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第395話 リュート・ガンスミス


「えっと、こっちの書類は……この案件はバーニー達とも相談しないと駄目だな」


 オレこと、リュート・ガンスミスは、獣人大陸にある新・純潔乙女騎士団本部の執務室で書類仕事に追われていた。


 今手にしている書類は、自身の待ち新・純潔乙女騎士団の支部を作って欲しいとの要望書だった。

 どうやらランスが引き起こした『魔力消失事件』を切っ掛けに、魔力に頼らない防衛能力が欲しいらしく、この手の願いがひっきりなしに舞い込んできていた。

 最近だとココリ街への移住希望者が増加していると、耳にした。これも『魔力消失事件』以後、安全を求めた結果だろう。


 オレはこの書類を『保留』の箱にへと入れる。

 後ほど代表者を集めて話し合い決定するつもりだ。


「ふぅ……書類仕事ばかりだと肩や目にくるな」


 溜息を漏らし背もたれに体を預けると、大きく伸びをする。


『魔力消失事件』――ランスとの戦いが終わって、すでに約二ヶ月が経っていた。

 事件解決後の異世界は表面上、以前に近い落ち着きを取り戻している。


 これだけ早く落ち着きを取り戻したのも、魔力が復活したせいだろう。


 ランスが全魔術師から奪った魔力は、戦いが終わってすぐに戻ってきた。

 そのお陰でオレ自身、九死に一生を得た。


 目を閉じ、約二ヶ月前の出来事を思い返す。




 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼




「……ッゥ! こ、こは……」


「り、リュートくん!」とスノー。

『リュートお兄ちゃん!』とクリス。

「リュートさん!」とリース。

「リュートさま!」とココノ。

「リュート様、ご無事でなによりですわ!」とメイヤ。

「若様、おようございます」と最後にシアが声をかけてくる。


 シアを除く全員が横になっているだろうオレへと抱きついてくる。

 一人一人はたいした重さではないが、纏まるとさすがに息苦しかった。下手をしたら肋骨の1、2本は折れるかもしれない。


 骨折!


 その単語で、自身の四肢がランスによって折られたことを思い出す。

 スノー達に抱きつかれたまま四肢に意識を向けるが、痛みはなく指や足先など問題なく動く。

 なぜか繋がっているようだ。

 骨折が治るほどオレは長く眠っていたのか?


「み、みんな流石にちょっとおも……じゃなくて息苦しいよ。後、今どんな状況なんだ?」


 彼女達はオレの言葉に慌てて離れ、現状を説明してくれた。


 現在、オレが居る場所は海上に着水した飛行船ノアの船内。

 寝起きに使っている寝室だ。

 そのためベッドは大きく、妻や弟子達に抱きつかれてもまだ余裕があったのか。




 スノー達は作戦通り、飛行船ノア・セカンドで上空からランスを攻撃していたが、彼に魔石から魔力を奪われてしまう。

 飛び続けていることができず、落下。


 このまま重力に任せて落下すれば、海面に激突し木っ端微塵で命はない。

 ココノは咄嗟に機体を滑空させ、海面が近付くと左の翼をわざと傾ける。左翼を犠牲に減速し、着水を試みたのだ。


 ココノの機転で全滅は免れたが左翼は根本から折れてしまい、右翼のエンジンももげて海中へ沈んでしまう。

 中心地からは大分離れてしまったが、それでもオレを助けに向かおうとリースが『無限収納』からレシプロ機(擬き)を取り出す。


 レシプロ機(擬き)に乗って助けに向かおうとしたが、ランスは『無限収納』にある魔石の魔力すら奪っていたため、飛ぶことができなかった。

 立ち往生していると、魔法陣が出現。

 しばらくして光の柱が天と地を結び最後は眩しく光ると、消えてしまった。


 衝撃、爆発音、振動、海面が揺れて津波が発生することもなく、砕けた魔法陣がガラス片のごとく落下する姿は幻想的だったとか。


 その光景に魅入っていると、最初に我に返ったのスノーだった。


 自身に魔力が戻っていることに気付いたらしい。

 この中で一番魔力量が多いのがスノーだからだろうか?


 彼女の指摘でクリス、リース、メイヤ、シア自身も魔力が戻っていることを確認する。

 魔力が戻ったということはランスが倒されたのか?

 議論や疑問を抱くより、レシプロ機(擬き)に魔力を注入。

 レシプロ機(擬き)の運転でココノ、捜索で目の良いクリス、状況によって柔軟に対応できるよう魔術に最も長けているスノーの三人が代表で向かうことになった。


 ココノは運転席。後部座席に無理矢理スノー&クリスが乗り込む。


 レシプロ機(擬き)を飛ばしてすぐに気付いたのは、中心地がまるで夢か幻のごとく跡形もなく消えていたことだった。

 爆発音、衝撃波、残骸など一つもなかったため、光に呑み込まれたのかもしれない。


 スノー達は必死になってオレを捜索。

 力無く海面に浮いていたオレをクリスが発見し、近付く前に沈み始めたので慌てて回収した。

 スノーが久しぶりに魔術を使い氷の足場を作り出す。

 彼女が潜ってオレを引き上げ、クリス&ココノが氷の足場に引き上げた。


 手足が折れているためすぐに治癒魔術で治療。

 そして飛行船ノアへと引き上げ、着替えさせ寝室のベッドに寝かされた。


 言われて自分が戦闘服ではなく、パジャマ姿なのに気付く。


「リュートさんが無事で本当によかったです。魔力が戻ったということは、リュートさんがランスさんを倒したということですよね? あの後、どうやって天神化した彼を倒したのですか?」


 リースが指先で涙を拭うと、疑問を口にする。

 ぶわっと背中に冷や汗が流れる。

 彼女の言葉に他嫁達も頷く。


 あの天神化し無敵といっていい存在になった彼をどうやって倒したのか?

 気になるのも当然である。


 とはいえ『地球と繋がり魔力が最高潮になったのを狙って妨害。魔法陣を暴走させ、ランスと一緒に死ぬつもりだった』と言えば、彼女達は怒る――どこから泣くだろう。

 怒られるのも辛いが、愛する妻達を悲しませるのはもっと苦しい。


 オレがどう答えていいか逡巡していると、外部に異変が起きる。


「この声……エル先生!?」


 今居るメンバーでもっとも耳が良いスノーがまず最初に気付く。

『なぜこの場にエル先生がいるのか?』と疑問に思ったが、ランスに見せられた映像でエル先生、ギギさん、受付嬢さんが巨大な空飛ぶ魔物に乗ってこちらへ移動するつもりだったことを思い出す。


 四肢の骨折は治癒魔術で完治しているが、体力を激しく消耗しているため体が重く、シアの肩を借りて、飛行船ノアの甲板へとあがる。


 エル先生達はちょうど巨大な魔物から、甲板に移動している最中だった。


 オレ達の姿を確認すると、エル先生が慌てて近付いてくる。


「リュートくん! スノーちゃん! 皆さん、全員無事ですか!? 怪我はしてませんか!」

「はい、大丈夫です。自分が骨折してましたが、魔力が戻ったのでスノーに治癒魔術で治してもらいましたから」

「そうですか、よかったです」


 エル先生はホッと胸を撫で下ろす。

 オレが代表して答えたが、スノー達は警戒心も露わにAK47、SVD、PKM等で武装し戦闘態勢を取る。

 何をそんなに警戒しているんだ?


 原因はすぐに判明した。

 オレは、エル先生達が乗り物代わりにしている巨大な魔物の存在を思い出す。

 スノー達は映像を見ていないので知らないのも当然だ。


 ギギさんと受付嬢さんが、遅れて魔物から下りてくる。

 飼い主である受付嬢さんが、警戒するスノー達に笑顔で説明してくれた。


「皆さん、そんなに怖がらなくても大丈夫よ。この子は私のペットで『まーちゃん』っていうの。所用で魔物大陸に行った時に懐かれちゃって」

『ぺ、ペットですか?』


 クリスは『何を言ってるんだろうこの人は』という表情でミニ黒板を差し出す。

 気持ちは分かる。

 全長約100mはあるドラゴンによく似た魔物を『ペット』と言い切るのだ。

 この魔物が暴れ回ったら天災扱いされるだろう。つまり受付嬢さんは台風や竜巻、嵐などに等しい天災をペット扱いしているのだ。

 ドン引きしないわけがない。


 オレ自身は映像越しで確認していたが、目の前で見ると圧倒的迫力だな……。




 互いに無事を確認すると、いつまでも海上に居てもしかなたいため妖人大陸へ戻ることになった。

 問題があるとすれば、飛行船ノアの扱いだ。


 両翼は使用不能レベルで破損。

 船底に敷き詰めている魔石に魔力を溜めれば再び浮遊するぐらいはできるが、前に進む推進力が無いのと数が多いので溜めるのに時間がかかる。


 推進力は『まーちゃん』で代用するとして、魔石の魔力供給は魔力が復活した魔術師組、スノー、リース、シア、メイヤ、エル先生、ギギさんにお願いするしかない。


 事情を話し船底の魔石に魔力供給をお願いすると、受付嬢さんが笑顔で代案を出してくる。


「この変わった形の飛行船を持っていきたいのよね? だったらまーちゃんに任せればいいわ」

「任せるって……腕で持って飛ぶとかは無しですよ? 着水の衝撃でどこにガタがきているか分からないので、飛行途中に持っていた部分が壊れて落ちたら大変なことになりますから」

「大丈夫、もちろん分かっているわ。まーちゃん、お願いね」


 受付嬢さんの言葉に超巨大な頭を縦に動かしたまーちゃんは、わずかに瞳に力を込める。


『!?』


 受付嬢さん以外の皆が驚く。

 まーちゃんは飛行船ノアに触れてもいないのに本体を持ち上げたのだ。

 重力操作? サイコキネス? はたまた視認できない手で持ち上げているのか?


 唯一分かることは、こんな規格外なマネは前世、地球の技術の粋を集めても不可能だということだ。

 こんな怪物をペット扱いする受付嬢さんって……。


 と、とりあえず無事、飛行船ノアを放棄せず持ち帰る算段も付いたため、妖人大陸へと帰還する。




 妖人大陸にある孤児院へ戻ると、タイガはソプラとフォルンや子供達の面倒を見ていた。

 ドラゴンの幼生体を従えている元始原(01)四志天(ししてん)の妖精種族、黒エルフ族、魔術師A級のシルヴェーヌ・シュゾンは空を警戒。

 ザグソニーア帝国魔術騎士団副団長、人種族、魔術師Aマイナス級、ウイリアム・マクナエルを含む帝国兵士&応援に駆けつけてくれた孤児院出身者達が町を含めた周辺の警護にあたってくれていた。


 ランスの言葉を真に受け、関係者を襲うと企む者達がメルティア王国以外に居るかもしれないためだ。


 唯一、ケンタウロス族だけは、商業都市ツベルへと大急ぎで向かっていた。

 魔人種族、ケンタウロス族、魔術師Bプラス級、アームス・ビショップが『黒毒の魔王』改め『絶死(ぜっし)の魔王』の毒矢を受けてしまった。


 即座に肉ごと切り落としたため即死はしなかったものの、極少量の毒が体に周りダウン。

 魔術が復活したことで解毒魔術を使ったが回復せず、状態を維持させるのがせいぜいだった。

 そのため各種薬が揃っている近場の大きな街で、ケンタウロス族の他魔術師が延命させながら薬&魔術で回復させに向かったのだ。


 孤児院を救ってくれたお礼を言いたかったが、後日に回すしかない。


 また意外な人物といえば、黒の面々である。

 なぜか魔物大陸の奥地にある魔王の封印場所に居るはずの彼女達が、妖人大陸の孤児院に居たのだ。

 さらに驚くべき事に、『生夢(せいむ)』を患った『黒』の頭目であるシャナルディア・ノワール・ケスランが目を覚ましていた。


 話を聞くと、受付嬢さんが眠って起きない彼女のことを知って、無理矢理起こしたらしい。

生夢(せいむ)』を患っていた彼女の起こし方とは……。


「別に特別なことはしてませんよ? こう気合いを入れてあげる感じで『えいっ』と起こしただけですよ」


 受付嬢さんが可愛らしく『えいっ』と口で言っているが、黒メンバーがまるでこの世の終末を見てきたように震えあがっていた。

 だいたい気合いって……気合いでどうにかなるものなのか?


 しかし手放しで喜べるものでもなかった。

 目を覚ましたシャナルディア・ノワール・ケスランだったが、その思考能力は赤ん坊レベルにまで落ちていたのだ。


「あー」


 瞳を虚空へぼんやりと投げだし、口からは言葉にならない声をあげる。

 恐らく『生夢(せいむ)』の後遺症なのだろう。

 言葉は話せなかったが、なぜか初めて顔を会わせたエル先生に懐く。


 さすがエル先生!

 女神で聖母の威光にはあのシャナルディア・ノワール・ケスランも逆らえないらしい。

 とりあえず彼女がエル先生に懐いているのもあり、黒メンバーは暫く孤児院の近く、町にある空き家で生活をするとか。


 オレ達は事件解決後の戦後処理をするため、エル先生やウイリアム達などへ挨拶もそこそこに、獣人大陸にある新・純潔乙女騎士団本部へと帰還する。


 飛行船ノア事、オレ達を本部へ送ってくれる受付嬢さん&まーちゃんは、運び終わったら彼女の実家がある魔人大陸へ戻るらしい。

 久しぶりに親姉妹に顔を出すと言っているが――実際は、それを口実にケンタウロス族のアームスと出会う切っ掛けを探すつもりなのだろう。


 是非、2人には結ばれて幸せになって欲しい!

 本気で心の底から切実に2人の幸せを願ってしまう。




 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼




 意識が現実時間へと戻る。


 こうしてオレは無事に再び獣人大陸へと帰還し、事後処理仕事などに奔走する嵌めになったのだ。

『魔力消失事件』のような大事件に巻き込まれ右往左往するよりはずっとマシだが。


 しかし、ランスを倒して約2ヶ月。

 事件解決後、表面上は以前に近い落ち着きを取り戻しているが問題が全て片づいたわけではない。


 たとえば今回の事件の死亡者の扱いだ。

 死亡者は1万人を超えると予想される。特に酷いのが冒険中やダンジョン等に潜っている最中の冒険者達だ。

 残された家族や親族などの扱いをどうするべきか?


 各大陸の国々で話し合いが持たれているが回答はまだ出ていない。当然である。

 それでも魔力が早急に戻ったお陰で、今回の騒動で出た怪我人や病人などの治癒、止まっていた物流の回復。各国や街などの治安回復等が予想以上に早く立ち直ることができた。

 もしまだ時間がかかっていたら遺族の保護や扱いについて話し合うことすらできなかっただろう。


 また面白い点として、PEACEMAKER(ピース・メーカー)の情報担当責任者であるラミア族、ミューア・ヘッドミューア曰く、全て元通りに戻ったのではなく、元々持っていなかった人物が新たに魔力を得たケースが数件報告されている。


 オレの周囲にそういったケースは起きていないが、原因はやはり魔力を持った魔術師が大量に死亡したからだろうか?

 行き場を失った魔力がランダムで取り込まれたと考えれば筋道が立つ。


 また遺族問題として、事件の主犯であるランス・メルティアの祖国、メルティ王国へ各国が責任追及と補償を求める声があがっている。

 これに対してメルティア王国は、頑なに『自国に責任無し』の立場を貫いている。


 理由として、次期国王候補だったランス・メルティアは『黒毒(こくどく)の魔王』によってすでに殺害されていると主張しているためだ。

 だから上空に映った人物は自国の『ランス・メルティア』に似ているが、別人だと訴え補償を拒んでいる。


 さらにメルティア王国国王から、PEACEMAKER(ピース・メーカー)宛てに手紙が送られてきた。

 内容を要約すると『一部兵士が暴走し孤児院を襲ったが、彼らが勝手にやったことで自分達に責任は無い。PEACEMAKER(ピース・メーカー)と敵対するつもりはない』とのことだ。


 PEACEMAKER(ピース・メーカー)の名声は『魔力消失事件』解決により、過去に(偽りだが)魔王を倒したという五種族勇者すら超えてしまった。

 魔力消失という過去に例がない天変地異レベルの問題を解決したのだ。

 神話の英雄。後生に永遠と語り継がれる神の軍団(レギオン)扱いになって当然といえば当然である。


 天神化したランスすら倒し、魔力を取り戻した軍団(レギオン)と事を構えたいか?

 答えは『NO』である。


 ただでさえ各国から遺族の補償問題で突き上げを喰らっているのに、PEACEMAKER(ピース・メーカー)まで敵に回したくないらしくこちらが驚くほど下手の文章が書かれてあった。



 ――と、このように多々の問題が生じていた。

 だが、これらは確かに問題だが時間が経てば沈静化する。


 一番の問題は金銭や時間で解決できないモノである。

 その問題とは――ララについてだ。



 オレ達は受付嬢さんとペットのまーちゃんの力で、獣人大陸にある本部へと戻ると早速、事態の沈静化をはかった。


 周辺が落ち着いた所で、オレとメイヤ、ルナと外部から飛行船技術者を集め飛行船ノアの修復に着手する。

 両翼とエンジンは予備があるので、交換するだけでさほど時間はかからなかった。


 外部から雇った飛行船技術者達に、翼やエンジン以外に問題が無いかのチェックと修繕を依頼し作業に取り掛かってもらう。

 細かい傷や破損は見つかったが、全体として損傷は軽微だったので修繕事態は早々時間がかからなかった。

 これもココノが機転を利かせて、海上に着水してくれたお陰だろう。


 飛行船ノアの修理を終えると、早速被害にあった大陸を周り状況の確認をしたり、北大陸に居た旦那様を魔人大陸へ送り届けたりした。

 混乱はあったものの魔力が戻ったお陰で、沈静化はスムーズにおこなえたようだ。


 そして一番最後に向かったのはリースの実家である妖人大陸、ハイエルフ王国エノールだ。


 ランスに与した大犯罪人である元第1王女、ララ・エノール・メメアを、引き渡すためだ。


 ランスを倒したため、皮肉にもララは魔力を取り戻しているが、魔術防止首輪で封じ込めている。

『精霊の加護』は『予知夢者』を失ったままで、『千里眼』のみ使える状態らしい。

 二つの加護を得ること事態が異例で、さらに片方とはいえ『精霊の加護』を失うなどハイエルフ族の歴史上ありえない異常事態。


 だが、その程度ならたいした問題にならなかった。

 ハイエルフ王国エノールの法に従い裁けばいいのだから。

 当然、これまでの罪状から、いくら元第1王女とはいえ死刑は免れない。


 問題は――ララがランスの子供を妊娠していることが発覚したからだ。


 結論から言うと現在でもララのお腹に居る赤ん坊をどうするかで、ハイエルフ王国エノールは上から下まで揉めに揉めている。


 赤ん坊に罪が無いとはいえ父はあのランス、母はララだ。

 この赤ん坊に罪はあるのか?

 また生まれた場合、誰が面倒を見るのか?

 赤ん坊が生まれた後、ララを死刑にするのか?

 赤ん坊から母親を奪うぐらいなら、いっそ母子共々処刑した方が――云々と侃々諤々の議論がおこなわれた。


 この赤ん坊問題に関しては金銭や時間で解決できるモノではない。


 事件を解決した当事者であるオレ達も意見を求められたが、答えられなかった。

 不用意な発言で、赤ん坊の未来が決まると思うと考えただけで、とてもじゃないが何も言えなかった。


 ララの処遇に関しては結論が出るまで保留になる。

 彼女はあの大樹の下の下。

 絶対に光が入り込まない地下牢獄へと入れられることになっている。


 ララはその間ずっとお腹を押さえるだけで、一言も言葉を発しなかった。

 誰とも目を合わせようとせず、下を向いたままだ。


『処遇に関しては結論が出るまで』という話だが、親子共々死ぬまで牢獄生活になる可能性も高いだろうな。

 もしその場合、オレ達はどうしたらいいのやら……。


 本当に頭が痛くなる問題である。


「ふぅ……ランスの奴、最後の最後まで迷惑をかけやがって……」


 オレは再び溜息を漏らす。

 背もたれに体を預けながら、開かれた窓から青く澄んだ空へと視線を向ける。


「…………」


 この異世界に魔力が戻ったということはランスが取り込んだ神核(しんかく)魔法核(まほうかく)魔術核(まじゅつかく)と再度分裂したということだ。

 つまり、やはりランスはあの光に呑み込まれ死亡した。

 いや、オレがこの手で殺したのだ。


 とはいえ、後悔はない。

 だが『他に方法はなかったのか?』とも考えてしまう。


「――いや、ただの『IF』……夢想だな」


 狂信レベルで復讐に囚われていたランスを止めることは、それこそ天神にすら不可能だろう。

 三度目の溜息を漏らす。


『コンコン』と溜息を漏らした後、狙ったように執務室の扉がノックされる。

 返事をすると、嫁+メイドが顔を出した。


「リュートくん、お仕事の方はどう?」とスノーが問う。

『もしタイミングがよければ、お昼にしませんか?』とクリスがミニ黒板を差し出す。

「今日は食堂のおばさま達が腕によりをかけたシチューですからきっと美味しいですよ」とリースが上品に微笑みながら告げる。

「ちゃんとご飯を食べないと体に毒ですから、一緒に食べにいきませんか?」とココノがこちらの体を気遣う。

「…………」

 シアは扉を開き、メイドらしい姿で無言のまま立っている。


 ――オレはこの異世界に生まれ変わった時に誓った。


『この世界、この人生では強くなろう。勇気を持ち、七難八苦があろうとも逃げ出さず、助けを求める人がいれば絶対に力を貸そう。人助けをしよう。それが少しでも田中への罪滅ぼしになるように……』と。


 田中への贖罪のために、オレはPEACEMAKER(ピース・メーカー)を立ち上げ、『困っている人、救いを求める人を助ける』という理念を掲げた。


 にもかかわらず、オレ自身の手で田中を……ランスを殺してしまった。


 そこに後悔は無い。

 大切な人達、愛する者達を守るため、何度同じ状況に立たされても答えは変わらない。


 オレの胸には未だにランスへの贖罪の念が残っている。

 しかし彼への贖罪をひっくるめて、皆と大切な仲間達と一緒にこれからも困っている人、助けを求める人を助けていこう。


 今度は贖罪ではなく、自分の意思で。


 それがこの異世界――いや、この『世界』に生まれ変わった自分自身の生きる理由だから。


「ああ、行こうか」


 オレは笑顔を浮かべ、席から立ち上がり皆と一緒に部屋を出る。


「リュートくん!」

『リュートお兄ちゃん』

「リュートさん」

「リュート様」

「若様」


 愛する妻とメイドへ笑顔を向けながら。


 オレは皆と並んで、同じ道を歩き出した。


                    <第24章 終>























「……リュート様! 結婚してくださいまし!」


 新・純潔乙女騎士団本部、執務室。

 各事後処理も粗方終わり、ようやく一息つくとメイヤが執務室へと入ってきた。

 彼女は机の前まで来ると、乗り上げる勢いで訴えてくる。


「今まではっきりとした態度を取ってこなかったわたくしにも問題はあります。ですのではっきりと申します! わたくしはリュート様のことを尊敬する師ではなく、一男性として愛しております! なので結婚腕輪を下さいまし! お願いします! お願いします! 何でもしますから! 何でもしますからぁぁッ!」

「はっきりって……むしろあからさま過ぎて色々躊躇うレベルだった気がするんだけど……」


 メイヤは『必死』というタイトルをつけて額縁に飾っても問題ないレベルの表情をしていた。


『魔力消失事件』が起きる前に、オレは彼女に対してレストランで食事後、結婚腕輪を渡したいと話をしていた。

 しかし魔力が消失し、魔術師が意識不明になったり、ランスとの戦い、戦後処理などの作業で伸ばし伸ばしになっていた。


 今日、メイヤが訴えてきたのも、戦後処理に目処が付きようやく一息つけられるタイミングだ。

 こういう細かい気配りが出来るのがメイヤの美点だと思う。

 ……たまにタイミングを外したり、酷い時に来たりするが。


 ただ唯一というか、困った点は……。


「本当に何でもしますわ! リュート様がお望みならなんでも! 地位や名誉、金銭も魂の全てすら差し出しますわ! リュート様がお望みなら、わたくし、い、いいつでもドンと来いですわ! むしろ、朝昼晩、深夜早朝夢の中! いつでも受け入れる所存です! な、なんならうひぃ、今からでも、ふひぃ……」


 メイヤは興奮のあまり、変な笑い声を漏らしさら近付いてくる。

 基本的にとても優秀なのだが、よく暴走するのが玉に瑕だ。

 てか、『朝昼晩、深夜早朝夢の中』って彼女は何を求めているのですかね。ちょっと自分にはよく分かりません……。

 本当に黙っていれば美人なのだが……。


「落ち着けメイヤ、涎が垂れているぞ」

「あらやだわたくしったら、リュート様の前で」


 指摘すると彼女は取り出したハンカチで口元を拭う。


「メイヤの言いたいこと、気持ちは理解した。確かに『魔力消失事件』も粗方処理できたし、後回しにしてしまっていたけどいい頃合いだと思う」

「り、リュート様! では!」


 メイヤはあの地球への扉を開いた魔法陣に負けないほど瞳を輝かせる。

 オレは微苦笑を浮かべながら、椅子から立ち上がり、彼女と向き合う。


「メイヤ、結婚しよう」

「はい、リュート様!」






 次回


 第25章  メイヤ・ドラグーン結婚(?)編 開幕!!!


ここまで読んでくださってありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!

9月4日、21時更新予定です!


まずご報告から。

無事に軍オタ8巻&コミックス2巻が発売することができました。

これも皆様のお陰です。本当にありがとうございます!

また軍オタ8巻発売を記念して、硯様がtwitterにイラストをアップしてくださいました!

イラストはココノです! ココノの横乳! ごほん、ではなく可愛らしい笑顔についつい見惚れてしまいます。こちらは、『硯 twitter』で検索すると出てくると思います。是非、ココノの薄く浮き上がった脇腹! 鎖骨! ――ではなく、可愛らしいイラストをご確認頂ければと思います。


また活動報告に感想返答をアップいたしました。

こちらもよかったらご確認ください。



また25章で遂にリュート&メイヤ祝結婚話を書くことが決定しました!

リュート&メイヤは無事に結婚することができるのでしょうか!? 是非、ご期待ください!


ちなみに未だに25章のプロットが出来ておりません。

なので申し訳ありませんが、2週間ほどプロット製作の時間を頂ければと思います。

と言ってもそれでは間が開きすぎるので一週間後に繋ぎとしてSSをアップする予定です。

皆様に楽しんで頂けるよう頑張ってプロット、シナリオを書くつもりなのでご理解頂ければと思います。


(1~5巻購入特典SSは15年8月20日の活動報告を、2巻なろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典SSは15年4月18日の本編をご参照下さい。)


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[良い点] おめでとうメイヤ…ほんとに…あとはあの人だけ…あの人ほんと何なんだ…あの家系が皆強いのか、あの人だけが突然変異なのか…
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