第195話 天神教の巫女見習い
天神教の獣人大陸支部の使者が訪れる当日。
オレは作業の手を止めて工房から出る。
汚れた手や体を洗い、シアが準備してくれた衣服に袖を通す。
まるで前世の地球にあるクリーニング屋に出したように清潔で、ノリが効いている。流石、筆頭護衛メイド・シアだ。
家事全般に隙がない。
準備が終わったが、すぐに自室は出なかった。
なぜなら、今回話し合いにメイヤも出席するからだ。
彼女の準備が整うまで自室で待つ。
別に本来なら、彼女が話し合いに出席する理由はない。しかし、メイヤに尋ねた所――『申し訳ありません。たとえリュート様でも、いえ、リュート様だからこそ話すことが出来ません。本当に申し訳ありません!』と深刻な顔で返答してきたのだ。結局、出席を許可せざるを得なかった。
ソファーに座り、嫁やカレン達のスケジュールを思い返す。
(スノーとリース、クリスとカレンが街の見回りでバーニーが本部で事務仕事、ミューアがココリ街の商工組合との会合だったっけ)
今日は天神教の使者が訪れるということで、シアのメイド隊が本部待機の役目についている。
オレは工房に引き籠もっていて気付かなかったが、応接間やお茶の準備等がシアの指示のもと済まされているんだろうな。
最近気付いたが、PEACEMAKERの影の支配者はシアではないだろうか。
彼女が居なかったら色々滞りそうだ。
もし『軍団の装備を全てコッファーで統一してください。でなければ辞めます』と迫られたら断り切れない気がする。
まぁ性格上言わないだろうけど……多分。……言わないよな?
そんなことを考えていると扉がノックされる。
声をかけると、メイヤがシアを伴って部屋に入ってきた。
メイヤは竜人種族の女性が着る伝統衣装ドラゴン・ドレス姿だった
普段もドラゴン・ドレスの上から白衣を着ているが、今回のは人と会うためデザインが凝っている。
二の腕までおおう手袋をつけ、先端に羽がついた扇を手にしている。
黙って立っているとスタイルも良いし、顔立ちも整っていてとても美人なんだけど……
「すみません、リュート様、大変お待たせ致しました」
「いや、大丈夫。たいして待っていないから」
「あぁぁ! リュート様にお気遣い頂けるなんて! そのお心遣いに感動して、このメイヤ! 天にも昇ってしまいそうですわ! それに今のやり取り、ま、まるでふ、ふふふ、夫婦のようでしたわ! あぁぁあ! 想像しただけで鼻血が……ッ」
オーバーリアクション気味に身振り手振りを動かし、最後は鼻をシアから渡されたハンカチで押さえる。
……本当に黙ってさえいればカッコイイ系美人なんだけどな。
「若様、メイア様、お客様が応接室でお待ちですので、そろそろご移動を」
「悪い、悪い。それじゃ行こうか」
「はい、リュート様! このメイヤ! 地の果てだろうが! 天の頂きだろうが! 海の底だろうがお供しますわ!」
応接間でお客様と会うだけでこのやりとり……重すぎる。
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応接間へ行くと、天神教の使者が2人、席に座って待っていた。
初老男性と少女だ。
少女は咳をしていた。体が悪いのだろうか?
オレ達の姿を確認すると、立ち上がり早速挨拶をしてくる。
「お忙しい中、お時間を頂きまして誠にありがとうございます。獣人大陸、エルルマ街の天神教支部で司祭を務めております人種族、トパースと申します。そしてこちらが私と同じ支部に勤めている巫女――正確には巫女見習いですが」
「お初にお目にかかります。天神教巫女見習いの人種族、ココノと申します。以後、お見知りおきを」
最初に挨拶をしたトパースは前世、地球の牧師のような衣服に袖を通していた。胸からは五芒星のペンダントを下げている。
背は高く、顔は面長でやせ細っている。人当たりの良い定年間近のサラリーマン課長といった初老男性だ。
次に挨拶した巫女見習いの少女、ココノはオレと同じ黒髪をおかっぱに切りそろえている。
背丈は低く年齢は12、3歳ぐらいだろうか。手足は細く、胸もあまりないようだ。肌も、陽を一度も浴びたことがないように白い。
瞳も大きく、幼さも相まってとても可愛らしい。きっと将来はとびきりの美人になるだろう。
着ている衣服も特徴的で、日本の神道のような巫女衣装の上から、上着を羽織っていた。
その羽織の丈端、襟元、袖には生地とは別色の象形文字のようなデザインが施されている。頭には象形文字デザインが施された額帯を巻いていた。
前世の地球人からすると、アイヌの民族衣装っぽいデザインの巫女服だ。
また彼女も首からトパースと同じ五芒星のペンダントを下げている。
五芒星が天神教のシンボルマークだからだ。
この異世界では『5』という数字が縁起の良い物とされている。
反対に『6』が不吉な数字として扱われている。地球でいうところの『4、9、13』のような扱いだ。
オレも彼らに続いて挨拶をする。
「こちらこそ、何度も足労願いまして誠にありがとうございます。PEACEMAKER代表を務めます人種族、リュート・ガンスミスです」
「わたくしはリュート様の一番弟子にして、右腕、腹心の竜人種族、メイヤ・ドラグーンですわ」
「おお! 貴女様があの魔石姫であるメイヤ・ドラグーン様でしたか。あの天才魔術道具開発者がガンスミス卿へ弟子入りしたと耳にして最初は疑いもしましたが、まさか本当にいらっしゃるとは」
トパースがメイヤの自己紹介に目を丸くする。
魔石姫とはまた懐かしい呼び名だ。
しかし、さすがメイヤ。竜人大陸だけではなく、獣人大陸にまで名前が知られているとは。
彼女は恥ずかしそうに扇で口元を隠し、答える。
「天才魔術道具開発者などと随分懐かしい呼び名ですわ。わたくし程度の才など、本物の天才魔術道具開発者のリュート様と比べたら塵芥に等しいですわ」
「まさかあのメイヤ・ドラグーン様にそこまで手放しで称賛されるとは、いやはや、私のような凡人にはガンスミス卿の才はきっと理解出来る範疇を越えているのでしょうね」
「当然ですわ。リュート様の才はわたくしでさえ計れないほどですから」
なにこの褒め殺し大会。
オレは顔が赤くなるのを堪えながら、一度咳をして促す。
「と、とりあえず立ち話もなんですから、どうぞお座りください」
オレが促すと、皆ソファーへと座った。
場の空気を読みシアが香茶を配る。
トパースとココノの前に置かれていた香茶も、新しいのへと取り替えられる。
配膳が終わるのを確認してからオレが口火を切った。
「それで今日はどのような用件で?」
「ご存知かと思いますが、我々天神教には、天神様のご神託を授かる巫女姫がいらっしゃいます」
天神教には天神様の神託を聞く巫女姫をトップに、巫女、巫女見習いと続く。
その巫女姫が天神様の神託を授かり、大災害や魔物の被害などを未然に防いだり、軽減させた話はオレも耳にしたことがある。
「その巫女姫様が天神様からご神託を授かったのです。詳細はお話しすることは出来ませんが『ガンスミス卿にココノを嫁がせよ』と」
「え、はっ、なんてご神託が授かったと?」
オレの耳がおかしくなったのだろうか。目の間に座る少女を『お嫁さん』にしろという神託を授かったと言った気がしたのだが……。
トパースが改めて爆弾を投下する。
「単刀直入に申し上げると、この巫女見習いのココノをガンスミス卿の妻にして頂きたいのです。もちろん末席で構いませんので」
言ったよ! やっぱり妻にしろって言ってたよ!
ココノに視線を向けると彼女はこの状況にまったく疑問を抱いておらず、可愛らしい笑顔を浮かべる。
「不束者ではありますが、どうぞよろしくお願いします。ガンスミス様」
彼女は切りそろえられたおかっぱ頭を下げ、ソファーの上で器用に正座して、三つ指をつき頭を下げる。
彼女達の発言で、オレの隣に座っているメイヤが、扇で顔を隠しながらヒロインのしてはいけない顔をしていた。
オレはあまりの事態に人目も憚らず、痛む頭を抱えたくなってしまう。
どうしてこう問題というのは、突然やってくるのだろうか……。
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