第246話 ココノの努力と少女達
リュート達が獣人大陸、ココリ街を出発してから約2ヶ月以上経過していた。
新純潔乙女騎士団本部は、リュート達の不在穴埋めをしつつ通常業務をおこなっている。
嫁達の中、1人残された元天神教巫女のココノ・ガンスミスはというと――リュート達の私室の掃除を担当していた。
黒髪をおかっぱに切りそろえた彼女は巫女服を動きやすいようヒモでまとめて、はたきを手に気合いを入れる。
「今日も頑張って綺麗にしますね」
両手を胸の前に握り締め、ココノは鼻息荒く断言。
身体が小さいので、その姿はとても可愛らしい。
その様子を護衛メイドの1人が、見守っていた。
「奥様、お手伝いをしなくても本当によろしいのですか?」
「はい、リュート様達のお部屋は妻として、どうしてもわたしの手でやりたいのです。すみません、わがままばかりを言って」
「わがままなんて。むしろ、お手伝いいただき感謝しています」
本来、シアの指示でリュート達の私室管理は掃除を含めて、メイドの彼女達が担当することになっていた。
しかし、1人残されたココノの心情を思い彼女達は担当を譲っているのだ。ある意味でこれはココノの我が儘ともいえる。
「ですが午後からの訓練もありますから、あまり無理をしないようにしてください。いつでもお声をかけて頂ければ、私達がやりますので」
「ありがとうございます。その時は宜しくお願いしますね」
ココノは笑顔で答える。
護衛メイドは一礼して部屋を出る。
その後、ココノは1人でもう一度気合いを入れて掃除に取り掛かった。
布団は外へ出し、日の光にあたるように干す。
ハタキを手に埃を落とし、箒とちりとりで集めゴミ箱へと捨てる。
濡れた雑巾で床を拭き、調度品も綺麗に磨く。
午前中には一通りの掃除が終わる。
昼食後、休憩を挟み午後からココノは訓練を開始した。
いつもの巫女服を脱ぎ、動きやすい戦闘服に着替えている。
しかし、サイズがやや大きいため手足の裾を折り曲げていた。
ココノの訓練は、新純潔乙女騎士団の手が空いている少女達が交替で担当している。
彼女達が交替で体力作りやAK47の発砲、格闘訓練などをココノに教えていた。
今日はラヤラが担当する番だ。
彼女も戦闘服姿でココノの前に立つ。
「そ、それじゃまずはいつも通り準備体操の後、ランニングで」
「はい、ラヤラ様」
「フヒ、ら、ラヤラ様なんて、名前呼び捨てで問題ないよ。ココノちゃんは、ウチの友達だし」
「相手に『様』をつけるのが癖になってて……すみません、ラヤラ様を名前だけで呼べるように頑張ります!」
「が、頑張る方向性がフヒ、なんだか違う気がするけど……が、頑張って」
そんな天然な会話を交わしながら、2人はまず準備体操を始める。
準備体操が終わると、体力作りのためココノはグラウンドを走る。
本来はAK47を手に走らせるが、ココノは元々病弱でまだそこまでには至っていない。
ラヤラもココノと一緒に並走して走る。
「ゆ、ゆっくりでもいいから、じ、自分のペースで走って」
「は、はい!」
ココノを励ますようにラヤラは声をかける。
グラウンドを5周したところでココノは、足が縺れて転んでしまった。
並走していたラヤラは慌てて、転んだココノへと駆け寄る。
「だ、大丈夫!?」
「は、はひ、だ、大丈夫です。ま、まだ走れます」
「無理は、フヒ、駄目。今日のランニングはここまで。す、少し休憩しよう。水を持ってくるから、木陰で休んでて」
ラヤラは有無を言わさず、指示を出す。
ココノは走って苦しいのか、体の弱い自分が辛いのか眉根を寄せ指示通り立ち上がり、グラウンドの端へと移動する。
端に植えられた木々を背に地面へと座った。
頬から、形のよい顎へと大粒の汗が流れ落ちる。
膝が熱を持ち、肺と喉が裂けるように痛い。
ココノは体力の無い自身を悔しく思う。
(もっとわたしに力があればリュート様達のお役に立てるのに……一緒について行くことができるのに)
ギュッと心臓の辺りを服の上から手で握り締める。
ランニングで早鐘のように鳴る心臓の痛みとは違う苦しさが、胸を襲う。
(乗り物をあやつるのには自信がありますが、それだけじゃリュート様達のお役に立てないし……)
たとえ一輪車や自転車に乗れても、リュート達の役には立たない。
ハンヴィーを乗りこなせても、リュートやシアだって動かせる。ココノである必要はないのだ。
だから彼女は体力作りやAK47の発砲、格闘訓練など始めた。
今後もリュート達は獣人大陸以外に仕事で行くことがあるだろう。
その際、今回のように置いて行かれないため、彼女はリュート達の足手まといにならないよう戦う術を学んでいる。
しかしある程度戦えるようになったとしても、魔術師でもなく、発砲が上手いわけではない。そんな彼女がリュート達と一緒に付いていくのは難しいと分かっていても、努力せずにはいられなかった。
呼吸が落ち着く頃に、ラヤラが水を持ってくる。
お礼を告げ受け取り、一息に飲み干した。
よく冷えた水が火照った体に心地いい。
水を飲み干すと、ラヤラが心配そうに声をかける。
「きょ、今日のところはこの辺にしておこう。む、無理するのはよくないから」
「いいえ、この後の格闘訓練も是非お願いします。少しでも強くなりたいのです……ッ」
ココノの体は疲労しているが、心は炎のように燃えている。
彼女の真っ直ぐな熱心さにラヤラもほだされ、迷いはしたが了承した。
「わ、分かったよ。この後、予定通り、射撃訓練するね。で、でも、フヒ、ウチは撃てないから側に居て撃ち方だけ教えるね」
「ありがとうございます!」
休憩と水分を摂ったお陰で体力が多少回復する。
ココノは立ち上がると、ラヤラと一緒に射撃訓練場へと足を運んだ。
夕方、少し前に訓練を終える。
日が沈む前に干していた布団をココノが回収して敷き直す。
夕食は新純潔乙女騎士団メンバーと摂る。
食後は他メンバーもつかう専用リビングで、外交担当のラミア族ミューア、事務担当の3つ眼族バーニー達とお茶をしていた。
バーニーが心配そうにココノへと尋ねる。
「最近、ずいぶん無理しているみたいだけど大丈夫、ココノちゃん」
「ご心配頂きありがとうございます、バーニー様。これでも最近は訓練のお陰か体も少しだけ丈夫になったんですよ」
ココノは巫女服の袖を捲り腕を曲げ、力強さをバーニーにアピールする。
力こぶはまったく出来ておらず、バーニーも微苦笑するしかなかった。
そんなココノに、香茶を飲んでいたミューアが苦言を告げる。
「夫の帰る場所を守るのも妻として、立派なことだと私は思うわよ」
「ミューア様……でも、わたしは……」
3人が座るテーブルの空気が暗くなる。
バーニーがどうにか空気を変えようと話題を探していると、彼女の幼馴染みが怒りを露わに3人が座る席へと顔を出す。
クリスの幼馴染み3人組、最後の1人であるケンタウロス族のカレン・ビショップだ。
バーニーがこれ幸いに話題をふる。
「どうしたのカレンちゃん、そんなに怒って?」
「よく聞いてくれたバニ! 実は実家から手紙が届いていて、先程部屋で確認したら兄ィに結婚話が来ているらしいんだ!」
彼女は綺麗な顔立ちなのに、頬を膨らませることで怒りをアピールする。その態度が子供っぽくてなぜか周囲を和ませる。
ココノも先程の暗い空気を忘れたようにカレンの話に参加した。
「結婚話ならおめでたいことじゃないんですか」
「おめでたいもんか! 兄ィがどこぞの女性と結婚だなんて! 私がしっかりと納得する人じゃなきゃ認めんぞ!」
カレンの態度に事情の分からないココノが困り、バーニー、ミューアに視線で助けを求める。
代表してミューアが教えてくれた。
「カレンは3人兄妹で、彼女は末っ子の妹なの。長兄とは年が離れて、彼女の物心が付く前には父の仕事を手伝っていたらしいわ。だから、年の近い次兄にカレンは懐いて、彼のやること全てマネしてたらしいの」
カレンが現在のように、自分から武器を取り戦うようになったのも次兄の影響が大きい。
もっと詳しい話をするなら、長兄が実家のトップとして経営を担当。
次兄は長兄の補佐下に付き、一族の若い衆を纏めて傭兵事業のトップを務めている。
長兄、次兄ともに仲が良く、互いを補い合いビショップ家を支えているのだ。
カレンは次兄の影響で、現在の武人のような性格になってしまった。
ミューアがココノの時のように苦言を告げる。
「いい加減、カレンも親離れあらため、兄離れしなさいな」
「べ、別に兄離れはしている! 実際、獣人大陸でこうして働いているではないか! ただ、私の眼鏡に適う人物でなければ義理の姉として認めないと言っているだけだ!」
((それって兄離れ出来てないんじゃ……))
ココノとバーニーがそれぞれ心の中でツッコミを入れた。
ミューアが呆れたように溜息をつき、指摘する。
「ならどんな人なら、兄の嫁として認めるの?」
「そ、それは……真面目で、優しくて、働き者で、夫を大切にして、芯のしっかりとした性格で、次兄の部下達からも一目置かれ、地位や名誉に胡座を掻かず努力して、私が尊敬――まで行かなくても兄ィを『この人なら任せる』と思える人なら認めてやらなくてもない」
「まるでリュートさんが育ての親の再婚相手に提示しそうな条件ね。そんな人、居るわけ無いでしょ」
「だったら私は認めない! 絶対に認めないぞ!」
「まったくカレンは……歳のわりに子供なんだから……」
ミューアはカレンの母親のように彼女の現在に頭を痛め、額を手のひらで押さえる。そんなやりとりを前にココノとバーニーがおかしそうに微笑みあった。
「あーみんなーここに居たんだー」
そんな姦しい少女達の輪にさらに燃料が投下される。
燃料となる人物はリースの妹である、ルナ・エノール・メメア第3王女だ。
彼女の声に振り返ったココノ達が目を丸くする。
「ど、どうしたのルナちゃんその格好は……」
ルナはいつもの長い金髪ツインテールだが、何日もお風呂に入っていないせか艶はなく、毛先がぱさついていた。
白桃のような健康的な肌は薄汚れ、大きな目の下にクマができている。
私服の上から羽織っている白衣も油汚れなどで所々黒くなっていた。
ルナはふらつきながら、ココノ達のテーブルにつき置かれている茶菓子を勝手に食べる。
「あぁ~疲れたときにはやっぱり甘い物よね。染みるわぁ~」
「ルナ様、どうしたのですかその格好は? 顔色も凄く悪いですよ」
「ちょうどリューとんから頼まれていた新兵器に一区切り付いたから出てきたんだ。顔色が悪いのも2? あれ、3日ぐらい徹夜したからだと思う。あれ、4日だっけかにゃ?」
ルナの瞳が遠い方角を見詰めながら、呂律が回っていない台詞を吐き出す。
彼女はリュートから『兵器研究・開発部門』に入れられた人物だ。
彼が不在中、リュートに代わって新純潔乙女騎士団で使用する新兵器を開発しているのだ。
そんな彼女は魔術師の才能があるため、疲れたら治癒で疲労を癒していたらしい。結果、かなり長期間の兵器開発をおこなっていた様だ。
「もうルナちゃん駄目だよ。いくら魔術が使えるからって、そんな無茶しちゃいつか体壊しちゃうよ!」
バーニーの叱責を、ルナが笑いながら受け流す。
「分かってるんだけど、リューとんからまかされた新兵器開発が意外と面白くって。切りの良いところまでって繰り返すうちに朝になっちゃって」
うつろな目で舌を出し、自分の頭を拳で叩く姿は可愛らしいが痛々しい。
「それでいったいどんな新兵器を作っているんだ?」
カレンは武人らしく新しい兵器に興味津々といった表情で尋ねる。
「う~ん、教えたいのはやまやまんだけど、リューとんからまだ許可取ってないから説明できないんだ。ごめんね、カレカレ」
「そうか、ならしかたないな。だが、カレカレは止めてくれ」
カレンの訴えを無視して、ルナはココノへと向き直る。
「いくつか新兵器があるんだけど、その一つが完成したらきっとココノンの力になると思うんだ。きっとリューとんもそのつもりで開発しようとしてたんだと思うよ」
「わたしの力にですか?」
「うん! だから楽しみにしててねココノン!」
ルナが笑顔で断言する。
(リュート様がわたしのために……)
その言葉を聞くと運動をしたわけでもないのにギュッと胸が締め付けられるように痛む。
だが、その痛みはココノにとってとても心地良いものだった。
ルナが席を立ち伸びをする。
「それじゃ糖分も補給できたし、研究所に戻って続きでもやろうかな!」
「まだやるの! ルナちゃんは一旦お風呂に入って、寝たほうがいいよ!」
「なぁ! カレカレは止めてくれないか!」
バーニーがルナに休むよう引き止め、カレンが自身の呼称訂正を求める。
そんな姿をミューアが微笑ましく見守っていると、護衛メイドの1人がメモを片手に彼女の側へと歩み寄る。
護衛メイドから受け取ったメモをミューアが確認する。
「!?」
彼女には珍しく驚愕で席を立ってしまった。
椅子が弾かれたように音を立てる。
そのせいでリビングに居る人目を全て集めてしまう。
「ど、どうしたのミューアちゃん、怖い顔して?」
「…………」
バーニーが代表して問いかけるも、ミューアはすぐに返事をしなかった。
目を細め彼女の内部で様々な可能性、検討、考えを広げる。
数秒間の沈黙の後、彼女は神妙な表情で言葉を告げた。
「……緊急事態が起きたわ」
「緊急事態?」
カレンが小首を傾げる。
ミューアは頷き、さらに言葉を重ねた。
「リュートさんの大切な人に魔の手が伸びている。一刻も早く彼に知らせないと大変なことになるわ」
そして、ミューアはその『大切な人』の名前を告げる。
その場に居る全員が『大切な人』の名前と狙う相手の名前を聞き、先程のミューアに負けないほどの驚きの表情を作り出した。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、1月10日、21時更新予定です!
日常編も次がラスト! 次の章は一体どんな話になるのかな? 是非是非お楽しみに!
また最近、特に寒くなってきているので皆様、風邪を引かないようにお気を付けてください。自分も最近若干引きそうになりまして、なんか体調悪いな……と思ったのでいつもより温度の高いお風呂に入って、食事も1.5倍の量を食べて、やや早い時間に布団へと入り温かくして寝ました。しかし、ちゃんと外から帰ってきたら手洗いとかしてるんですけどね……。まぁ引くときは引くんですが。
また、軍オタ1~2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
(2巻なろう特典SS、1~2巻購入特典SSは14年12月20日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動報告をご参照下さい)