第266話 戦いの終わり
始原率いる1万超の軍勢と、PEACEMAKERが戦うその前日に。
元ハイエルフ王国の第一王女ララ・エノール・メメアが質問する。
「PEACEMAKERと始原、どちらが勝つと思われますか?」
「決まってるよ。勝つのは堀田くん達だ」
この質問にメルティア王国の次期国王、人種族魔術師Aプラス級、ランス・メルティアが即答する。
2人が居る場所はメルティア王国、ランスの私室だ。
ランスはララに淹れてもらった香茶に顔を寄せ、まずは鼻で楽しむ。
一通り香りを堪能した後、口を付ける。
明日、PEACEMAKERと始原が、指定した場所で戦闘をおこなう。
敗者が、勝者の言うことを無条件に聞かなければならないというものだ。
彼の正面ソファーに座るララが、意外そうに目を丸くする。
「相手はあの始原ですよ? いくら現代兵器で武装したPEACEMAKERでも勝利は難しいと思うのですが……」
「もしかして、予知夢で始原が勝つシーンでも見たのかい?」
ランスの言葉に、ララが微苦笑する。
「ランス様もご存知ではありませんか。私の精霊の加護『予知夢』は確かに強力な能力ですが、その扱いも難しいことを」
ララ曰く、『予知夢』と『通常の夢』は見ている時にどちらであるか認識できるらしい。
また予知夢を見ていると認識できても、意味の分からない断片的な情報が羅列されるだけだ。そこから将来的に必要な情報を抜き出し、吟味しなければならない。
実際、そこまで『便利な能力』というわけではないのだ。
ランスはララの微苦笑に、悪戯っぽく笑い返す。
「ははは、ごめんごめん。もしかしたらと思ってさ。とりあえず、僕がどうして堀田くん達が勝つと思ったかというと――思想の違いかな」
「思想の違いですか?」
「始原は……というかアルトは強い。Aプラス級の魔術師が何十、何百束になっても彼には勝てないだろう。だからこそアルトは、堀田くんに負ける」
ランスは再び断言した。
「アルトは自身のやり方で勝ち続けてきたから、慢心して今まで同じようにスタイルを変えず堀田くん達に挑むはずだ。なぜなら、それで今まで勝ってきたんだから。……でも、堀田くん達は、一度アルトの力を体験している。それを踏まえて、始原との勝負を承諾した。つまり、彼らに対抗する兵器、または手段を開発したんだろう」
ランスは、目の前に座るララに楽しげに話し聞かせる。
「この世界では、基本的に魔物と戦うために魔術や武器が発達した。けど、僕達の世界では同族である人間を効率よく、いかに大量に殺すかを目的に進化を遂げてきた。『殺す』という点において、魔術に比べて広さも深さも圧倒的に現代兵器の方が勝っている。……たとえば僕がいた世界、アメリカという大国が戦争をしたとしよう。彼らは最初に可能な限り敵の戦闘力を削るため、遙か遠くから攻撃を開始するんだ。トマホーク巡航ミサイルなら、射程が2000kmを超えたのもあるからね」
2000kmと聞いて、ララが『うわぁ』と顔をしかめる。
想像を超えた、あまりの長距離からの攻撃にドン引きしているのだ。
このトマホーク巡航ミサイルで、アメリカは敵の地対空ミサイル基地や通信施設を破壊する。
他にもステルス機、爆撃機、戦闘ヘリなどで核爆弾やミサイルを大量に撃ち込み敵の戦闘態勢を崩す。
「次にミサイルを装備した無人機で、敵の動向を偵察する。場合によっては装備したミサイルで敵を攻撃する。実際、敵の重要人物が無人機で爆殺されたって聞いたことがあるな」
そして最後に地上戦。
ミサイル、爆弾等で破壊できなかった敵基地などを壊滅させる。
これが大雑把な戦闘の流れである。
「僕が居た世界では、兎に角徹底的なアウトレンジで敵勢力の戦闘能力を奪う。そして大打撃を与えてから、その後ようやくアルトが考えるような地上戦をやるんだ。召喚する前に、アウトレンジからガンガン叩かれたら、いくら魔術師S級のアルトでもどうしようもないよ」
「つまり、それが思想の違い――ということですね」
「そういうこと。しかし、さすがに堀田くんでもトマホークなんて作れないだろうけどね。でも、徹底的なアウトレンジで始原を叩ける兵器を開発しているはずだ。そんな兵器を相手に、正面から突撃するような旧時代の戦いをするなんて。僕が部下なら絶対にやりたくないね」
「私もです。絶対にお断りします」
ランスは皮肉っぽく肩をすくめ、ララが同意する。
第一次世界大戦時代、ある軍隊の指揮官が機関銃や有刺鉄線、塹壕、車、飛行機が存在する戦場で、それらはあくまで騎兵の添え物であると力説したらしい。
『騎兵こそが戦場の勝敗を分ける!』と彼は信じて疑わず、機関銃と有刺鉄線で守られた陣地へ向かって部下を突撃させ、大損害を出したそうだ。
新しい物は受け入れ辛く、古い物は捨て辛い――ということである。
ランスからすると、知らないとはいえアルトがその指揮官と重なって見えるのだろう。
「エルさんに良いところを見せようと思う余り、目を曇らせ敵を侮り慢心する。だから、あれほど注意したのに……。まぁエルさんがいい女で、惚れる気持ちも分からなくはないけどね。彼女を自分のものにしたい気持ちは男として分かるよ」
「ッ――」
ランスの言葉を聞いて、ララの瞳に嫉妬の色が浮かぶ。
その様子をランスは気付かないふりをしつつ、楽しげに眺める。
「……さて明日は念のため、現地入りしよう。彼らに気付かれない位置で監視して、堀田くんが殺されそうになったら助けてあげないといけないし」
「了解しました。候補者ストックは多いに越したことはありませんからね」
ララの同意にランスが微笑み、嫌味っぽく告げた。
「それに彼――堀田くんと僕は昔からの友達だからね。友達は大事にしなくちゃいけない。……そうだろう?」
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オレ達PEACEMAKERと始原との戦闘の終盤に、ギギさんがエル先生を奪還。
リース&ココノが、アルトリウスに燃料気化爆弾を投下する。
エル先生&ギギさんを抱えて飛び上がったラヤラの背後で、真っ赤な炎が産まれる。
その炎が始原との戦いの幕引きとなった。
元々、今回の争いの勝利条件は、『相手側のトップを倒した方の勝ち』だ。
オレ達側はやや変則で『エル先生奪還』である。
そのため敵を壊滅状態に陥らせ、ギギさんがエル先生を奪還した時点で勝敗は決しているのだ。
始原の生き残りもそれを理解しているらしく、陣地から両手を挙げ、こちら側へと歩み寄ってくる。
竜人大陸にある始原支部、責任者を務める竜人種族、魔術師Aマイナス級、テン・ロンと名乗る人物が、始原の降伏を宣言。
これにより争いは正式にPEACEMAKERの勝利として終結した。
争いが終われば、次にやることは戦後処理だ。
アルトリウスの喚びだした魔物達は、彼に燃料気化爆弾が投下された後、暫くして綺麗さっぱり消えてしまった。
テン・ロン曰く――アルトリウスが引っ込めたか、気絶、または死亡したため消滅したらしい。
お陰で万近い魔物の死体を処理せずに済んだ。
しかし、魔物の指揮をしていた四志天は、アルトリウスが喚びだした魔物ではないためその場に残る。
しかも運がいいことに、テン・ロンを除く他3人は微かに息があった。
最初に8.8cm対空砲で撃墜された黒エルフ、シルヴェーヌは、爆発に対して反射的に抵抗陣を形成し、致命傷を避けた後に気絶して落下。
その後運良く乗っていたドラゴンがクッションになったため、即死を免れる。
そして、そのままドラゴンの影に倒れ、燃料気化爆弾の有効半径に幸運にも入らず気絶していたらしい。
蛇族、ヴァイパー・ズミュット。
牛族、アゲラダ・ケルナーチ。
両名も彼女と似たような感じで、8.8cm対空砲の砲撃を本能的に防御し即死を避ける。
即死は避けられたが、そのまま深い傷を負い気絶してしまう。
だが、これが彼ら2人の命を救った。
下手に動き回らず気絶したため、リース&ココノは、地上を動く敵がほぼいないことを確認。
2人から離れた位置にまばらに残っていた魔物達に燃料気化爆弾を投下し、そして次にアルトリウスのところへと向かった。
もし下手に2人が逃げようと動いたら、リース&ココノは容赦なく燃料気化爆弾を頭上に投下しただろう。
魔術防止首輪を外され、ギギさんの治癒をし終えたエル先生は、3人が生きていると聞いて治療をするため駆け出す。
すでに一箇所に集められた3人をエル先生が次々に魔術で治癒していく。
治癒途中、気絶していたシルヴェーヌが目を覚ます。
「ぐぅッ……はっぁ、ど、どうして……あたしが地上に?」
「まだ動かないでくださいね。治癒の途中ですので」
「き、貴様は!? ツッ――!」
「駄目ですよ。まだ傷が塞がっていないのに動こうとするなんて!」
シルヴェーヌはエル先生に気が付くと、鬼の形相で起き上がろうとする。
しかし、まだ傷は塞がっていないため起き上がれず、彼女は再び横になった。
シルヴェーヌは状況を確認しようと、なんとか動かせる首をめぐらせる。
彼女のすぐ側で、仲間であるヴァイパーとアゲラダが他魔術師から治癒を受けていることに気が付く。
彼らの負傷と、視界に居たテン・ロンが首を横に振るのを見て状況を理解する。
「あたし達は負けたのか……」
状況を理解すると、彼女の体から力が抜ける。
「まさかあたし達始原が、40人にも満たない弱小軍団に敗北するなんて……」
シルヴェーヌが悔しげに歯噛みすると、治癒を続けるエル先生を睨み付ける。
「……それであんたは何をしているの?」
「治癒です。シルヴェーヌさん、無理をしないでください。まだ治癒は終わっていないのですから」
「見れば分かるわよ。あたしが言いたいのは、『どうしてあんたがそんなことをするか』よ」
しかしエル先生はそんな台詞に眉一つ動かさずに、懸命に治療を続ける。
シルヴェーヌはさらに口を開き、問い詰める。
「しかもあたしはあんたを叩いて、倒れたところを蹴ったのよ。そんな相手を治癒するなんてどうかしてるわ」
近くで負傷した彼らを見ていたオレは、シルヴェーヌの言葉を聞いて反射的に彼女に敵意を向ける。
(ん? 今、こいつ、エル先生を『叩いて』、『倒れたところを蹴った』って言ったのか?)
言ったよね。確実に言ったよね?
オレ達のエル先生にこいつは暴力を振るったってことか!?
許さん! 絶対に許さんぞ!
エル先生、退いて! そいつコロセナイ!
オレが声を上げるより早く、エル先生がシルヴェーヌの台詞に答える。
「……確かにあの時はとても痛くて、怖かったです。でもたとえ相手がどんな人でも、傷つき倒れている人を見捨てることなんて私にはできません。だから、これは私の我が儘です」
「……ふん、お人好しめ」
「でも、本当はそれだけじゃないんです。シルヴェーヌさんは私に治癒されるのを嫌がると思って、あの時の仕返しとして治癒しているんですよ。これは私の仕返しなんです」
エル先生は悪戯っぽく、シルヴェーヌへと微笑む。
彼女はその返答に目を白黒させ、悔しそうな、笑い出しそうな表情へとコロコロ変える。
途中で感情の処理が難しくなり、耐えきれず彼女はエル先生から顔を背けてしまう。
「……お人好しって評価を訂正するわ。やっぱりあんたは性格が悪いわよ」
「当然です。こう見えて、私は意外と昔のことをよく覚えているタイプなんですよ」
言葉のやりとりは友好的ではないが、そこになぜか女性同士の妙な結束感を感じる。
エル先生に『シルヴェーヌに報復を加えるので離れてください!』とは言い辛い雰囲気だ。
仏頂面をしているオレをよそに、シルヴェーヌが話を切り替えるように尋ねてくる。
「ところで、アルト様はどうなったの? あたし達のように怪我を負ったりしてないわよね?」
「それは……」
エル先生が表情を曇らせ、言葉も詰まらせる。
オレを含めて、始原関係者のテン・ロンも難しい表情を浮かべた。
結論から言うと――アルトリウスは姿を消してしまったのだ。
始原の降伏を受け入れた後、アルトリウス本人と会うため、彼が最後に燃料気化爆弾を投下された場所へと向かった。
その部分の草は燃え、燃料気化爆弾の衝撃により土が露出していたが、アルトリウスの姿はどこにもなかった。
現在、ラヤラが上空からアルトリウスを探しているが、まだ見付かったという報告は受けていない。
恐らく死んではいない。
燃料気化爆弾の性質上、死体が燃え尽きるということはないためだ。
たぶん転移できるゴブリンか、それに近い魔物の力でどこかへ移動したのだろう。
引き続きラヤラには空から捜索してもらう予定だ。
シルヴェーヌが一通りの状況を聞いて、心配そうに表情を歪める。
そんな彼女をエル先生は慰め、落ち着かせた。
これ以上、怪我人を興奮させるわけにはいかず、この話題は打ち切られた。
そして、勝者側のPEACEMAKERメンバーがなぜか戦後の後片付けに奔走するはめになる。
……まぁこちら側の兵器で草原に火が付き燃えていたり、地面がめくれてたりなどしたせいなのだが。
しかし、日が暮れる最後まで、アルトリウスの姿を見付けることができなかった。
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日が暮れた夜。
夜空に分厚い雲がかかり、世界から光が失われたように暗くなっていた。
そんな暗闇の世界。
アルトリウスが最後に居た場所。
その地面が『ぼこり』と音を立て、下から一本の腕が生え出てきた。
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3月21日、21時更新予定です!
活動報告をアップしました。
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また、軍オタ1~2巻、引き続き発売中です。
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(2巻なろう特典SS、1~2巻購入特典SSは14年12月20日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動報告をご参照下さい)