第212話 ココノと……
「つ、疲れたぁ~~~」
オレは1人寝室のベッドに倒れ込む。
ここ最近ずっと忙しくかけずり回っていたせいで、疲労がピークに達する寸前だ。
なぜこんなに忙しいかというと、今回の一件の事後処理に追われていたからだ。
まず捕らえた静音暗殺と処刑人メンバーを脅し、抵抗する気力を根こそぎ奪った。
その後、背後関係や他にメンバーがいないか、彼らの使用しているアジトや本拠地の場所、また外部協力者全員について全部吐かせた。
吐き出させた情報を整理して、彼らのアジトへ行き処刑人の軍団旗や他重要書類などを押収。
外部協力者&見習い処刑人メンバーを拿捕し、彼らのように散々脅しつけた。
一通り終わらせると静音暗殺と処刑人メンバー達に、二度とオレ達の前に姿を現さない&手を出さないよう脅しつけ解放した。
解放した後、彼らが我先に逃げ去ったのはいうまでもない。
処刑人はもう軍団としては機能していない。故に早晩処刑人メンバーは、彼らの口を封じようとする組織や恨みを持つ人々など、様々な所から命を狙われることになるだろう。
あれだけ悪名を轟かせていたのだから、自業自得だが。
これで処刑人問題は一件落着。
次は天神教の問題だ。
元を絶たなければ、いつまた処刑人のような暗殺者や暗殺軍団を送り込んでくるか分からない。のど元過ぎればなんとやらだ。
トパースを脅し、今回の一件に関わっている天神教上層部に身辺を固めさせた後、早速オレ達は妖人大陸に乗り込み暗殺者の真似事をした。
もし今後、PEACEMAKERに手を出そうとしたら『こうやって殺す』というデモンストレーションだ。
まずやったのは即席爆破装置【IED】によるロードサイドボムだ。
今回の一件に関わっている天神教上層部が馬車で通る道に、対戦車地雷を仕掛け魔術液体金属で作ったコードをさし、長く伸ばす。
コードはもちろん隠蔽済みだ。
馬車の通るルートは今回付いて来てもらったラヤラに、上空から監視ししてもらい把握済みだ。
馬車には天神教所属の兵士や始原メンバーも警備についていた。
しかし当然だが、彼らが気付ける筈もなく――馬車が通りかかる直前にコードに微弱な魔力を2回流し、『対戦車地雷』を起爆。
ド派手な演出をするため、『対戦車地雷』を少々多めに設置しておいた。
結果、まるで火山が噴火したような轟音と大量の土砂を巻き上げる。
もしこれが今回の馬車を狙っていたら、警備している兵士&軍団メンバーもろとも一瞬で死んでしまうのは想像に難くない。つまり、どれだけ兵を増やして厳重に警備しても、その警備ごと対象者を天神様の元まで吹き飛ばすことが出来るとアピールしたのだ。
さらに魔力をまったく感じないため、防ぎようがないという恐怖もプラスされる。
次にやったのはブービートラップだ。
まず缶詰サイズの缶を魔術液体金属で製作。
缶一杯に泥を詰め、安全ピンを外へ出しつつ手榴弾を泥の中へと入れる。
泥が乾き、セイフティ・レバーが動かないのを確認しながら缶から取り出し、安全ピンを抜いたら完成だ。
これを屋外に水の流れが発生する場所に放置しておくと、雨などで泥が濡れて柔らかくなったり、剥がれたりしてセイフティ・レバーが外れ爆発するのだ。
これを大量に作り天神教本部、関係者の自宅や親戚の家にしこたまばらまいた。
もちろん殺害するつもりはないので火薬量を減らしておいた。
そして雨や下水で泥が剥がれると、時間差で爆発。
オレ達自身も天候に左右されるため、いつ爆発するのかまったく分からない。
相手からしてみたら深夜、早朝、夕方――気付いたら爆発音が聞こえ、怯える日々。
そして、場合によってはちょっと自宅の庭に出ただけで爆発に巻き込まれ、軽傷を負うのだ。
普通の神経ならまず耐えられない環境だ。
さらにこの手榴弾のせいで、雨樋や下水、もろくなっていた壁などが破壊され修理代も馬鹿にならない。
次にやったのはシンプルな狙撃である。
クリスがSVD(ドラグノフ狙撃銃)で約800m先から関係者を狙撃した。
一応、スペック上ではSVD(ドラグノフ狙撃銃)は、7.62mm×54R弾で約1kmの狙撃ができることになっている。
7.62mm×54R7N1弾なら1・3kmの狙撃も可能らしいが、実際の戦場では800mが限界だったようだ。
今回、狙撃を担当するのはクリスだ。
もうこの時点で、狙われることになった天神教上層部達が可哀相でしかたがない。
教皇、大司教、司教――兎に角、静音暗殺達に吐かせた情報から関係者全員を狙った。
夜。
星の光も遮る暗闇。
大司教が愛人宅で空気の入れ換えのため、鎧戸を開く。
相手は周辺を私兵と金で雇ったレベルⅤの冒険者に警備させて安心しきっていた。
その約800m先。
クリスがSVDを構える。
窓から顔を出した時点で大司教の脳天を吹き飛ばすのは可能だ。しかし今回はあくまで警告、脅しが目的だ。
耳を吹き飛ばし、倒れた所に足や腕を撃ち抜く。
狙撃音に気付いた私兵と冒険者達は慌てて動くが、クリスの居る地点は現場から約800m先だ。さらに暗闇に乗じて、観測手を担当していたラヤラが発砲後、クリスを抱えて飛び立つ。
こうして暗闇に紛れて離脱する。
大司教だけではなく他関係者にも似たような警告をしてやった。
さらにダメ押しとして深夜、天神教本部に約3km先から『M224 60mm軽迫撃砲』でしこたま迫撃砲の弾薬を撃ち込んでやった。
もちろん大惨事を防ぐために火薬量は減らしてある。
しかも一箇所からではない。
三箇所から時間差で撃ち込んでやった。
お陰で天神教本部を警備していた私兵と始原メンバーは突然の襲撃にてんやわんや。
魔力は感じないし、遠すぎてどこから攻撃を受けているかもわからず随分混乱していたようだ。
彼らが朝になって確認すると、破片が窓を破り建物内部まで滅茶苦茶に破壊されていた。
あまりに悲惨な光景に、今回の一件に関係ない天神教本部に勤める巫女や司祭、信者達まで『天神様の祟りがおきた!』と騒ぎ出す始末だ。
そんな声を落ち着かせるため幹部が人前に出ようものなら、深夜味わった狙撃を再び体験することになる。
狙撃後は教皇、大司教、司教などは窓が一つもない部屋や地下室から一歩も出ようとしなくなった。
これらの脅しにより、今回の事件に関わった天神教関係者はほぼ引退、隠居してしまった。
オレ達PEACEMAKERを敵に回したらどれほど怖いかを十分彼らに刻みこめただろう。
正直、やっていることは処刑人よりひどいような気がしなくもないが、まあ気にしないことにしよう。
ちなみに他にも攻撃方法としてラヤラにリースを抱きかかえてもらって、上空から迫撃砲の弾薬を落とす作戦を思いついたが失敗に終わった。
どうやらラヤラに抱えられたまま弾薬を落としても爆発しないことが分かったのだ。
彼女に触れないよう革と金属、板を使い宙づりにしたりなど様々試したが、どう足掻いても爆発しなかった。
マジでラヤラは攻撃に関しては呪われているといっていいだろう。
他にも案として『リースに巨大な岩を収納してもらい上空から落とす』というのも出たが、さすがに確実に死者が出るため却下した。
まぁ実際、無人機、グローバルホークのように情報を収集、伝えてくれるだけ凄くありがたいが。
ちなみにラヤラは上空約5000mを飛行するが、その間の空気や寒さ、気圧などの問題は魔術で防いでいるらしい。
どこのストライクウッ○ーズだ。
さらにタカ族だけあって鳥目だが、魔力を視覚に注ぎ夜目を強化すれば夜でも昼間のように見ることが出来るらしい。
さらに視力を強化することで、約5000m先から地上に咲いている野花の花びらの数を数えられるとか。
どんな精度だよ……。
何気にラヤラもチートキャラのような気がする。
オレはうつぶせから、ベッドに仰向けに転がり天蓋を見詰める。
(しかし、どうして前世の国家に諜報機関があるのか、今回の一件で嫌っていうほどわかったな……)
ぼんやりとそんなことを考える。
今回はたまたまラヤラのお陰と敵がハッキリしていたため、運良く上手く立ち回ることができた。しかし、もし敵に狙われていると知らず、ある日突然PEACEMAKER本部を襲われたら最悪、全滅もあり得る。
また全滅を免れても、嫁達の誰かが命を落としたかもしれない。
エルルマ街の一室で首を吊ったココノのように――
ゾクリッ。
想像するだけで全身に怖気が走る。
改めて今回は本当に運が良かったと実感した。
寝室の扉がノックされる。
「どうぞ」
声をかけると扉が開き、シアが姿をあらわす。
今、スノー達は皆で疲れを癒すためお風呂へ入っている。
ルナ、ラヤラ、カレン、ミューア、バーニー達と一緒に入るとのことで、オレはさすがに遠慮した。
てっきりシアはリース&ルナの世話をするため彼女達と一緒にお風呂へ入っているものとばかり思っていたが……。
シアは一礼してから用件を切り出す。
「ココノ様が若様にお話があると面会をお求めになっておりますが、いかがいたしましょうか」
「ココノが? 分かった、居間に通してくれ。すぐにオレも行くから」
シアは再び一礼して部屋を出る。
オレもベッドから起き上がると、すぐに居間へと移動した。
居間にはすでにココノがソファーへ腰を下ろしており、シアが香茶を淹れていた。
オレも彼女の正面に腰を下ろす。
すかさずシアがオレの分の香茶を淹れてくれた。
「失礼いたします」
彼女はお茶を配り終えると部屋を出る。
シアにしては珍しい。
いつもなら部屋に残り、世話が出来るよう待機しているのだが……。
「すみません、夜分にお伺いしてしまって」
「夜分って、まだ夕飯を食べ終えて少し経ったぐらいじゃないか。夜分というには早すぎるよ」
「そ、そうですね。すみません」
オレの冗談口調に、ココノは恐縮そうに身を縮める。
なぜか彼女は妙に緊張しているようだった。
なんだかこちらまで緊張してくる。一体、どんな話をするつもりだ?
「そ、それで話って?」
オレは声を思わず上擦らせながら問う。
ココノも同様に声を上擦らせ切り出した。
「は、はい、えっと……こ、この度は天神教が色々ご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ありませんでした!」
ココノはソファーに座ったまま深々と頭を下げる。
オレは慌ててフォローした。
「確かに色々あったけど、今回の件ではココノだって被害者じゃないか。だから謝る必要なんてどこにもないから、頭を上げてくれ!」
「で、ですが本当にリュート様やクリス様、PEACEMAKERの皆様にはご迷惑をおかけしてしまって……」
「大丈夫、みんな気にしてないよ。だから、ココノももう気に病まなくていいんだ」
「あ、ありがとうございます……」
再び部屋に緊張が訪れる。
どうやらココノの用件はこれだけではないらしい。
「あ、あの……えっと……」
ココノは口を開いては閉じるを2、3回繰り返す。
そのたびに部屋の緊張感が高まった。
彼女は左腕から腕輪を外し、二人の間にあるテーブルへと置く。
「リュート様、腕輪ありがとうございました。お陰で天神教支部へ連れ戻されずに済みました」
ココノの左腕に収まっていたのは、天神教支部へ連れ戻されないため、フェイクとして付けてもらっていた結婚腕輪だ。
問題が解決した以上、確かにいつまでも付けている理由はない。
オレは若干――いや、大分寂しさを感じながらも、ココノから返された腕輪を受け取る。
「……そろそろわたし、ここを出ようと思っています」
突然の切り出しに思わず手に取った腕輪を落としそうになる。
ココノはどこか無理をした笑みを浮かべたまま、話を続ける。
「リュート様達のお陰でわたし自身、もう狙われるようなこともなくなりましたので……。何時までも、お世話になっているわけにはまいりませんから」
「そうなんだ……でも、行く当てはあるのか?」
「はい。天神教支部時代にお世話になった巫女様が、商人の方とご結婚されて今は妖人大陸でお店を開いてらっしゃるので。そちらにお世話になろうかと。わたしても店番や角馬の世話ぐらいは出来ますから」
もし当てがなければずっとPEACEMAKERに居ればいい――という台詞が潰され出口を失う。
今度は緊張感ではなく、気まずい空気が部屋を満たす。
「……それではわたしはこれで。お時間を作って頂きましてありがとうございました」
ココノはソファーから立ち上がると丁寧に頭を下げ、入り口へと向かう。
彼女をこのまま黙って行かせたら、二度と出逢えないことを直感で悟る。
再び、ココノはオレの知らない所で涙を流す。
そんな思いが脳裏を過ぎったら――もう駄目だった。
「待ってくれ――ッゥ!?」
咄嗟にココノの小さな手を握り締め、振り向かせる。
オレは驚きで息が止まりそうになった。
ココノが大きな瞳に涙を溜め込んでいたのだ。
もしこのまま部屋から出していたら、また彼女はオレの知らない場所で涙を流していたのだろう。
オレはもう我慢しきれず思考を放棄し、後先を考えず、ただ自身の想いに従いココノの小さな手を強く握りしめる。
「ココノ! 好きだ! どこにも行くな! オレと結婚してくれ!」
彼女の瞳に溜まっていた涙が決壊する。
ぽろぽろと、ぽろぽろと、まるで真珠のように輝く涙を流した。
「わたしッ、いっぱい……いっぱいリュート様に迷惑をかけてしまったから、だから、お側に居たいなんて我が儘いいだせなくて……ッ! でも、やっぱりリュート様が大好きでなんです! お慕いしています! わたしも、リュート様とずっと、ずっと死ぬまで一緒にいたいです! 死んだ後もずっと一緒に居たいですぅうッ!」
ココノは涙と一緒に溜め込んでいた感情を吐露する。
オレは思わず彼女を壊れるほど強く抱き締めてしまう。
しかし、ココノは嫌がらずむしろ自身から力強く抱き返してきた。
オレとココノは抱き合った。
ずっと、ずっと、ずっと――
オレとココノは唇を重ね合った。
互いの想いを何度も確認するようにずっと、ずっと……。
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後日、いくつかの謎が解けた。
まずシア。
どうして彼女が香茶を淹れた後、部屋から出たのか。
あれはオレとココノに気を遣って、二人っきりにしてくれたのだ。
さすがシア。
マジ空気も読めるメイドさんやで……。
次になぜココノがあれだけ緊張していたのか。
彼女はオレにもう一度、『妻にして欲しい』と告白するつもりだったらしい。
クリスとの内緒話で、彼女が背を押したとか。
しかしいざ告白しようと、緊張しながら口に何度も出そうとしたがやっぱり途中で諦めてしまった。
多大な迷惑をかけた自分が再び告白することはできないと思ったとか。
自分に出来ることは、『一生オレを想って異性と結ばれず生涯を終える』ことだけだと覚悟を決め、部屋を出ようとしたらしい――後程、ココノ本人の口から聞かされた。
本当にオレ自身、『直前で感情に任せて彼女を引き止めてよかった』と改めて実感した。
こうして改めてオレはココノの腕輪を作り渡そうとしたが、
「できれば、その……同じ腕輪」
「でも、あれはあくまで天神教にココノを引き渡さないために用意した物だし……」
言ってしまえば偽物の結婚腕輪だ。
女性はそういうのが嫌なものじゃないのか?
しかし、ココノは大切そうに腕輪を両手で胸に抱えて、
「あの時の思い出も含めて……わたしにとって大切な腕輪ですから」
その時、浮かべた笑顔はこちらが照れてしまうほど、幸せそうなものだった。
彼女がそう言うなら無理に新しく腕輪を作る必要はない。
オレは改めて、ココノの左腕を取ると腕輪を嵌める。
こうしてオレとココノは夫婦になった。
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リュートとココノが心を通わせている時。
とある場所で――黒いドレスに黒髪、顔まで黒のレースで隠した女性が、報告を聞き嬉しそうに頬を染めていた。
「まさか本当にリュート様が、あの静音暗殺を倒してしまうなんて……。ララさんの予知夢通りとはいえ、驚きましたわ」
『黒』の長であるその女性の前で――リース、ルナの姉にしてハイエルフ王国エノール、元第一王女、ララ・エノール・メメアが片膝を突き恭しく頭を垂れる。
「作戦のご許可を頂き誠にありがとうございます。お陰でお姉様にリュート様の現在の実力を分かりやすい形で示すことができました」
今回、ララが天神教本部を襲撃し、禁書を持ち出した理由は静音暗殺をPEACEMAKERにぶつけるためだ。
そしてリュートが作り出したPEACEMAKERがどれほどの戦力を有しているのか、目の前の女性に伝えたかった。
ただそのためだけに天神教本部を襲い、警備に当たっていた魔術師を含めた20人を殺害したのだ。
「ありがとうございます、ララさん。お陰でリュート様がわたくしのために静音暗殺を倒すほどの戦力を育ててくださっていたことを知ることができました。リュート様がどれほどわたくしを愛し、彼方で努力していたことを」
お姉様と呼ばれ女性はウットリと頬を赤く染める。
殺害された人々のことなどまったく気にも留めない。
しかし、この場でそのことを指摘する者は誰もいない。
お姉様と呼ばれた女性は頬を赤く染めたまま切り出す。
「いくら殿方をお待たせするのが、淑女の特権とはいえ……そろそろリュート様をお迎えにあがりましょう。リュート様も、きっと首を長くしてお待ちでしょうから」
「その際は、我らプレアデスもお姉様のお供をさせて頂ければ幸いです」
「良きに計らってください」
女性は聖母のような笑顔で、傅くララへと言葉を投げかけた。
<第11章 終>
次回
第12章 日常編3―開幕―
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、10月15日、21時更新予定です!
1巻発売日まであと4日!
一週間連続更新の第3弾です!
次からは久しぶりの日常回です! さすがにここ最近、殺伐とした話が続いたので息抜きとしてどうぞ!
まぁ某クリス狙撃話が出てくるから、どっちにしろ殺伐とするんですけどね(笑)。