第439話 軍オタアフター シアの提案
第437話、第438話の二つを今回は連続でアップしました。
なので読み間違いないようご注意ください。
結婚式パレード&パーティーが終わって、1ヶ月が過ぎた。
未だにアルさんは見つかっていない。
飛行船ノアが戻って来てから、慌ててエル先生を孤児院に送り届けるとすでにアルさんは姿を消していた。
エル先生の姿を偽り乗船したアルさんに対して、エル先生は珍しくぷんぷんと怒っていた。
『酒精の飲み過ぎて寝坊したのは私ですが、起こしてくれたらよかったのに。わざわざ私の恰好をして皆の目を誤魔化すなんて……。悪戯が過ぎます。今度あったら怒らないと』
エル先生はアルさんが悪戯で、自分の姿をしたと考えている。
しかし、アルさん的には逃げ出せるか、逃げ出せないかの瀬戸際だった。
彼女の目論見通り逃げられたので、こちら側は歯ぎしりするしかないが。
とりあえず情報担当のラミア族、ミューア・ヘッドにアルさん捜索を任せている。懸賞金を付ける許可すら与えているが、未だに吉報は届いていない。
ミューアの目や耳まで誤魔化すとは……あの駄兎はいったいどこに雲隠れしたんだ?
アルさんの行方も気になるが、彼女ばかりに構ってもいられない。
今回の結婚式パレード&パーティーは皆の努力もあり無事に終えることができたが、問題も持ち上がる。
問題といっても、深刻な内容ではない。
オレ達の結婚式パレード&パーティーに集まった人々は殆どイベントが終わって帰宅したが、なかには移住希望者も多数居た。
結果、ココリ街が居住者数の容量を超えそう――という問題だ。
現在ミューアからココリ街を拡張するという話を聞かされている。
そこで一部資金を出してくれるなら、新・純潔乙女騎士団本部がある北部拡張を任せてもいいと街から提案されたのだ。
早い話が資金を出すなら好きに弄っていいということである。
『好きに弄っていい~』といっても他東、西、南と足並みを揃えるし、事前に協議して拡張範囲などを決める。
当然、ある程度の制約もある。
しかし、見返りは大きい。
新・純潔乙女騎士団も団員が増えて手狭になった。
現状、これ以上団員を増やすことができない。
オレや妻達も無事に結婚式パレード&パーティーをおこなうことができたが、本部が手狭では色々――特に夜に関して不便だった。
とはいえ、ココリ街に家を買おうにも移住希望者が増えてしまいスペース自体が無い。
今さら他国、他の街へオレ達だけが行く気にもならない。
孤児院の開拓と違ってこちらは資金だけを出し、好きな場所に本部と家を注文すればいいだけ。
他の細かいところはココリ街を治める者が専門家を派遣してくれる。
ある意味、ちょっと資金規模が大きい注文住宅を作るようなモノだろう……たぶん。
ちなみに孤児院の開拓はハーフエルフのアイナを責任者に据えて一任している。
今は彼女がトップとなって、下に部下を付けて現場確認等をおこなっている段階だ。
実際に開拓を開始するのは、もう少し先になるとか。
以上の話を夜、本部客室――ほとんどオレ達の私室と化しているリビングで妻+メイド一名に話して聞かせた。
一通り話を聞き終えた後、スノーが第一声をあげる。
「ココリ街の拡張か……リュートくんとしては賛成なの?」
「あくまで個人的な意見だが、賛成だ。移住希望者がいなかったとしても、団員が増えたから手狭だし、今のままだとこれ以上増やそうと思ってもできないしな」
『私達の結婚式を見てまた団員希望者が増えましたが、この場所ではこれ以上の採用は難しいですもんね』
クリスがミニ黒板を掲げ、柳眉を下げる。
そうなのだ。
彼女の指摘通り、結婚式パレードを見てさらに入団希望者が増えたが、これ以上は入れられない。
なぜなら本部宿舎が一杯だからだ。
まさか宿屋に泊める訳はいかない。
そんなことをしたら経費がかかりすぎて、うちの会計係である3つ眼族のバーニー・ブルームフィールドが怒り狂ってしまう。
「わたしも街の拡張には賛成です。ただ問題は移住者のお仕事が継続的にあるかですね」
「お仕事ですか?」
リースの指摘に、ココノが首を傾ける。
どうやらピンときていないらしい。
オレは妻のココノのために説明する。
「ココリ街はあくまで獣人大陸奥地に荷物を送る中継都市。他都市と違ってあまり多く仕事がある訳じゃない。だから移住希望者が増えても、生活を支える仕事が無いんじゃ暮らしていけないわけだ」
仕事にあぶれた者達が大量に居た場合、街がどうなるかお察しの通りだ。
オレの説明を聞いてココノが不安そうな顔をするが、メイヤがさらりとフォローを入れる。
「大丈夫ですわ、ココノさん。実際、すぐに失業者が溢れることはありませんわ。移住者もある程度蓄えはありますから。それにお仕事なら、わたくし達がココリ街に居る限り、そうそう無くなることはありませんもの」
メイヤの指摘は正しい。
魔王を倒した勇者、世界を救った英雄であるPEACEMAKERを一目見ようと未だに人々が訪れる。
早い話がハイエルフ王国エノールで、ハイエルフ達が観光の目玉になったように今度はPEACEMAKERがその役割を果たしているのだ。
他にも団員が増えれば、その団員相手の商売も増える。
またオレ達が結婚式を挙げた教会――現在は女神アスーラ教会と呼ばれている。
アスーラ教会で結婚式を挙げた者は幸せになれると噂され、現在では世界中から問い合わせが殺到している状態だ。
実際、オレ達のブーケをキャッチしたココリ街の女性に一般市民や豪商、下級だが貴族からも婚姻の申し込みが殺到している。
オレ達が投げたブーケをキャッチしたことで『幸運の女性』扱いされているのだ。
しかし、その女性はすでに幼馴染みの男性と婚約済みだった。
なので近いうちに女神アスーラ教会で式を挙げることになっている。
ブーケキャッチしたのも何かの縁だと思い融通したのだ。
このように現在、ブライダル関係の仕事が多数ある。
宿屋や飲み屋、レストランなどの施設も足りない状況だ。
故に早急に街を拡張したいという思惑もあるのだろう。
「移住希望者の仕事はとりあえず現状問題無いとして、街拡張の資金がけっこう必要なんだよな……」
やはり街拡張の資金は気軽に出せる金額ではない。
PEACEMAKERが蓄えている資金を大きく超えてしまう。
そのためオレとメイヤの個人資産半々から出す予定である。
組織運営という観点から見ると、かなり不味いが言い出しても切りはない。
「将来的には個人資産に頼らず軍団を運営したいものだな」
「今回はしょうがないよ。普通、軍団が街の開発に携わることなんて滅多にないんだから」
オレの溜息混じりの台詞に、スノーがフォローしてくれる。
他妻達も口々に慰めてくれた。
一通り話を終えて区切りがつく。
給仕に徹していた護衛メイドのシアが、タイミングを見計らい声を出す。
「若様、具申よろしいでしょうか?」
「どうした、シア、珍しい」
「結婚式パレード、パーティー、事後処理も一段落付きました。ここで皆様、新婚旅行に行くのがよろしいかと愚考します」
新婚旅行。
前世地球のように結婚式の後、新婚夫婦が旅行に行く習慣がこちらにもある。
しかし、新婚旅行に行けるのは富裕層のみだ。
身近な所でいうならダン・ゲート・ブラッド伯爵や奥様が結婚式の後、新婚旅行へと行っている。
エル先生やギギさんは結婚式を挙げても、旅行などには行っていない。
一応、オレ達も富裕層に分類される。
とはいえ、街の拡張資金の話をした後、クエストなどではなく、のんきに旅行に行くというのは……。
妻達も同じ気持ちらしく、皆、目を見合わせる。
「新婚旅行って言っても六大大陸全部行ってるしねー」とスノー。
『ですね。今更、行きたい場所もありませんよね』とクリス。
「無理に新婚旅行に行くより、家でのんびりするほうがわたし達にはあっていますから」とリース。
主と仰ぐリースも否定的意見を口にするが、シアは本当に珍しく折れない。
彼女はさらにプレゼンを続ける。
「皆様、全ての大陸に足を運んでいるのは承知しております。その上で自分としては妖人大陸、ハイエルフ王国エノールの領地にある観光地の一つへ向かうことを提案致します」
ハイエルフ王国エノール自体が、長寿と夫婦愛のシンボルとして人気の観光地だ。
そして他にも観光地があるらしい。
ハイエルフ王国エノールは観光地だらけだな……。
しかし、まさか新婚旅行先にハイエルフ王国エノールを押してくるとは……。
オレは思わずシアに反論する。
「シア、さすがに今の時期、オレ達がハイエルフ王国エノールに向かうのは不味いだろう」
「リュートさまの仰る通りです。今、下手にわたし達が行って刺激を与えるのはよくないです」
ココノも状況を理解しているため、やや強めの口調で諭す。
ハイエルフ王国エノールの城、地下にはこの世界の大犯罪者であるララが幽閉されている。
さらに最近、彼女は赤ん坊を産んでいるのだ。
ランス・メルティアの血を引く赤ん坊。
一度はララを連れ出し、大国メルティアに亡命しようとした派閥が居たほどだ。
ここでオレ達がハイエルフ王国エノールへ近付くことは国全体を刺激するこになる。
リース両親も周囲を刺激しないよう、実娘の結婚式に参加しなかったのだ。
なのにオレ達側が動くのは、どうだろうか……。
「でも珍しいですわね。シアさんならその程度重々承知しているはず。なのにわざわざわたくし達に新婚旅行を提案するなんて……。何かお考えでもあるのですか?」
メイヤの指摘に納得する。
確かにそうだ。
護衛メイドとして今まで完璧に仕えてきたシアが、今更こんなつまらないミスをするとは考え辛い。
彼女なりに何か伝えたい、達成したいことがあるのかもしれない。
もしかしたらその領地に彼女の実家があり、オレ達を紹介したかったのかも?
いや、さすがにそれはないか。
メイヤの疑問に全員の視線が部屋の隅に立つシアへと注がれる。
彼女は注目されても動揺せず、提案した理由を説明した。
「現在、ハイエルフ王国エノールと我々の関係は非常に危ういモノです。王国内部では『PEACEMAKERが自分達に牙を剥くのでは?』という考えを持つ方もいらっしゃるでしょう。故にこちらから歩み寄ることで一定の友好関係があると訴える必要があるかと」
オレ達はララの身元引受人をしている。
なのにハイエルフ王国エノールを敵対するはずがない――が、感情は早々に割り切れるモノでもないだろう。
しかし、今はララの赤ん坊が産まれたばかり、難しい状況だ。下手に動くのは得策ではない。
さらにシアが続ける。
「またこれがもっとも重要なことですが――自分が提案する新婚旅行先は、火山と海が近く温かい湯につかれる施設があり、新鮮な魚介類が食せます。その湯の中には『子宝の湯』というモノがあるのです。過去、現国王夫婦が泊まり子をなしているので効能は実証済みです」
『新婚旅行に行きましょう!』
シアの提案に嫁全員が賛同する。
「やっぱり、結婚したら新婚旅行は外せないよね」とスノーが手のひらを返して断言する。
『私もお父様やお母様のように結婚した後、新婚旅行に行くのが夢だったんですよ』と今まで聞いたことがない夢を語り出すクリス。
「父や母が泊まった宿ならわたしも一度は足を向けた方が良いですね。やはり家でのんびりするより、外へ出て見聞を広めるのは重要ですから」
どちらかというとインドア派のリースが、大学卒業前の大学生が海外に行く勢いで語り出す。
「それにハイエルフ王国エノールとPEACEMAKERが敵対しておらず、友好的であると内外に広めるのはいい案かと。本国ではなく領地の一つに行くのならそれほど刺激を与えないでしょうし」
ココノが前言をぶん投げて、手を胸の前に合わせて聖女のように微笑む。
「リュート様の子供、赤ちゃん……その日は確実にするために薬、あと下着も新調しなくては、後――」
メイヤは出会ってから長い付き合いになるが、一番真剣な表情で『ナニカ』の計画を立て始める。
新しい兵器を開発する『武器製造バンザイ!』より真剣に、深く思考の海へと落ちていた。
シアに視線を向けると、妻達の反応に満足そうに目を閉じ待機する。
恐らくだが、シアは結婚式も終わり落ち着き、ララの赤ん坊も産まれたのを見て、オレ達にも負けじと後継者作りに入って欲しかったのだろう。
今まで忙しかったため、ずっと避妊してきた。
シアも理解しているため否定はしてこなかった。
確かに結婚式も終えたので区切りとしていいだろう。
オレとしては妻達の反応を前に苦笑を漏らすしかない。
彼女達が望むならそれを叶えるのが夫の務めてである。
こうして、オレと妻達の新婚旅行が決定した。
軍オタ10巻発売まで後8日!
今回は2話連続更新です!
1話がアルさんの話なので、口直しにと連続投稿させて頂きました。
第437話、第438話と二つアップしているのでご注意くださいませ。
(1~5巻購入特典SSは15年8月20日の活動報告を、2巻なろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典SSは15年4月18日の本編をご参照下さい。)