第323話 受付嬢さん、結婚。その他の些末な問題
とある日、冒険者斡旋組合の受付嬢さん――いつもの受付嬢さんそっくりの従姉妹が珍しく菓子折を持って、PEACEMAKER団長であるオレを尋ねてきた。
外交部門担当のラミア族、ミューア・ヘッドを通して、アポイントを事前に取ってからの訪問だ。
なんでも直接、オレに話したいことがあるとか。
新・純血乙女騎士団本部の応接間に通して、応対する。
シアがそつなくオレと受付嬢(従姉妹)さんの前に香茶を置いて部屋を出て行く。
話の内容というのは……とあるイベントの企画書だった。
イベント内容を簡単に説明すると、『軍団を一カ所に集めたお祭りを開く』というものだ。
企画書のタイトルには、軍団祭(仮)と書かれていた。
もちろん祭りの目玉は、黒毒の魔王レグロッタリエを倒した我らがPEACEMAKERだ。
企画書には『普段、一般層に馴染みの薄い軍団の宣伝を行い、交流を促す平和祭典』と記されている。
言いたいことは分かる。
確かに、一般市民と軍団との関わりは薄い。
一般人が出すクエスト依頼は、よっぽどのことでない限り冒険者だけで済んでしまうからだ。
受付嬢(従姉妹)さんが、テーブルを挟んだソファーに座り、軍団祭(仮)の意義を説く。
「現在、一般市民と軍団の繋がりは薄く基本的には冒険者にクエストを依頼して終わりでした。しかし軍団を知ることで、よりクエスト達成率の高い相手に依頼することができるようになります。そのほうが効率的ということもありますが、むしろ我々冒険者斡旋組合からすると、無駄に冒険者の方が死亡するケースを減らすことに繋がると考えているのです。この考えはPEACEMAKERの掲げる理念に一致していると思うのですが……。どうか我々が企画する軍団祭(仮)に出ては頂けないでしょうか?」
「……まぁ言いたいことは分かりますよ。確かに一般市民に軍団の認知度が広がれば、冒険者の死亡率は下がるでしょうね」
「それでは!?」
「いえ、ですが、参加するかどうかは軽々には決められませんよ。何分、今は魔王退治したことで色々と騒がれ業務が大変なので。さすがに軍団祭(仮)へ参加している余裕はないかもしれませんから」
「お忙しいのは重々承知しております。ですが、そこをなんとかなりませんでしょうか?」
受付嬢(従姉妹)さんが低姿勢で懇願してくる。
彼女には借りがあった。
純血乙女騎士団時代、オレ達は紅甲冑を撃退するためとはいえ街中で暴れた。
その際、複数の建物に被害を与えてしまったが、彼女の判断により弁償を免れたのだ。
冒険者斡旋組合側も、その時の借りを返させようと、また馴染みのある受付嬢(従姉妹)さんに交渉させることにより、軍団祭(仮)に出席させようと考えているのだろうが……実は、借りならすでに返しているのだ。
冒険者斡旋組合は過去、PEACEMAKERが始原と敵対した際、始原側に肩入れして、カレン達がエル先生を保護しに向かう足を止めてきた。
本来であれば始原打倒後、天神教のように何か攻撃を加えようか――とは思ったが、多々世話になったため手出しはしなかったのだ。
五種族勇者問題もあるが、とりあえずいったん冒険者斡旋組合とは一定の距離を取るに留めておいた。
しかし今回、オレ達が魔王を倒してしまった。
冒険者斡旋組合側からすれば、これを機に五種族勇者がしたようにオレ達PEACEMAKERが音頭を取り、新たな『冒険者斡旋組合を創設したら?』と不安に駆られたのだろう。
既得権益を所持する者が最も恐れるのは、自身の権利を奪われることである。
現在の冒険者斡旋組合が正にそれだ。
実力ではPEACEMAKERを止めるのは不可能である。
逆に手を出してくるのなら、こちらとて容赦はしない。
もちろん冒険者斡旋組合側も魔王を倒したオレ達に喧嘩を売るほど馬鹿ではないが。
だったら他の手は懐柔策しかない。
今回の軍団祭(仮)でPEACEMAKERを参加させることで、『自分達は良好な仲を保っている』と内外にアピール。
また、あくまでPEACEMAKERは、冒険者斡旋組合の下につく一軍団でしかないと主張したいのだ。
別に彼らに変わって新しいギルドを組織するつもりはこれっぽっちもないが……『思惑に従うのも面白くない』というのが心情である。
受付嬢(従姉妹)さんもこちらの心情を理解しているようだ。
その上で、申し訳なさそうに告げる。
「……リュート士爵様のお怒りはごもっともだと思います。ですが、その上で厚かましいとは思いますが、どうか今回の軍団祭(仮)にだけはご協力頂ければと……。私にできることならなんでもしますので、どうかお願いします」
受付嬢(従姉妹)さんが深々と頭を下げる。
テーブルに額を付ける勢いだ。
正直、意外だ。
彼女がこれほど冒険者斡旋組合のために一生懸命になるなど。
一受付嬢がいくら組織のためとはいえ、『私にできることならなんでもします』とまで普通言うか?
もしかしたらだが……彼女の身内か知り合いが冒険者斡旋組合の人質になっていて、脅されているとかじゃないだろうな。
もしそうだとしたら冒険者斡旋組合はなんて命知らずなんだ。まだオレ達に喧嘩を売った方が、壊滅する危機を避けられる可能性が高い。
あの――の身内に手を出すなんて……想像しただけ恐怖に震える。
オレは思わず問わずにはいられなかった。
「あの、失礼ですがなぜそこまで懸命になるのですか? もし何か冒険者斡旋組合に何か脅迫的なことをされているのなら、オレ達が協力しますよ?」
これは冒険者斡旋組合だけの問題ではない。
もし仮に――が暴走したら、魔王以上の厄災を振りまく可能性がある。
PEACEMAKER団長として事前に被害を止められるなら、なんとしても止めたい。
オレの申し出に受付嬢(従姉妹)さんが言いにくそうに『あの、えっと、あうぅぅ』と口ごもる。
深刻そうな態度ではなく、恥ずかしそうな、でも話したいという空気をガンガンに放出する。
彼女は髪の毛を弄りながら、耳たぶまで赤くして一生懸命になる理由を説明してくれた。
「まだ両親や友人にも伝えていないので、まだここだけの話にしてください。実は親しくしている男性が居て……プロポーズを受けたんです」
「……は?」
受付嬢(従姉妹)さんの話が続く。
彼の実家は冒険者斡旋組合に消耗品を卸す商店のひとつ。
彼実家は冒険者斡旋組合以外にも商売をしているため、取引がなくても問題はない。
だが受付嬢(従姉妹)さんの知り合いが『結婚相手の実家の卸ルートを一つ潰した』となれば彼両親、店員達は面白く思わないだろう。
自分勝手ではあるが、そんな事態を避けるためにもPEACEMAKERと冒険者斡旋組合の仲を取り持ちたいらしい。
さらに彼女の惚気話が続く。
彼と出会いは冒険者斡旋組合で、消耗品を受付嬢(従姉妹)さんが受け取るところから始まった。
2人は顔見知りになり、荷物を卸す際に短い会話をするようになる。
とある日、受付嬢(従姉妹)さんが休日、街で食料品や雑貨を買い過ぎ荷物を抱え、休み休み自宅へ戻る途中に彼がたまたま通りかかる。
彼は受付嬢(従姉妹)さんの荷物運びを買って出る。最初は遠慮した彼女だったが、現実的に荷物が多すぎてこのままではいつまで経っても家に着かない。
彼の優しさに甘えて、自宅まで運んでもらった。
玄関前でお礼に『香茶でも』と言うと、彼はやんわりと固辞。
彼は遠回しに、『一人暮らしの女性の家に突然あがれない』と紳士的な態度を取る。結局、その日は彼にお礼を言って終わった。
後日、受付嬢(従姉妹)さんが消耗品を受け取る日、彼女から彼を前回のお礼に食事に誘う。
彼は笑顔で了承。
次の休日に食事の約束を取り付ける。
そして今度は彼が食事のお礼にと、次の休みに遊びに誘われる。
次は受付嬢(従姉妹)さんが――と2人は順調にデートを重ねていった。
気付けば付き合うようになり、遂に彼からプロポーズまで受けたというわけだ。
すでに結婚腕輪を2人で一緒に店舗に出向いて購入済み。
ただ調整が必要でまだ手元に無いらしい。
腕輪が出来次第彼と彼女の両親に結婚許可をもらいに行くとか。
反対されることはまず無いが、もし拒絶されたら彼は受付嬢(従姉妹)さんを選ぶと断言。店を出ると言ってくれたらしい。
ここでオレは耐えきれず顔を両手で覆い胸中で慟哭してしまう。
どうしてあの――さんと同じ顔、声、種族、仕事も一緒なのにこの人は結婚することができたんだろう。
彼女のように普通にあの――さんも結婚することができれば、彼女自身や周囲、世界も苦しまずに済んだというのに。
この世に神はいないのか!
いや、すでに天神様は殺害されていないのか……。
あまりの無慈悲に、オレは胸中で悲しまずにはいられなかった。
気付くと軍団祭(仮)参加書類にサインしてしまう。
あまりの衝撃的事実に『心ここにあらず』状態になってしまい、気付くとサインしていたのだ。
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「失礼します」
「…………」
受付嬢(従姉妹)さんが退出してもオレは顔を覆い固まっていた。さすがに彼女の結婚報告は堪えた。
彼女と入れ替わるように、ミューアが顔を出したことに声音で気付く。
気配でテーブルの上に置かれた契約書。
そして軍団祭(仮)参加書類に気が付き、ミューアが手に取る。
「……あらあら、リュートさんもう軍団祭(仮)にサインしたんですか。予想だともう少し後にすると思ったんですけど。だとすると少々前倒しで冒険者斡旋組合内部に働きかけるよう指示を出さないといけませんね。でもやっぱり自分の案が採用されるのは嬉しいものですね」
「ちょっと待て、ミューア、今なんて言った?」
さすがに今の発言は見過ごせない。
オレは顔を上げ契約書を手にするミューアに問いかける。
彼女は笑顔で答えてくれた。
「当然、ですよ。だってリュートさんには話していませんでしたから。実は元々、軍団祭(仮)の企画は私の発案なんです。この前、『ココリ街に集まっている観光客や物見遊山の人々をなんとかする』って言ってたじゃないですか。これがその方法です。冒険者斡旋組合内部に居る協力者に案を伝えて、PEACEMAKERに話を持ってくるよう手を回しておいたんです」
ミューアは契約書をひらひら揺らし詳細を語り出す。
魔王を倒したことで現役勇者達扱いで、PEACEMAKERメンバーが人気者になっている。
しかしオレ達は押し寄せる人が多すぎてあまり表に出なくなり、ココリ街はあくまで流通地点のため多数の客を受け止められる器がない。
ならばいっそ『多数の客を受け止められる場所でオレ達のお披露目をすれば、現在の状況をなんとかできるのではないか?』とミューアは考えたらしい。
1年に1度ぐらいオレ達のお披露目祭り的なことをして人々の欲求を満足させ、ココリ街に集まるペースを落とせれば――ということだ。
そこで冒険者斡旋組合内部に居る協力者を通じて、軍団祭(仮)を開く計画書を提出。
冒険者斡旋組合上層部もオレ達との関係改善をしたいため反対意見はなく、計画書は通ったらしい。
「できれば冒険者斡旋組合に疑われないよう2、3度断って欲しかったのです。リュートさんに迫真の演技をして欲しくてわざと情報を伝えなかったんですよ。現在のPEACEMAKERと冒険者斡旋組合の関係からすんなり決まるはずがない、と思っていたので」
『敵を騙すならまず味方から』と言うが……
「しかしどうしてわざわざこんな回りくどいマネをしたんだ? お披露目祭りを開くなら、オレ達で勝手に開けばよかっただろう?」
「それも一案としては考えたのですが、現状ココリ街の守護や他雑務の他に、祭を仕切るには人材が足りないかと。なので人材も、資金も、人脈も、負い目もある冒険者斡旋組合に面倒を押しつければいいと判断したのです」
さらにミューアは続ける。
「他にも五種族勇者達のように新しいギルドを立ち上げ、旧冒険者斡旋組合を潰した後、人材や資金、人脈なども頂戴する案もあったのですが、時間がかかり過ぎてしまうので。第一新規で競合を立ち上げ互いに潰し合うより、すでに存在する組織を乗っ取った方が早く、お金もかかりませんから」
「ちょ!? 冒険者斡旋組合を乗っ取るって!?」
「それほど難しいことではありませんよ」
彼女は笑顔で語る。
今回、ミューアの息がかかった冒険者斡旋組合内部協力者は、軍団祭(仮)が成功すればPEACEMAKERとの関係改善をした人物として出世は確実。
これを切っ掛けにミューアの息がかかった人物しか出世できない仕組みを、冒険者斡旋組合内部に作っていくらしい。
ある意味、出世させるのは簡単でPEACEMAKER関係の功績や内部情報などを伝えれば評価は加速度的に上がる。
ミューア関係者以外は弾き、手柄を独占させれば確かに出世は難しくないだろう。
ミューアは本気で冒険者斡旋組合を内部から浸食し、彼女が意のままに操る組織に改革するつもりなのだ。
オレは一通り話を聞いて、冷や汗を流しある決意を固く誓う。
(ミューアはだけは絶対に敵に回さないようにしよう……)
彼女はオレの胸中を見透かすように可愛らしい笑顔を浮かべていた。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
10月27日、21時更新予定です!
また、軍オタ1~4巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
(1~4巻購入特典SSは15年8月20日の活動報告を、2巻なろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典SSは15年4月18日の本編をご参照下さい。)