第207話 魔術師精鋭部隊vs最新型精鋭部隊①
「おっ、珍しい。この時期にオマエさんがココリ街に顔を出すなんて」
「なに、思いがけずいい品物が手に入ってな。折角だから寄らせてもらったんだよ」
行商人であるオーウェンは、ココリ街では顔なじみである、とある店舗の亭主と言葉を交わした。
彼が専門に扱っているのは毛皮だ。
懇意にしている猟師から毛皮を集め、ココリ街に卸している。
しかし時期的に、いつも冬前にココリ街を訪れる彼が、今回は馬鹿に早い。
彼の言葉通り、荷馬車にはタップリと毛皮が積まれていた。どれも品質が良くいい値段が付くのは間違いないだろう。
「どうも今年は獣や魔物が活発でよくとれるらしいんだ。こっちとしては毎年これならありがたいんだが」
「はっはっはっ! 確かにオマエさん達からしたらそうだろうな!」
亭主とオーウェンは笑い合い、毛皮の値段交渉に入った。
程なく双方満足する金額に落ち着くと、オーウェンは店を出る。
今度はココリ街で品物を仕入れて別の街で売りさばく。
こうして行商人は資金を稼いでいる。
すぐに街を出る場合もあるが、今回は暫しココリ街に滞在する予定だ。
滞在理由は長旅の疲れを暫し癒すためだ。
しかし、本来の目的は別にある。
オーウェンは馬車を預け、宿を取る。
そのまま腰を下ろすことなく宿を出た。
彼は人には言えない副業を持っていた。
金クラスの軍団、処刑人の部外協力者だ。
処刑人は仕事を依頼された場合、まず対象者の情報をできる限り入手する。
相手がどんな人物か、容姿、年齢、家族構成、住居周辺情報、警備体制、街周辺地図、建物の構造、街内部地図、目標人物周辺に居る人物調査、建物に出入りする人物の調査等々。
処刑人メンバーが情報を入手するため現地に足を伸ばし、直接入手する場合もある。
だが、標的によっては処刑人メンバーでは目立ってしまうこともあるのだ。
たとえば小さな村や町、学術や権力者が仕切る街、宗教施設等――部外者が入ると悪目立ちしてしまう場所だ。
目立てば標的に警戒され、殺害できる確率が減る。
そうならないため日頃、周辺に出入りしている人物に情報を入手させる。それがオーウェンのような部外協力者だ。
処刑人は正式な軍団メンバーではない部外者を利用することで、自分達の情報を相手に渡さず一方的に情報を入手する。
その場所に居ても不自然ではない人物が出入りすれば、下手に目立つこともない――という寸法だ。
もちろん彼らには情報入手の代わりに、それなりの情報料を支払っている。
またもし情報をバラした場合、協力者とはいえ命はない。
過去、処刑人を裏切った部外協力者は、『死んだ方がマシ』な拷問を家族共々受け、殺されている。
それを知っているため、部外協力者は絶対に処刑人を裏切らない。
オーウェンはココリ街に何度も通っている部外協力者だっため、今回白羽の矢が立った。
ココリ街を訪れる理由作りのため、処刑人から上等な毛皮も渡された。
この毛皮で出た利益は、情報料とはまた別に懐にしまってもいい。
あくまで必要経費扱いだ。
そして宿を出たオーウェンは、新・純潔乙女騎士団本部へ向け歩き出す。
(まさかあの潰れかけ軍団が、処刑人に喧嘩を売るとはね……)
彼は何度も商いでココリ街を訪れている。
そのため、前軍団である『純潔乙女騎士団』のこともよく知っている。
『新・純潔乙女騎士団』が出来た経緯や『紅甲冑事件』のことも把握している。
その上で、処刑人に喧嘩を売るリュート達を哀れんだ。
(年若い女の子達を売り飛ばすようで後ろ暗いが、こっちももう少しで店舗を出せるだけの金が貯まるんだ。身の程も知らず、処刑人に喧嘩を売った自分達を恨んでくれよ)
今回の情報料でほぼ目標金額が貯まる。
露天ではない。
土地を買い、建物を建て、販売権利を買う。
一国一城の主となる夢が叶うのだ。
そのため是が非でも、オーウェンは今回の依頼を成功させたい。
普段の仕事ではあまり寄りつかない新・純潔乙女騎士団本部にたどり着く。
門は開かれており、処刑人と敵対している筈なのに、特別警戒している様子はない。グラウンドでは少女達が、訓練に汗を流していた。
(こいつ等は、誰に喧嘩を売っているのか本当に分かっているのか?)
オーウェンはその警戒の緩さに呆れてしまう。
敵対しているのは金クラスの軍団、処刑人。大陸で1、2を争う暗殺者集団だというのに……。
(まぁ警戒心が薄い方が仕事をしやすくて助かるが……)
彼はゆっくりと本部の周りを歩き出す。
道幅、周辺に並ぶ建物の詳細、本部の様子や壁の高さなどを細かく覚える。流石に一度では無理なため、隠れて書き写したりする。
しかもただ文字を羅列するのではなく、自身オリジナルの暗号にする。
一見、店の仕入れや商品の売値にしか見えないが、オーウェンにしか分からない暗号になっている。
処刑人に渡す際は、もちろん彼らに分かるように修正する。
また時間をおき、時には翌日再び訪れ、情報を事細かく整理していく。
何度もこなしてきた仕事だ。
慣れた様子で情報を集めていく。
彼が部外協力者になって約5年。
こんな仕事だ。不審者と疑われ牢獄に閉じこめられたことも1度や2度ではすまない。
肌に突き刺さるような緊張感の中で、標的の周辺を調査した時もある。
その時に比べて、今回の調査の楽なこと。
周辺の人はまばらで、歩いているのは一目で無関係だと分かる一般人。
さすがのオーウェンも、
(本当に処刑人と敵対しているのか? 誤報じゃないのか?)と疑うほどの緊張感のなさだ。
お陰で仕事はとてつもなく楽だが……。
こうしてオーウェンは、苦もなく新・純潔乙女騎士団本部の周辺情報を手に入れるとココリ街を後にした。
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ココリ街を出て、オーウェンが向かった先は街から約3日程にある宿場町だ。
彼は酒場に入るとカウンターに座り、酒精とつまみを頼む。
適当に飲んでいると隣に男の二人組が座ってきた。
男達の顔立ちには鋭いものがあるが、特別目立つ訳ではない。
オーウェンはズボンのポケットから紙を取り出し、カウンターテーブルに置く。
男の一人がその上に被っていた帽子を被せる。
暫し、時間が流れ男達が注文した品物が届く。
オーウェンは一通り酒精とつまみを堪能すると、代金を置いて店を出た。
向かう先は馬車を止めてある宿屋だ。
これで情報の引き渡しは完了。
後は情報を精査した処刑人に、情報料を支払ってもらう。
その金を受け取れば、念願の店を持つことが出来る。
(店を持って、商売を軌道に乗せれば嫁がもらえる。小さな村の農家の三男坊だったが、我ながらよくここまで来たもんだ)
もし処刑人の部外協力者をしていなければ、これほど早く店を持つことはできなかった。
同い年ぐらいの行商人は、後早くても10年、遅ければ20年ぐらいしなければ同じ額を貯めることは難しいだろう。
その間に事故や病気、野盗や魔物に襲われて命を落とす者達も少なくない。
(自分は本当に運がよかったんだな)
自身の運の強さに満足しながら、宿に帰るとさっさと床へと潜り込む。
オーウェンはよく干された布団の柔らかさ、日向の匂いを堪能する。明日からはまた野宿をしなければならいのだから。
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「おはようございます。と、言ってもまだ深夜だけど」
(な、なんだ!? いったい何が起きているんだ!?)
オーウェンは気付けば、身動きが取れなくなっていた。
どうやら椅子に縛られ、目隠しをされ、口を布で塞がれているらしい。
耳元から聞こえてくるのは、年若い男の声だ。
「大声を出したら殺す。逃げようとしたら殺す。嘘をついたら殺しはしないが、指を切り落とす。分かったらゆっくりと頷け」
声はまだ若いが、刃のように冷たい声音だった。
処刑人のトップ、静音暗殺と一度だけ会話した。
情報を引き渡す際、珍しく確認のためその場で2、3の質問に答えたのだ。
その時も臓腑が凍えるような冷たさを感じた。
今、話している相手からもあの静音暗殺に負けないほどの冷たさを感じる。
オーウェンは汗を流しながらゆっくりと頷いた。
「オマエは処刑人の協力者だな?」
「き、協力者? しーか? 悪いがまったく分からないんだが」
「嘘を付いたから、指を切り落とす。どの指がいい?」
「待ってくれ!」
「声が大きい」
慌ててオーウェンは声量を落とす。
「本当に分からないんだ。本当だ。金ならやる。だから、指を切らないでくれ、殺さないでくれ」
「そうか知らないか。だったらなぜ、酒場の2人組に紙を渡していたんだ? あれは新・純潔乙女騎士団本部周辺の情報を記したものだろう。それとも料理のレシピだとでもいうのか?」
「!?」
オーウェンは驚愕する。
なぜこいつは、情報を書いた紙束を処刑人メンバーに渡したことを知っているんだ?
男は冷ややかに笑う。
「隠しても無駄だ。ココリ街に入った時点でオマエが処刑人のメンバー、もしくは協力者だという目星はついていたんだ」
オーウェンがいつもの店に顔を出した時点で、不審人物としてPEACEMAKER外交担当のミューアに報告が届いていた。
普段とは違う時期に顔を出したため、ミューアが構築した警戒網にひっかかったのだ。
後はオーウェンに関する情報、特に持っている資金についての情報を、ミューアが集められるだけ集めた。
その情報を、実家が両替屋の3つ目族、バーニーが精査。
結果、上手く隠してはいるが、彼の商いの規模に比べて明らかに所持している資金が多いことが判明。
その時点でPEACEMAKERのブラックリスト入りして、ずっと監視されていたのだ。
「後は泳がせて、後をつけさせてもらった。確定したのは妖しげな男達に紙を渡した瞬間だけどね」
(ココリ街から後を付けられた? いや! ありえない!)
オーウェンも伊達に何年も処刑人の部外協力者を務めていない。
自身の身の安全、命に直結しているため、尾行がないか何度も神経質に確認した。彼の後を追いココリ街を出た馬車がいくつかあったが、追い抜いて先に進んだり、十字路で別れたりなどして、最終的には一台もなくなった。
時折、別の街や村から来た馬車と合流はしたが、それらが自分を尾行していたとは考え辛い。
(では、どうやって彼は自分の後をつけたんだ!? ありえないだろ! 常識的に考えて!?)
胸中で絶叫しながらも必死に何度も思い返すが、オーウェンにミスはない。
「沈黙は肯定ととる」
「そ、そうだ。処刑人の協力者だ」
完全な手詰まり。
オーウェンは素直に答えを口にするしかなかった。
冷や汗を気持ち悪いほど流しながら命乞いをする。
「じょ、情報を調べて渡して金をもらうだけの関係なんだ。正式なメンバーじゃない、完全な部外者だ。処刑人について質問されても何も知らないんだ。本当だ。だから殺さないでください。お願いします。お金なら手持ちとあるだけの額を出しますから」
処刑人は裏切り者を許さない。
死んだ方がマシという処刑方法で殺してくるが、今反抗すればどちらにしろ自分は殺される。
だから裏切りとならないギリギリの線を狙って、命乞いを敢行したのだ。
しかし男から返事は意外なものだった。
「安心しろ、殺しはしない。ある程度の情報は他の部外協力者っていうのか? そいつらから仕入れている。むしろ儲け話を持ちかけに来たんだ」
「も、儲け話?」
「ああ、今からアンタに新・純潔乙女騎士団本部の見取図を渡す。これを処刑人メンバーに渡して欲しいんだ。もちろん偽物じゃない。本物の見取図だ」
相手の意図が分からず混乱する。
処刑人を攪乱させるため欺瞞情報を渡すわけでもなく、メンバーを呼び出し捕らえる訳でもないようだ。
だが、たとえどんなに奇妙な申し出でも、今のオーウェンに逆らう権利はない。
拒否すれば殺されるだけだ。
「わ、分かった。ありがたくちょうだいしよう」
「よろしい交渉成立だ。見取図はベッドの上に置いておく。下手な小細工や行動はしないほうがいい。オレ達は常にアンタを見張っている。余計なことをすると、脳天が天神様のお住まいまで吹き飛ぶことになっている。この意味は分かるよな?」
「分かる。分かっている。絶対に余計なことはしない」
オーウェンは何度も頷き同意した。
「それじゃ手足の縄をはずす。そしてそのままゆっくり心の中で100を数えろ。数え終わったら目隠しを取ってもいいぞ」
彼は指示に頷くと、言われた通り胸中でゆっくり100を数え始めた。
手足の縄は同時に切断される。
背筋に恐れが走る。
部屋には男しかいないと思ったが、彼以外にも複数居るらしい。
下手な抵抗をしなくて本当によかった。
そしてオーウェンはゆっくり100を数え終え、目隠しを取る。
最初、ずっと目を圧迫していたため、周囲を確認するのが辛かった。痛みが引き、目がなれてくるとベッドの上には丸まった紙が置いてあった。
男の言う新・純潔乙女騎士団本部の見取図だろう。
先程の出来事が夢や幻ではないという証拠だ。
しかし、窓や扉が開いた音はまったくしなかった。
安い宿のためどちらも開けようとすると酷い音がする筈なのにだ。
オーウェンは自分がとんでもない奴等に目を付けられたことを実感した。
奴等の目から逃れる方法はただ一つ。
家畜のように従順に彼らの指示に従うことだ。たとえそれが処刑人に対する裏切りであろうとも。
そして、オーウェンは今回限りで部外協力者から足を洗うことを固く決意した。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、10月8日、21時更新予定です!
昨日の夜、カレーを作りました。折角だから日頃しないアレンジをということで、トマト缶を水の代わりに使って作ってみました。……うん、なんか凄い酸っぱくなったよ! 別に凄く不味くて食べられないわけでも、凄く美味しいわけでもない――微妙な物になりました。なんかこうネタにもならないオチですみません……。