第190話 歓送会
スノー両親の問題も解決した一週間後、夜。
オレ達は新・純潔乙女騎士団がある獣人大陸へと戻るため、レンタル飛行船をチャーターした。
飛行船の大きさはメイヤのより一回り以上小さい。
この飛行船には工房を付ける必要がないため、それでも問題はないが。
このレンタル飛行船で獣人大陸の港街まで移動する予定だ。
そこで飛行船を港街にある支店へ返却して、新・純潔乙女騎士団のあるココリ街へと馬車を借りて戻る手筈になっている。
現在は調整、メンテナンス、必要物資の搬入が行われているはずだ。
遅くても明日の昼頃には出発できる。
もちろん費用は全て現領主であるアム・ノルテ・ボーデン・スミスが負担すると約束し、実際に支払ってくれている。
明日の昼には北大陸を旅立つため、今夜は大広間で歓送会を開いてくれた。
クリス実家でやった祝賀会のような立食形式で、白狼族のほぼ全員が会場に集まっていた。
彼らは自分達の不当な差別を打ち消し、オールの魔の手から救ってくれたオレ達PEACEMAKERに感謝し、別れを惜しんでくれる。
会場のあちこちで、メンバーが白狼族達に捕まり雑談を楽しんでいた。
オレはというと北大陸料理に舌鼓を打ちながら、今回の主催であるアムとなぜか彼の側に夫人のように立つアイスと雑談を交わしていた。
アムはワイングラスのようにくびれた杯を片手に持ち、前髪を弾く。
「もう獣人大陸に帰ってしまうなんて寂しい限りだ。後10年ぐらいはこっちにいてくれてもいいんだが……。城を自分の実家だと思ってくつろいでくれたまえ!」
10年は長すぎるし、城を実家だとは思えるわけないだろうが……。
「いや、気持ちはありがたいが、さすがにそろそろ戻らないと。予定より日数がかかっているし、他の娘達に仕事を押し付けちゃってるから」
「ならしかたないわね。残念だけど。でも、いつかまた皆で遊びに来て。観光地や他の街とか案内するから」
「もちろん。いつか絶対にまた来るよ。なんていったって、スノーの一族がいる場所だからね」
アムの奥様のようにすぐ側に立つアイスが、微笑を浮かべて話しかけてくる。
彼女にもお世話になったな。
アイスがいなければスノーを助けることが出来なかったかもしれない。
スノーといえば……
オレはアムへ水を向ける。
「そういえば結局、スノーを賭けた3本勝負はどうなったんだ?」
オレが話題を振ると、アイスの表情が微笑が消える。
表情は変わらないが、目に鋭い刃のような光が灯った。
まるで『折角、アム様が忘れていることをわざわざ掘り返さないでよ!』と言わんばかりの眼光だ。
すみません、正直空気を読まなすぎた。
しかし、アムの態度は今までの『押せ押せ』ではなく、哀愁を漂わせる。
微苦笑を浮かべ、歯の光も弱々しい。
「そんなのぼくの惨敗に決まっているじゃないか。ぼくはミス・スノーが囚われ、処刑されるというのに牢屋から出ることすら出来なかった。彼女のことを自分の命に代えても守ると誓っていたが、結果はご覧の通り……。ぼくはミス・スノーを娶る器ではないということさ」
でも、と彼は続ける。
「街を救ってくれたPEACEMAKERに恩義を返すためにも、もし将来君達が危機に陥ったら必ず助けに行くと改めてぼくは誓おう。今度こそ、この誓いをぼくは果たそうと思う。いいだろうか?」
「もちろん。それにもしまた何か問題が起きたら、連絡をくれ。僕達でよければ力を貸すよ」
オレとアムはどちらか促した訳ではなく、自然と握手を交わしていた。
側に立つアイスも瞳から刃のような光を消し、和やかに見守っている。
アムは手を離すと、光を取り戻し髪を靡かせ、前歯を最大で光らせる。
「ははっは! ミスター・リュートとはミス・スノーを奪い合ったライバルだったが、これから永遠のライバルと書いて『親友』と呼ぼうじゃないか!」
いや、それはちょっと……
「さすがですアム様」
アイスは恋する乙女の瞳で彼を全肯定する。
なんという茶番劇。
甘すぎてお腹いっぱいだ。
アム、アイスと話を終え2人から離れる。
いつまでも他人のイチャイチャ――アムを甲斐甲斐しく世話するアイスの姿なんて見ていられない。
改めて周囲を観察する。
まず目についたのはシアだ。
彼女はなぜかメイド達に囲まれていた。
「シア様、明日でお別れなんて寂しすぎます」
「どうか、このままノルテで私達を導いてください」
メイド達は涙し、シアとの別れを惜しんでいた。
シアはそんな彼女達の肩に手を置き、1人1人に言葉をかけていた。
「ここに残ることは出来ません、若様達が行く場所が自分の居る場所なのですから。皆も教えを忘れずメイドとして精進するのですよ」
『シア様!』
メイド達はシアに抱きつき、涙する。
どこの教祖かとツッコミを入れたくなるやりとりだった。
クリスの回りにもシアのように人が集まっている。
こちらは白狼族男性陣だ。
雪崩を起こしに付いていった白狼族男性達が、クリスの手腕を熱く語っている。
白狼族では狩猟が上手い男性ほど、村人から尊敬の念を抱かれ、異性にもてる。
そのためクリスの超絶技能に白狼族男性達は目を輝かせ少しでも話を聞こうと集まっているのだ。
クリスも言葉少ないが、一生懸命質問に答えていた。
「クリスさん、自分は獲物との距離感がいまいち把握するのが苦手で……」
『まず頭の中に100mの物差しを想像するんです。それを獲物と自分の距離に当てて――』
質問が終わると、その後ろに並んでいた白狼族男性が次の質問に来る。
もちろんただ迫るだけではない。クリスの疲れを把握し、適度な休憩を挟みながら質問を続けているようだ。
休憩中は皆、白狼族男性が持ってきた飲み物や食べ物を食べる。当然中心にいるのはクリスだ。
そこだけ見ると、クリスが白狼族男性達をはべらせているように見えなくもない。
この光景だけ切り取ると、すごく不健全な匂いがする……。
正反対にほのぼのとしているのは、リースだ。
彼女の回りには子供達が集まり、楽しそうに歓談している。
まるで幼稚園のクリスマス会といった感じだ。
「リースお姉ちゃん、これ美味しいよ。食べて」
「本当に美味しいですね」
「あたしのも食べてリースお姉ちゃん」
白狼族の子供達は料理をフォークで刺し、リースに食べさせていた。
リースも子供好きらしく、頬を弛め差し出される料理を食べたり、時にお返しという形で子供達に料理を食べさせ合っていた。
本当にほのぼのする風景である。
最後はメイヤだが……彼女の周囲には白狼族のお年寄り達が集まっていた。
「たしかにこの世界を作り出したのは天神様かもしれません……ですが今後、この世界の秩序、平和、皆を導くのはリュート様しかありえません。つまり、リュート様こそこの世界に舞い降りた新たな神なのです! さぁ、皆さんも生き神であるリュート様を崇め奉りましょう! そうすれば必ず幸福が訪れます! その証拠に白狼族に危害を加えようと画策した愚か者は、身の程も知らずリュート様に刃向かい計画は失敗。地下牢へと一生繋がれることになりました! また約100体の巨人族が迫っておりましたが、リュート様の天才的叡智により――」
彼女は料理に手も付けず、延々と老人達へ向かって話し続けている。
しかも老人達も何を考えているのか、黙って彼女の話を聞いている。中にはありがたがってメイヤに向けて手を合わせている人までいた。
なんという宗教儀式!
怪しすぎるだろう……。
「リュートくん、ちゃんとご飯食べてる?」
先程まで白狼族女性陣と楽しげに会話をしていたスノーが、輪を抜け出して声をかけてくる。
「もちろん、ちゃんと食べてるよ。スノーの方こそちゃんと食べてるのか? さっきから話ばかりしてるようにしか見えなかったけど」
「わたしは皆が色々持ってきてくるから、逆に食べ過ぎでお腹ぱんぱんだよ」
スノーはお腹を軽く両手で叩いてアピールしてくる。
その仕草が可愛らしくついつい笑みをこぼしてしまう。
「そうだ。今日、来られなかったお父さんとお母さんから、リュートくんへの伝言を頼まれてたんだ」
オレの顔を見て用事を思い出したのか、手を叩く。
スノーの両親アリル、クーラは今夜の立食パーティーに参加していない。身内しかいないとはいえ、街に顔を出すのは危険だからだ。だから、会えない代わりにスノーへ言伝を頼んでいたのだろう。
「あのね『助けてくださって本当にありがとうございます。娘のことをこれからも宜しくお願いします』だって」
お願いされなくても、スノーのことは一生をかけて守っていくつもりだ。
もちろん他の嫁達や仲間も含めてだ。
話が途切れると、スノーと2人並んで全体をぼんやりと眺める。
パーティーは続く。
オレ達の目の前で皆が楽しそうに歓談し、笑い合っている。
心が温かな感情に満たされる。
出来ることなら、このまま時間が止まって欲しいと思えるほどの幸福を、オレは全身で感じていた。
気付けばスノーがオレの手を握り締めていた。
「スノー?」
「わたしね、今とっても幸せだよ。リュートくんが居て、クリスちゃん、リースちゃん、メイヤちゃん、シアさん……そして一族のみんなやお父さんとお母さんにも再会出来て、みんなが居てくれて本当に幸せだよ」
彼女はオレを見上げて笑う。
「リュートくん、わたしをいっぱい、いっぱい幸せにしてくれてありがとう」
「こちらこそ、オレのことを幸せにしてくれてありがとうな」
オレ達は互いに笑い合う。
皆の歓談をBGMに。
幸せを心と体いっぱいに感じながら――
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
リュート達が歓送会を受けている同日、同時刻。
とある場所で1人の女性がある報告に涙を流していた。
黒いドレスに手袋、背中に流れる黒髪。
顔まで黒のレースで隠しているため、まるで闇が人型をしているようにも見える。
黒闇の女性が報告を聞き返す。
「ケスラン王国の王子、リュート様が生きていらっしゃったなんて……。それは本当なんですか、ララさん?」
「はい、お姉様。リュート様は生きておられます」
女性の前に片膝を付き、頭を垂れる女性。
リース、ルナの姉にしてハイエルフ王国エノール、元第一王女、ララ・エノール・メメアだ。
「生きていてくださった……。私の許嫁である、リュート様が……」
ララの言葉に、お姉様と呼ばれた女性が涙を拭う。
その指の動きによって彼女が被っているレースがめくれる――そのお陰で横から見ていた人物がいれば、気付いただろう。
彼女の額に、黒い星のような痣があることに。
「リュート様を迎えに行きましょう。そして、私たちの国王、そしてその妃となってケスラン再建という悲願を達成いたしましょう」
「その際、邪魔をするものは我らプレアデスの手で排除させて頂ければ幸いです」
「ええ、ララさん。その時は是非、お力をお貸し下さいね」
そして女性は夢みるように告げる。
「リュート様、お待ちになっていてください。もうすぐお迎えにあがります……あぁ、『たとえ空が堕ちて潰されようとも破れない不滅の契り。死が我らを分かつまで、我ら黒星と共に』」
<第10章 終>
次回
第11章 少年期 天神教編―開幕―
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明後日、8月18日、21時更新予定です!
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