第405話 ドラゴンの間
『ドラゴンの間』
ドラゴン王国城の一番地下に『ドラゴンの間』は存在する。
『ドラゴンの間』は聖竜昇竜刀の素材となった牙を提供したエンシェントドラゴン自ら強固な結界を張ったといわれている。
その結界強度はこの世界随一だ。
故にこの中に入り一度扉を閉めれば、どれほどの大魔術を使おうが外部に被害が漏れることはない。
なぜ、これほど強固な結界が張られたスペースが存在するかというと……竜人種族は他種族に比べてプライドが高いため、圧倒的に面子を気にする。
過去、王族や貴族間で互いが絶対に譲れない問題が発生した場合、この間を使用した。
当事者、または代理人が1対1で『ドラゴンの間』に入り決闘をおこなう。
『ドラゴンの間』内部で何が起きようと許され、最後に生き残った者が正しく、勝利者に全て従う――とされている。
つまり、『譲れない問題が発生したら、この間で戦い決着をつけろ』ということらしい。
謁見の間でメイヤはロン・ドラゴンに対して、『決闘ですわ! ロン・ドラゴン! 結婚を賭けてわたくしとの決闘を申し込みますわ!』と宣言した。
メイヤはドラグーン家の令嬢。『ドラゴンの間』の存在やルールは当然知っている。
その宣言にロンが同意。
オレ達は揃ってこの『ドラゴンの間』へと連れてこられた次第だ。
『ドラゴンの間』を覗かせてもらったが、サッカー場がまるごと入るほど広く、天井は目を凝らしても暗くて見えないほど高い。
地面はグラウンド場のように固く踏み固められている地面で、所々土の色が違う。
冗談や嘘ではなく、本当に命のやりとりをしていた場所だと体全部で感じる。
本気でメイヤはここでロン・ドラゴンと一対一で戦うつもりらしい。
しかも、オレやスノー達が代理人として戦うのではなく、メイヤ曰く、オレ達の手は煩わせないと断言していた。
オレ達はメイヤを対戦相手のロン・ドラゴンから引きはがし、『ドラゴンの間』入り口の端で改めて話をする。
「メイヤ、本気で決闘をするつもりか? オレ達を含めた集団戦ならともかく、一対一で戦うなんてはっきり言って勝ち目は0だぞ」
メイヤは現代兵器の開発技術や研究等に才能を発揮しているが、運動音痴のため戦闘にはまったく不向きな存在だ。
一応、訓練として銃器の発砲練習をさせてはいるが、ロン・ドラゴンは絶対に通じないレベルである。
にもかかわらずメイヤは、自信ありげに髪を弾く。
「リュート様、以前、グラウンドでわたくしのパパを待ち構えていた時、リースさんとの会話を覚えていらっしゃいますか?」
「リースとの会話? たしか……」
言われて記憶を掘り返す。
メイヤは珍しく、リースが長年の問題であるララとの戦いを乗り越えたことを興奮気味に賛美していた。
そして、自分もリースを見習って長年の因縁、壁を乗り越える云々と叫んでいたはずだ。
「わたくしもリースさんのように長年の因縁を乗り越えたいんですの!」
「気持ちは分かるが、メイヤ一人で乗り越えるのはさすがに無理だろう……」
「ご安心くださいませ。このメイヤ、すでに手は打ってますわ」
自信満々に胸を反らす。
はっきり言って嫌な予感しかしない。
メイヤはロンに向き直ると言質を取るようにルールを確認する。
「一対一の決闘で、生死は問わず、負けた方は勝者に絶対服従でしたわよね?」
「うむ、そうだ」
「後、代理人を立てても問題ないですのよね?」
「好きにするがよい。朕は誰が相手でも一向に構わぬ」
ロンはオレ達を一瞥し断言する。
メイヤの代理人としてオレ達の誰かと戦うと思ったらしい。
普通に考えればそれが当然だ。
しかしメイヤは勝利を確信したような笑みを浮かべる。
オレはロンが戦っている姿を映像越しにだが確認している。
たとえ現代兵器があっても、オレ達が一対一で勝利するのは難しいだろう。
にもかかわらず、メイヤはすでに勝利の笑みを浮かべているのだ。
刹那、全身を怖気が震える。
メイヤが強気な理由はすぐに判明した。
「メイヤちゃん、遅れてごめんね~」
「いいえ、遅れてなどいませんわ。むしろナイスタイミングです!」
兵に連れられ、見慣れた顔の女性が地下へと姿を現す。
受付嬢は魔人種族らしく頭部から羊に似た角がくるりと生え、コウモリのような羽を背負っている。
年齢は20台前半。前世で例えるなら短大を卒業して、就職した女性社員といった風体だ。
冒険者斡旋組合服がよく似合っている。
なぜか小動物サイズまで縮んだ彼女のペット、『まーちゃん』がどこか諦めた顔で腕の中に収まっていた。
「な、なんで受付嬢さんがここに!?」
「なんでもなにも、メイヤちゃんにお手紙で『協力して欲しい』と呼ばれたから来たのよ」
「手紙――ッ!?」
受付嬢さんの返答に一瞬思考を巡らせるがすぐに答えへと辿り着く。
獣人大陸ココリ街で、メイヤが手紙を出しに向かう現場を目撃している。
彼女は高額の飛行船便を使ってまで手紙を出しに向かっていた。
メイヤは胸を張り、『この手紙ですか? ふふん、いざという時の保険ですわ』と言っていた。
彼女は話し合いで終わらなかった場合、『ドラゴンの間』での決闘で決着をつけるつもりだったのか!?
「それにメイヤちゃんとはお友達だし。お友達のお願いなら竜人大陸に来るぐらいするわよ。それに今はまーちゃんも居るから移動も楽々だしね」
『グゥー』
受付嬢さんに顎下を撫でられ、若干疲れ気味の魔物のまーちゃんが可愛らしい泣き声をあげる。
どうやら彼女は手紙を受け取ってすぐに、まーちゃんに乗ってここまで来たらしい。
だが問題……というか気になる点はそこではない。
「メイヤと受付嬢さんが友達? えっ? いつから二人は友達だったんですか? 滅茶苦茶初耳なんですが……」
「結構前からよね?」
「ですわね。お互い、なかなか結婚できない同士すぐに意気投合しましたわよね」
「ちょ!? め、メイヤ!」
「大丈夫ですよ、リュートさん。私が結婚できていないのは事実なんですから」
メイヤの発言に慌てるが、受付嬢さんは朗らかな笑顔で受け流す。
人が変わったような余裕な態度に、どう反応すればいいか戸惑う。
彼女はこちらの困惑を理解したのか、恥ずかしそうに頬を染めながら理由を教えてくれた。
「実はリュートさん達は知らないかもですが、エルさんの孤児院を助ける時にとても素敵な殿方と出会ったんですよ」
「素敵な殿方ですか?」
「そうなんです。ケンタウロス族を率いる格好いい方でぇ。その方と初めて出会った時、運命っていうんですか? そういうのを感じちゃってぇ」
受付嬢さんは片手で赤くなった頬を押さえながら体をくねくねと動かし、青酸カリとトリカブトに砂糖と蜂蜜を混ぜ込んだような甘ったるい声音で告げて来る。
「目と目で通じ合うっていうんですか? 相手も私のこと熱い目で、食い入るように見つめてきてぇ。でも、彼は未だに魔王の毒が抜けなくて実家で療養しているらしくて。いくら運命の相手でも、まだ言葉も交わしていないのに実家に押しかけるのも不味いじゃないですかぁ? やっぱりお義父様やお義母様にもいい印象を持ってもらいたいですし。乙女として自分からガツガツ行くのも恥ずかしくてぇ。でも、彼の容態も心配だし……と困っていたらメイヤちゃんから手紙がきたんです。協力してくれるなら、彼との仲を取り持ってくれるって。もうこれは協力するしかないじゃないですか!」
め、メイヤの奴! 自分が結婚するためにケンタウロス族のアームス・ビショップを売りやがったのか!?
確かにメイヤなら、オレやクリス経由でアームスを紹介するのは容易い。
しかし、まさか自分の結婚破棄の切り札として、最終兵器を迷わず投入するとは想像もしていなかった。
こんなの子供の喧嘩に、超新星爆発を引き起こすようなものだ。
そんな規格外なことをメイヤは躊躇わず、軽々と実行する。
もしかしたらPEACEMAKERで最も恐ろしいのは、メイヤなのかもしれない。
メイヤは怯えてドン引きしているスノー達を前にして、受付嬢さんの手を取る。
「どうかわたくしの代わりに、あの忌々しい鼻持ちならない勘違い野郎であるロンをボコボコにしてくださいまし!」
「任せてメイヤちゃん。私もああいう『俺様系』って嫌いなのよね。だから全力でわたしとまーちゃんが倒してあげる! だから彼への紹介、是非よろしくお願いね」
『グゥー!』
「ええ、お任せ下さいですわ!」
メイヤと受付嬢さんは互いに硬く手を取り合う。
「その魔物使いが朕の相手か……」
ロン・ドラゴンはは興味深そうに『ドラゴンの間』で戦う彼女を見つめる。
途端、彼は口元を緩ませ、全身を震わせて笑う。
「ふははっはっはははははははっはははははは! そうか、そちが相手か!」
その反応にメイヤも驚きの表情を浮かべていた。彼の家臣達も彼女と同じ表情を浮かべる。
どうやら幼馴染みや家臣ですら、彼がここまで大笑いした姿を見るのは初めてだったらしい。
ロンは笑うのを止めると上機嫌な態度で、手にある宝刀、『聖竜昇竜刀』を握り直す。
「さすが朕の后、メイヤだ。これほど面白いモノを連れてくるとは。ますます気に入ったぞ」
彼は一人、さっさと『ドラゴンの間』へと入る。
続いて受付嬢さんとまーちゃんも彼に続いて『ドラゴンの間』と足を踏み入れる。
二人と一匹が入ると扉は自動的に閉ざされた。
こうして『ドラゴンの間』でロン・ドラゴンvs受付嬢さん&まーちゃんの戦いが始まる。
はたしては結果はどうなるのか!?
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10月18日、21時更新予定です!
(1~5巻購入特典SSは15年8月20日の活動報告を、2巻なろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典SSは15年4月18日の本編をご参照下さい。)