第279話 ダンス・ダンス・ダンス
結婚式が終わって数日後――オレ達は獣人大陸へ戻るため孤児院を後にすることにした。
軍団のとしての仕事や始原問題もまだ残っているため、居続けるわけにはいかないからだ。
その際、旦那様とセラス奥様、メルセさん達を魔人大陸へと送り届ける予定だ。
タイガはしばらく町に住むらしい。
彼女は元々獣人大陸奥地の国へ仕えていた。国へ戻ればまた元と同じ地位を与えられるらしいが、今更興味もないらしい。だから、この町に残って身の振り方を考えるとか。
魔術師S級の彼女なら、何をしようと引く手あまただろう。
オレ達はエル先生、ギギさん、タイガに別れを告げ新型飛行船ノアに乗り込む。
後ろ髪を引かれる思いだが、迷いを断ち切り別れを告げる。これが永遠の別れではない。その気になればこのノアで毎週だって会いに来れるんだ。悲しむ必要なんてないんだ。
そう自分に言い聞かせ、飛行船を出発させる。
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魔人大陸へ向かいブラッド家へと戻ってくる。
ブラッド家は出発前に要塞化したままの姿だった。
そのため獣人大陸に戻る前にもとに戻す作業に取り掛かる。
基本的にリースの『無限収納』で屋外に設置していた兵器などをしまって、塹壕を魔術で埋めるだけだ。そこまで手間はかからない。
その間に受付嬢さんの襲撃――ではなく、来訪があった場合、対処できないかもしれないと思ったが、留守を任されていたメリーさん曰く『その人なら、ギギに用があるとリュート達の出発と入れ違いに訪れましたよ。そして彼がリュートの故郷である孤児院へ一緒に戻ったと告げたら帰られましたメェー』と言ってきた。
話を聞いた瞬間、冷汗が滝のように溢れ出る。
どうやらオレ達は運良く彼女と入れ違ったらしい。
もし彼女が通常の飛行船を使っているなら、魔人大陸から妖人大陸まで一ヶ月近くかかる。そうすると今頃、受付嬢さんは妖人大陸についた頃かもしれない。
ギギさんに会いに行ってすでに彼が結婚していると知ったら……。
だ、大丈夫だよね?
彼女もあれで一応常識はわきまえているし、それにエル先生&ギギさんの側には世界最強の魔術師の1人である魔術師S級、タイガ・フウー、獣王武神が居るんだ。
だから受付嬢さんを無力化することだって――いや、相打ちぐらいにはもっていけるよな?
片づけを済ませ数日滞在した後、ブラッド家を後にする。
旦那様との話し合いの結果、元魔王アスーラはブラッド家屋敷に残ることになった。
最初、嫌がっていた彼女だったが、近いうちにまた会いにくると約束して納得させる。
元『黒』のノーラも孤島研究所の片づけは後回しにして、一度魔物大陸へ戻ることになった。シャナルディアの様子を確認したいのと、他姉達に現状の報告をするためだ。
実際、研究所はあのまま放置して朽ちるのを待ってもいい。急ぐ必要はない。
なのでノーラを送り届けるため魔物大陸経由で、獣人大陸へと戻ることになった。
魔物大陸の奥地まで連れて行こうと思ったが、本人に断られた。
「大丈夫です、リュート様。新型飛行船といえど魔物大陸を飛ぶのは危険ですから。それとこれを受け取ってください」
ノーラは嵌めていた指輪をはずし、差し出してくる。
「この指輪は、ノーラがシャナルディアお姉様から下賜された指輪で、リュート様のお父様であるシラック・ノワール・ケスラン王が所持していた遺品だそうです」
「いいのか、そんな大切なものを……」
「はい。ノーラにはもう必要のない物です。それにシラック王もリュート様がお持ちになっていたほうが嬉しいでしょうから」
そしてオレはノーラから指輪を受け取る。
『ノームの指輪』という名前で、土でゴーレムを作ったりすることができるらしい。
確か前、魔物大陸の魔王が眠る地下に潜る時にノーラが使っていたな。
ある程度のなら、土や岩を好きな形にすることができるとか。
オレはお礼を言ってありがたく指輪を受け取った。
顔も知らない父親の遺品だが、オレが持っておくべきだということなのだろう。
そしてオレ達は久しぶりにPEACEMAKER本部のある獣人大陸、ココリ街へと戻ってきた。
――本部へ戻ってきて数日後。
旅の疲れもいえ、溜まっていた事務仕事を消化していく。
外交担当のミューアの尽力により、始原問題も終わりが見えてきた。行方不明中のアルトリウスに代わりロン・テンという竜人種族が始原をまとめているらしい。
まだ問題は残っているが、大分落ち着いてきた。
書類仕事やララ問題などはあるが、ようやくのんびりした平和を手に入れたのだ。
オレは執務室で書類仕事をこなしながら、そんな平和な時間を堪能していた。
「失礼します」
「し、失礼します……」
そんな風に仕事をしているオレに、件のミューア・ヘッドと3つ眼族のバーニー・ブルームフィールドが顔を出す。
ミューアが微笑みを浮かべながら、声をかけてくる。
「すみません、リュートさん。今、お時間大丈夫ですか?」
「ああ、構わないけど。珍しいな2人そろってオレを訪ねてくるなんて」
「いえ、私は付き添いですわ。バニちゃんがリュートさんにお話があるらしくて」
「バーニーが?」
ミューアの言葉にバーニーへ視線を向ける。
事務員の彼女はおずおずと処理したはずの書類を突き返してくる。
「あの、この書類なんですが、不備があってもう一度書き直して欲しくて……」
「不備? ごめん、迷惑かけてすぐに直すよ。それでどこをミスしていてるんだ?」
「えっと、どこっていうか……サインがおかしくて……」
バーニーが1枚の書類を取り出し、オレへと見えるように持ち上げる。
「リュートさんのサイン部分が全部『エル先生が結婚したエル先生が結婚したエル先生が結婚したエル先生が結婚した』としか書いてなくて……」
「? どこに問題があるんだ?」
オレは本気で分からなくて首をひねる。
昔からオレはこんなサインを書いていたはずなんだが。
この返事にミューア&バーニーが、『うわぁ』と変人を見るような目で見てくる。
突然、2人はこそこそと話し合う。
漏れ聞こえてくる会話で『目が死んでいる』『笑顔が逆に怖い』『クリスちゃんやスノーさん達奥さんはよく我慢できるね』などかなり失礼なことを言っていた。
なんだいったい。まさか部下からの下剋上的反乱の複線かなにか?
ミューアが話を切り上げ、向き直る。
「リュートさん、エル先生さんはもうギギさんと結婚したんです。いい加減、現実を見つめてしっかりと受け止めてください」
「い、いいいいいやややだなミューアははははは、もちちちろんんんんしっかりと受け止めてててていいるぞ!」
「落ち着いてください、声がぶれぶれですよ」
ミューアが冷静にツッコミを入れてくる。
「とにかく、ちゃんとサインを書いてください。このままじゃ書類が通らずバニちゃんが困ります。今日中に修正をお願いしますね」
「お願いします」
2人はミス書類の山を机に積み上げ、執務室を出て行く。
残されたオレは机へと突っ伏した。
「分かってる! 分かってるさ……! エル先生が結婚したって、ちゃんと分かっているさ! でも感情の整理がもう少しくらいかかってもいいじゃないか……」
しかし、こちらの感情や心情など関係なく仕事は待ってくれない。
津波のように怒涛の勢いで押し寄せてくる。
処理しなければ滞り、自分以外の部署が被害をこうむるから止めるわけにもいかない。
再びノック音が響く。
次に顔を出したのはメイヤだった。
「リュート様、8.8cm対空砲の件なのですが……っと、どうかなされましたか? それに書類の山は……」
「いや、ちょっと色々あってな……」
メイヤは机にあるミス書類を手に取り、状況を察する。
「なるほど……リュート様はまだエル先生の一件を引きずっているのですわね」
「うぅっ……自分でもダメだとは思っているよ。思っているけど……そうそうすぐ割り切れるものでもないだろ」
メイヤもミューアやバーニーと同じように、この件に関して指摘してくるかと思い予防線を張ってしまう。しかし、彼女は先ほどの2人とは違い否定の言葉を口にしなかった。
「お気持ちお察ししますわ。確かにリュート様は歴史上後にも先にも存在しえない崇高な神的存在ですが……同時にわたくし達と同じように『心』を持っているのですから、そうやって感情に引きずられることもありますわ。決して恥ずかしいことではありません」
「メイヤ……」
彼女の言葉に思わずジンと胸を痺れさせる。
メイヤはソファーに座ると、ぽんぽんと自身の膝を叩きうながしてくる。
「リュート様は未だ疲れが取れ切れていないご様子。わたくしの膝でよければお使いください」
オレはメイヤにうながされ、ふらふらと蝶が花に引き寄せられるように彼女の膝に頭を乗せる。彼女はオレの頭を愛おしげに撫でてきた。
「わたくしでよければ存分に感情を吐露してくださいませ。何時間でもおつきあいしますわ」
「メイヤ……」
顔を上げると彼女は笑顔を浮かべて断言する。
その笑顔はまるで聖母マリアのようだった。
(あれ? メイヤってこんなに美人で、可愛かったっけ? それにとってもいい匂いがするし、太ももはとても柔らかい――やばい! 意識したら急に恥ずかしくなってきたぞ!)
「? どうかなさいましたか?」
「い、いや、なんでもないよ……っ」
「そうですか? では、遠慮なくどうぞ」
メイヤはこちらの頭を撫でながら、オレの気が済むまで愚痴大会に付き合ってくれると宣言。
今更『メイヤを意識してしまい恥ずかしくなったから止めます』とはいえない状況のため、オレはとりあえずメイヤの言葉に甘えて、胸に溜まっていた不満を彼女に漏らして聞かせた。
メイヤはその間ずっとオレの話に真剣に耳を傾け続けてくれたのだ。
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1日が終わり、夜のとばりが降りる。
仕事を終えたメイヤ・ドラグーンは1人、夜のココリ街を歩いていた。
彼女はまっすぐ会員制クラブへと足を運ぶ。
この会員制クラブは、ココリ街でも上位の商人や富裕層しか入れない。
一見さんお断りで、会員の紹介があっても審査で問題があれば問答無用で弾かれる。
ここはそんな特権階級者が使用する特別なクラブだ。
そんなクラブの出入り口前には、ボディーガード兼余計なトラブルを起こさせないための抑止力として強面の男達が立っていた。
男達はメイヤに気がつくと、会員チェックもせず端により扉を開き一礼する。
彼女はそれが当然とばかりの態度で、男達に見向きもせずクラブ内へと入っていった。
階段を下り地下へと降りる。
分厚い扉を執事のような老紳士店員が開き、メイヤを出迎える。
クラブは地下にあり、扉も分厚いため防音がしっかりとしている。そのため外部の喧噪は聞こえてこないし、ここでの会話が外へ漏れることもない。
地下に作られているのに息苦しさはなく、天井や床、壁などに埋められた魔術光が計算された光で室内を照らした。
お陰で明るすぎず、暗すぎない光で店内を照らし出していた。
店内は広く、バーカウンターがあり、『世界中の酒精があるのでは?』と疑うほど壁一面に並べられていた。
反対側奥にはステージがあり、いつもはここで客達の邪魔にならないようシックな生演奏がおこなわれている。
またいつもであれば王宮でも使用されているソファーやテーブルなどがゆったりと会話や酒精を楽しめるように置かれているのだが、今回はメイヤの都合で店内にはほとんど無く、一部残されたものが壁際に移動させられている。
もしかしたら後ほどメイヤが使用するかもという配慮のため、極少数残されているのだ。
ソファーやテーブル、観葉植物や他家具が片づけられ、店内には広いスペースができていた。
ステージには楽器を持った楽団が上がり、準備を始める。
ステージ前には従業員入り口から、動きやすい格好で統一された男女が姿を現し、体を動かし始める。
すでに準備体操を終わらせているため、体を冷まさないための処置でしかない。
メイヤはそんな彼、彼女達の前へと立つ。
メイヤはまるで彼らを意識せず、歓喜の表情を浮かべて語り出す。
「ついに……ついに我が世の春が来ましたわ……! リュート様がわたくしの! わたくしの膝の上に頭を乗せたのです! そうつまり『膝枕』ですわ! リュート様に膝枕! これは歴史的偉業ですわ! さらにわたくしが頭を撫でたら、リュート様が顔を赤くしたのを見逃さなかったですわ! 完全に来てます! これも全てわたくしの計算通り! 流石、リュート様に劣るとはいえ元天才と呼ばれた才女ですわ!」
メイヤは自画自賛し、その場で高笑いをする。
「リュート様はエル先生を敬愛していますわ。なら、わたくしもエル先生のように落ち着いた聖母のような態度で接すればリュート様も一発! ……まさに読み通りの展開ですわ!」
メイヤの高笑いがより一層大きくなる。
彼女は完全に勝利を確信した笑みで断言する。
「これで結婚腕輪は間違いなくわたくしの左腕に飾られますわ! あぁあ! 早くこの左腕にリュート様から贈られる結婚腕輪をはめたいですわ! ですが、ここは我慢。まだまだ我慢ですわ……ッ。それにもう勝利は目前! 正妻としての余裕を持った態度で臨むべきですわ!」
メイヤはすでにリュートの正妻になったつもりで、自身の態度を改めた。
「ですが! この滾るマグマのような想いを押しとどめることは不可能ですわ! ですからわたくし今夜は踊ります! リュート様を想うマグマすら蒸発させる愛を押しとどめるために!」
メイヤの言葉にステージ上の演奏楽団と男女バックダンサーが準備に入る。
「届いてくださいまし、この想い! 演目は『赤くなったリュート様がきゃわわわわわわわわ過ぎてわたくしの心臓がキュンキュン鳴りすぎて止まりそう!』ですわ。さぁ音楽、レッツゴーですわ!」
彼女の合図と同時に音楽が鳴り出す。
メイヤは音楽に合わせて踊り出し、バックダンサー達も一糸乱れない動きで彼女に続く。
こうして地下の会員制高級クラブで、メイヤ&メイヤダンサーズ達は朝日が昇るまで踊り続けた。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
5月01日、21時更新予定です!
執筆メインに使っているノートPC(XPでネット不接続)がぶっ壊れました。いや、もう本当、突然に。考えてみれば9年以上使っていたやつなので、そりゃ壊れてもしかたないですよ。しかも1度、そのノートPCにコーヒーをまるごとこぼしてこともありますから(お陰で当時メーカーに修理へ出しました)。また自分はフラッシュ内部にデータを入れて書くため、PC本体に執筆データは入れず、バックアップも他フラッシュに毎回とってます。なのでデータや作業的には問題がないのですが、新しいノートPCはなれるまでちょっとやり辛いです。まぁデータが消えていないだけマシですが。
後、今PC安いですね。文字打つだけだから、そこまで性能を必要としないからか全体的に安くなったな~。時代は進歩してますね。
また感想返答を書かせて頂きました。よろしければご確認ください。
軍オタ1~3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
(1~3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻なろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典SSは15年4月18日の本編をご参照下さい。)