に返ると、瓊倶は蒼潤と馬を並べていた。
 甄此の声が聞こえた。
 瓊倶に振りかざした蒼潤の剣が空高く跳ね飛ばされる。


「――っ!」



 瓊倶の手が蒼潤に触れるか否か、二人の間に矢が射られた。
 矢は瓊倶の手の甲を薄く傷付けて、彼方へと飛んでいった。
 驚いて振り返ると、薪葦がこちらに向かって弓を構えていた。
 

「天連殿、皓煽はあちらだ。あちらへ駆け抜けろ」


 蒼潤は天狼の腹を蹴った。『峨』の旗に向かって駆け出す。
 途中、峨篤軍と擦れ違った。峨峻軍とも擦れ違った。
 皆、瓊倶を捕らえようと、蒼潤の後ろに向かって駆けていく。
 蒼潤が峨瑛の姿を見つけた時、卓乾が降伏したとの知らせが入った。
 それを始まりに、瓊倶の部下達は次々に降伏しているという。
 そして、瓊倶を捕らえたと声が上がった。











▽▲

「天連、怪我はないな? ――お前が城から出たと聞いて、寿命が縮まったぞ」


 猩瑯城の蒼潤の一室。蒼潤の返り血を洗い落としてやりながら、峨瑛は言った。
 手拭いを桶に入れると、水は一瞬にして赤く染まった。


「……それで急いで戻ってきたのか?」
「お前に死なれたら困る。お前は儂の『勇』だからな」
「相変わらず、お前は変なことを言うな。前は俺のことを己の片翼だと言ったぞ」
「比翼の鳥だ」
「そうそう、それだ。――まあ、いい。俺がお前のものであることに違いない」


 蒼潤は素肌を晒したまま立ち上がると、両腕を大きく広げて見せた。
 ほら、と言って笑う。
「お前の翼だ。受け取れ」
 ふっと目を細めて、峨瑛は笑った。














▽▲

 峨瑛と蒼潤が身支度を整えて幕僚たちが集まる場に出てくると、縄を掛けられた瓊倶が地べたに押さえ付けられていた。
 幼い頃は、地べたに這いずっていたのは自分の方だった。
 そう思うと、峨瑛には感慨深いものがあった。
 蒼潤が峨瑛の袖を引いた。
 蒼潤には女物を着せていた。そうしていると、やはり女にしか見えない。
 蒼麗と比べても引けを取らない程の美しさである。
 その姿を見て、その場の者たちが皆、息を呑んだようだ。
 峨瑛は上座に座して、隣に蒼潤を座らせた。
 瓊倶が遠く峨瑛を睨み上げている。



「峨瑛。わたしはお前に負けたわけではない。蒼家の血に負けたのだ!」
「……」

 峨瑛は静かに瓊倶を見下ろしていた。代わって、蒼潤が声を張り上げた。

「愚かな。己の愚かさに気付けなかったからこそ、お前は負けたのだ」
「潤皇子!」

 瓊倶の眼が蒼潤を捕らえる。

「わたしが、瓊家が蒼家のためにしてきたことをご考慮下され。蒼家を守れるのは瓊家だけですぞ。峨家の力では国は治められません」
「血を頼る時代は終わったのだ、瓊奔帷。青王朝も直に終わる。わたしを皇子と呼ぶ者もいなくなるだろう」
「潤皇子……」
「血が国を治めるわけではない。人が国を治めるのだ。国は人の集まりであり、血の集まりではない。峨家が国を動かすのではなく、峨皓煽が動かせば良いと、わたしは思う。皓煽にはそれだけの力がある」



 力というのは、武力だけではない。
 人を惹き付けることも、十分に力である。
 卓乾が瓊倶を見限り、峨瑛に下った。
 それは人として、峨瑛が瓊倶よりも勝っているということだ。


「わたしは、その者の生まれや育ちよりも、その者自身の人となりを大事とする」  


 瓊倶の躰から力が抜け落ちたようだ。がくりと項垂れた。
 楚雀が峨瑛を振り返った。処断を、と言う。
 峨瑛は瓊倶を見下ろした。



「儂は絶対にお前の下には付かんと決めていた。死んでも、だ」

 瓊倶が嗤う。

「わたしも、お前の下など考えたこともない。考えられぬな」
「生まれた時代が悪かったと思え。――瓊倶、お前の死で、血を尊ぶ青の時代を終わりとする」


 瓊倶が瞼を閉ざした。峨瑛も閉ざす。
 しばらくの間。二人の間に同じ時がわずかに流れた。
 だが、峨瑛だけは目を見開き、片手を振り上げ、振り下ろした。



「首を刎ねよ」








 葵暦200年、猩瑯の戦いは峨瑛の勝利で終わった。
 この戦いで逃げ延びた瓊倶の息子たちも翌年の戦いで討ち取られ、青王朝きっての名家である瓊家は滅んだ。
 葵暦202年、峨瑛は丞相という地位に昇った。これ以上の地位は皇帝しか残っていない。
 葵暦204年、峨瑛は尭公となった。これは皇室に入ったことを意味する。
 翌年、峨瑛は尭王となり、ついには尭の国を興すこととなった。
 葵暦206年、蒼絃が禅譲したことで、青王朝は四百年の幕を下ろした。
 そして、新たな国――尭の刻が動き出したのである。      






彼らの物語はひとまずここで終わりです。
彼らの結末は↓こちらの小説でお楽しみ下さい。

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