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第79話 要求

「リューとん!」

「おわ!」


 昼食後、腹ごなしに1人頼まれた買い物をしていると背後から突然、勢いよく腕を絡まされる。

 危なく買った荷物を落としそうになった。


 腕に突然抱きついてきたのは、ハイエルフ王国エノールの第3王女、ルナ・エノール・メメアだ。

 彼女は何時ものツインテールをほどき、耳が縮み、瞳が緑ではなくなるペンダントをぶら下げている。


 ルナは王女とは思えないほど気さくに話しかけてきた。


「こんな所で会うなんて偶然だね、りゅーとん」

「突然抱きつくなよ、危ないだろ」


 相手は王女だが、人の嫁を誘惑する少女(見た目だけ)ゆえに言葉遣いを気にするつもりはない。オレの指摘に彼女は頬を膨らませる。


「もうリューとんまでお姉ちゃんみたいなこと言う。つまんないの」

「だったら、言われないように気を付けろ。それといい加減、腕を放してくれないか?」

「リューとんはこんな所で何してるの?」


 彼女はオレの言葉を無視して、さらに腕に力を入れる。

 荷物を持っているため、無理矢理振りほどく訳にもいかない。

 オレは溜息をつきつつ答えた。


「買い物だよ。屋敷に篭もってばかりだと気が滅入るだろ。そういうルナは――って聞くまでもないか」

「ふふん、分かってるじゃない」


 彼女の目的は、屋敷に居るクリスと今日のオヤツだろう。

 クリスも彼女を歓迎している手前、断るのも難しい。

 折角、こっちで出来た友達だ。

 無下にする訳にはいかない。


「そういえば前から聞きたかったんだけど、ルナはどうやってあの湖を渡っているんだ。専用の船でも持っているのか?」

「まさか、船なんかでちんたら渡っていたらすぐに見付かっちゃうよ」

「じゃぁどうやって?」

「あっ、串焼きだ。美味しそう」


 屋台の間を歩いていたオレ達だったが、腕を組むルナが足を止めたため必然的に動けなくなる。


「お昼は食べたけど、ああいうのは別腹だし、たまに食べたくなるんだよね」

「……おっちゃん、串焼き1つ頼む」

「毎度!」


 オレは銅貨2枚で串焼きを1本買いルナに渡した。

 彼女は塩、香辛料を塗し焼いた串焼きにかぶりつく。


「う~ん、美味しい♪ どうしてこういう食べ物って、(うち)で食べるご飯より美味しいんだろ」

「喜んで貰えて嬉しいよ(棒)。んで、どうやってあの湖を渡ってるんだ?」

「レクシに渡ってもらってるんだよ。ボートよりずっと速いから便利だよ」


 レクシって彼女が背に乗っていたサーベルウルフのことか。

 あの巨体なら確かに背に乗り、犬かきさせればボートより速いだろうな。

 てか、酷使されてるなレクシも……。


 オレは一度だけ見たサーベルウルフを思い出し涙する。


「リューとんはまだ買い物するの?」

「ああ、後2件ほど頼まれた品物があるから」

「そっか。それじゃ先に屋敷へ行ってよ」


 ルナは串焼きを食べきると、オレの腕から手を解く。


「それじゃお屋敷で待ってるからね、お兄ちゃん♪ 串焼きご馳走様!」


 誰がお兄ちゃんだ。

 ルナはクリスのマネをすると、雑踏へと消える。

 なんだかんだ言って、ルナは愛嬌があるせいか憎めない。これも人徳と言うのだろうか?


 オレはルナと別れて改めて、頼まれた買い物を済ませに向かう。


 そして――これがこの日、最後に確認されたルナの姿だった。




▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼




「ただいまー」


 買ってきた品物を冷蔵庫にしまい居間へ顔を出す。

 冷蔵庫は前世で言うところの古いタイプで、一番上に氷の塊を置いて箱内部全体を冷やしている。

 氷はスノーに出して貰っているため、わざわざ高いお金を出して買う必要がない。


「ご苦労様、リュートくん。ごめんね買い物に行かせちゃって」

「オレが気分転換したくって行ったんだから、気にする必要はないよ」


 オレは居間をぐるりと見渡す。

 部屋にはスノーとクリスがオセロをしている最中だった。


「ルナはまだ来てないのか?」

「ルナちゃん? ううん、来てないよ」

「屋台の辺りで彼女に会って、今日も屋敷に来るって言ってたんだけど」


 どこかで道草でも食ってるのか?


『今日もルナちゃんが来てくれるなんて嬉しいです』

「よかったな、クリス」


 オレは妻の頭を撫でると、彼女は嬉しそうにはにかむ。

 本当に可愛いよな。


「あぁ、ずるいよリュートくん! わたしも撫で撫でして」

「はいはい、分かってるよ」


 ギューと抱きついてくるスノーの頭を同じように撫でる。彼女は忙しそうに鼻を動かし、オレの匂いを嗅ぎながら幸せそうな声を出す。


「『ふがふが』しながら頭撫でてもらうなんて、最高に幸せだよぉ」

『お兄ちゃん、私もお願いします!』

「おう、任せておけ」


 クリスはミニ黒板を前に出し主張する。

 オレは2人を抱えソファーに腰を下ろし、膝の上に座らせる。

 左右に妻達をはべらせる。


 両膝にかかる重さ。

 まったく重く感じない。むしろいつまでも膝の上に乗っていて欲しいぐらいだ。これが幸せな重さなのだろう。


「…………」


 何気なく右腕でスノーの胸を揉み、左腕でクリスのスカートを捲り太股を触る。


「もうリュートくんのえっち」

『まだ明るいのにおいたしちゃ駄目ですよ』


 2人とも注意してくるが嫌がる素振りは見せない。もちろん本気で嫌がるなら手は止めるが、これぐらいなら夫婦のスキンシップに収まるだろう。

 一通りいちゃつき、切りのいい所でオレはメイヤの待つ作業部屋へと戻った。




 ――作業に集中していると、部屋の扉がノックされる。


 返事をして扉が開くとスノーが顔を出す。

 オヤツタイムの知らせだと思ったが、今回は少々様子がおかしい。

 彼女は不安そうな顔をしていた。


「どうした、なにかあったのか?」

「うん、ちょっと。今リースちゃんとシアさんが来てるんだけど……2人ともちょっといいかな?」


 オレとメイヤは顔を見合わせ、ただ事ではない空気を感じて作業の手を止める。

 スノーの後に付いて居間へ顔を出すと、リースが病人のような青い顔でソファーに座っていた。シアは彼女を気遣うように隣席し、背中を察すっている。


「何かあったのか?」

「リュートくん、これ読んで」


 スノーから1通の手紙を渡される。

 無地の封筒で、宛名も何も書かれていない。

 手紙の内容はというと――『クリスは預かった。無事、返して欲しくば速やかにエノールを出ろ』。

 手紙と一緒に金色の長い髪が入っていた。


 思わずシアと一緒にリースを慰めるクリスに目を向ける。


「……なんだこれ? 悪戯にしては随分質が悪いな」


 クリスは目の前に居る。

 目の前に居る彼女が偽物なんていう可能性も皆無。なぜなら今日、クリスは一度も家を出ていない。偽物と入れ替わるタイミングなど無いのだ。


 この手紙と髪を見て、リースは気分を悪くしたのか?

 だが、彼女がその程度で青ざめるほど神経が細い筈がない。

 オレが状況の把握に戸惑っていると、リース本人が告げる。


「その髪はルナの物です……」

「ルナの?」

「恐らく、ルナはクリスさんと勘違いされて誘拐されたのです……」

「えっ、はぁ!?」


 あまりに突飛な話に変な声が出る。

 スノーが順を追って説明してくれた。


「ルナちゃんがいつものようにお城を抜け出したから、リースちゃんとシアさんが屋敷(うち)に迎えに来たんだけど、今日はまだ来てないって教えてあげたの」

「ボク達が尋ねたときポストに入っていた手紙を、クリス奥様が開けたらさっきの手紙と髪の毛が入ってて……」

「リュートくん買い物から帰って来た時、話してたでしょ? 外でルナちゃんに会ったって。わたし、その話を思い出して『ピン!』と来たの。もしかしたらルナちゃんは、クリスちゃんと勘違いされて誘拐されたんじゃないかって」


 言われて納得する。

 確かにクリスとルナの背丈は同じ、髪は金色でロング。オレと仲良く腕を組み一緒に買い物をしていた。別れ際、クリスみたいに『お兄ちゃん』とも呼ばれた。

 別れた後、屋敷に遊びに来ると言ったのに未だ姿を現さない。

 状況を照らし合わせれば確かに符合する。


 スノーの話を聞いたリースは青い顔でへたり込み、そしてソファーに座らされたようだ。


「でもどうしてこいつ等はクリスを狙ったんだ? 身代金目的でも無さそうだし、容姿・名前も知っているのに誘拐相手を間違えるなんて」


 用意周到なのか、突発的なのか、アンバランスに感じる。


「……恐らく私達のことを快く思っていないハイエルフの一派が、他者に依頼して誘拐を実行させたのです。クリスさんを狙ったのは、一番攫いやすそうだったからだと思います」


 リースの指摘で納得する。

 つまり、オレ達を心良く思っていないハイエルフ族一派が、結界石の件から手を引かせるため、一番か弱そうなクリス誘拐を計画。しかし、誘拐相手にクリスの特徴(金髪ロング、華奢、オレの妻、背丈低め、呼び名は『お兄ちゃん』等)だけで実行したため、偶然容姿が近いルナを誤って誘拐してしまったらしい。王女なのに気づかなかったのは、恐らく眠らせた後すぐに何かに包んで運んだからではないだろうか。


 よりにもよってハイエルフ王国、エノールの第3王女、ルナ・エノール・メメアを誘拐するなんて!


「どうする? この国の兵士に報告して探してもらうか?」

「……いえ、まずは父に報告しましょう」


 リースが青い顔のまま告げる。

 だが、あの国王が『クリスと間違ってルナが誘拐された』と知ったら――


「ほぼ間違いなく、リュートさん達の国外退去を命じると思います」

「だよな……」


 長女である第1王女、ララ・エノール・メメアは失踪、愛妻も病床で伏せているらしい。国王が家族の問題について過敏になっている所に、ルナの誘拐。

 オレ達が悪くないとかは関係無く、災厄の原因に国外退去を命じるのは確実だろう。


「でも、記録帳に記された日は近いだろう?」

「はい、恐らくそろそろかと」


 今回の結界石破壊の日時が正確に記録帳に記されている訳ではない。大凡この日だろうとしか書かれていないのだ。もしかしたら今日かもしれないないし、明日かもしれない。

 そのずれは大きくても数日程度。1ヶ月は越えないらしい。


「……リュートさん、皆さん、お願いがあります」


 青い顔で座り込んでいたリースが徐に立ち上がる。

 その瞳に怯えはなく、覚悟の光しか宿ってはいなかった。


「どうか我が祖国と妹――どちらもお救い頂けないでしょうか」


 リースは真っ直ぐな瞳でかなり無茶な要求をしてきた。




ここまで読んでくださってありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!

明日、2月3日、21時更新予定です。


昨日『2月2日、豆まきの日』って書いたけど、考えたら『2月3日』が豆まきの日です! すんません、かなりぼけてました。

とりあえず明日は豆を買って、床にサランラップをひいて汚れないようにして、豆をまきます。

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