第296話 食堂にて。
ココリ街、新・純血乙女騎士団本部。
研究所から抜け出したオレとメイヤ、ルナは夕食を摂るため食堂へと向かう。
前はメンバーが順番で食事当番をしていたが、さすがに忙しくなってきたのと雇用創造のため、街のおばちゃん達に依頼して食堂で働いてもらっている。
お盆に今夜の夕飯を載せ、先に来ていたスノー達に混じり夕飯を摂る。
長椅子、テーブルに座り皆でわいわい食事を摂るのは、キャンプなどに来ているようで楽しくなる。
シチュー、パン、サラダに焼き物。
どれも高級レストランには敵わないが、素朴な家庭料理の味がして個人的には気に入っている。
嫁達とそんな夕飯を食べていると、ミューアが顔を出す。
「相席よろしいですか?」
彼女も仕事が終わり、夕飯を摂りに来たらしい。
もちろん断る理由はなく座るよう進める。
彼女は笑みを浮かべて、席へと座った。
「食事の席で申し訳ないのですが、折角なので時間短縮のために仕事のお話をしても?」
ミューアはシチューにスプーンを付けながら、オレの答えを待つ。
もし駄目なら構わないと、態度が示している。
別に反対する理由がないため促す。
「ああ、構わないよ。それで何かあったのか?」
「はい、いくつか情報が入ってきて――まずは魔王に関しての各国の動きです」
リースの父であるハイエルフ王国エノール国王が、各国や冒険者斡旋組合に対して『魔王誕生』の知らせを告げた。
しかし、反応はいまいち鈍いらしい。
最初こそエノール国王の言葉として各国が身構えたが、現在のところ表だって魔王による被害や動きはない。そのため『本当に魔王が誕生したのか?』という疑念が強まり、一部では警戒態勢をといているとか。
確かにいつまで経ってもこない災害に備え続けるのは厳しい。
特に国家は警戒度を少しあげるだけで資金がかかる。何も起こらないのにそれを維持し続けるのはなかなか難しい話だ。
一番荒れているのは、妖人大陸で最大の領土を抱えるメルティア王国だ。
『次期国王であるランスが、魔王の仲間によって殺害。遺体は持ち去られた』とエノール国王が報告した。
まさか自身の長女が『男女の縺れでそちらの王子を殺害した』とは言えない。
これに対してメルティア国民は悲喜交々だとか。
純粋にランスの死を悲しむ国民や兵士が大勢いる一方、逆にランスを目の敵にしていた貴族達は大喜びしている。
元々、国王の直系である血筋を引いた男子が彼しかいなかった。ランスが死亡したことで、次期国王の座がぽっかりとあいてしまう。
その座に自分達の息がかかった人物を据えようと画策しているらしい。
そんな彼らが次期国王の座を獲得するため、ランスの死を利用し『ランス王子の敵を取ろう!』と声高に叫び対魔王戦を扇動している。お陰で市民や兵士、冒険者まで巻き込んでいるらしい。
どうしてだろう……その行動が死亡フラグにしか思えないのは。
さらに良くない動きが妖人大陸にはあるらしい。
ミューアが上品にパンを千切って食べながら告げる。
「実は帝国からリュートさんに『魔王について詳しく訊きたい』というお話がありまして」
「? それの何が問題なんだ。レグロッタリエは帝国に恨みがあるようだし、狙われているなら少しでも情報を知りたいと思うのが普通じゃないか」
「表向きはあくまで『魔王について詳しい訊きたい』ですが、私のツテによれば本当の狙いはリュートさん……この場合、PEACEMAKERを帝国陣営に取り込みたいのが狙いです」
王国だけではなく、帝国内部にまでミューアの情報提供者がいるらしい。
もうツテってレベルじゃないだろう。
だが、ミューアについては今更だ。
オレは少し考え帝国の狙いについて言及する。
「……まさかとは思うが、帝国はオレ達を引き込んで軍事力でメルティア王国を上回り、いつか大陸トップに立つつもりなのか?」
ミューアは『正解です』というように笑みを浮かべる。
魔王が誕生したというのに、それをダシに国家覇権を狙おうとするなんて正気じゃない。
確かにオレ達はあの魔術師S級率いる始原を打破した。下手な国家より軍事力という意味で強いが……
「彼らが狙っているのはPEACEMAKERの軍事力だけではありません。現在、私達はアルトリウスさんがいないとはいえ始原を事実上傘下にしています。メルティア王国と懇意にしていた始原を引きはがすだけでも、王国の戦力や士気は大幅に落ちますから」
忘れてた。
確かに始原をオレ達が現在も預かっていた。
PEACEMAKER+始原が組んで戦えば勝てる国家はないんじゃないか?
「帝国はメルティア王国との仲を強固にするため第一王女、ユミリア・ザグソニーアとランスさんを婚約させました。しかし、彼が殺害されたことにより婚約は破綻。これ幸いに頭角を現したPEACEMAKERの団長であるリュートさんに彼女を嫁がせようとしているみだいですね」
この発言に食堂の空気が凍り付く。
正確には嫁&一番弟子周辺の空気が凍り付いた。
ミューアは『やだ、私ったらつい失言しちゃった。めんごめんご☆』と言いたげに片目を閉じ、舌を出して可愛らしく自分にげんこつを『コツン』と落とす。
いやいや、分かってやっただろう。
どうすんだよ、この空気!
「好きあっているならともかく、政略のため結婚するなんて違うと思う」とスノー。
『スノーお姉ちゃんの言う通りです。政略結婚なんて間違ってます!』とクリス。
スノーの真面目口調、これは彼女が不機嫌な証拠だ。それが逆に怖い。
クリスは可愛らしく頬を膨らませて『ぷんぷん』と怒っている。
「立場上政略結婚を否定するつもりはありませんが、リュートさんは決してそのようなものを受けないと信じています。受けませんよね……?」とリース。
「権力者に嫁がせていた天神教の元巫女としても強くは言えませんが……リュート様はお受けしませんよね?」とココノ。
リースは目を細めてこちらを見つめながら問いかけてくる。
ララの行動を聞かされた後、彼女の対応を前にすると冬でもないのに震えてしまう。
ココノは瞳をうるうると潤ませ、小動物のように見てくる。罪悪感で心が痛みそうだ。
「でも、皆さんの言葉通り、ユミリア王女としても今回の戦略結婚は乗り気ではないようですね。彼女は、格好良く魔術師として優れたランスさんに他者が目に入らないほど懸想していたようですから。リュートさんとの婚約を聞かされて落ち込んでいるらしいですわよ」
またまたミューアが爆弾を投下する。
嫁達の空気が先程以上に悪くなる。
ミューアもまた失言にしたことに気づいて、『やだ、私ったら! もうミューアのバカバカ。ドジッ娘でごめんね。テヘペロ』というお茶目顔をして可愛い娘ぶる。
そんな可愛い娘ぶられても。
可愛いというより怖いのだが……。
怖いと言えばスノー達がミューアの発言に怒り出し、手がつけられなくなる。
「落ち込むなんて、信じられないよ! リュートくんの方がランスさんよりずっと格好いくて、良い匂いがするのに!」とスノー。
『そうです! そうです! 信じられません! 絶対にリュートお兄ちゃんの方が格好いいのに!』とクリス。
2人が怒りながらオレの方がランスより格好いいと言ってくれるが、自分自身で贔屓目に見ても彼に容姿で勝っているとは到底思えない。
スノー&クリスが格好いいというたびに、前世親戚のおばちゃん達に『ハンサム、男前』と褒められている気分になる。
「確かにリュートさんは魔術師としての才能はありませんが、人間的魅力に溢れています。ユミリア王女はランスさんが魔術師としての才能がなかったら婚約を渋っていたのですか? それは本当に愛しているというのでしょうか」とリース。
「天神教の元巫女が天神様のお言葉を口にするのは恐縮ですが――『愛とは与えられるものではない。互いに与えあうものである』。なのに人を愛するのに外見や魔術師としての才能の有無で愛を出したり引っ込めたりするなんて。ユミリア王女様は悲しい御方ですね」とココノ。
2人は『人の魅力は外見や能力、才能ではない』と言いたいようだ。
逆に言うと自分は外見、能力、才能もランスに負けているいうことか……。
分かっていたことだが、正面から突きつけられると微妙にへこむな。
だがここまではまだ問題ない。
今まで大人しかったメイヤが立ち上がり、ポーズを取りながら声を上げる。
「我らの親愛なる創製神・リュート様。その姿は神々しく、声音は不死鳥の囀り、ご威光は地上を普くそそがれ、民達に幸を与える存在。ですが、だからといって慈悲深き唯一神たるリュート様の広き心に甘え、たかだが一国が政治利用しようなどと笑止千万! その万罪は決して許されるものではないですわ! 彼らに自身の愚かさを紅蓮の業火のなかで味わわせてやるべきですわ!」
メイヤは中2病的台詞を叫びながら、いちいち大仰なポーズを取る。
片手で片目を隠したり、口元に持ってきたり、両手を左右から顔の前に持ってきたりだ。
正直、埃がたつから止めて欲しい。
だが、嫁達はオレの胸中とは反対にメイヤの言葉におおいに賛同していた。
「メイヤちゃんの言うとおりだよ!」
『さすがです! メイヤお姉ちゃんの仰る通り私達の間につけいる隙などないと知らしめましょう!』
「私もメイヤさんの意見に賛成です。リュートさんの妻になるには、政略などのような中途半端な気持ちでは務まらないことを教えるべきです」
「わたしも皆様の足を引っ張らないように頑張ります!」
なぜか知らないが女性陣的には先程のメイヤ発言は、『政略結婚なんて中途半端な覚悟で嫁は務まらないし、資格もない。早々に出直しなさい』と言葉や態度で示す流れになる。
皆の熱気は側に居るだけで汗をかきそうになるほど熱い。
この状態で帝国に魔王の説明をしに言っても大丈夫なのだろうか?
今回はオレ一人で行った方が良いかもしれない。
いや、スノー達は今回ばかりは許してくれないだろう。
なんで魔王と戦う前に『女の戦い』のような空気になっているんだよ……。
オレは今回の騒動を引き起こしたミューアへと視線を向ける。
彼女は食事を終え、美味しそうに香茶を飲んでいた。
すまし顔が憎たらしい。
しかしまさか帝国に行かない訳にもいかない。
オレは一人、これから起きる騒動を予想し溜息をついた。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
7月6日、21時更新予定です!
読者様の指摘で軍オタが300話突破していたことに気づきました!
いや、本当に最初『?』と首を傾げていましたが、改めて確認して気づいた次第です。どんだけ鈍いんだよ自分……。
お祝いのお言葉を頂きました皆様本当にありがとうございます、まだまだ軍オタは続きますので、どうぞこの後も引き続きよろしくお願いします!
また、軍オタ1~3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
(1~3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻なろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典SSは15年4月18日の本編をご参照下さい。)