第375話 北大陸1
北大陸、ノルテ・ボーデン。
ノルテ・ボーデンは北大陸の港であり、玄関口の1つである。
そんな大都市に、未曾有の危機が迫っていた。
元北大陸を治める上流貴族のオール・ノルテ・ボーデン・スミスが、巨人族と融合し、ノルテを目指し雪原を歩いていた。
彼は巨人族の胸元に上半身を覗かせている。
手足は埋まっているため、まるでサナギ孵化の途中経過を見せられている気分だ。
その瞳は激しい憎悪に燃えている。
彼は巨人族に融合しているためか、他巨人族を部下のごとく従えていた。
その数はざっと100体以上。
過去、巨人族を引き寄せる禁術が使用され、ノルテの街が今回のように危機へと陥った。
しかしリュート達が、現代兵器と地形を利用し街へ向かう巨人族を別の場所へと誘導。
お陰でなんとかギリギリ街に殆ど被害、死者を出さずに済んだ。
だが今回はリュート達がおらず、さらに人々から魔力が消失している。
また巨人族と融合したオールによって巨人族が統率されているため、前のように誘き出し谷底に落とし数を減らすこともできない。
まさにノルテ・ボーデン始まって以来の危機だといえる。
観光地にもなりそうな他大陸と比べても圧倒的に分厚く、でかい二重の城塞では迫る巨人族対策の準備が進められていた。
その現場指揮を執る現当主であるアム・ノルテ・ボーデン・スミスが兵士に尋ねる。
「街の住人達の避難はどうなっている?」
「はい、問題無くおこなわれております。この分なら巨人族到着する前に皆、地下道へと避難が完了いたします」
地下道とは、かつてノルテがまだ小さな町だった時代、巨人族対策として掘らた地下避難場所である。
過去、一般市民はこの地下に逃げて込み巨人族から身を隠していたとか。
ノルテが大きくなるにつれて拡張工事を繰り返した結果、気付けば誰も全容を把握しない巨大迷路になってしまった。
そのため現ノルテの住人数でも荷物を持たず、詰めれば隠れられるほど広い。
前回の騒動の際も、この地下道に住人達を避難させた。
今回もそれに習って避難してもらっている。
「バリスタやその他の防衛準備はどうなっている?」
「バリスタはもう少しで設置が完了します。魔石付きバリスタ用の矢の準備も問題ありません。……ただその本数は多くないのが現状です」
「安心するがいい。城や街にある魔石を全て掻き集めさせたから、もうすぐ届くはずだ。手の空いた者からバリスタの矢に魔石を付ける作業に入るよう指示を出しておいてくれ」
「了解致しました!」
先程まで暗い表情をしていた兵士が、アムの話を聞いて一転、明るさを取り戻す。
大量の魔石が届けばまだ闘いようがあるからだ。
城はともかく、街の魔石は全て緊急に買ってきたものだ。
商人達は無料提供でないだけマシといった表情をしていたが、素直に喜べずにいた。
なぜなら、いくらお金があっても死んだら意味がないからだ。
調子よく周囲を明るくするように元気に声を出していたアムが、そっとボリュームを落として兵士に問う。
「我が妻アイスと愛娘シユの脱出はどうなっているんだい」
「ご安心下さい。奥様達はすでに地下道を使い雪山へと脱出。戻ってきた兵士によれば無事に白狼族達と合流できたそうです」
「うむ、ならよかった。これで心おきなく暴れられるというものだ」
アムはどこかすっきりとした、覚悟を決めた潔い表情を作る。
そして約1時間後――『ズゥン……ズゥン……ズゥン……』と雷鳴に似た足音を響かせ、巨人族の群れが姿を現す。
先頭を進むのはもちろんオールだ。
第二城壁に並べられたバリスタ。
その指揮を執るアムが声を張り上げる。
「まだだ! もっと引きつけてから撃つのだ! 次弾の準備は速やかにおこなえるようにしておくのだぞ!」
『はい! アム様!』
巨人族100体を前にしても、アムの下で兵士達が取り乱すことなく、忠実に行動していた。
アムはタイミングを見計らう。
「もう少し……後、もう少し……今だ! 撃て!」
合図と共に魔石付きバリスタの矢が一斉に発射される。
着弾。
先端に取り付けられた魔石が潰れて暴発し、爆発を引き起こす。
怪物化した静音暗殺と違い巨人族の体を構成するのは石材だ。
それ故、魔石付きバリスタでの破壊は十分に可能だった。
アムもそれを知った上で、迫ってくる巨人族の数が多いため、如何に素早く正確に矢を放ち、命中させられるかを重視していた。
しかし、現実は違った。
「う、嘘だろ……」
最初に気付いたのは、一人の兵士だ。
彼は目が良く、魔石暴発が引き起こした爆発による雪煙の隙間から覗く姿に気付く。
先頭を進んでいた巨人族の一体が、両腕を突き出していた。
その手のひらから発生する光の壁――抵抗陣が魔石付きバリスタの爆発を全て防いでいたのだ。
他兵士達も巨人族が抵抗陣――魔術を使っていることに気付き、驚きで動きを止めて見入ってしまう。
彼らは長年、北大陸に居る住人達だ。
巨人族がどういう魔物なのか、子供の頃から教えられている。
魔術を使う巨人族など、絵本の中にも出てこない。
なにより巨大な体躯を持ち、丈夫な石材で構築された巨人族が、魔術まで使用する。
その衝撃は、北大陸の住人達だからこそ大きかった。
『ふふふ……凄いや。魔術って本当に凄いんだね』
魔術で拡張された声が響く。
アムにとってその声は物心付いた時から聞いてきた声だった。
『バリスタの矢だけじゃなくて、魔石の暴発まであんな簡単に防ぐことができるなんて。ランスに頼んで魔術を使えるようにしてもらってよかったよ。まさにランス様々だね!』
先頭の巨人族、胸から飛び出たオールが心底楽しげな声音で独白する。
彼の視線が第2城塞へと向けられる。
『さて、攻撃の方はどうなのかな?』
「ッ! バリスタ! 装填急げ!」
『遅いよ! 我が手に灯れ、炎の槍! 炎槍!』
オールの声に従い炎槍が産まれ、先端が城塞に配置されたバリスタへと向けられる。
炎槍は正確な軌道を描き、次々バリスタ本体へと突き刺さり炎上させた。
「熱ッ!」
「早く! 早く、火を消せ!」
唯一、巨人族に対抗できるバリスタが目の前で燃えていく。
兵士達は手にした布で叩いたり、雪を被せ火を消そうとするが、攻撃魔術で付いた炎は消えない。
『まだまだ行くぞ! 踊れ! 吹雪け! 氷の短槍! 全てを貫き氷らせろ! 嵐氷槍!』
オールが両手を天にかかげ呪文を唱えると、竜巻が起きる。
その中に無数の鋭い氷の刃が舞っていた。
「皆! 物陰に隠れろ!」
アムの怒声に近い指示に、兵士達は慌てて物陰へと飛び込み、地へと伏せる。
ほぼ同時に無数の氷の刃が、機関銃の如く降り注ぐ。
氷×風の中級魔術。
攻撃が収まると、城壁には立っている兵士は誰一人居なかった。
静寂が場を支配する。
微かに聞こえてくるのは呻き声ぐらいだ。
オールは自身が引き起こした光景を前に、嬉しそうな声音を漏らす。
『魔術最高ッ! 兄様は狡いや! こんな素晴らしい力を持っていたなんて。そりゃ僕がいくら努力しても、誰も当主として認めてくれないわけだ!』
幸いにしてアムの素早い、適切な指示のお陰で兵士達に死者こそでなかったが、手や足、肩などを貫かれて負傷する者達が多数でる。
兵士とはいえ領民達を自らの手で傷つけたのにもかかわらず、オールは真理に到達した賢者の如く溌剌とした顔で叫び出す。
『今までどれだけ努力をしても、誰も僕を認めてくれなかった! どれだけ努力しても無駄だっった。でも今は違う。なぜなら魔力があるからだ! 魔術師だから皆、僕を見てくれる。認めてくれる。魔力がない奴はゴミだ! 魔術師じゃない奴は生きる価値もない! オマエも! オマエも! オマエもオマエもオマエも! 魔力が無いから屑でゴミだ! そして兄様、今のあんたも魔術師じゃないからただ蹂躙されるだけの無価値な存在でしかないんだよぉおおぉッ!』
オールは屈折したコンプレックスを隠さず、実兄であるアムへとぶつける。
巨人族の胸から生えている彼は、アムを上から見下していた。
彼の主張に誰も反論することができなかった。
圧倒的戦力差を前に皆、萎縮してしまっているのだ。
アム自身も折れてしまいそうになる心をなんとか支え、兵士達に指示を出す。
「第2城壁は放棄する! 全員第1城壁まで後退せよ! 負傷している者には手を貸してやれ。誰一人として残すな!」
アムの指示に兵士達は行動を開始する。
彼は無事な兵士達を纏めて、弓矢を手にオール達の足止めを担当した。
普通の巨人族にも弓矢など効果はほとんど無い。
さらに今回は魔術も使えるのだ。
象に立ち向かう蟻状態である。
オールはニヤニヤと実兄の足掻きを、文字通り上から見下ろす。
アム自身、無駄だと分かっていながらも、ノルテ・ボーデン現当主として引き下がれなかった。
「どうやらそろそろ俺様達の出番のようだな……!」
そんな危機的状況に颯爽と上半身裸の男達が姿を現す。
先頭を歩くのは、毛が1本もないスキンヘッドに顔には頬から口元まで深い傷痕が走っている。
元筋肉四天王の1人、人種族、顔傷のジェンリコだ!
彼の後ろにもなぜか北国なのに上半身裸で、無駄に筋肉が発達した男達が続く。
さすがのオールも彼らの登場に、困惑した表情を浮かべた。
『何者だ貴様らは?』
「ふっ、我々は天使の筋肉さ」
先頭の顔傷、ジェンリコが答える。
だが意味が分からなすぎて、オールは反応できずにいた。
アムも彼らが魔石採掘所の採掘夫達で、あのダン・ゲート・ブラッド伯爵の知り合いだというぐらいしか知らない。
現在、魔力が消失しているため怪我をしたら治癒できないし、魔術道具を動かす魔石にも限りがある等の理由で採掘所の作業が停止している。
彼らは仕事が無くなったので、暇つぶしにたまたまノルテへ仲良く旅行に来ていたのだ。
ムキムキな男達だけでだ!
アムは協力を申し出られたが、いくらダン・ゲート・ブラッド伯爵の知り合いとはいえ意味が分からない彼らをもてあまし、後方へと配置していた。
そのため今まで出番がなかったのだ。
兵士達が撤退するのを見て、ついに自分達の出番だと姿を現したらしい。
顔傷、ジェンリコが決め顔で警告する。
「ここの領主様は、兄貴と知り合いらしいからな。兄貴の知り合いは、俺様達の筋肉も同然。これ以上、筋肉に手を出すなら容赦しないぜ」
『……貴様達は、今の状況が分からないのか? 分からないほど阿呆なのか?』
ジェンリコの警告に、オールは狂人を前にしたような視線で問う。
彼の答えに、ジェンリコ――筋肉野郎共が微苦笑を浮かべて肩と胸筋をすくめた。
「やれやれ物わかりの悪い坊ちゃんだ。これだから筋肉の足りない者達は理解が遅くて困るぜ。……少々、体で分からせないといけないようだな」
ジェンリコ達が体をほぐし出す。
どうやら何かをするつもりらしい。
絶望的状況にもかかわらず、あまりに堂々とした態度にさすがのオールも警戒し、やや距離を取る。
何が来ても防げるように抵抗陣を展開する心構えをする。
アム達、兵士達も訝しがりながらもジェンリコ達にほのかな期待を寄せた。
バリスタは燃え、魔石付きの矢も抵抗陣で防がれ効果無し。
第一城壁に予備のバリスタや魔石付きの矢があるとはいえ、効果がないのは証明済みだ。
彼らにこの絶望的状況を覆す手段、秘策があるならもうそれに縋るしか方法はない。
兵士達は固唾を呑み込みジェンリコ達の様子を窺う。
ジェンリコ達はその場に居る皆の視線を一斉に浴びながら、筋肉を震わせる!
「喰らえ! 俺様必殺の筋肉芸術を!」
ジェンリコはゆっくりと左手で、右手首を掴み力を込める。
それにより腹筋、腕、肩などがの筋肉が躍動するかのごとく強調される!
ジェンリコが取ったポーズは前世、地球でいうところの『モストマスキュラー』というものだ。
『モストマスキュラー』によってジェンリコの鍛え抜かれた上半身筋肉が、バリバリに強調される!
他にも男達が思い思いにポージングを取る。
一般筋肉レベルである者達には耐えきれない筋肉アピール!
これにはさすがのオールも……。
『…………』
オールは無言でジェンリコ達に近付くと、巨人族の硬い拳を上から下に振り下ろす。
第2城壁はその一撃で一部崩壊する。
先頭に立ちポーズを取っていたジェンリコが崩壊に巻き込まれ、城壁から一気に地面へと落下。
体こそ鍛え抜かれた筋肉で無事だが、落下の衝撃で視界がくらくらと揺れる。
「くッ、俺様の筋肉レベルではまだ足りないということか!? クソ! もっと筋肉を! もっと、もっと筋肉があれば……!」
『そういう問題じゃないだろ。筋肉なんていくらあっても僕を止められるはずがないだろうが。だいたい筋肉より魔力の方が重要に決まっているじゃないか。魔力があれば魔術でいくらでも強くなれるんだから。そんなことも分からないなんて、馬鹿なのか?』
地面に倒れるジェンリコを踏みつぶすため、オールは巨人族の足を上げる。
そのまま躊躇いなく足が下ろされた。
ジェンリコはなんとか逃げようとするが、落下の衝撃で体が上手く動かない。
先程のオールの言葉が蘇る。
『だいたい筋肉より魔力の方が重要に決まっているじゃないか。魔力があれば魔術でいくらでも強くなれるんだから』
本当にそうなのか?
筋肉は無力なのか?
所詮、筋肉など物の数ではないのか?
死の間際、そんな考えが脳内を過ぎ去る。
(違う! 筋肉はそんな柔じゃない!)
ジェンリコは死の間際でも、筋肉の可能性を強く信じていた!
なぜならば、昔、魔石採掘所で筋肉四天王と呼ばれもて囃されていた自分の長く伸びた鼻を折ってくれた紳士が居た。
彼は暗く淀み筋肉が筋肉を支配する荒廃した世界に、新たな可能性を示してくれた。
結果、世界は変革し、多くの男達が救われた。
まさに天使の到来。
だからジェンリコは強く、オールの言葉を否定する。
例え死の間際でも――筋肉の可能性は無限だと!
大地が揺れる。
巨人族と同化したオールが、ジェンリコを踏みつぶしたのだ。
『じぇ、ジェンリコォオオォ!』
一部崩落した第2城壁の上から、無事だった仲間達が彼の名を叫ぶ。
オールは冷酷な表情を浮かべ、地面の染みになった彼の遺体を彼らに見せつけるため足を上げた。
しかし、そこに血の一滴、肉片の欠片すら存在しなかった。
『ば、馬鹿な! 踏みつぶした筈なのにどうして何もないんだ――ッ!?』
オールは驚愕していると、いつのまにか城壁の端にある尖塔の上に一匹の鳥が立っていることに気付く。
鳥は白鳩をデフォルメしたような顔で尖った嘴に丸い目をしていた。
鳩らしく胸はまるで分厚いタイヤでも入れているのかと疑うほど大きく、腹筋は海底と大火山レベルの落差でデボコボに割れまくっている。
羽根部分の腕は『大木がくっついているのか!?』と疑うほど太く、とにかくデカい!
そんな腕の中に先程まで地面に倒れていたはずのジェンリコの姿があった。
彼は意識を失っているらしくぐったりとしながら、鳥の太っとい腕の中でお姫様抱っこされているのだ。
『貴様はいったい何者だ!? 答えろ!』
「…………」
オールの問いに鳥は答えず黙り込み城壁尖塔から見下ろす白い鳥。
敵か! 味方か!? 謎の白き鳥が極寒の地に舞い降りる!
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
6月9日、21時更新予定です!
と、いうわけで北大陸編突入です!
以後、当分可愛い女の子達はでてきません。寒い北国にかかわらず基本、ほぼ裸の筋肉ムキムキな男達しか登場しない予定です。
さらに今回の話のでラストで、姿を隠した正体不明なキャラクターの登場です(棒)!
皆様はこの謎に満ちたキャラクターが誰なのか、分かりましたでしょうか? ヒントは最低でも一度は本編に出ています。そして2号の中の人です。おっとちょっとヒントを出し過ぎちゃったかな?
この謎の白い鳥の正体に正解した読者様には、『明鏡シスイと一緒に過ごす。ドキ! 筋肉だらけのジムトレーニング宿泊券』が進呈されます。なのでふるってお応え頂ければと思います(大嘘プレゼント予告)。
(1~5巻購入特典SSは15年8月20日の活動報告を、2巻なろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典SSは15年4月18日の本編をご参照下さい。)