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第410話 絶望と絶望と絶望――

 オレとクリスはケンタウロス族、アームスの見舞いに来た。

 魔王の毒を受け、体調を崩し続けている彼を心配したのもあるが、受付嬢さんを紹介するためという目的の方が大きい。


 過去、アームスは『自分を支配して、従わせてくれる圧倒的強者』が理想の女性だと言っていた――にもかかわらず受付嬢さんの話を持ち出すと、彼は一目で分かるほど青ざめてしまったのだ。


 話を聞くと、魔王から受けた毒はすでに完治済み。

 ずっと床に伏せているのも、圧倒的絶望を振りまく受付嬢さんの姿を見たためらしい。


 アームスを受付嬢さんに紹介する、という約束が潰えた瞬間である。

 しかし、言い方は悪いがこの状況さえ知られなければ、誤魔化し方などいくらでもあった。


 メイヤが約束したのは『アームスに受付嬢さんを紹介する』のみ。

 仲を取り持つとまでは言っていない。

 アームスと引き合わせて彼の口から、やんわり断ってくれればよかった。


 この状況さえ知られなければ――。


 なのに気が付くと窓にウェディングドレス姿の受付嬢さんが立っていた。他者の、しかも魔人大陸でも有数の武装集団本家敷地に勝手に入り込んでいたのだ。

 最初にクリスが気付き、悲鳴を上げたほどである。


 言葉を交わさなくても、窓に立つ彼女の瞳を見れば分かる。


 闇すら呑み込む光のない瞳に、まるで作り物めいた能面の表情。

 僅かな希望も無い。

 彼女は窓越しにもかかわらず、完全にオレ達の話を聞いていたのだ。


 受付嬢さんは真っ白な手袋越しに窓に触れ、力を込めていない様子で開く。

 魔人大陸でも有数な資産家であるケンタウロス族。その次男の私室だ。

 窓はしっかりと手入れされているはずなのに、『ギギギギ』と悲鳴を上げるように動く。


 暫しの沈黙。


 光が一切無い、ある意味空っぽの瞳で受付嬢さんが一人語り出す。


「私ね、魔人大陸にある実家に戻って結婚報告しようと思ったの……そしたら従姉妹ちゃんと妹も同じタイミングで帰省してて。折角だからって、親戚みんなで集まったの」


 受付嬢さんの親戚か……。

 従姉妹と妹さんが居るなら、最低でも同じ顔が3人居ることになる。

 ドッペルゲンガー現象も真っ青な光景だろうな。


「そしたらね従姉妹ちゃんが獣人大陸でお店をやっている男性を連れて来たの。結婚する相手なんだって。もう男性のご両親には挨拶が済んで、新居も購入済み。帰省と一緒に従姉妹ちゃんの親に挨拶をしに来たんだって。従姉妹ちゃん、私にね、『結婚式は是非出て欲しい』って言ってきたの」


 ランスが引き起こした『魔力消失事件』のせいで、獣人大陸ココリ街の受付嬢(従姉妹)さんは結婚を先延ばしにしていたはずだ。

 結果、この最悪なタイミングで受付嬢さんに知らせるとは!?

 クソ! ランスの奴、本当にろくなことしやがらない!


 受付嬢さんは独り言のように淡々と感情無く話し続ける。


「それで妹もね結婚前提に付き合っている彼氏が居るんだって。同じ冒険者斡旋組合(ギルド)職員で結婚後も妹は仕事を続けたいって言っていて、そのことを了承してくれる理解ある男性らしいの。私はちゃんと職員同士での恋愛禁止というルールを守っていたのに……。でも妹曰く、今の若い子は気にせず隠れてこそこそ職員同士で付き合っているらしいの。同じ職についているから、仕事内容に理解があるし、休みも合わせやすいからいいんだって。後、組合内での恋愛禁止だから、周りに気付かれないように振る舞わないといけないけど、逆にその状況が楽しいって惚気られちゃった。ワタシハチャント守ッテイタノニ」

「ッ!?」


 重圧が増す。

 まるで重力が10倍以上に跳ね上がり、酸素が薄くなったようだ。

 クリスが涙目でオレにすがりつき、アームスは泡を吹いて気絶する。

 そりゃ悪夢の元凶が出現し、こんな圧力を出したら気絶もするか……。


 しかし、不意に重圧が消失する。

 初めから無かったように霧散し、むしろ朗らかな空気すら漂う。

 受付嬢さんが聖母のような微笑みを浮かべていた。


「昔なら妬ましくて、色々やらかしていたかもしれないけど、メイヤちゃんの紹介で『私も結婚相手ができたの』ってお父さんやお母さん、親戚のみんなにお話ししたの。そしたらみんな最初は驚いてたけど、すぐに自分達のことのように喜んでくれて。親戚や家族だけじゃなくて、近所の人にも話が広がったわ。近所の人達もみんな、喜んでくれたの。私も祝福してもらってとても嬉しかった。それに頑固なお父さんも泣いて、お母さんなんて昔、自分が着たこのウェディングドレスを是非、私に譲りたいって涙ぐんで渡してくれたの。ねぇ、いい話でしょ?」

「そ、そうですね……」


 だからって今、そのウェディングドレスを着て、相手の家の窓前に立っている意味が分からないのですが……。

 そんな無粋なツッコミを入れたら酷い目にあいそうだから黙っておく。


 オレはただ笑みを浮かべ首を縦に振るだけの生物と化す。


 その笑みは次の瞬間、今まで見たことのない虚無の表情――誰しもが『絶望』を抱くモノに一瞬で変化した。

 先程とは比べモノにならない重圧が襲いかかってくる。

 オレやクリスですら意識を手放しかけ、すでに気を失っているアームスは陸に打ち上げられた魚のように『びくんびくん』と痙攣を始めた。


「なのに――また竜人種族に裏切られた。また自分だけ幸せになろうとしている……ッ」


 激しく罵る罵声ではなく、押し殺したような声音だった。

 逆に彼女が抱く感情の激しさを現している。

 薄皮一枚剥くと、熔けた鉄か溶岩のようなドロドロとした怒りの感情が渦巻いているだろう。


 元々、受付嬢さんは気性穏やかな人物だった。

 トラウマスイッチさえ押さなければ、優しくて美人で、気遣いができ、仕事でもなんでもそつなくこなす優秀な女性なのだ。


 では、受付嬢さんのトラウマスイッチとは?


 過去、ココノとの結婚を知ったメイヤが、家出をするふりをした。

 PEACEMAKER(ピース・メーカー)メンバーは彼女の後を追い竜人大陸へと移動。

 オレはメイヤの屋敷へと足繁く通うようになる。


 その時、冒険者斡旋組合(ギルド)に移動の旨を報告しに行った際、あの受付嬢さんに彼氏が出来ていたのだ。

 竜人種族の男性で、同種族の友人女性から紹介されたとか。


 受付嬢さんはそれはそれは幸せな空気を放出していた。


 しかし最終的にこの男性は、受付嬢さんを捨てて、こともあろうに受付嬢さんに男性を紹介した友人女性と駆け落ちしてしまう。

 実は二人とも好き合っていたが、互いの両親から結婚を反対されていた。

 友人女性は諦めるために、受付嬢さんに彼を紹介したが、結局、互いの気持ちが逆に盛り上がり駆け落ちする結果になってしまった。


 あの後の受付嬢さんといったら……。

 血で書かれたような赤い文字で『駆け落ちした二人を自分の前に連れてこい』というクエストを発行。報酬金は今まで彼女が貯めてきた貯金全部という、金銭以上に重いモノを提示してきた。


 そんな重い内容と金銭を受け取りたくなくて、新人冒険者すら手を出さなかった。

 誰も手を出さないと知ると、今度は受付嬢さん本人が駆け落ちした二人に落とし前を付けようと、大剣を背負い、旅の準備をしていたほどである。


 最終的には、その時、ギギさんに一目惚れして事なきを得たが――。


 メイヤはそんな受付嬢さんのトラウマスイッチを、ほぼ完璧に踏み抜いたことになる。


『竜人種族の友人女性』が、『結婚相手である男性を紹介すると約束』。

 しかし、結果として『竜人種族の友人女性だけが結婚』して、彼女が捨てられたのだ。

 以前のトラウマをほぼままなぞる形だ。


 そりゃ受付嬢さんも怒り心頭になるわけだ。


 どんな人間でも絶望させるであろう声音で、心情を叫ぶ。


「メイヤちゃん、一人幸せになるなんて、そんなことは絶対にユルサレナイ。もうこうなったら世界を滅ぼすしかないじゃない……ッ」


 いや、他にいくらでも選択肢はあるだろう!?

 悲しみで追いつめられた受付嬢さんは極端な答えを出す。


 面倒なことにまーちゃん一体でも、本当に世界を滅ぼす力があるから厄介だ。


 オレは冷や汗を大量に流しながらも、なんとか押しとどめようと声をかける。


「お、落ち着いてください、受付嬢さん。せ、世界を滅ぼさなくても、他にも方法はいくらでも、あ、あ、ありますよ」


 自分ではちゃんと喋っているはずなのに、無意識にどもった。

 体の細胞一つ一つが恐怖で震え上がっているせいだろう。


 隣に居るクリスも、同意するように激しく首を縦に振る。


「…………」


 惑星すら呑み込みそうな闇色の瞳が、オレ達の姿を捕らえる。

 隣のクリスが小さく悲鳴を上げるのを聞いた。


 受付嬢さんは何を考えているのか、まったく分からない無表情でオレ達を見つめ続ける。

 精神ではなく、魂が削れていく感覚。

 どれぐらい経っただろう……受付嬢さんが口を開く。


「別れて」

「え……」

「メイヤちゃんと別れて。もしくは私に新しい結婚相手を紹介して。なら許してあげる」

「えぇ……」

「彼女だけが幸せになるなんてユルサレナイ」


 どちらも無茶な条件だ。


 だが反論を許さず、受付嬢さんが一本の指を立てる。


「一週間だけ待ってあげる。それまでに答えを出して」


 彼女は開けた窓をゆっくりと閉め、姿を消す。

 オレは立ち上がり、窓を開けて外を見回したが受付嬢さんの姿は夢か幻のように消えていた。

 しかし、グラウンドで実戦さながらに訓練をしていたビショップ家の若者達が、一人残さず全員泡を吹いて倒れていることから、先程の受付嬢さんが夢や幻ではないことが物理的証拠として分かる。

 いや、ある意味、悪夢だったのかもしれない。


 こうしてメイヤとオレが無事に結婚するためには、ロンを倒すベリーハードモードから――あの受付嬢さんを倒さなければならないベリーナイトメアルナテックモードに移行してしまったのだった。


ここまで読んでくださってありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!

11月6、7日、21時更新予定です!


明鏡シスイ個人の所用で、5、6日と実家に戻らなければいけなくなりました。

なので次回は3日後の6日にアップしたいのですが、状況次第によって7日にアップできればと思います。

なるべく11月6日にアップしたいのですが……。

しかし、今回のような話を書いている途中で、実家に戻らなければいけないとは……。微妙に複雑な気分ですね。


また活動報告を書かせて頂きました!

よろしかったご確認ください。


(1~5巻購入特典SSは15年8月20日の活動報告を、2巻なろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典SSは15年4月18日の本編をご参照下さい。)


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[良い点] 受付嬢さんのラスボス仕様に歯止めがきかない(笑)何を目指してるんだ受付嬢さん…
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