第67話 ハイエルフ王国へ
シアが床に片膝を付きながら、本当の正体を明かす。
「ボクはハイエルフ王国、エノールに所属する護衛メイドです。訳あって奴隷になって皆様を試したことをお許し下さい!」
「ち、ちょっと待ってくれ。意味が分からないんだけど……奴隷になって僕達を試したってどういうことだ? シアの言い方じゃ、僕達が奴隷を買うことを知っていたみたいじゃないか」
そう、奴隷を買うことになったのはある種の偶然だ。
メイヤがたまたまオレ達の話を盗み聞き、奴隷を買ってはどうかと勧めてきたのだ。
あの場に居ないシアがどうして、知ることが出来るんだ?
彼女は苦しそうに唇を噛む。
「すみません、今この場でボクの口から詳しいお話をすることは出来ません。ただ1つ言えることはボクが奴隷にならなければ、こうして若様達と一緒に居ることは出来なかった――ということです」
「すまん、意味が分からない」
わざわざ奴隷にならなくても、声をかければいいだけじゃないか。
オレ達が困惑しているの知りながらも、彼女は切実に頭を下げる。
「戸惑うのも無理はありませんが、今この場で全てをお話する訳にはいかないのです。詳細はハイエルフ王国、エノールに着いた後、ボクに奴隷となり若様達に出会うよう指示した方からお伝えします」
「なぁ、ハイエルフ王国ってそんな危険な場所にあるのか?」
「ううん、違うよ。妖人大陸の西側にあって、湖や森、自然がいっぱいの美しい国って話だよ。観光に来る人も多いはず」
「スノーさんの仰る通りですね。ハイエルフ王国が危機に陥っているなんて聞いたことありませんわ」
スノー&メイヤがオレの疑問に答える。
つまり平和な国で危機が迫っているなど聞いたことがないらしい。
彼女達の返答を聞き、オレ達は改めてシアに眼を向けた。
彼女はそれでも必死に懇願する。
「ボクがお伝えしているのは全て真実。嘘偽りはありません。お願いです、エノールに行き、話だけでも聞いてはもらえないでしょうか! ……もし全てを知り、僅かでも眉を顰めるようなことがあれば仰ってください、若様方の奴隷として自害を果たしてみせます。なのでどうか、どうか! お力をお貸し下さい!」
シアは頭を下げたまま動かない。
『どうしますか、お兄ちゃん?』
クリスがミニ黒板を向けてくる。
オレは腕を組み考え込む。
どうやらシアはただの使いっ走りというか護衛メイドというもので、誰かの命令を受けてオレ達に接触してきたらしい。
だが、シアは別に悪い奴ではない。オレ達を試していたというのはちょっとどうかと思うが……困っているというのは本当なのだろう。
シアには何度も助けられた。彼女を信用して、話を聞くぐらいなら構わないか?
手に余るようなら、断って戻ってくればいい訳だし。
「……よし、まずは話を聞くだけでいいんなら、聞いてみるか。とりあえず現地に行ってシアに指示を出した人に話を聞いて、その後色々判断しても遅くはないだろう。それに僕達の仲間のシアの頼みだ。無下には出来ないよ」
「だね、リュートくんならそう言うと思ったよ」
『私もお兄ちゃんの意見に賛成です!』
「しかし妖人大陸の西側となると移動だけで約半年以上かかるんじゃないか?」
「でしたらわたくしの飛行船をお使い下さい! 空から行けば約1ヶ月ちょっとでハイエルフ王国へ辿り着くことが出来ますわ!」
個人で飛行船って……確かあれ滅茶苦茶金が必要だった気が……
さすが魔石姫、メイヤと言ったところなんだろう。
「あ、ありがとうございます、皆様!」
シアは顔をあげ瞳には涙を滲ませていた。
こうしてオレ達全員は、ハイエルフ王国、エノールへ行くことが決まった。
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ハイエルフ王国、エノール行きが決まってから行動は早かった。
翌日、馬車を借りた馬車屋に事情を説明し、違約金を支払い謝罪した。
その後、冒険者斡旋組合へ顔を出す。
いつもの受付嬢に数ヶ月ほどこの街から離れることを告げた。
もしツインドラゴンの査定、レベルアップの審議が終わったら後程聞くため、待ってて欲しいと告げる。
「でしたら、念のためエノールにある冒険者斡旋組合に『レベルアップ審議』の件があることをお伝えください。あちらでクエストをこなし冒険者レベルをあげる機会があるかもしれませんから。その場合、こちらの事情を知っていれば、すぐに冒険者レベルをあげてくれるはずです」
「ではリュート様のタグをお貸し下さい。『レベルアップ審議』があることを刻みますので」
オレは言われるがままタグを渡す。
いつものように受付嬢は魔術道具である羽ペンで操作をした。
オレは返却されたタグを受け取る。
冒険者斡旋組合を後にすると、今度はメイヤ所有の飛行船へと向かう。
飛行船は港にある。
海に浮かべているのではなく、港側の倉庫を借りて保管しているのだ。
法律で決められているらしい。
一隻を作るだけでももの凄い金額がかかる。
さらに港の保管倉庫を長期的に借りるコネ、資金、メンテナンス代と所持しているだけで多額の金がかかる。
だから個人が飛行船を保有するのは貴族でも難しいのだ。
個人飛行船を所有しているという事実だけで、メイヤがどれほど凄い人物なのか分かる。
オレが港の保管されている倉庫に顔を出すと、メイヤは積荷の指示を飛ばしていた。
「飲料水は魔術で作りますから必要ありませんわ。その分、魔術液体金属を多めに乗せなさい。ある程度なら雑に扱って問題ありませんが、中身が零れないよう注意して運ぶのですわよ」
飛行船は見た目はほぼ普通の帆船だ。唯一違う部分は、地面に着地するため平らになっているということだ。大きさもヨットよりは大きいが、通常の物よりは小さい。
魔石に溜め込んだ大量の魔力で飛行する。そのため飛行中は周囲で他者が魔力を使っても察知出来ないというデメリットもある。
ちょうどオレが頼んでいた魔術液体金属を積み込んでいた。前世の飛行機と同じで重量制限があり、魔術液体金属と魔石を運び込むためメイヤにはある程度積荷を厳選して貰っているのだ。
荷物を運んでいた男性がメイヤに尋ねる。
「メイヤ様、飛行船を軽くするなら、この荷物は置いていった方が宜しいのではないですか?」
男性の足下にある木箱に入れられた物――ウォッシュトイレ×3個だ。
彼は何を馬鹿なことを言っているんだ!
それこそもっとも必要な品物じゃないか!
自宅用にウォッシュトイレを作って以降、気に入ったメイヤが職人に仕様書を出し制作させ自宅のトイレを全てウォッシュトイレに変えた。
その時、オレも予備としていくつか取り置いてもらった。
壊れたら即日付け替えるためだ。
飛行船に持ち込むのもその一部だ。
1つは飛行船にすでに設置したウォッシュトイレが壊れた場合の予備。
1つはハイエルフ王国に長期滞在する場所にウォッシュトイレを設置する用。
最後の1つは、その予備だ。
どれも絶対に必要な品物。
それを下ろすなんてこの人はいったい何を考えているんだ。
メイヤも理解してるらしく、男性を叱った。
「それは必要品ですわ! 置いていくなど言語道断! 速やかに、丁寧に、安全に気を付けながら運び込みなさい!」
「わ、分かりました!」
男性はメイヤに怒鳴られ、部下達を連れてウォッシュトイレを飛行船に運び込んでいく。
さすがオレの一番弟子を名乗るだけはある。
――まぁ、もしウォッシュトイレを下ろすようなことを言っていたら勢いで破門にしていたかもしれないが。
そんな事を考えながら、オレはメイヤに声をかける。
「ご苦労さんメイヤ」
「これはこれはリュート様! このような埃臭い場所にわざわざわたくしに会うためお越し下さるなんて! 感激の極みですわ!」
「作業の進捗はどうだ?」
「明後日までには出港できるよう準備させてますわ。しかし、どうしてわざわざ魔術液体金属をお持ちになるのですか? ハイエルフ王国にもあると思うのですが」
「飛行船での移動期間は約1ヶ月ぐらいあるんだろ? だったらその時間に新しい武器を開発しようと思って」
「あ、新しい武器ですか!」
メイヤは新兵器と聞き、瞳を星のようにキラキラさせる。
「そ、それは一体どのような物でしょうか!?」
「前回のクエストでオレ達の火力不足が露呈したから、それを補う武器を開発しようと考えている。その武器名は――パンツァーファウストだ」
1942年、第2次世界大戦でドイツ軍がまったく新しい対戦車榴弾発射器を作り出した。それが『パンツァーファウスト』――ドイツ語で『戦車拳骨』である。
鉄パイプのように細長い棒に、コップの口同士をくっつけた形の弾頭。全体シルエットはつくしのような形だ。
ドイツ軍はこのパンツァーファウストを使用し、多くのソ連戦車を破壊していった。
しかも弾頭が発射される反動も少ないため、誰でも(女性、子供、老人でも)手軽に扱える。
また今回、オレが制作しようと考えているのは『パンツァーファウスト60型』というタイプだ。
1番最初に作られたパンツァーファウストが『パンツァーファウスト クライン』。
2番目が『パンツァーファウスト30型』。
3番目が『パンツァーファウスト60型』。
『パンツァーファウスト クライン』、『パンツァーファウスト30型』を制作しない理由は発射機構がパチンコ式の単純な構造だったため事故が多かったからだ。
安全性、破壊力(クラインに比べて30型以降の炸薬量は約4倍になった)を考えると、パンツァーファウスト60型しかない。
このパンツァーファウストで注目するべきは、弾頭が『成形炸薬弾頭』又は『化学エネルギー弾』が使用されている点だ。
『成形炸薬弾頭』又は『化学エネルギー弾』とは炸薬を凹状逆円錐に成形し、へこみ部分に金属製の板を貼り付けた弾頭のことだ。
炸薬……化学エネルギーの力を利用し、従来の実体弾では壊せなかった装甲を破壊出来るようになった。
結果、『成形炸薬弾頭』又は『化学エネルギー弾』は装甲を纏う兵士、武器全ての天敵となる。
また一般的には『成形炸薬弾頭』又は『化学エネルギー弾』は、モンロー効果によって装甲を破壊していると勘違いされている。だが、それは間違いだ。
1880年代にアメリカの技術者モンローは平面状の鉄板に平面に接した爆薬より、表面が凹んだ爆薬の方が鉄板に深く穴を開けることを発見した。
これが『モンロー効果』だ。
1920年代にドイツの科学者ノイマンが爆薬のへこみに金属の内張りをして爆発させると、より深い穿孔があくのを発見した。
これを『ノイマン効果』と呼ぶ。
『成形炸薬弾頭』又は『化学エネルギー弾』は、この『ノイマン効果』を利用し実体弾では壊せない装甲を破壊しているのだ。
では、『ノイマン効果』でどのように装甲を破壊しているかと言うと――
弾頭の炸薬が爆発すると、物理法則に従って爆発エネルギーは凹みのある、もっとも抵抗の弱い部分にエネルギーが集中する(炸薬に凹みがなく平らであればエネルギーは均一に伝わるが、炸薬に凹みを作ることによってレンズで光を集めるようかのように、回りから中心点にエネルギーが集中する。実際の爆発によって集中するエネルギーは約20%と考えられている)。
ここまではモンロー効果だ。
凹みの内側に張られた金属製内張り(大抵、柔らかな銅などが使われる)が、爆発エネルギーの集中により蒸発(厳密に言うと蒸発ではなく、液体に似た状態となるだけ。熱によるものではなく圧力によるもの)。
蒸発した金属分子のジェット噴流が分厚く硬い装甲板に穴を開ける。
これがノイマン効果。
つまり『モンロー効果』によって爆発エネルギーを集中させ、『ノイマン効果』によって金属製内張りを金属分子のジェット噴流化させて装甲を破壊するのだ。
オレはメイヤに聞かせられない部分を省いて、彼女にパンツァーファウストの説明をする。
彼女は話を聞き終えると、大きな瞳から大量の涙を流し両膝をつく。
「なんて素晴らしいお話なのでしょう! わたくしは世界で一番の幸せ者ですわ! こうして直接、神――いえ、神をも越えたリュート様に直接お話を聞かせて頂けるなんて! もはやリュート様は生き神様ですわ!」
「止めてメイヤ! 人様が見てる前で跪くのは! しかも足に口づけしようとしなくていいから!」
足に口づけしようとするメイヤを力づくで止めて、無理矢理立たせる。
慕ってくれるのは嬉しいが、最近の彼女の言動は時折度を超して暴走している気がする。
「と、兎に角、そういう訳だから移動中はパンツァーファウスト製作に専念するつもりだから、メイヤもそのつもりでいてくれ」
「分かりました! このメイヤ・ドラグーン! リュート様のお手伝いをさせて頂きますわ!」
「よ、よろしく頼むよ」
彼女はオレの手を掴むと、キスをしそうなほど顔を寄せ同意する。
鼻息と眩しいほど輝く瞳が怖い。
こうしてハイエルフ王国、エノールに向かう準備が整っていく。
<第4章 終>
次回
第5章 少年期 ハイエルフ編―開幕―
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、1月22日、21時更新予定です。
黒エルフ編終! 次はいよいよ第五章のハイエルフ編です! 新ヒロインも登場するのでお楽しみに!
後、昨日の66話は誤字脱字が大量にあったようで、修正します。本当にすんません。すぐ修正します。
誤字脱字ご指摘頂き誠にありがとうございます。