第189話 トリック
コツ、コツ、コツ……城内地下牢獄に続く階段を下りる音が木霊する。
オレが今向かっている地下牢獄は、地位の高い者を収監する特別地下牢獄だ。
前はここにオールやトルオ達が押し込まれていた。
オレは地下牢獄の門番と挨拶を交わし、中へと進む。
目的の牢屋の前に立つと、後ろに居た彼らに声をかける。
「この牢屋です。そこの覗き窓から確認してください」
大国メルティアの使者2名が促され、それぞれ確認する。
鋼鉄製の扉。
その上部に鉄格子が嵌った小窓がある。そこから2人は中を覗き見ている。
「……確かに我々の探していた2人のようですね。指輪は……女性の方が指につけているようですね」
現在、オレは大国メルティアの使者2名に、スノー両親を捕らえた牢屋を案内していた。
彼らには事前に二人が自分の妻の両親、義理親だと伝えている。
あれだけ派手に街中で動いたため、探ればすぐにその事実を知ることになる。ここで下手に隠しごとをすれば、相手に不信感を与えるだけだ。
義理両親を捕まえ、牢屋に入れたと言うことで最初は相手も半信半疑だった。しかし中を覗けば確かにスノー両親が手、足には枷、首には魔術防止首輪で魔力を封じられた状態で牢屋へ入れられていた。
指輪はスノー母、アリルが指に嵌めギュッと拳を作って渡そうとしない。
「無理に奪おうとすると抵抗が激しくて。絶対に渡さないと喚くんですよ」
オレは使者へ向けて、溜息混じりに弁解する。
二人は頷き合い剣を下げている使者が、意味深に柄へと腕を伸ばす。
「ならば腕ごと切り落として回収すればいい。なに、今なら逃げも隠れもできない。3分もかからず回収できるだろう」
剣を持つ使者が、牢屋へと入ろうとする。
オレは彼を止めた。
「ちょっと待ってください。勝手をされては困ります」
2人から批難の視線を受ける。
相手はまだオレを信用していないようだ。
自分達にスノー両親の姿だけを見せて、後から『逃げられました』と適当な言い訳を告げて助け出す。そして有耶無耶にでもすると思われているのだろう。
オレはやや大げさに溜息をつきながら、弁解する。
「相手は自分の嫁の両親。目の前でそんなことをするのは止めてくださいよ。ただでさえ義理の両親を売っただけでも嫁に泣きつかれ、責められているんですよ。既婚者なら、この意味分かりますよね? もし拷問をしたかったら、国に戻って自分達の目の届かない場所でしてください。これ以上、嫁に泣かれ、なじられたく無いですから」
2人の目から疑惑の色が流れ落ちる。
「……確かに軽率でした。ガンスミス卿の立場も考えず失礼いたしました」
「そうしてください。自分は何も聞かないし、見ていません。ここにも来ていない。貴方達が遠くで何をしてようとも、自分は一切関与していない。義理とはいえ両親まで引き渡したんですから、厄介事に巻き込むのは止めてくださいよ。これは独り言ですが、最悪の場合はハイエルフ王国から抗議がくるかもしれませんからね」
「もちろんです。心得ております」
2人は牢屋から離れ、来た道を戻る。
オレも2人の後に続いて歩き出す。
この後は、上に戻って引き渡しの細かい摺り合わせを行うだけだ。
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そして2週間後。
大国メルティアの使者を乗せた船が、本国へ戻る準備を整えていた。
遅くても昼少し後には出発する。
港に停泊したメルティアの船には必要物資が次々に運び入れられていた。
その中に飛び抜けて変わったものが運び込まれようとしていた。
柩のようなベッド、もしくは2人が寄り添って眠れるベッドを丈夫な板で囲い柩にした品物が、船へと運び込まれようとしていた。
船へ運び込まれる前に、オレと使者2人が中身を見聞する。
蓋を開くとそこにはスノー両親が寄り添い眠っている。
オレは使者2人を促す。
「運び出すとき暴れないよう魔術で眠らせています。明日の朝までは起きないでしょう。どうぞ確認してください」
2人は腕を伸ばし頬や首筋に触れ脈を確認する。
生きているし、偽者ではない。
「指輪は?」
「彼女がしっかりと指にはめてますよ」
オレは肩をすくめて、眠っているスノー母を顎で指す。
使者2人が視線を向けると、確かに右手薬指にしっかりとはめて拳を握っている。
剣を腰から下げる使者が、無意識なのか柄へと指を伸ばす。
「……分かっているとは思いますが、そういうことは自分の見ていないどこか遠くでやってくださいね」
「分かっています。ガンスミス卿のご厚意を裏切るようなマネはしません」
使者は薄い笑みを浮かべる。
オレは内側から空かないよう蓋を閉めさせ、船へ運び込むよう指示を出す。
運ばれる先は船の底。
昔、自分も奴隷として閉じこめられた時に入れられたな。
一緒に大量の荷物も運び込まれる水、食料、北大陸の名産品として度数の高い火酒などだ。
「これなら予定より早く出航できそうですね」
「ええ、これも全てご協力してくださったアム様とガンスミス卿のお陰です」
「いえいえ。自分も小規模ながら軍団を営む者。大国メルティア様とは今後とも友好的な関係を築いていきたいと考えていますから。これぐらい当然です」
「ありがとうございます。必ず上にはガンスミス卿の功績をお伝えさせて頂きますので」
「バカヤロー! そっちの荷物はその船に載せるんじゃない! 次の船に乗せる奴だろうが!」
「す、すみません!」
オレと使者達が和やかに会話をしていると、船に荷物を積んでいた下っ端船員が現場責任者に怒鳴られる。
彼は慌てて頭を下げた。
「す、すぐに運び出します!」
「早くしろ! 次の積荷船が待ってるんだぞ! たく、二度手間させやがって……」
一度運び込まれた人が楽に入れそうな木箱達が、仕舞われた船底から船外へと運び出されて行く。
下っ端船員達は現場責任者のオヤジさんに睨まれながら、あたふたと荷物を運び出す。
「ちょっと待て、その荷物を検めさせてもらう」
腰から剣を下げている使者が、積荷を運び出す船員を引き止める。
その現場に責任者のオヤジが怒鳴り込む。
「ちょっと、ちょっと! 旦那、困りますよ! その荷物は次の船に運び込む商売品です。勝手に開けるわけにはいきませんよ!」
「早くしろ」
「うぇ!?」
怒鳴り込んだ現場責任者のオヤジに、使者は抜剣した剣先を向ける。
逆らえば本気で『切る』と目で訴えていた。
賑わっていた船着き場も、異変に気が付き静まりかえる。
野次馬たちがどうなるのかと固唾を飲んで見守っていた。
「ガンスミス卿、よろしいですか?」
「……分かりました。彼らの指示に従ってください」
「たく、この忙しいって時に――」
オヤジは文句を告げながらも、使者の指示に従い次々荷物を開けていく。
釘で打ち付けているが、男達は慣れているためスムーズに開封していく。
品物の中身は野菜、肉、火酒、衣料などだ。
全部、次の船へ積み込む生活物資や他大陸に持ち込む輸出品である。
責任者のオヤジが嫌味っぽく使者へと言葉をかける。
「旦那、もちろん傷んだり、汚れたりしたらそっちでお支払いいただけるんですよね?」
「……邪魔したな。もういいぞ」
「ったく、おう! オマエら中身汚さないよう丁寧に蓋を塞ぎ直せ!」
オヤジは部下達に指示を飛ばし、再び使者達の船に荷物を運び入れ始める。
使者は剣をしまいながら、オレ達の側へと戻ってくる。
「すみません、ガンスミス卿。余計なお手間を取らせてしまいまして」
「いえいえ、大した手間ではありませんから」
オレは笑顔を浮かべて彼らの行動を咎めず、何も無かったように流す。
以後は特に問題は無くスムーズに出航準備が整う。
オレは使者達と握手を交わし、彼らの船旅を見送った。
スノーの両親を乗せた船が、ゆっくりと北大陸を離れていく。
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使者達を乗せて、大国メルティアの船が外洋へと出る。
事件が起きたのは日が落ちた夜、夕食時のことだ。
船が大きく振動する。
使者2人が慌てて船長室へと駆け込む。
「船長! なんだ今の揺れは! 何があったんだ!?」
「わ、分かりません! 突然、船底に大穴が空いたらしく、この辺に座礁するような岩もありません。恐らく誤って大型の生物と衝突したのか……」
使者達の顔が青ざめる。
「事故原因などどうでもいい! 船底に大穴だと!? 今すぐ船員を船底に派遣して、底に閉じこめていた夫婦と指輪を回収させて来い! 今すぐにだ!」
「何を馬鹿な! 彼らはとっくに海へと投げ出されてますよ! 暗い海、この水温ではとっくに亡くなっています。それよりこの船はまもなく沈みます。あなた方も救命ボートにお乗り下さい!」
使者達の顔は青を通り越して、白くなる。
夫婦死亡、指輪回収失敗。
その原因は不慮の事故だ。誰を責める訳にはいかない。しかし失敗は失敗。彼らの経歴に傷が付くのは避けられないだろう。
こうしてスノー両親と指輪は外洋の深い海の底へと沈み消えてしまった。
船沈没時、リュート達もちょうど夕食を摂っていた。
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ノルテ・ボーデン。
城の食堂でPEACEMAKERメンバー、アム――そしてスノーの両親が夕食を楽しく摂っていた。
オレはワイングラスに注がれた酒精で唇を潤し、作戦成功を祝っていた。
「今頃は船底に大穴が空いて沈んでいる最中でしょうね」
スノーの両親は夕食の手を止めて、深々と頭を下げてくる。
「この度は、助けて頂き本当にありがとうございます」
「これで自分達は死んだ身。もう追われることはないだろう」
アリル、クーラの順番に言葉を重ねる。
オレ自身、自分の立てた作戦が上手くいって安心した。
船着き場で使者達に見せた、柩型ベッドにいたスノーの両親は確かに本物だ。
大量の生活物資や荷物と一緒に彼らを船底へと運び込んだ。
途中でスノーの両親は、柩型ベッドの底から人形と入れ替わり脱出。
誤ってメルティア船に入れた荷物の底に入り込み、タイミングを見計らって現場責任者の一喝で紛れ込んだ荷物ごと船から脱出したのだ。
運び出された荷物を使者達の指示で開けた時は肝が冷えたが、出し抜く自信は十分あった。
荷物は釘で蓋を閉められていた。
そのため中に入るため、蓋を開けようとすればその形跡が確実に残る。しかし、どの荷物にもそんな痕は残っていなかった。
だから彼らは荷物に誰もいないと納得し、スノーの両親を見逃してしまったのだ。
実際は前にルナがオレ達の飛行船に紛れ込んだ時のように荷物の底が二重になっており、彼らはそこへ隠れていた。
では、どうやって荷物内部へ上蓋を開けず隠れることが出来たのか?
頭の硬そうな使者達には分からなかったらしいが、正解は――荷物の底が引き戸になっていたのだ。
後は滑り込み内側から鍵をかければ、アクシデントがあっても誤って開くことは無い。
『上蓋に何の細工もなかったため、荷物に隠れている様子は無い』という心理的油断を突いた簡単なトリックだ。
後はスノーの両親と一緒にメルティア船に運び込んだ荷物の底に、対戦車地雷を設置。
ごくごく原始的な時限信管をセットし、外洋に十分出たら爆発するようにした。
スノー両親の人形や魔術液体金属で作った偽『番の指輪』は海の底。この世界の技術、魔術を駆使しても決して届かない場所へと沈んだ。
これで証拠隠滅は完了。
事情を知るオレ達以外からすれば、スノー両親は確実に死亡したように見えるだろう。
「それでこれからどうします? お2人は死んだ身です。もしさらに身を隠したいのなら、魔人大陸の知り合い――クリスの実家になるんですが、そこに頼めば住む場所や働き先も世話してくださると思いますよ?」
妖人大陸とは正反対の魔人大陸。
人種族が珍しいから、彼らを探す調査員が姿を現せばすぐにばれてしまう。
また奥様なら事情を理解して、人目に付かない仕事や住む場所を斡旋してくれるだろう。
クリスも『遠慮しないでくださいね。スノーお姉ちゃんのご両親なら、私の両親でもあるので』と積極的にミニ黒板で告げる。
スノー両親は互いに顔を見合わせると……
「ご厚意は嬉しいのですが、私達は北大陸の奥地……白狼族の村で一生を過ごそうと思っております」
「村を出ず、街へ近づかなければまず見付からないでしょう。もし怪しい人物が近づいてきてもすぐに分かり、隠れる場所にも困らない」
確かに雪山は白狼族のテリトリー、得意分野だ。そこに身を隠せばまず見付かることはないし、仲間思いの白狼族が裏切り密告する心配もない。
どうやら今後のことを心配する必要はなかったようだ。
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ね、眠い……。