第332話 1日目・中盤 スノー師匠、やらかす
軍団大々祭、1日目。
オレはPEACEMAKERのスペース裏側で、持ち込まれた問題に対処していた。
ちなみにメイヤは、シューティングレンジの責任者なのでいつまでもこの場に居る訳にはいかず、頬を膨らませたまま持ち場へと去ってしまう。
オレはメイヤに『申し訳ない』という視線を飛ばしながら、団員に質問した
「新・純潔乙女騎士団に入隊したいっていう人達は何人ぐらい集まって居るんだ?」
「今はだいたい50人くらいです。増え続けているので、下手をすると100人近くになるかもしれません」
団員の言葉に手で頭を抑える。
まさか100人近くまで集まりそうとは……。
魔王を倒した勇者が所属する軍団ということで、注目が集まり入隊者が増えたのだろう。
しかし100人とは、いくらなんでも増えすぎである。
「そんな人数がいきなり来ても、こちら側に受け入れ体制がないから今は断ってくれ。もし入隊者を募る場合、事前に告知するからその時に来るようにって」
「いいんですか? 中には魔術師の方もいらっしゃいましたが」
純潔乙女騎士団時代、実力が不足し軍団を維持することが難しかった。
その際、魔術師の入隊希望者がどれほど稀少だったか。
現在でも彼女達の中に、その時の危機感が染みこんでいるのだろう。
「しかたないよ。魔術師の子だけ特別扱いするわけにもいかないし。それにうちは魔術師にこしたことはないけど、銃器は基本的に訓練すれば誰でも扱えるしね」
もしかしたら、銃器製造技術を盗み出すため送り出された人材が中にはいるかもしれない。
ミューアに任せれば問題無いとは思うが、警戒しておいてし過ぎることはないだろう。
もし断ったことで問題を起こすなら、それこそクレーマーとしてミューアに声をかけるよう指示を出す。
彼女は返事をすると、足早に戻った。
次は大々祭運営委員の問題だ。
「実は、大々祭の路上で勝手に商売をしている人が居たらしくて」
大々祭は、大規模なお祭りだけあり、大勢の人達が集まっている。
それを狙って商人も集まっているが、もちろん勝手に店を開いていいわけがない。
事前に大々祭運営委員に申請し、許可を取り、認可された者達が決まったスペースでしか商売してはいけない決まりだ。
勝手に商売をしたら冒険者斡旋組合が警備を依頼している冒険者に捕まってしまう。
「でもどうしてうちにそんな話が来るんだ? 勝手に商売をして捕まったのなら、冒険者斡旋組合で処分すればいいじゃないか」
「それが捕まった人……女性なのですが、うちのスノー隊長と知り合いだと言っているらしくて。運営委員側も苦し紛れの言い訳だと思っているのですが念のため、知人かどうかの確認をして欲しいとスタッフの方が来ているんです」
確かに運営委員側からすれば、今回イベントのVIPであるPEACEMAKERの知人を勝手に処分して、折角の仲修復にケチをつけたくない。
またもしかしたら、オレ達が商売の許可を出しているのに勝手に処分して、『メンツを潰すことになるのでは?』などと考えているのだろう。
しかし、こちら側にそんな許可を出した覚えはない。
しかも軍団ではなく『スノーの知人』と指名している。
もしかしたら本当にスノーを知る、彼女の友人なのかもしれない。
考えられるのはハーフエルフのアイナだ。
だが彼女なら卒業証書を届けに一度来ているため、全員と顔を合わせている。
『スノー』のみを指名するのは違和感がある。
とりあえず確認しに行かなくてはならないのは確かだ。
「スノーは歴史説明会にもう出ているから、代わりにオレが行くよ。捕まっている人は外部、内部どっちにいるんだ?」
「外部の東側です」
「分かった。ちょっと出てくる。すぐ戻るけど、念のためオレが出てることを各責任者に伝えておいてくれ」
「了解致しました」
オレの指示を受けると、団員はすぐに動き出す。
オレも足早に、捕まっている人物を確認するため動き出した。
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軍団大々祭運営委員会のスタッフルームは中央ステージ側の内部と会場を囲む城壁の東西南北の外部に存在する。
一応、内部が本部で、外部が支部といった具合だ。
『スノーの知り合い』を名乗る人物に会うため、オレは足早に東門側にある外部スタッフルームへと向かう。
外部スタッフルームは教室2つ分ぐらいの広さがあり、救護班的なこともしている。
中を覗くと膝をすりむいた子供を治療したり、並んでいる最中に体調を崩したらしい女性がベッドに横になっていた。
スタッフがすぐにオレに気付き声をかけてくる。
軍団大々祭開催前の準備期渦中、スペースの準備をしていると休憩中などに彼のようなスタッフから握手を求められた。
魔王を倒した現役勇者として会えて、感激し涙する者までいた。
そのお陰で大抵のスタッフに顔が売れているため、こうした時には便利である。
「こちらが無断で商売をしていた方です」
スタッフに通されて奥へと進む。
椅子にうなだれて座る小柄な女性が居た。
手錠や拘束などはされていない。
白い髪を一本の三つ編みに編み上げ結んでいた。髪だけではなく肌や衣服、靴、手に持つ杖まで真っ白な女性だが、お風呂や洗濯をしていないせいか全体的に薄汚れている印象を受ける。
オレの気配を察知して、顔を上げる。
目は閉じられているが、顔立ちは整っている。しかし現在は疲れているのか頬が痩せていて『薄幸の美女』という言葉が似合いそうな感じだ。
耳が尖っており、妖精種族だとすぐに分かる。
スノーの知り合いということで『アイナ』と予想していたが、まったく知らない人物だった。
――いや、一人心当たりがある。
外れている可能性は高いが、オレは声をかけることにした。
一応、彼女の名誉を考えて、スタッフには席を外してもらう。
周囲から距離があるため、話を聞かれることもないだろう。
「違っていたらすみません。もしかしてスノーの師匠であるハイエルフ族、魔術師S級、『氷結の魔女』のホワイト・グラスベル様ではありませんか?」
「……そうですが、どちら様でしょうか?」
やっぱりそうか!
スノーの知り合いで、妖精種族、エルフ耳だからピンと来た。
しかしあの魔術師S級である彼女が、なぜこんなに薄汚れて、祭で無許可の商売をしているんだ?
オレは心の中で疑問を抱きながらも、表情には現さずに返答する。
「初めまして、妻のスノーがお世話になって下りました。PEACEMAKER団長の人種族、リュート・ガンスミスです」
「!? そう、貴方があの『リュートくん』なのね」
ホワイトは一瞬の驚きの後、感慨深そうにオレの名を呼ぶ。
スノーが魔術師学校時代オレのことを散々話していたから、ようやく目撃できたという、珍獣とようやく出会えた的な感情に襲われているのだろう。
恥ずかしいので早々に話題を変える。
「妻、スノーの知り合いが捕まったと聞いて来たのですが、貴女様なら彼女の名前を使わなくてもここから出ることもできたでしょうに?」
「ふっ……確かに私の『恋の伝道師』という二つ名を使えば、どうとでもなったでしょう」
うん? 突然、聞いたことが無い二つ名を言われて首を傾げてしまう。
そこは『氷結の魔女』じゃないのか?
ツッコミを入れるタイミングを逃したため、ホワイトはそのまま話を続けた。
「でも、私にはもう『恋の伝道師』という二つの名を名乗る資格はないの。だから、その名を告げることができず、スノーちゃんを頼らざるを得なかったのよ……」
ホワイトはうっすらと瞳に涙を浮かべ、再び俯いてしまう。
1000年を生き、魔術師S級まで上り詰めた『氷結の魔女』をここまで悲しませるほどの何があったというのだ?
「あの、差し出がましいようですが、一体何があったのですか? 魔術師S級の貴女がそんな風になるなんて」
「それは……」
ホワイトが言い淀む。
しかし、オレは引き下がらず黙って答えを待つ。
彼女は観念したようにぽつぽつと話を切り出す。
「実は……貴方達の知り合いの受付嬢さんが恋愛で悩んでいたようだから、『恋の伝道師』としてアドバイスをしたの」
オレの顔から血の気が引く。
ホワイトは話を続ける。
「スノーちゃんに教えた通り、男性を虜にするためのレッスンをしていたのだけど……その一つで『妻は家庭を守るためにも強くなくちゃいけない』って教えたら……彼女『修行の旅に出ます』って、魔物大陸奥地へ旅立ってしまったの……ッ」
「あ、あんた! なにしくさってるんだ!」
オレは思わずホワイトの細い肩を掴みがくがくと揺らす。
あの受付嬢さんが修行の旅って! ただでさえ面倒な人なのに、あれ以上、色々なところを強くさせてどうするんだ!
ただでさえ『対魔王用兵器』の120mm滑腔砲でさえ倒せるのか怪しい相手なのに!?
「ごめんなさい! ごめんなさい! わ、悪気はなかったの! 恋に悩む女の子の応援をしたかっただけなの!」
「悪気がなかったで話が済むなら、魔王を倒す勇者なんて必要ないでしょが!」
「ひぃいぃ、ごめんなさい! ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」
騒ぎに気付き、建物内部で働くスタッフ達が何事かと見てくるが、現役勇者&VIP軍団であるオレの行動を止める者は誰一人いなかった。
「リュートくん! 何してるの!?」
しかし、スタッフルームに新しく入ってきた人物――スノーは、迷わず師匠のホワイトを助けに回る。
彼女はオレの手からホワイトを奪うと背後に庇う。
「リュートくん、わたしの師匠になにしてるの!? いくらリュートくんでも恩人である師匠に手を出したらわたし、怒っちゃうよ!」
「す、スノー、どうしてここに!?」
「歴史説明会の前半の部が終わって、小休憩中に団員の子から話を聞いたんだよ。気になって後半の説明会をリースちゃんに代わってもらって来てみたら、師匠にあんな酷いことをして」
「す、スノーちゃん」
スノーは珍しく頬を膨らませて怒っていた。
彼女の背後に庇われた師匠であるホワイトは、スノーの態度に感動し涙を浮かべるほどだった。
オレは慌てて言い訳をする。
「ち、違うんだスノー! オレ達の恋を応援してくれたホワイトさんをイジメていた訳じゃないんだ! 彼女が恋愛絡みでありえないミスをしでかしたから、感情的になってしまっただけなんだ!」
「恋愛絡みのありえないミス? 師匠が? 師匠、いったいどんなミスをしたんですか?」
「そ、それは……」
先程、オレに問いつめられた時のように再びホワイトは言い淀む。
スノーは彼女に向き直ると、手を取り、座るホワイトと同じ目線になるよう膝を折る。
「安心してください、師匠。たとえどんなことがあってもわたしは、師匠の味方です! もし問題があるなら、わたしでよければ解決できるようにいっぱい協力しますから!」
「す、スノーちゃん、ありがとう」
ホワイトは元弟子であるスノーの言葉に感動して、涙をこぼす。
まさに美しい師弟愛である。
しかし、その『師弟愛』も長くは続かなかった。
ホワイトがオレの怒った原因を話し聞かせると、スノーは彼女の肩を掴みがくがくと揺らす。
「師匠! 何をしてるんですか! よりにもよってあの受付嬢さんをけしかけるなんて! この世界を滅ぼすつもりですか!?」
「ごめんなさい! ごめんなさい! わ、悪気はなかったのよ! ただ私は純粋に恋に悩む女の子のサポートをしてあげたかっただけなの!」
「悪気がなかったで済むなら、この世に軍事力なんて必要ありませんよ!?」
「ごめんなさい! ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」
「落ち着けスノー。流石にそれ以上は可哀相だし……」
スノーはオレに止められると、ホワイトから慌てて手を離す。
「ご、ごめんなさい師匠。あまりのことに取り乱しちゃって……」
「い、いいの、私こそごめんなさい……」
2人は互いに謝り頭を下げる。
しかし、本当にどうしたものか。
魔物大陸は魔物が強すぎて、奥地まで攻略されていない。
受付嬢さんがそんな強い魔物達に倒されている可能性は――ないな。断言できる。絶対に無い。
正直、もう軍団大々祭やリズリナとの賭けとかどうでもいい。
今すぐ対受付嬢さん用に弾薬の増量や新兵器とかの開発をし、戦力を増強した方がいいんじゃないか?
「戦力の増強……」
「リュートくん?」
天啓がひらめく。
確か今、PEACEMAKERスペースには、若さとやる気溢れる入隊希望の少女達が集まっていたはず。
彼女達を迎え入れ、訓練をさせれば確実に戦力の増強となる。
古来、魔王には清らかな乙女が必要不可欠だ。
「さっきは団員に断るよう言っちゃったけど、考えてみればそろそろ人数を増やそうと思っていたところだったんだよな」
「さすがリュートくん! わたしも夢と希望を持って来てくれた子達を追い返すなんてできないよ! 早く戻って入隊希望者の募集を募らないとね!」
オレとスノーはスタッフルームで気合いの入った声を上げる。
スタッフ達が『何事か!?』と奇異の目で見つめてくるが今は構っている暇など無い。
早くスペースに戻って、入隊希望者お断りの指示を撤回しないと!
受付嬢さんに対する生けに――げふん、げふん。
新しい戦力を確保するため、オレとスノーは彼女の師匠であるホワイトを連れて、スタッフルームを後にした。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
12月3日、21時更新予定です!
ピース君の人気に嫉妬。
これは着ぐるみを作って、『ゆるキャラグランプリ』に出場するしかないですね。
口から火を吐くゆるキャラって考えてみると新しいし(?)。もしくは口に強力なライトを設置して、『ピース君ビーム!』もありですね(笑)。
また凄く個人的な話なんですが、最近、AK47の構造を資料で調べる機会があって、分かりやすい図と説明文章を探していたんですよ。
図があっても説明文が足りない、逆も然りでバランスで良いのが無くて、あれこれ探したら――今月に出たドラゴンエイジ12月号の軍オタコミカライズの6話が自分的に一番分かりやすかったという……(止田先生ありがとうございます)。
文章でなるべく分かりやすく書くことを心がけていますが、やはり漫画になって絵と台詞、文章が付くと圧倒的ですね。
また、軍オタ1~4巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
(1~4巻購入特典SSは15年8月20日の活動報告を、2巻なろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典SSは15年4月18日の本編をご参照下さい。)