第261話 条件の提示
始原団長、人種族、アルトリウス・アーガーは母の顔を知らない。
約3000年前、アルトリウスの祖先はアスーラを罠に嵌め殺害しようとした。
魔王である彼女がいつ自分達を裏切るか分からない恐怖。
そして魔王に救われたという事実に耐えきれなかった自尊心から、他五種族達と協力し殺害しようとしたのだ。
しかし魔王アスーラの殺害は失敗に終わり、彼女は失踪。
以後アルトリウスの祖先達は、この世界を救ったのは『五種族勇者達だ』と世界に広めた。
そしてアーガー一族は、その事実を秘匿し続けてきた。
彼らは秘密を隠蔽するため、真実を知った者は抹殺。
使える人材は冒険者斡旋組合の軍団システムを利用し、自分達側に取り込み組織を大きく成長させてきた。
冒険者斡旋組合初の軍団、始原を維持するためアーガー一族当主には長男、次男、性別など関係なくトップたりえる実力が求められた。
それ故、アーガー一族は独特の結婚システムを導入している。
まず現当主が男性の場合、多額の資金を払い優秀な人種族の女性を複数招き子供を出産してもらう。
当主が女性の場合は逆だ。
産まれた子供は引き取られ、アーガー一族専属の教育施設に預けられる。
その中でも優秀な者がアーガー一族の次期トップに立つことになる。
このシステムを導入してから、アーガー一族のトップは常にA級以上の魔術師がその座についている。
トップに立てなかった子供はどうなるかと言うと――噂の域を出ないが、跡継ぎ争いが発生しないよう身分を剥奪する等の処分がされていると言われている。
トップに立った当主が不慮の事故や病気で亡くなった場合のストックとして身分を隠し生活をしている、またトップが乱心した場合に処理をするための部隊に組み込まれている、他には戦力を増強するため始原の1兵隊として組み込まれている――など様々なことが言われている。
しかし、正確なことはアーガー一族のごく僅かな者達しか知らないらしい。
そんなアーガー一族に久しぶりに魔術師S級の素質を持つ子供が産まれた。
それがアルトリウスだ。
彼は10歳にして、当時始原トップに立っていた父を越えていた。
膨大な魔力、そして強大な特異魔術を身に宿していたアルトリウスは、他兄弟達と優劣を比べられることもなく次期始原トップとしての扱いを受ける。
始原トップに必要な高度な教育を受け、自分より年上の人々に傅かれ、望めば嗜好品、武器、魔術道具、etc……欲しい物は何でも手に入れられる。
名誉が欲しければ、自身の実力で簡単に手にすることができた。
どれほど強い魔物、魔術師、冒険者でも彼の力を以ってすれば相手にもならない。
強固な城塞、一国が相手だとしても自分が飼いならすドラゴン100体を出せば民衆ごと灰にすることすらできる。
彼はいつしか人々から『万軍』と呼ばれ、畏怖されるようになった。
そして数年が経ち、アルトリウスは父の後を継ぎ始原トップ、団長の座に着く。
自身の持つ人の領域を逸脱した力を持ちながらも驕らず、アーガー一族の教えをただ愚直に守り続けていた。
その教えを守るためなら小国ケスランを滅ぼすことも躊躇わなかった。
目の前で燃え消えていく国を前にしても、心に痛みすら感じない。
アルトリウスは産まれた時から、アーガー一族の教育を受けている。
故に、自分の生き方に疑問も、不満も抱いてはいなかった。
このまま秘密を堅持し、時期が来れば優秀な人種族の女魔術師と交わって複数の子供を産ませる。
その中の1人に何時か始原トップを譲るまで、自分が団長の座を守り続ける。
そんな生き方を受け入れていた。
しかし、獣人種族のエルと出会うことで、彼の心に変化がもたらされる。
最初はPEACEMAKERとの交渉材料の一つ程度にしか認識していなかった。
だが、気が付けば、エルという女性が自身の胸の大部分を占めていることに気が付いてしまう。
仕事中や会議の席で、ふと彼女のことを考えてしまう。
夜、一緒にリバーシで遊び、彼女お手製のツマミを口にしながらたわいのない雑談をする。その一時が何よりも大切だと思ってしまう。
エルが体調を崩したと聞けば、動揺し仕事が手につかなくなる。
どれほどの強敵や激戦の戦場に立ったとしても揺るがないアルトリウスがだ。
彼女に避けられていると知った時は、目の前が真っ暗になり倒れそうになった。
それほど深くエルという女性を自分は愛しているのだと――アルトリウスはようやく自覚したのだ。
しかし、始原のシステム、積み上げてきた責任を自分の代で放棄するわけにはいかない。
エルを愛してはいるが、始原トップとしての責任もある。
そのため表だってエルを自身の妻として娶るのは難しい。
また将来的に、複数の人種族の女性と交わり子供を作らなければならない。
だが、心から愛しているのはエルのみだ。
表向き彼女は内縁の妻とする。
始原トップとしての勤めを果たし、次代を担う子供が成長したら席を譲り引退する。
その時、エルと二人で静かな場所に移り住み正式に一緒になる。
静かな場所で、何不自由のない、安全な生活。
もちろん、二人に拘るつもりはない。
エルと自身の子供を作ってもいい。
エルが営んでいた孤児院には、生涯困らないだけの金銭的援助をする。
もしその孤児院に危機を及ぼす相手が居るのなら、『万軍』の自分が出て根本から叩きつぶすつもりだ。
そんな幸福な将来を邪魔するものは何人たりとも許さない。
――だから、PEACEMAKERは潰す。
ギギというエルを惑わす薄汚い獣人を叩きつぶす。
彼女もきっと彼らが消えれば目を覚ますだろう――誰が自分を一番幸せにするのかを。
「エル嬢の幸せを邪魔する者は、我が全て排除してやる。彼女は絶対に誰にも渡さない――ッ」
アルトリウスは暗い炎を瞳に燃やし、自分自身に言い聞かせるように呟く。
ランスの忠告は彼の中で完全に熔けて消えてしまっていた。
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2度目の話し合いの席で、始原の交渉人であるセラフィンから提案を出された。
場所を決めて決闘のように互いに戦い、敗者は勝者に従うというルールだ。
この提案を聞いて、オレはすぐに返事をしなかった。
PEACEMAKER団員達と相談したいと言って、次回の話し合いの席まで返事を保留する。
そのため話し合い自体は、1回目に比べて驚くほど短く済んだ。
翌日、オレ達は始原の提案についての会議をする。
今日は久しぶりに実家のハイエルフ王国エノールに戻っていたリースとシアが参加していた。
他にもスノー、クリスが参加している。
ココノは熱は下がったが体力が落ちているため、現在も療養中だ。
メイヤはルナと一緒にこちらの切り札となる兵器の量産をしている真っ最中である。オレもこの会議が終わったら、そちらに応援に行く予定だ。
シアを除き、皆テーブルを囲うように席へ座っている。
オレはシアが皆に香茶を配りおえてから、話を切り出す。
「さて、それじゃ会議をする前に、エノールから始原への働きかけの結果について皆にも聞かせてくれないか?」
「分かりました」
オレはすでにリースの口から報告を聞いている。
彼女は皆の注目が自身に集まるのを確認して、話を切り出す。
まずリース父は、五種族勇者がアスーラを罠に嵌め謀ったことを知っていた。
これは代々国王しか知らない真実である。
知ったからといって他言は厳禁とされてきた。
始原のやることに関しても、薄々気付いていたらしい。だが確証は持てず、またトップ軍団はもはや一国のようなもの。
下手な手出しは内政干渉でしかない。
だが、リースからの話を聞いて国王は正式に始原へと抗議。
しかし、相手の知らぬ存ぜぬでのらりくらりとかわされている。あまり強く出れば、大国メルティアや他国、そして冒険者斡旋組合が口を出す可能性が出てくる。
つまり、現状始原を押さえるのは難しいとのことだ。
リースが肩を落とし謝罪する。
「……すみません。お役に立てなくて」
「リースちゃんのせいじゃないよ! 悪いのは始原のほうなんだから!」
『そうです! スノーお姉ちゃんの言う通りです! だから、元気だしてください』
スノーとクリスは気落ちしている彼女を慰める。
オレは彼女達のやりとりを眺めながら、区切りのいいところでリースへと話をうながす。
「他にもリースに頼んでいた件があるんだけど、そっちも皆に聞かせてあげてくれないか?」
「はい。もう一つリュートさんに頼まれていたのは、スノーさんの師匠である『氷結の魔女』さんの行方についてです」
妖精種族ハイエルフ族、魔術師S級の『氷結の魔女』。
現在行方が分からなくなっている、スノーの師匠だ。
ハイエルフ王国なら、彼女に関する情報があるかもしれない。
スノーの師匠がこちら側につけば、始原と互角以上にやりあえるかもしれない、と思ったのだ。
しかし、ことはそう上手くはいかなかった。
「すみません、色々情報を集めてみたのですが、有力な手がかりはありませんでした……」
「わたしも色々心当たりあるところに問い合わせたんだけど、全然見付からなかったよ。ごめんね、リュートくん」
放浪癖があるため、現在どこへ居るのか分からないらしい。
オレ自身、八方手を尽くしたが影すら掴むことができなかった。
スノーから聞いた話だが、師匠の力はとてつもなく――『彼女が展開した領域に入る全てを凍り付かせる』という特異魔術らしい。
例えそれが攻撃魔術だろうが、弓、岩石投げ、ドラゴン、マグマの怪物、巨人族だろうが――兎に角、凍り付かせて粉々のパウダーにしてしまうらしい。
故に『氷結の魔女』と呼ばれ、恐れられているとか。
スノー曰く、恐らく銃弾や手榴弾、パンツァーファウストすら届く前に凍り付かせ師匠に到達する前に粉々になるだろうとのことだ。
おいおい、強すぎるだろう……まさか魔術で『絶対零度を作り出しているのではないか?』と疑うレベルだ。
そんな師匠がこちら側の味方に付いてくれたら、どれほどよかったか……。
しかし、居ない者はしかたない。
「とりあえずスノーの師匠については、引き続き捜索を続けよう。見付かったらラッキー程度に考えるしかないか……。それじゃ次は始原の提案についてか。個人的な意見だと条件付きで賛成かな」
「リュートくんの条件って何?」
「3番目の条件――『勝利条件は互いのトップを倒した方の勝ち』の部分を、敵はそのままでいいから、こちら側の条件を『エル先生奪還』に変更してもらうんだ」
つまり――オレ側の勝利条件は、『戦場にエル先生を置いてもらい(防護手段はアルトリウス側が用意)、それをこちらが奪還すれば勝利』。
敵の勝利条件は、『こちらのトップ(リュート)を倒せば勝ち』。
こうすれば、戦場でエル先生を救出できるので、わざわざ彼女を奪還するため始原本部に乗り込む必要はない。
また今回の決闘で勝ったからと言って、彼らが本当に約束を守るか分からない。そのためにもエル先生の身柄保護は最優先事項だ。
始原に勝つのは当然として、エル先生を確実に奪還するのも大切である。
それに決闘という条件がいい。
上手く場所を指定すれば、こちらの用意した兵器を十全に生かすことができる。
これらのことを踏まえて、スノー達に話して聞かせた。
「なるほど……確かにエルさんの安全確保は確実にしておきたいですね。後から彼女が人質に取られては何もできなくなりますから」
リースはオレの提案に頷き賛成する。
「わたしもリュートくんの意見に賛成だよ!」
『私もです!』
さらにスノー、クリスとも賛成してくれる。
大筋の方針は決まった。
他にも細かい話し合いをして、始原の決闘に賛成する。
オレ達は始原に『エル先生』と『こちらの指定する日時場所』の条件を付け加えてくれるなら受けると返事をした。
この条件に始原側は二つ返事で了承。
こうしてPEACEMAKERと始原、二度目の戦いが決定した。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
3月2日、21時更新予定です!
本当は戦闘に入る予定が、アルトリウスの過去や主人公達のやりとりが思いの外増えてしまった……。
次こそは戦闘に入るのでお楽しみに!
また、軍オタ1~2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
(2巻なろう特典SS、1~2巻購入特典SSは14年12月20日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動報告をご参照下さい)