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第200話 禁書庫

「……失態だな」


 一通りの報告を聞き、教皇が溜息を漏らす。


「まさか、こうまであっさりと禁書庫の奥深くまで侵入されるとは」


 数日前、天神教本部は何者かの襲撃を受けた。

 当日、警備に当たっていた魔術師を含めた20人全員が死亡。さらに教皇を含めて3人しか知らない筈の、禁書庫の奥にある隠し部屋に侵入を許した。

 物理的・魔術的に多重保護されていたにもかかわらずだ。

 その全てを無力化され、ある禁書が盗み出された。


 今回、天神教本部地下会議室で、関係者が集まり襲撃後の対応策を話し合っていた。

 この部屋の入り口は分厚い鉄製で、他三方は地下深く魔術的にも防護されている。そのため盗聴も、会話が外へ漏れることもありえない。

 密談をするために作られた部屋だ。


 魔術光が室内を照らす。


 関係者の中には、天神教トップ達とは毛色の違う若い男が二人同席していた。

 教皇がその一人に声をかける。


「このような事態になったのも、賊の侵入を防げなかった警備側に問題があるのではないですかな、アルトリウス殿」


 席の一角。

 腕を組んで話を聞いていた男が水を向けられ、閉じていた目を開く。


 彼こそ始原(01)のトップ、人種族、魔術師S級のアルトリウス・アーガーだ。

 始原(01)とは――魔王からこの世界を救った5種族勇者達が冒険者斡旋組合(ギルド)を設立。軍団(レギオン)というシステムが決まり、初めて出来たのが始原(01)だ。


 また彼は人種族最強の魔術師でもある。

 魔術師にもかかわらず甲冑を着込み、体格はまるでラグビー選手のようにガッチリとした体型。身長は190cmを越える。

 髪を短く刈り込み、目つきも鋭い。

 その姿はまるで歴戦の騎士団長と言った風格を漂わせている。


 もちろん天神教側にも腕に覚えのある者は存在する。

 襲われた禁書庫の警備にもつかせていた。

 しかし、餅は餅屋ということで重要区画の警備の一部は始原(01)に依頼し、共同で守護してもらっていた。禁書庫もその一つだ。


「……警護に当たらせていた部下達は皆、魔術師Bプラス級の実戦経験豊富な手練れ。こちら側に問題はありません」

「だが、現にこうして皆、手も足も出ず殺害されているのだ! 問題が無いなどありえな――ッ!」


 アルトリウスが声を荒げた教皇を一睨みする。

 教皇はまるで直接首を締め付けられているように青白い顔をする。


「繰り返すが、部下達は皆、優秀な者達ばかり。全滅させられたのは敵の実力がそれ以上だっただけ。全力を尽くした部下達の侮辱はその辺にしてもらおう」


 アルトリウスの敵意が篭もった声音に教皇だけではなく、その場に居る天神教関係者全員が顔色を悪くする。

 皆、今にも心臓が止まりそうな顔をしていた。


「それで禁書庫へ侵入した賊の目星はついているんですか?」


 皆がアルトリウスの怒気に顔色を悪くしている中、一人涼やかな声音で問いかける青年がいた。

 アルトリウスの隣に座っている彼は、妖人大陸最大の人種族国家である大国メルティアの次期国王、人種族・魔術師Aプラス級、ランス・メルティアだ。


 身長は180cmほど。

 アルトリウスとは正反対で線が細く、金髪を背中まで伸ばしている。顔立ちも女性と見間違うほど整っているが、『頼りなさそう』という印象はまったくない。

 アルトリウスとはまた違った、王族が持つ独特の風格を持っている。

 ランスは微笑みを浮かべ、話をうながす。


 彼の涼やかな気配に当てられたのか、アルトリウスは変わらないむっすりとした表情をしていたが、威圧感は始めからなかったように消える。

 天神教関係者達は安堵の息を吐き出し、会議を進めた。


「き、禁書庫へ侵入した賊は手口から見て、恐らく『黒』ではないかと思われます。盗み出された禁書で『黒』が何をするのか、目的までは今のところ分かっておりませんが」

「盗み出された禁書とは確か……派遣先をまとめたリストだったね」


 ランスの確認に天神教関係者達が頷く。

 本にタイトルは無い。しかし内部の閲覧可能者達の間では『巫女派遣本』また『派遣リスト』と呼ばれている。

 そこには過去、巫女や巫女見習い達が、天神様のお告げとして嫁いだ先がリストとして纏められている。


 嫁ぎ先は有力な貴族、軍団(レギオン)、商人、上流階級者などが並ぶ。

 他にも、将来的に頭角を現しそうな人物や組織などに派遣されていた。


「ここにいる皆様ならご存知かと思いますが、表向きは天神様のお告げによって嫁いでいることになっていますが、実際は天神教(我々)にとって有益な、将来性ある者達と関係を深めるために派遣していた訳で……」


 大司教が告げたように『天神様のお告げによって嫁いだ』と言うのは真っ赤な嘘だ。

 無理矢理に良い言い方すれば、天神教が力を付けるための政略結婚。

 悪い言い方をすれば、巫女達に自覚は無いがハニートラップ要員だ。


 この異世界で女性を自身の好きなようにする方法は、ある程度まとまった資金さえあればそれほど難しくない。

 一夫多妻制は認められているし、資金にモノを言わせて奴隷や困窮している家の娘を買えばいい。また、風俗店などもちゃんと存在している。


 しかし、いくら目が眩むほどの資金を手にしていたとしても、決して手に入らないモノがある。

 それは相手から与えられる『純粋な好意』だ。


 資金にモノをいわせて奴隷や女性を買っても、彼女達がすぐに好意を持つことはない。乱暴に扱えば、当然憎まれ、嫌われ、怯えられる。

 だが、天神教から嫁がされる巫女や巫女見習い達は違う。

 殆どが孤児で幼い頃から天神教の教えを習っている。そのため、天神様のお告げによって嫁がされることは大変な名誉なことだとすり込まれているのだ。

 だから、最初から嫁ぎ先の相手に好意を抱き、どれほど乱暴に扱おうが、相手を天神様が出会わせてくれた運命の人だと愛する。

 自分達がハニートラップ要員だとも知らずに、献身的に尽くしてくれるのだ。


 ココノなどは、天神教に巫女見習いとして約5年前の10歳で入った。そのため妄信するほどの刷り込みは受けずにすんだ。


 話を戻す。


 このような純粋な女性は、どれだけ大金を払っても手に入れるのは難しい。

 故に、上流階級者になればなるほど、見返りを求めない純粋な好意を持った巫女達の魅力に抗えなくなる事が多いのだ。

 しかも天神教には人種、年齢、容姿など多種多様な巫女達が居る。

 場合によっては相手が天神教の望む情報、権力、人材、技術、知識等々を提供してくれるなら、要望する巫女を『天神様のお告げ』として嫁がせることも出来る。


 産まれた子供達は、天神教や他権力者の力によって押し上げられ、地位を確立していく。

 そうやってさらに天神教は権力を広く、深く広げてきた。


 そんな『巫女派遣リスト』が『黒』によって盗み出されてしまったのだ。

 もし情報が白日の下に晒されれば、批判は免れないだろう。

 天神教始まって以来の不祥事だ。


 だが、天神教関係者の表情はまだ絶望とまではいっていない。

 せいぜい、『頭の痛い問題』程度だ。

 彼らにとってはこの程度はまだ致命傷にはなりえない。

 そのことを証明するように教皇が口を開く。


「兎に角、不幸中の幸いは盗み出された禁書が、その程度で済んだことだ」

「仰るとおりです。もし天神様がすで――」

「馬鹿者! それ以上は口に出すな! たとえこの部屋での事でも、どこぞへ漏れる可能性はあるのだぞ!」

「し、失礼しました!」


 大司教が口を滑らせかけ、慌てて教皇が激昂し止める。

 場の空気が再び最悪なものとなった。


 再び、ランスが場の空気を動かす。


「今後の対応としては禁書庫の警備をよりいっそう厳しくするのは当然として、禁書が公にされた場合の対処法なども専門チームを作り、複数パターン検討しておくべきですね」

「ランス殿のご指摘通り、早速禁書のことは伏せて専門チームを作り、対策を検討させましょう。教皇様、よろしいでしょうか?」

「構わん。すぐに取り掛かれ」


 大司教が同意して、会議終了後すぐに動き対策チームを作る許可を教皇から取る。

 大司教は続けて、


「では次に『黒』の組織調査・討伐任務については、引き続きアルトリウス殿に一任するということで」

「……任された。禁書庫の警備に当たる者達も今日中に選別、今回のようなことがないよう手も付くそう」

「アルトリウス殿、感謝いたします」


 教皇がお礼を告げる。

 アルトリウスは軽く目で礼を受け止めた。


「また仮に、『黒』以外の者達が禁書を手にした場合はいかがいたしましょう」


 大司教が問いかける。

『黒』が禁書を盗み出した理由は分からない。

 今回のものは、天神教の権威を落とすには役に立つが、それ以上の効果は上がらない禁書だ。

 場合によっては、組織または個人の依頼で多額の金銭と引き替えに盗み出した可能性もある。

 その場合の対処を尋ねたのだ。


「さすがに、そんな枝葉までアルトリウス殿の手を煩わせるわけにはいくまい」

「……ならいつも通り、そのような場合は我々と友好条約を結んでいる軍団(レギオン)処刑人(シーカー)に依頼しよう」

「アルトリウス殿、お手数ですがよろしくお願いします。もちろん必要な資金は全額天神教(我々)が支払わせて頂きますので」

「依頼をするだけだ。たいした手間ではない」


 それから他にも細々とした取り決めが、約一時間ほど続いた。




▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼




 バーベキュー大会から数日後、朝、ココノは一人で新・純潔乙女騎士団本部前を掃いていた。


「おはようございます。今日もいいお天気ですね」

「おはよう、ココノちゃん朝からご苦労様」


 ココノは顔見知りになったご近所さん達とすれ違う度に挨拶をする。

 すっかり彼女も馴染んでいた。

 しかしPEACEMAKER(ピース・メーカー)で働き出してもうすぐ期限の一ヶ月。後少しで、獣人大陸の天神教支部へと戻らなければならない。


「…………」


 つい、掃除の手が止まってしまう。

 PEACEMAKER(ピース・メーカー)メンバー達と別れるのは寂しい。折角、皆と仲良くなれたのに。

 またリュートを側で約一ヶ月見て来た。彼となら自分の亡くなった両親のような、互いを支え合う理想の夫婦になれる気がした。

 他の妻達、スノーやクリス、リースもいい人で気が合う。

 しかし、もうすぐ約束の期日。別れるのは辛いが、縁がなかったと諦めるしかない。


「それに、今度はお友達として皆さんに会いに来ればいいんですから」


 悲しみを心から吐き出すように、前向きな言葉を口にする。

 気持ちを切り替え再び掃除を始めた。


「どうも宅配便です」

「あっ、ご苦労様です」


 獣人種族の宅配人が、声をかけてくる。

 彼は大きめの鞄を漁り、目的の荷物を取り出す。


「えっと、新・純潔乙女騎士団本部にお住まいのココノ様宛にお荷物をお預かりしたのですが」

「ココノはわたしです」

「ちょうどよかった。サインか、もしくはここに受け取りのチェックを頂けますか?」

「では、サインで」


 小型のインク壺とペンを受け取り、名前を記す。


「ありがとうございました!」

「ご苦労様です」


 宅配人はまたすぐに別の届け先へと急ぎ足で向かう。


 ココノは受け取った小包を確認する。

 自分がここに居ることを知っているのは、獣人大陸・エルルマ街の天神教支部関係者ぐらいだ。しかし、荷物が送られる用件に思い当たる節がない。


「差出人さんの住所は……書かれていない?」


 首を捻りながら、箒を立てかけ封を開ける。

 中からは一通の手紙と分厚い書物が入っていた。

 手紙にも差出人の名前、住所などは書かれていない。

 彼女は封を破り、手紙に目を通す。

 文字はとても丁寧に書かれていた。


「ッゥ!?」


 そこに書かれている内容にココノは……天地が逆転するほどの衝撃を受けた。




ここまで読んでくださってありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!

明明後日、9月17日、21時更新予定です!


活動報告を書きました。よかったらチェックしてください!

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