第70話 結界石
翌日、早速そのハイエルフの城――ウッドキャッスルにある結界石と周辺をリース立ち会いの下チェックしていた。もちろんスノー、クリス、メイヤ、シアも同行している。
結界石の見た目は完全にピラミットで、見上げるほど高い。
建物の5~6階の高さくらいはあるだろう。
周囲をぐるりと見て回ったが入り口は無し。
手触りは大理石に近い。表面はツルツルで数万年経っているとはとても思えない。
ハイエルフの城――ウッドキャッスルからは約10キロほど離れている。
障害物1つない、見晴らしの良い庭に面している。
元々あの城自体が、結界石を監視するため造られたとリースが説明していたな。
結界石の周囲は高い城壁で囲まれている。
城壁の上、結界石の周囲にはシアのようにハイエルフに仕えるエルフ、黒エルフなどの兵士が、完全武装で警備している。
その数は約50人ほどだ。
城壁を越えれば、そこは湖になる。
オレは現場をチェックし終えると、昨夜リースから聞いた魔物の特徴を思い出す。
結界石が破壊され、そこから現れる魔物は『バジリスク』と『竜騎兵』のみらしい。
『バジリスク』はトカゲの頭に体、鶏の羽、ドラゴンの尻尾を持つ魔物だ。研究者の間ではドラゴンの亜種、または近い魔物だと考えられている。そのせいか全身を覆う鱗はドラゴン並に硬い。また厄介なのは魔眼だ。
バジリスクは石化の魔眼を持っている。
個体差によって差はあるが有効距離は約500メートル前後。
この魔眼にかかった場合、石化から回復する方法はない。
一方、『竜騎兵』は魔眼どころか、魔力を持たず知能も低い。しかしこちらもドラゴンの血を引いていて、その体躯は約2メートルもある。ドラゴンには劣るが全身を硬い鱗に覆われ、オークや大鬼に負けない怪力を持つ。
武器は骨で作った棍棒、石斧、石槍など原始的な武器だが、怪力と防御能力の高い魔物だ。
厄介なのは群れで獲物に襲いかかることだ。
記録帳によれば、結界石から溢れ出る数は数千ではきかず、万に届くほどらしい。
確かにこれだけの戦力があれば一国を一夜で滅ぼすことは可能だろう。
オレは現場周辺の環境、敵の戦力、オレ達の実力を等を吟味して答えを出す。
「……準備を周到にすれば、戦うことが出来るかもしれない」
「本当ですか、勇者様!?」
なぜかリースはオレのことを『勇者様』と呼ぶ。
人前で言われるとさすがに恥ずかしいな。
「はい。もちろん、事前の準備が必要ですが」
敵は強く数も多い。
オレ達以外の冒険者や城の兵士達が対処した場合、かなり酷い損害・被害が出ると予想される。
まずヤバイのが『バジリスク』だ。
空を飛び、ドラゴン並に硬い鱗を持っている。そして見た物を石化する魔眼。有効距離は500メートル前後と広い。
だが、こちらにはクリスがいる。
魔眼の有効距離に入る前にM700Pを使い最大射程900メートル先から、ツインドラゴンの時のように『7.62mm×51 炸裂魔石弾』を眼孔から撃ち込み頭部を内部から吹き飛ばせばいい。
竜騎兵も知能は低いが、怪力と防御能力は高く、数は万に達する。
だが、オレ達が現在使っているAK47の内部機構を流用して作る汎用機関銃を製作すれば十分対応出来る筈だ。
汎用機関銃とは――機関銃のことである。
では、機関銃とは一体どういうものなのか?
機関銃は基本的にフルオートで、100発以上の弾丸を連続して撃つことが可能、銃身交換機能があり、強力な弾薬を使うため射程も長い(約1~2km)。
たった数人の兵士だけで何百、千の敵を殲滅できる悪魔の兵器と恐れられた。
最初の自動機関銃の開発者ハイラム・マキシムは、それを『殺人機械』と呼んだ。
事実、機関銃は多くの命を奪い、当時の戦争形態を一新させる程だった。
機関銃が登場する第一次大戦前までは、歩兵部隊は数百メートルから1000メートルも離れて横隊に広がってボルトアクションライフルで射撃し、騎兵隊や突撃歩兵がラッパの音と共に突撃していた。
だが機関銃の登場によって簡単に撃ち倒されるようになってしまった。
たとえば日露戦争でロシア軍は2丁のマキシム銃で、200名の日本兵を全滅させた。
ある植民地でイギリスは兵28人、他国兵20人の計48人の死傷者を出したが、相手の現地人の『死者』は1万1000人にものぼった。
第1次世界大戦の死傷者(戦死者:992万人、戦傷者:2122万人)の約80パーセントは機関銃の犠牲者によるものと言われている。
1丁の機関銃で1個大隊(約1000人)を3分間で一掃出来てしまう。悪魔の兵器と呼ばれるのは当然だ。
そして機関銃は進化し重機関銃と軽機関銃の2種類に別れ、使い分けられるようになった。
重機関銃は3人以上で使用するもので、陣地や塹壕、要塞等に備え付けられ防御用として運用される。
軽機関銃は1~2人で使用し敵の塹壕に突撃するための攻撃用として運用された。
さらに時代は進み第2次世界大戦――軽機関銃並の可搬性を持ちながら、パーツを付けることで重機関銃にも、対空機関銃、車載機関銃にもなる機関銃が登場する。
それが汎用機関銃だ。
制作する汎用機関銃はAK47の内部機構を流用したPKMだ。
ロシア軍が使用している汎用機関銃だ。
スペックは以下の通り。
口径:7.62mm×54R
全長:1173mm
バレル長:658mm
重量:8.99Kg
装弾数:ベルトリンク給弾(200発)
すでにAKは何度も作っているから、内部構造や本体はそれほど問題は無いだろう。
問題があるとしたら、弾薬の方だ。
今から約3ヶ月で7.62mm×54Rのケースを作り、適切な発射薬量を解明し、量産することが出来るだろうか?
だいたい本来なら弾薬はM700Pの『7.62mm×51 NATO弾』を使う汎用機関銃を制作するべきなのだが……。
重機関銃でも、軽機関銃でも歩兵小銃と規格を共通にしておいた方が補給に便利だからだ。
しかし、『7.62mm×51 NATO弾』を使用する汎用機関銃――たとえばM60、M240あたりを約3ヶ月で製作出来る自信がない。
だったら今まで弾薬を作ってきた経験、蓄積で7.62mm×54Rに手を出す方が早いだろう。
いっそのことクリスには『M700P』ではなく、7.62mm×54Rを使用するセミオートマチックのスナイパーライフル、SVD(ドラグノフ狙撃銃)に切り替えてもらうのもありかもしれない。
彼女の腕なら命中精度の落ちるSVD(ドラグノフ狙撃銃)でも問題ないだろう。
その辺はおいおいクリスと話し合おう。
だが結局、時間との勝負になるのは変わらない。
一応、念のため保険はかけておいたほうが良いかもしれないな。
皆には聞かせられない部分を省いて、汎用機関銃の説明を終える。
メイヤはいつも通り目を輝かせ、メモを取る。
スノー達は相変わらず興味無さそうに聞き、反対にリースは興味深そうに話を耳にしていた。
祖国を救う兵器のことだけに、興味を抱かずには居られないのだろう。
そんなオレ達の輪に新たな人物が顔を出す。
「へぇー、貴方がお姉ちゃんの連れてきた勇者様なんだ」
「!?」
声に振り返ると、そこには3、4メートルはある大きな狼が居た。
体毛は真っ白で、口からは鋭い牙がサーベルタイガーのように伸びている。
そんな狼の背に、1人の少女が乗っていた。
結界石を警備している兵士達は、彼女に対して片膝を付く。
背丈はクリスと同程度、体型も近い。長い金髪をツインテールに纏め、美少女だが小生意気そうな雰囲気をしている。
彼女は狼の背に乗ったまま捲し立てた。
「リースお姉ちゃんの妹、ルナだよ。この子はサーベルウルフのレクシって言うの。好きな物は勇者物の絵本。だから何時かルナがピンチになったら、絵本のお姫様みたいに助けてね♪」
「こら、ルナ! レクシの背に乗ったまま挨拶するなんて! 今すぐ降りてちゃんと挨拶をしなさい! すみません勇者様、妹はまだ100歳も生きていない子供で、礼儀をまだちゃんと理解してなくて……」
いやいや、十分生きてますがな。
絵本好き――しかも、勇者物が好みとは。
クリスと気が合いそうだな。体格的にも似てるし、髪の色も同じ金色だ。
リースは妹の失礼な態度に恐縮してしまう。
妹のルナはというと、姉に叱られても気にせず身軽な身のこなしでサーベルウルフのレクシの背から飛び降りる。
「だいたい何しにこんな所へ」
「もちろん、お姉ちゃんが連れてきた勇者様を見るためだよ」
「そんなことのためにわざわざ来たの?」
「いいじゃない。それにルナだけじゃないよ」
サーベルウルフの巨体に隠れて気付かなかったが、さらに後ろには従者を引き連れた男性が立っていた。
リースが男性の存在に驚く。
「お、お父様!?」
リースの父――つまり、ハイエルフ王国エノールの国王ということか!?
背丈は180センチ程で、体つきは細身。金の長髪。ハイエルフだから当然ではあるが、見た目はとても3人の娘が居るとは思えないほど若く、20代後半から30代前半ぐらいに見える。
国王はゆっくりと前へ進み出る。
警備を務める兵士達に手をあげ振ると、彼らはそっとその場を離れた。
人払いらしい。
そしてオレ達を一瞥すると、落ち着いた声で咎めた。
「結界石に無闇に近づかないで欲しい。我らハイエルフにとってとても神聖な物なのだ」
父の言葉にリースは一歩前へ出ると、オレ達を庇う。
「お父様、勇者様達は私が願って来て頂いたお客様です。そのような言い方は如何かと思います」
「リース、御前はまだララが残した世迷い言を信じているのか……」
娘の叱責に、父は落胆で返す。
「ララが『千里眼』だけではなく、『予知夢者』だったなどと妄言はもう止めてくれ。あれはあの子の悪戯だ。例え魔王であれ、結界石を破壊することは叶わない。だからエノールが一夜にして滅ぶなどありえないんだ。だからもうララを思い出させるようなことはしないでくれ」
国王はハイエルフの先祖達が守り続けてきた結界石の絶対防護の力を信じている。だが、同時に長女――ララの失踪を親として思い出したくないのだろう。
だが、リースは姉の悪戯だとは考えていない。
現に記録帳に従いオレ達をこの国へ連れてくることに成功している。
当然、彼女は反発した。
「しかし記録帳に従った結果、こうして勇者様が来てくださいました!」
「ただの偶然だよ。大体結界石が破壊され、中から魔物達が溢れこの国が滅ぶ――それを止める力が彼らにあるとは到底思えない」
「いくらお父様でも失礼ですよ!」
「だが実際、彼らはまだ子供だ。そんな未曾有の危機を救えると主張されても信じることなど出来るはずがない。もし仮にそれだけの力があるというのなら、示して欲しいものだ」
話が妙な方向へと流れ出す。
雰囲気的に尋ねなければいけなくなる。
「……と、仰いますと?」
「もしそれだけの力があるというのなら、近くにある森に住み着いた大蠍を倒して欲しい」
大蠍とは、魔物で約7~8メートルはある巨大な蠍で、外皮は硬く刃がまったく利かない。3本ある尾から毒針を無数に飛ばしてくる厄介な魔物らしい。
もし冒険者斡旋組合に依頼したら、レベルⅤのクエスト扱いになる。
「……ッ」
リースは歯噛みし、すぐに返事が出来なかった。
姉の予言は信じているが、大蠍はとてつもなく危険な魔物だ。それに彼女自身がオレ達の実力を目の辺りにした訳ではないから、答えられないのだろう。
国王はそれを理解しふっかけているのだ。
もし断れば、それを理由に追い出せばいい。
もし引き受けて、大蠍を本当に倒してくれればそれはそれで良い。
どちらに転んでも彼らにとっては利益にしかならない。
さすが一国を纏める王。……だが、気にくわない。
オレはリースの代わりに返答する。
「……分かりました。大蠍を仕留めてみせます」
オレの承諾に、リースが目を丸くする。
オレはさらに交渉を続けた。
「その代わり、無事大蠍を倒した暁には、リース様のお言葉をもう少しだけ聞いてあげてください。問題が起きなければ笑い話で済みますが、もしも予言が本当であれば大変な被害が出ます。リース様は、王族として危機を未然に防ごうとしているのです」
「勇者様……」
リースはオレの願いを聞き、胸元で両手をギュッと強く握り締める。
国王はこちらの表情を探るように暫し黙りこくって居たが、
「……分かった、約束しよう。大蠍を倒したらリースの話に少しだけ耳を傾けよう」
「ありがとうございます」
ブラッド家で身に付けた公的な挨拶――右手を胸に、左手を背中に回り頭を垂れる。
国王はオレの挨拶を見届けると、背を向け城へと戻ってしまった。
こうしてオレ達は急遽、大蠍退治をすることになった。
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