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第184話 雪滑り――三人称視点

 作戦開始直後――クリスは準備を終えると、白狼族の男性達と一緒に雪山へと登っていた。

 若者達は皆魔術師で、クリスをソリに乗せて肉体強化術で一気に目的地を目指す。

 その姿はまるで前世、地球の犬ぞりのようだった。


 約3時間後、クリス達は目的地へと到着する。

 そこは山の中程、突き出た広場だ。

 見晴らしが良く。晴れた日に登山途中お弁当を食べるには最高の場所である。

 しかし現在は吹雪き出したせいもあり視覚が悪く、兎に角寒かった。


 今回、クリスの移動&護衛として付いてきた若者達の頭を務める人物。彼だけは他の若者と違ってある程度、歳を取った中年男性だった。


 なぜ彼が付いて来たかというと、白狼族の中でもっとも雪崩(雪滑り)に詳しい人物だからだ。


 彼はクリスを連れ、縁まで行くと雪崩(雪滑り)を起こす雪山の嶺を凝視する。

 時間にして10分ほど経ち……そして彼は雪崩(雪滑り)を起こすポイントを把握し、説明を開始する。


「あの雪山の嶺、雪と雪の繋ぎ目がありますよね。若干岩の先端が露出している箇所が見えますか? あそこの少し前にある繋ぎ目5センチ以内で爆発させてください。そうすれば1発で雪崩(雪滑り)を起こすことができます」

『了解しました。ありがとうございます』


 クリスはミニ黒板でお礼を告げると、ソリに積んでいたM700Pから布を剥ぎ取る。

 セミオートマチックのSVD(ドラグノフ狙撃銃)ではない。少しでも正確性を上げるため、ボルトアクションライフルのM700Pを使用する。


 折りたたみ式のポーチから、『7.62mm×51 炸裂魔石弾』を1発だけ取り出し、薬室(チェンバー)へと押し込む。


「…………」


 クリスはM700Pを手にしたまま、目標地点を改めて見詰める。


 距離は約900m前後。

 M700Pの最大射程は900mだ。

 ギリギリ届く範囲である。


 ちなみに最大射程とは、『発射された弾丸が地面に落ちるまでの距離』、つまり『弾丸が速度エネルギーを0にするまでの距離』だ(有効射程は一定の殺傷力を持ちつつ命中させることの出来る距離を示す)。


 砲丸投げ、野球ボール投げの飛距離と同じ考えだ。つまりM700Pから発射された弾丸が地面に落ちるまでの距離が『900m』ということになる。


 今回使用する弾薬(カートリッジ)は、炸裂魔石弾のためポイントへ落ちれば小爆発を勝手に起こしてくれる。


 彼女の背中に雪山まで連れて来てくれた白狼族達の視線が突き刺さる。

 作戦上、クリスの役割はとてつもなく重要だ。

 これに失敗した場合、巨人族を引きつけているリュート&スノーが死ぬことになる。


「ちくしょう、本格的に風が出てきやがった――ッ」


 白狼族の若者の1人が呟く。

 彼の指摘通り、吹雪が本格的に吹き始める。

 大粒の雪によって視界が悪く、強い横風や吹き上がる風に弾道はいかようにも曲がってしまうだろう。さらにこんな悪天候の中で、目標地点約5センチ以内に着弾を収めないといけない。

 ポイントを外すと、折角溜まっていた雪が中途半端に流れて終わってしまう。

 そんな1発勝負。

 たとえクリスがケワタダガモを2匹も狩ってきた実力者だとしても、心配してしまうのは当然だ。


 かと言って、今更あの雪山に登る時間はない。

 クリスの代わりに、彼らが役目を果たせる訳でもない。

 この場で彼らに出来ることは、ただクリスを信じて見守るだけだ。


 暫くして、遠くに光を確認する。

 リュート&スノーが予定通り、巨人族の群れを深谷前に連れてきた合図だ。

 白狼族の若者が1人叫ぶ。


「――合図確認! クリスさん、お願いします!」


 クリスは、掛け声を聞き一度目を閉じて意識を集中する。

 自然と口からRifleman’s Creed『ライフルマンの誓い』が漏れ出た。

 彼女は『ライフルマンの誓い』を口ずさむと集中力が増し、命中率が向上すると日頃から力説していた。

 そのため集中力を高めていたら、自然と歌うように唇を動かしていたのだ。


 真っ白な防寒着を身に纏い、吹雪に長い金色の髪が揺れる。黒いM700Pを抱えて歌う様は、まるで雪山に舞い降りた白い天使のようだった。

 そんな幻想的な光景に引かれたのか、闖入者が姿を現す。


「ほ、ホワイトドラゴン――ッ!!!」


 爪や尻尾、腕、羽、口から覗く牙すら全て雪のように白いドラゴンが上空から姿を現した。


「ば、馬鹿な! ホワイトドラゴンは、もっと北大陸奥地に入らないと姿を現さないはずだろう!?」


 体長は尻尾まで入れると20m以上はある。

 首が長く、手足があり、尻尾、胴体に翼が生えている典型的なドラゴンの体格だ。

 一般的なレッドドラゴン――翼を生やし、空を飛び、炎の息を吐き出すドラゴンを指す代表的魔物と外見は似ているが、口から吐き出すのは炎ではなく相手を氷らせる吹雪を吐き出す。


 たとえ白狼族といえど、平野で出会ったら死を覚悟する。

 相手は空が飛べるため、雪原では逃げ切ることが難しい。

 森林内に入れば、助かる確率は急激に上昇する。

 しかし、現在彼らが居る場所は雪山の中腹広場。隠れる場所も、逃げる場所も無い。

 攻撃を受けたらひとたまりもないのだ。


 いくら白狼族の若者達がクリスの護衛のためにいるとはいえ、相手が悪すぎる。

 彼らは驚愕し、恐怖でその場に慌てて身を伏せる。祈りを捧げて、自分達の無事をただ願った。


 ホワイトドラゴンは優雅に彼らの上空を飛ぶ。

 まるでこれから食べる彼らの状態を吟味しているようだった。


 しかし、動揺し冷や汗を流す白狼族の若者達の中、クリスだけはホワイトドラゴンを意に介さず集中し続ける。


 クリスは、目標ポイントへ向けてM700Pを向ける。


「すー、はー……」


 息を吸い、吐き出し――止める。


 クリスの意識から雪、風、温度、湿度、白狼族達、ホワイトドラゴン――世界の全てが消失する。

 あるのは弾丸を、目標ポイントに送り届けるイメージだけだ。


『寒夜に霜が降る如く』――そっと引鉄(トリガー)を絞る!


 ダァアン――ッ!


 炸裂魔石弾が発射される。

 冷たい空気を切り裂き、ぐんぐんと目標ポイントへ向かう。

 着弾。


 ほぼ同時に弾薬(カートリッジ)内の魔石が破壊され爆発を起こす。

 雪山に溜まりに溜まった雪がまるで、白い津波のように山下へと進む。進行方向、雪の量共に問題無し。

 クリスは悪天候の中、作戦を成功させたのだ。


 彼女は集中した状態のまま、周囲を飛ぶホワイトドラゴンへと視線を向ける。


 ドラゴンは一瞬、怯えたような表情をして踵を返し、北大陸奥地へと飛び去る。

 雪崩(雪滑り)が起きた爆音が遠くなった所で、ようやく伏せていた白狼族達も体を起こした。


 ホワイトドラゴンの撤退、雪崩(雪滑り)の成功、自分達の無事を喜びクリスの背後で驚愕と歓喜の声が響き渡る。

 その声は雪山全部に聞こえそうなほど大きなものだった。




ここまで読んでくださってありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!

明後日、8月6日、21時更新予定です!


最近は書籍執筆のため、軍オタを頭から読み直したりします。

初期のクリスは引き籠もりで、トラウマを抱えた薄幸の美少女――というかんじでしたが、今は後ろに人が立ったら眉間を撃ち抜く感じになりましたね! ある意味、感慨深いなぁ。

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