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第23話 採用条件

 ダン伯爵の娘、クリス・ゲート・ブラッドは引きこもりである。


 両親共々、魔術師Bプラス級以上の魔力の持ち主。

 しかし、彼女に魔術師としての才能はなかった。


 7歳になると、家に余裕がある魔人大陸の子供たちは学校に通い始める。そこで読み書き、計算、歴史などを学ぶ。

 10歳になると才能がある者は魔術師学校へ。

 無いものは一般教養を学ぶ学校へと進学する。


 イジメが始まったのは、クリスお嬢様が9歳の時だ。


 9歳になると事前準備として、魔術師学校へ進学する者とそうでない者とにクラスが分かれる。

 クリスお嬢様は仲の良かった幼なじみ3人とクラスが別になった。彼女だけ一般教養クラス行きになったのだ。

 そして3ヶ月後――彼女はイジメを苦に登校拒否になってしまった。


 イジメは……両親共々才能のある魔術師にも関わらず、クリスお嬢様にその才能が引き継がれなかったことが原因だった。

 そして幼なじみ達には才能があったため、クラスも引き離され1人孤立してしまった。

 彼女がイジメられる環境が整ってしまったのだ。


 以後、クリスお嬢様は外や光を怖がるようになり、10歳になる現在まで自室から1歩も出ず生活しているらしい。


 バス、トイレ、キッチンも自室に備え付けられている。わざわざ後から工事を行ったらしい。


 旦那様、奥様の甘さに頭が痛くなる。

 お嬢様がつらいのは分かる。だがどうして外へ出る努力をさせず、より引きこもる生活環境を整えてしまうのか……


 だが本人たちも決して、クリスお嬢様が引き籠もっている現状を良しとはしなかった。

 その努力の1つとして、オレを血袋兼世話係のために買ったらしい。


 魔人大陸では妖人大陸と違って15歳までは毎年誕生日を祝う風習がある。


 15歳が成人とされているためだ。

 高校を卒業するとクリスマスプレゼントを貰えないのに似ている。


 そして10歳の誕生日に、クリスお嬢様専用の血袋をプレゼントすることで立ち直る切っ掛けになればと考え、奴隷商人に問い合わせたらオレを薦められた。


 旦那様は一目で気に入り、値段交渉もせず買ってしまった――オレを女の子と勘違いしたままで。


 確かに約1年の船旅で髪は顎まで伸び、ほぼ船室にいたので肌は真っ白。筋肉は衰え腕は少女のように華奢になっていた。

 顔立ちもどちらかと言えば幼く、女の子っぽい。

 あの状況であれば、何も言われなければ少女だと勘違いするのも仕方がないかもしれない。



 旦那様、奥様、オレ、メリー、ギギ、メイド達はクリスお嬢様の自室を後にして、香茶(かおりちゃ)を飲んでいた部屋へと戻ってくる。


「はははははは! 見た目が可愛らしいから、てっきり女の子と思っていたのだが! これは一本取られたぞ! はははははっはは!」

「もう貴方ったら、おっちょこちょいなんですから」


 旦那様と奥様はまるで喜劇を観劇しているように楽しげに大笑いする。


 オレは頭痛を堪え、疑問を口にした。


「でもどうしてクリスお嬢様はオレがすぐ男だと分かったんでしょうか? ここにいる誰も気付かなかったのに」


 オレの疑問に奥様が答えてくれた。


「ヴァンパイア族は夜目が利き、視力、動体視力も良いのよ。あの子はその中でも飛び抜けて眼がいいの。だから一目見て、メイド服の上からでも女性の骨格では無く、男子のものだと判断したのでしょうね」


 執事長のメリーは、深々と頭を下げ謝罪する。


「改めて書類を確認したところ、確かに性別欄に『男』と書かれておりました。確認を怠った私の責任でございますメェー」

「はははははは! かまわぬ、かまわぬ! 我輩が店で確認せず買ってしまったのがそもそもの原因なのだからな!」

「……俺は最初から匂いで気付いていた」


「えぇえ!?」


 オレは思わず驚く。


 初めてギギが口を開く。

 予想通りの低く、ドスが聞いた声だった。


 メリーはギギの後出し台詞に眉根を顰める。


「では、なぜすぐに指摘しなかったのですかメェー」

「聞かれなかったからだ」

「ギギさん、あなたは言われた仕事しかできないのですかメェー?」

「自身の管轄以外の仕事に手を出すべきではない。大抵問題の種になるからだ」


 メリーのきつめの口調に、ギギは表情を変えず返答する。

 暫し2人は睨み合う。

 悪くなってしまった空気を奥様が変える。


「メリー、ギギ、2人とも喧嘩はその辺に。過ぎたことを言い争っても益はありませんよ。差し当たってわたしたちが考えなければいけないことは、リュートの処遇についてではないかしら?」

「そうでした。旦那様と奥様の前で見苦しいマネをしてしまい、大変申し訳ございませんメェー」

「…………」


 メリーは深々と頭を下げ謝罪するが、ギギは黙って腕を組んでいた。

 奥様の指摘に再び視線がオレに集中する。


 もし奴隷館に返品となったら、次は男娼として買われる可能性が高いだろう。

 比べてここで求められるのは、引きこもりのクリスお嬢様の相手と血袋としての役割。

 雇い主の伯爵と奥様も良い人で、奴隷を無下に扱うようには見えない。

 これほど理想的な買い取り先などはもう無いだろう。

 それだけは断言できる!


 再び奴隷館に返品されたくないため、オレは必死に訴えかけた。


「お願いします。どうかここで働かせてください! 頑張って、お嬢様に心を開いてもらい血袋としての役割を果たしますから!」

「申し訳ありませんが、私は反対です。男性がお嬢様の専属になるなど……。第一、お嬢様はリュートを怖がっております。彼のせいでますます症状が悪化する可能性もございますメェー」

「俺は賛成だ。むしろ男だからこそ、お嬢様の世話をさせるべきだ」


 メリーの意見にギギが真っ正面から反対する。

 メリーは驚き、あたふたと問い質す。


「ギギさん、正気ですか!? あなたもお嬢様の怯えようはご覧になったはずですメェー!」

「だから必要だと思ったんだ。歳の近い女子なら、すでにお嬢のご友人方がいる。これ以上、歳の近い同性が増えても意味は無い。むしろ歳の近い異性が居たほうが何らかの変化が訪れる可能性が高い」

「ギギさん……」


 さっきまで無愛想で、片耳が千切れた強面なギギさん。

 内心でびびりまくっていた。

 だが今は背中に白い羽が生えた天使に見える。


 メリーは気持ちを落ち着かせるように一度咳をする。


「ギギさんの考えは分かりました。だったらなおさらリュートは一度返品して、改めて条件にあった奴隷を捜すべきではないでしょうか? 今回買う奴隷はお嬢様のお側に置く奴隷ですよ。慎重に慎重を重ねるべきですメェー」


 執事長メリーは返品を。

 警備長ギギは、残留をそれぞれ主張する。

 どちらの権限が上かは知らないが、オレはギギの声が通ることを願う。


 てかメリー、オマエはいつかジンギスカンにしてやるから覚悟しやがれ!


 一通りの言い合いが終わり、メリーとギギの視線は主である旦那様へと向けられる。


「うむ、2人の意見、大いに参考になった。ならば双方の意見を取り入れ、明日から3日間リュートがクリスの世話をし、期間内に血袋の役目を果たせたら買い取り! できなければ返品するとしよう!」

「よろしいのですか? 仮期間ギリギリの返品は全額の返金は難しく、半額しか戻ってきませんがメェー」

「はははははっははは! かまわぬ! 元々我輩の落ち度だからな! リュートにもチャンスをやらねば、紳士としての名が泣いてしまう!」

「よかったわねリュート。頑張って、クリスの血袋になってくださいね」

「あ、ありがとうございます! 旦那様! 奥様!」


 オレは勢いよく頭を下げる。

 条件が付いてしまったが、どうにかブラット家に残るチャンスを手にすることが出来た。

 後はなんとしてもクリスお嬢様に気に入られて、血を吸ってもらわないと!


 オレはメイド服姿のまま、気合いを入れて握り拳を固める。

 その姿を伯爵、奥様は微笑ましく見守り、メリーは不満げに、ギギとメイドは無表情で眺めていた。




 こうしてオレがブラッド家に残留できるかどうかを決める、運命の3日間が始まる!





ここまで読んでくださってありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!

明日、12月13日、21時更新予定です。

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