クリス・スナイパー 見えざる射手と消える弾丸(2)
今回の連続投稿は本編ではなく、特別版ということで『クリス スナイパー編』を連続投稿させて頂きます。
クリスに依頼をした人種族、ヨーテシア・ファンの分家次男、ジーナー・デルクの元へある情報がもたらされる。
その情報とはもちろん、クリスが『座ると死ぬ椅子』――呪椅子破壊の依頼を受けたという情報だ。
ジーナーは深夜、書斎でくつろいでいる際、その情報を老執事から聞かされる。
途端に彼は、苦虫を飲み下すような表情に変化する。
「クソ、本家の老いぼれめ。余計なマネをしよって……。兄が当主に就いたら分家が衰退するのがなぜ分からん。いや、奴はそれを狙っているのか?」
次男は苛立ち再び酒精を口にする。
「だが、呪椅子は我が家の地下室にある。あそこに到達するには厳重な警備をかいくぐらなければならん。儀式を開くギリギリまであそこに隠しておけば、後は衆人環視の中だ。そうそう手はだせんだろう」
分家、長男と次男の屋敷は別。
長男の息のかかった者が訪ねればすぐに分かる。
しかし老執事は首を横へ振った。
「旦那様、その程度の警戒では確実に破壊されてしまいます。なぜなら当主の依頼した相手は『奇跡の少女』と呼ばれる凄腕ですので」
「奇跡の少女だと?」
老執事は語り出す。
『彼女に依頼すればどんな達成不可能なクエストでも必ずクリアする』と言われている。
実際、何度も常人であれば達成不可能なクエストをパーフェクトに完遂しているとか。
結果、誰かが言い出したかは分からないが『奇跡を起こす少女』『奇跡の少女』と呼ばれるようになる。
彼女は呼吸するように奇跡を起こす、とか。
「……ならば我々の権力で潰す。もしくはクエスト依頼を今からでも拒否しろと圧力をかければ」
次男の提案に老執事が首を横へ振る。
「それはあまりに危険です。その少女はPEACEMAKER団長の妻。PEACEMAKERと言えば、人種族最強と謳われた魔術師S級、アルトリウスが率いる始原を倒した軍団。つまり現在最強の軍団はPEACEMAKERです。下手に権力を振りかざせば、やられるのはこちらでしょう」
「ではいったいどうすればいいというのだ!」
八方ふさがりの状況に次男は激高し、手にしていたコップを机に叩きつける。
まだ中に残っていた酒精が飛び散り机や彼の手を汚す。
しかし老執事は怯えず、主にある提案をする。
「わたくしめに一つ案がございます」
「なんだ! 言ってみろ!」
「はい。クリス・ガンスミスは『奇跡の少女』と呼ばれるほどの天才です。わたくしのような凡夫に止める術は思いつきません。ならば冒険者には冒険者を。魔術師には魔術師を。そして天才には天才をぶつけるのはいかがでしょうか?」
荒ぶっていた次男の目に理性的な光が灯る。
「なるほど天才には天才をか。妙案だな。で、奇跡の少女にどんな天才をぶつけるつもりだ?」
「はい、天罰機関の天才少女、人種族、魔術師Aプラス級、フーコ・ソー・レイユでございます」
「天罰機関、あの気に喰わん物乞い機関か。だが、確かに奴ら自慢の出世頭なら『奇跡の少女』クリスに対抗することができるかもしれんな……」
次男はしばし考え込む。
天罰機関に近づけば、呪椅子の件が露見する危険がある。だが、放置すれば呪椅子は破壊されてしまう。
彼は、それぞれの可能性を頭の中で天秤にかける。
次男が邪な笑みを浮かべる。
「……よし天罰機関へ仕事を依頼してやろう。たまには寄付金分、働いてもらわぬと割に合わんからな」
「かしこまりました。ではすぐにアポイントメントを取らせて頂きます」
こうして世界のある場所で、天才少女vs天才少女の戦いが本人達の意志とは無関係に決定される。
クリスに依頼をした人種族、ヨーテシア・ファンの分家次男、ジーナー・デルクが妖人大陸になる都市の一つへと来ていた。
彼が向かった先は、もちろん超法規的機関――天罰機関だ。
彼と老執事は応接間に通され、テーブル越しにとある少女達と顔を合わせる。
天罰機関の天才少女、人種族、魔術師Aプラス級、フーコ・ソー・レイユ。
人種族、アコ・ニートだ。
フーコがソファーに座り、アコが彼女の背後に立つ形である。
フーコが一通り話を聞き、長い赤髪を弾く。
「なるほど、PEACEMAKERに所属するクリスという少女に儀式用の椅子が狙われていると」
「はい。私の兄が分家当主として就任するための大切な儀式に使われる椅子です。この椅子は特注品で今更換えがききません。もし破壊されたら儀式はおこなえなくなってしまいます」
次男、ジーナーが身を乗り出し続ける。
「本家当主であるヨーテシア・ファンは、どうも昔から私のことを目の敵にしておりまして。今回の儀式失敗も私に恥をかかせるため――いえ、もしかしたら私を儀式も満足に出来ない無能として処罰し、長兄を補佐する人材を自分のところから出す算段なのかもしれません。分家をより自分側に引き込むため、内部から浸食しようとしているのかも……。本来であれば自分達の問題。天罰機関の手を煩わせるわけには参りませんが相手はあのPEACEMAKERに所属する『奇跡の少女』クリス・ガンスミス。我々のような地方貴族では権力、武力でも対抗などできません。なので情けない話ですが、頼るのは天罰機関しかないと思い訪ねさせて頂きました。突然、押しかけこのような不作法な願い大変恐縮ですが、どうかご協力の程よろしくお願い致します」
次男&老執事は、深々と頭を下げる。
フーコは表情を変えず答える。
「事情は分かりました。今回の件は私、フーコ・ソー・レイユの名にかけてご協力させて頂きます」
この返答に背後に立つアコが顔を引きつらせる。
頭を下げている次男は、少女達の見えない位置で悪い笑みを浮かべた。
顔を上げた彼の顔にはそんな影はすでに一切消えていた。
「ありがとうございます! 天才少女と謳われるフーコ様のご協力を得られるのなら、これほど心強いものはありません! 私達にできることなら遠慮無く仰ってください! 全面的にご協力させて頂きます!」
「ありがとうございます。その際は是非よろしくお願いします」
次男&老執事が退席後、応接間に残ったフーコにアコが喰ってかかる。
「フーコさん! なに承諾してるんッスか!? どう考えてもウチらを都合良く使おうとしているだけッスよ! しかもマジであのクリス・ガンスミスと事を構えようだなんて!」
「言ったはずよ。悪は悪。私達、天罰機関はそのために存在するわ。最強の軍団だからなんて関係ないわ」
「いや、しかしッスね……」
アコは上司が意見を変えないことに気づき頭を抱えた。
一方、フーコは珍しく楽しげに微笑みを零した。
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とある午後、PEACEMAKERを珍しいお客さん2人が訪ねてきた。
その珍しい2人とは天罰機関の隊員である。
天罰機関は国境を越えて、『天神様に代わり裁かれない悪に鉄槌を』という思想を掲げる超法規的機関だ。
前世、地球で言うところの国境なき医師団の警察組織バージョンのようなものだろうか?
事務&会計担当のバーニーから、PEACEMAKERも天罰機関へ寄付している、と報告を受けている。
なんでもある程度の地位ある組織が寄付をしておかないと、世間から色々後ろ指を指されるらしい。
たいした金額ではないので、問題はないとか。
第一、天罰機関に調べられて困るような犯罪をPEACEMAKERはしていない。
何があったか知らないが、もし色々調べたいと言われたら、どうぞお好きにと返すつもりだ。
もしそれでPEACEMAKERの犯罪をでっち上げようとするなら、天罰機関を潰せばいいだけだ。
オレが『恥じること無し!』という顔をしている側で、ミューアが意味深な笑みを浮かべていた。
彼女は『天罰機関が来た』と耳にすると、なぜか固まった笑みで自身の執務室へと引き返していく。
微かに聞こえきた言葉は『アレとアレ、それからアレとアレ、アレも書類を焼却処分しておかないと。でもどうして気づかれたの? 手回しは完璧だったはず――』とぶつぶつ漏らし奥へと消える。
うん、オレは何も聞かなかったぞ!
天罰機関はどうもクリスに用件があるらしい、と連絡を受ける。
オレは『なぜクリス?』と疑問を抱きながらも、街の警邏に出かけている彼女をすぐに呼び戻すよう手配。
彼女が戻ってくるまで天罰機関の2人には待ってもらうことになった。
クリスが戻ってくると、オレは彼女を連れて天罰機関が待っている応接間へと顔を出す。
応接間のソファーには2人の女性が座っていた。
2人はオレとクリスの姿を確認するとソファーから立ち上がり、挨拶をする。
主導で挨拶を始めたのが、クリスとほぼ同じぐらいの背丈で同世代っぽい少女のほうだった。
「突然の訪問にもかかわらずお時間を頂きまして誠にありがとうございます。私は天罰機関100人隊隊長、人種族魔術師Aプラス級、フーコ・ソー・レイユです。どうぞ、よろしくお願いします」
「同じく隊長補佐、人種族アコ・ニートッス」
驚きを表に出さないようにしつつ、胸中で舌を巻く。
この目の前に居る少女の方が、上官だったとは。
しかも、魔術師Aプラス級で、100人隊隊長。天罰機関でもかなりの上位者っぽいな。
オレは驚きつつも挨拶をする。
「お待たせしてすみませんでした。PEACEMAKER団長、人種族のリュート・ガンスミスです。そしてこちらがオレの妻の魔人種族、ヴァンパイア族のクリス・ガンスミスです」
クリスは紹介すると、可愛らしくぺこりと頭を下げた。
互いに一通りの挨拶を済ませるとソファーへ座り直す。
ちょうどいいタイミングで、シアが部下を伴い香茶と茶菓子を運んでくる。
天罰機関のフーコ、アコにも新しい香茶と茶菓子へ交換。
シアの訓練のお陰で、部下達も一流メイドらしい動きで配膳を終えた。
部下達は一礼して部屋を出る。
シアはメイド長として、世話をするため入り口側で待機した。
挨拶を終え、お茶、茶菓子も出たところで天罰機関へ用件を尋ねる。
「ところで今日はいったいどのようなご用件で?」
……まさかとは思うが、ミューアが本当に何かオレ達の知らないところでやらかして、天罰機関が出張るようなことになったんじゃないだろうな。
しかし、オレの予想はあっさりと裏切られる。
「実はつい最近、ヨーテシア・ファンの分家次男、ジーナー・デルク氏が直接天罰機関を訪れ、『助けて欲しい』と泣きついてきたのです。なんでも近いうちにおこなわれる儀式をある軍団団員に妨害される、その儀式に使用する特注品の椅子を破壊されたら自分の信頼は地に落ちてしまう――と」
なるほど。
次男の野郎、また面倒なところに泣きつきやがって。
「その軍団団員というのがPEACEMAKERのクリスさんとお聞きして、本当かどうか確認に来たのです。仮に本当だとしたら、無許可で他者の財産を破壊するのは立派な犯罪行為。PEACEMAKERは『困っている人、救いを求める人を助ける』という理念を抱える素晴らしい軍団。まさか本当にそのような犯罪行為をおこなうなんてことはありませんよね?」
フーコが足を組み替える。
「もし仮に本当だとしたら、天罰機関は犯罪を許すことはできません。たとえ相手がどれだけ強大な力、権力を持っている相手であってもです」
フーコは『たとえPEACEMAKERが相手でも、犯罪者は罰する』と脅しをかけてきた。
出入り口側に立つシアが、ゆらりと静かな敵意を昇らせる。
フーコの隣に座るアコと名乗った女性は、顔色を悪くしていた。隊長補佐である彼女からは覚悟を決めた者の気配は感じない。
彼女的には『PEACEMAKERと事を構えたく無いが、上司に無理矢理ついてこさせられた』という感じである。
オレはシアに目配せして落ち着かせる。
彼女から陽炎のように昇る敵意はすぐに霧散した。
だが、薄い蓋の下ではまだくすぶっているのが分かる。
オレは改めてフーコへと向き直る。
「仰っている意味が分かりませんが、その儀式については知っていますよ。ジーナー・デルク氏の本家、ヨーテシア・ファンさんから招待状を頂いているので。最近、知り合ったのですが是非、僕達夫婦で見学に来ないかと誘ってくれているんですよ。ですが『儀式を邪魔しろ』というお話は聞いた覚えはありませんね」
嘘は言っていない。
正確には『呪われている椅子を破壊しろ』だ。
儀式を邪魔しろなんて一言もいわれてないし。
「そうですか。それならば問題ありませんね。実は当日、ジーナー・デルク氏から儀式警護の責任者を任せられまして。余計なもめ事が起きないと知って大変安心しました。PEACEMAKERが儀式の妨害をするというのは、ジーナー・デルク氏の勘違いのようですし」
フーコは冷たい微笑みを浮かべる。
『もし儀式の邪魔をしたら、警備責任者である自分達が容赦なく取り押さえる』と目が訴えていた。
不味いな。
このままじゃ本当に邪魔されかねない。
オレは逡巡して、迷いつつも話を切り出す。
「ところで話は変わるのですが……もし仮にの話なのですが、ジーナー・デルク氏が長兄が邪魔に思っており、儀式を利用して『座ると死ぬ椅子』に座らせようとしていたらどうします?」
「座ると死ぬ椅子? それは何かの魔術道具か、毒物が塗布された暗殺道具の類ですか?」
「いえ、魔術や暗殺道具とかの類ではなく、未知の呪い的何かなんですが……」
「…………」
先程まで『キレ者のキャリアウーマン』だったフーコが、可哀相な、同情するような表情を向けてくる。
駄目だ。全部、素直に話したところで信じてもらえそうにない。
魔術というオカルトが存在するというのに、『魔術』で説明できない事象を信じてもらえないとは。
前世、地球でも警察署に、『呪いの椅子に座らせようとして、肉親を殺害しようと企てています!』とどれだけ真摯に説明しても受け入れられないのと一緒だ。
どうしたものか……
オレが悩んでいると、クリスが手を重ねてくる。
彼女と目を合わせると、微笑む。
『今回の一件は絶対に自分で何とかする』と瞳が訴えていた。
妻を信じるのが夫の役目だ。
「……すみません。さっきの発言は忘れてください。とにかく、自分達はヨーテシアさんから招待を受けています。承諾した手前、今更変更する訳にはいかないので、予定通り儀式に参加させて頂きますね」
「そうですか。では儀式の席でまたお会いできることを心から楽しみにしております。道中の旅路、夫婦共々無事に過ごせることを願っております」
フーコは最後まで嫌味っぽい台詞を残す。
隣に座るアコは終始青い顔のままだった。
2人は挨拶をした後、席を立ち新・純血乙女騎士団本部を後にする。
フーコ達を見送った後、オレは改めてクリスと話し合いをする。
場所は彼女達と話をした応接間だ。
『話に夢中で茶菓子に手を付けていない』とクリスの主張で戻ることになる。
さすが魔人種族。
『小麦はパンではなく、ケーキを作るためにある』と豪語するほどの甘味好きの種族だけはある。
椅子に座り食べていない茶菓子を口にしながら、クリスと依頼についての話をする。
「しかし、まさか天罰機関なんて厄介なところに目を付けられるとは想像もしてなかったよ」
『私もです。しかもあんな若い女の子が隊長だなんて』
「それを言ったらクリスも、その若さで一部隊の隊長じゃないか」
確かにそうですね、と彼女は朗らかに微笑む。
雑談もそこそこに早速本題へと入った。
「天罰機関――フーコは確実にオレ達の妨害をしてくるぞ。儀式妨害の現場を押さえて、手に縄をかけるつもりだ。儀式の場所は本家儀式広場。周囲は雑木林で、他にも狙撃ポイントは多数あるから問題無いと思うけど……」
『長の儀式』がおこなわれる場所は、本家側にある儀式広場だ。
結界を張るように4つの角に石柱が立ち、壇上を囲っている。椅子はこの壇上中央に置かれる習わしだ。
儀式の際、領民代表者やその家族、他関係者が集まる。彼らはその日のために建てられる観客席で儀式を見学する。
舞台の奥は雑木林で、クリスの腕なら木々の上からでも狙撃できるはずだ。
場所は本家側のためこちらに地の利がある。
しかし、なぜか一抹の不安を拭えなかった。
相手があのやり手そうなフーコだからだ。
フーコの射抜くような鋭い瞳を前にすると、まるで名探偵を前にした殺人犯のような気分になる。
後でミューアにフーコとアコを調査してもらおう。
クリスもオレと同様らしくフーコの存在に不安を覚えているようだ。
彼女は顎に手を当て考え込む。
『……お兄ちゃん、保険として作って欲しい物があるのですが』
クリスは胸中で考えたことを語って聞かせる。
彼女が保険としてオレに作らせようとした物は――
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
8月18日、21時更新予定です!
軍オタ4巻の発売日まで後3日!
前書きにも書いた通り、今回の連続投稿は本編ではなく、特別版ということで『クリス スナイパー編』を連続投稿させて頂いております。
しかし、本当にもうすぐ軍オタ4巻の発売ですね。8月20日なんてまだまだ先――と思っていたのに結構あっというまでしたわ。
ちなみに昨日、運良くタイミングが合ったため夏コミに参加させて頂きました。その際、書籍版の絵師の硯様と漫画版を描いて頂いている止田卓史様にご挨拶させて頂きました。お忙しい中にもかかわらず、笑顔で応対して頂き誠にありがとうございました!
しかし数年ぶりにコミケに参加しましたが、『こんなに人が多かったっけ?』という程、人混みが凄かった……。でも、やっぱりいいですね、祭りという感じで。
また、軍オタ1~3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
(1~3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻なろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典SSは15年4月18日の本編をご参照下さい。)