第208話 魔術師精鋭部隊vs最新型精鋭部隊②
「部外協力者から、追加で渡された本部内部構造の地図だ」
深夜。
魔物が彷徨く森の奥。
洞窟を改造した隠れ家の一つに処刑人の正規メンバー達、全員で30人が集まっていた。
ここの森は、木々の間隔が広い。お陰で多人数での移動が非常に楽な場所だ。
しかし一般的な森に比べて強い魔物達がひしめいている。そのため冒険者達もなかなか近付かない場所だ。
だからこそ、全員が集まり計画を詰めるのに適している。
襲撃や後を付けられる心配も少ないからだ。
処刑人メンバーが地図を覗きこむ。
軍団のトップである静音暗殺が説明を始めた。
「地図は元純潔乙女騎士団メンバーから得た情報を照らし合わせた結果、間違いないことが確認された。最重要目標の団長であるリュート・ガンスミスの寝室がここ」
静音暗殺が2階の客室を指で叩く。
別の男達が侵入ルートを確認し合う。
「なら、侵入するとしたら裏手の窓から入って、こうか?」
「いや、裏手には恐らく魔術的な罠がしかけられているだろう。だったら肉体強化術で屋根から侵入するべきだ」
魔術師は魔力に反応する。
そのため魔術師を魔術で襲撃、奇襲をかけて殺害するのは難しい。
襲う前に魔力の流れに気付かれてしまうからだ。
だが、処刑人メンバーは、静音暗殺の特殊技術によって一定以上の魔術を感知させないことができる。
そのため肉体強化術で身体を補助して、屋根に登ることは造作もない。
「それも手だが、逆に正面から入るのはどうだろう? 見張りが居るだろうが、どうせ殺害対象だ。殺して沈黙させて堂々と入ればいいではないか」
「だな。どうせメンバー全員、皆殺し。数も約40人。俺達が全員で動けば、30分かからず殺しきれるだろう。だったら逃がさないためにも、ある意味で一番罠の少ない正面から責めるのは悪い選択肢ではないぞ」
「全員逃がさないという意味では、正面だけではなく裏、側面、屋根からも侵入すればいいじゃないか。一箇所から侵入できる人数などたかがしれているのだから」
と、話し合いが続く。
そして部外協力者達から集めた情報を精査し侵入経路から、撤退ルート、問題が発生した場合の対処法を検討し意見を出し合いまとめる。
話を纏め終えると決行日、時間、それぞれの指定ポジション、殺害対象などを最後に確認して解散となった。
洞窟内部から処刑人メンバーが出てくる。
洞窟の外は暗く、いつ茂みから魔物が飛び出すか分からない。だが、彼らは余裕の態度を崩していない。
洞窟の周辺に、魔術道具で約1kmほどの警戒網を作り出している。
魔物や侵入者が入り込めば、すぐに知らせてくれる仕組みだ。
その知らせがないということは、周囲に魔物や侵入者は居ないということだ。
念のため、メンバー達は周囲の気配を探りながら洞窟から全員で移動を開始する。
周囲の目を気にするなら、1人や少数に分けて移動するが、今は魔物が跋扈する森の中。
人目より魔物の不意打ちを防ぐ方が重要なため、30人全員で移動する。人数が居れば魔物もおいそれと手は出さないし、360度の1人当たりの警戒が少なく済む。
こうして安全地帯まで移動した後、少数に別れ時間を掛けて森を出るのだ。
先頭が、設置した魔術道具による警戒線を越えるか越えないかの地点で異変に気付く。
男は静音暗殺へと話しかけた。
「……団長、なにか音がしませんか?」
「!? 全員、伏せ――」
第六感か、静音暗殺が危機に感づく。
彼が指示を出し終える前に、爆発音がその台詞を掻き消した。
風切り音、爆発が立て続けに起きる。
処刑人メンバー全員、現状を誰1人理解していないが、混乱せず抵抗陣を形成し、2人ないし多くても5人単位でその場から離脱。
2人以下で逃げないのは、1人では問題が起きたとき対処できない場合があるためだ。生存率をあげるため2人以上で行動しているのだ。
指示を受けず、瞬時にその判断を下し行動に移したのはさすがとしかいえない――しかし、現状それはとんでもない悪手だった。
謎の爆発から最初に逃走した2人組が、熟知した森の中を疾駆する。
肉体強化術で体や視力を補助。
深夜の森の中だというのに、2人は苦もなく移動していた。
「いったいなんだったんだあの爆発は?」
「分からんが……魔力の流れは察知できなかった。恐らく魔術道具が周辺に仕掛けられていて、俺達が通りかかったから爆発したんだろうな」
混乱から立ち直り意見交換する余裕も出てきた。
返答に男は渋面を作る。
「だが、音は上から来たんだぞ? だいたいまだ結界内で、もし侵入者がそんな罠をしかけたら警報が知らせてくれたはずだ。あれはもっと違う攻撃だったんじゃ――!?」
男は慌てて足を止めてしまう。
なぜなら先程まで並走していた仲間が、突然倒れて地面を転がったからだ。
倒れた彼の腹からは、真っ赤な血が流れ落ちている。
(いつのまに攻撃を受けたんだ!)
魔術による攻撃? 否! 魔力の流れは感じなかった。
弓矢による攻撃? 否! 矢がどこにも落ちていない。
魔術道具による罠的攻撃? 否! 爆発音やそれらしい物は進路に断じて見あたらなかった。
「ヒッ!」
男は恐怖に背中を押され、倒れている仲間を置き去りにして再び森を疾駆する。
先程の場所から大分離れると、木の陰に飛び込む。
疲労と恐怖で荒くなる息。
周囲を確認するが、魔物の気配すら感じない。
「……た、助かったのか?」
気を許したのと同時に腹部に風穴があく!
喉から迫り上がる鉄臭い血の味。
「ぐはぁッ!」
男は硬い地面に倒れ込み、口から大量の血液を吐き出す。
何度も嗅いだ匂いを、今度は自分の内側から感じ取る。
正面、約150m先から二人の少女が姿をあらわした。
(馬鹿な! 馬鹿な! 馬鹿な! 俺は肉体強化術で体を補助して後先考えず、滅茶苦茶に逃げたんだぞ! 先回りなんて出来るはずがない! 後を付けられた気配だってなかったんだぞ!)
この事実に彼は腹部に治癒魔術を施すのを忘れるほど混乱する。
彼女達がどうやって自分を攻撃したのか分からない。
だが、それ以上にどうやって滅茶苦茶に森を走った自分が先回りされたのか本当に分からなかった。
静音暗殺の力で魔力の流れは外へと漏れない。
移動の際、音や気配にも十分気を付けた。
なのに現実として先回りされ、自分の歳の半分にも満たない少女達から攻撃を受けているのだ。
短くない時間を処刑人メンバーとして過ごしてきた。しかし、その経験をもってしても現状を理解することができない。
未知――という恐怖が男の精神に消えない傷を刻む。
少女の1人が遠目でも分かるほど冷たい目で、手に持った長い魔術道具らしき物を向けてくる。
「た、助けてく――」
パス!
減音された発砲音。
男は最後まで台詞を言うことができなかった。
発砲後、まだ男に意識があり上空を見上げれば『なぜ先回りされていたのか?』という答えのヒントを得ることが出来ただろう。
満天の星空――宝石のように輝く星々に紛れて、意味を持つ点滅を繰り返す星が一つ瞬いていた。
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処刑人メンバーが集まっている森。
その出入り口側で、オレ達PEACEMAKERはテントを張っていた。
仮設の司令本部だ。
タープ――布の屋根の下に木製の机、その上に森の地図が広げられている。
これは市販品だ。
地図に横と縦に線を引き、碁盤目状に区切る。
その区切られたマス目左脇と上に『1、2、3』と数字が振られていた。
この数字が交差する場所が、マス目を示すナンバーになる。
これにより簡易に場所を示すことが出来る。
そんなマス目にはリバーシのコマが置かれていた。
白はPEACEMAKERメンバー。
黒が処刑人メンバー。
リバーシ以外のコマは魔物を示す。
ルナは上空を見上げ、星々に紛れて意味を持って点滅する光の解読し告げる。
「報告。J1、2。『18・3』逃亡者の撃破確認」
「『18・3』逃亡者撃破ですわね」
Jとは、前世地球に居た時に使われていた『音声コード』だ。
音声などでのやりとりの際、どれだけ注意をしても聞き間違いが発生する。それを避けるため、アルファベットを単語に変更してやりとりをするのだ。
前世地球で、もっとも広く使われているのはNATO軍が決めたものらしい。
以下がその一覧になる。
A
B
C
D
E
F
G
H
I
J
K
L
M
N
O
P
Q
R
S
T
U
V
W
X
Y
Z
このルナの報告にメイヤが『18・3』に置かれて黒コマの上に銀貨を乗せる。これが敵の撃破――クリアした印だ。
オレは立ったまま地図を覗きこみ、指示を飛ばす。
「J1、2は、ポイント『18・5』へ急行。Kと合流して、移動中の4名を無力化しろ」
「了解ですわ。J1、2は、ポイント『18・5』へ急行。Kと合流後、移動中の処刑人4名を無力化してくださいまし」
メイヤがオレの命令を復唱し、ルナへと伝える。
彼女はすぐさま、手元にある光る魔術道具でモールス信号を先程から地上の様子を報告してくる星――夜空を飛ぶ獣人種族、タカ族のラヤラ・ラライラへと送った。
ラヤラはまるで前世地球に存在した無人機、グローバルホークのように空からモールス信号を使い地上の情報をオレ達へ伝えているのだ。
ラヤラ・ラライラは生まれつき魔力値だけで魔術師S級レベルの逸材だった。しかし、本人曰く、攻撃魔術どころか、攻撃自体が呪いをかけられているんじゃないかと疑うほど下手らしい。
過去、実際にオレはリボルバーを彼女に撃たせたが、的にあたるどころか、連続で不発をおこしたのだ。
確実に発射できる信頼性の高いリボルバーでだ。
彼女の攻撃下手は『不得意』という枠を越えて本気で呪われているレベルだった。
しかし彼女には魔術師S級レベルの魔力があり、タカ族ということで目がよく空を飛ぶことが出来る。
だからオレはモールス信号を彼女達に教えて、無人機、『Unmanned Air Vehicle』の真似事をさせることを思いついたのだ。
このアイデアが想像以上に上手く嵌った。
トパースの同行を気付かれることなく空から追いかけ、接触した相手を細かく観察することができた。
尾行を気にするオーウェン、処刑人メンバーがこの森の洞窟に入っていくのも気付かれることなく追跡できた。
さらにラヤラは現在、上空約5000mを飛行している。お陰で魔力を使用してもあまりに距離が開きすぎているため、敵魔術師に気付かれないという利点もある。
ではなぜこれほど便利な追跡方法をオレ達以外が思いつかなかったかというと――タカ族は飛ぶために魔力を使用する。
タカ族以外の空を飛べる種族も、約1~2時間が限界らしい。
だが、ラヤラは膨大な魔力を持っている。そのため彼女は最大で24時間空を飛び続けることが出来るのだ(もちろん1日中、空を飛び監視させているわけではない。彼女は機械ではなく女の子のため空腹や疲労、生理的欲求だって存在するからだ)。
ちなみに無人機を分類すると大きく4つに別れる。
●高高度型UAV
代表例は『RQ-4 グローバルホーク』。約1万8千m(ほとんどの宇宙の成層圏)まで飛び、敵地や目的の場所の偵察をする無人機(UAV)である。
30時間以上飛行可能で、最高速度も500km/hを超える速度で飛行することができるのだ。無人機ゆえ、人を乗せる必要がないためスペースに余裕ができ各種レーダーや通信機器、センサー類(赤外線センサー等)を遠慮なく搭載することが可能だ。衛星を介して通信することで地球のほぼ反対側に居ながら、敵地等の情報を入手することができるまさに最先端テクノロジーといってもいいだろう。
●中高度型UAV
中高度型UAVの代表例である『RQ-1/MQ-1 プレデター』は偵察が任務のグローバルホークと違い戦闘もこなす無人機(UAV)である(武器を搭載できるようになって型番がRQからMQに変更になったため、型番を2つ並列で表記している)。
運用される高度はだいたい7千~8千、1万m近くのも存在するらしい。
無人機ということで、もちろん人が乗らないためスペースに余裕があり各種高度なレーダーやセンサー、通信機器を搭載している。さらに注目すべき点は、攻撃能力を付与されていることだろう。
対地ミサイルのヘルファイアミサイルや対空ミサイルのスティンガーなどを搭載している。つまり遠距離に居ながら、情報を収集し、必要な場合はそのまま敵をそのままヘルファイアやスティンガーで攻撃することができるのだ。実際、プレデターで敵地を爆破したり、有人戦闘機とドッグファイトをおこなったこともあるとか。
●戦術UAV
小型UAVで、アメリカ陸軍、海兵隊などでも使用されている。
使用目的は周辺の監視や森、戦闘市街地や目視し辛い場所の偵察に使われているらしい。また移動中、野外で睡眠を取る際、小型UAVを飛ばし不審者が近付かないかの警備にも使っているとか。
小型UAVの言葉通りラジコン機サイズレベルから、片手で持てる模型飛行機レベルまである。見た目は完全に玩具だが、立派な軍用品なのだ。
●回転翼UAV
現代の最先端兵器であるUAV(ラジコンレベルの小型機を除く)も、通常の飛行機のように滑走路を必要とする。しかしヘリコプターのように翼が回転する回転翼機の場合、話が違ってくる。テレビ、ニュースで話題になった『ドローン』の姿を想像すれば分かりやすい。現在では人の乗るスペースの無いヘリコプター型UAVも開発されている。滑走路を必要としないので空母以外の船舶などに乗せ、運用できるメリットがある。またプレデターのようにヘルファイアミサイルなどの武装も搭載できるとか。
ラヤラを分類するなら、高度は足りないが『高高度型UAV』に分類されると思う。
間違っても彼女自身の攻撃力はないし……。
このようにラヤラの活躍で、オレ達は離れた位置にいながら処刑人メンバーの動きを把握することができていた。
お陰で彼らの逃走経路を予想し、PEACEMAKERメンバーを移動・待ち伏せさせVSSで減音された弾丸で片付ける。
気配も、魔力の流れも感じさせず、不意打ちすることが可能になった。
オレは思わず呟いてしまう。
「なにが『魔力を感じさせず、姿をあらわさず、暗殺する世界最強の暗殺集団』だ。偉そうなことを言っているが、ただのテロ屋じゃないか」
――前世、地球で戦争はその形態を様々に変化させてきた。
現代は非対称戦、『Asymmetric War』が戦いの基本的な舞台になっている。
では『非対称戦』とはどのような戦いなのか?
今までは戦場があり、軍隊の部隊同士が戦い合っていた。
しかし現在は軍隊同士ではなく、著しく戦力が異なり、また戦い方も異なる勢力同士の戦闘が起きている。そのような戦いを非対称戦と呼ぶのだ。
イメージしやすいのがテロリスト達との戦いになるだろう。
最も有名な『非対称戦』といえば、アメリカとアルカイダの戦いだ。
アメリカはアルカイダとの戦うことで『非対称戦』を試行錯誤し、情報を蓄積させている。
テロとの戦いは『アンチテロ』から『カウンターテロ』へと変化してきている。
では、なぜそのように変化してきたのか?
テロリストが事件を起こした後に、それを解決するのが『アンチテロ』。
テロリストが事件を起こす前に捕らえたり本拠地を壊滅させたりして、事件発生自体を阻止するのが『カウンターテロ』だ。
被害が起きてからでは遅い。テロの広がりと事件の大規模化に伴い(アメリカ同時多発テロ等)、『カウンターテロ』の概念が広まったのは当然のことと言える。
今回、処刑人との戦いは『カウンターテロ』に分類されるだろう。
そんな卑怯で卑劣なテロリストの彼らは、魔術師でもないただ普通のか弱い女の子であるココノを、一方的にいたぶり殺害しようとした。
その事にスノー、クリス、リース――PEACEMAKERメンバー全員が腹を立てていた。
オレは立場上、激昂し怒りにまかせて『突撃!』と叫ぶわけにはいかなかったため、感情を表だって吐露することができなかった。
しかし、当然憤激している。
今なら怒りで口から炎を噴き出せそうだ。
だから今回は思う存分叩きつぶす。
軍団が二度と立ち上がれないレベルで。
二度と誰かを傷つけようと思わないように、徹底的にだ。
「最新の戦い方を教授してやるよ。身を以て味わえ、ド三流共が――ッ」
最後にオレが呟いた台詞は、光が灯りそうなほどの熱量を宿していた。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、10月11日、21時更新予定です!
いや、本当にもうすぐ軍オタの発売日ですね……楽しみでもあるのですが、色々心配で胃が痛い……。
あっ、ちなみに次の10月11日に色々お知らせがあるのでお楽しみに!