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第173話 正体――第三者視点

「リュートくん!」


 スノーの悲鳴に、皆が振り返る。

 リュートがアイスを庇い、敵の攻撃を受けたのだ。

 彼女達の視界からリュートとスノーが、崖へと姿を消す。


 クリス達はその衝撃に目の前に敵がいるにもかかわらず、背中を向けてリュートとスノーの後を追おうとしてしまう。

 アイスはリュートが自分を庇い負傷。崖へ姿を消したことにその場にへたり込む。


「皆様! 落ち着いてください! 今は戦闘中です!」


 戦闘メイドであるシアが、一喝。

 後を追いそうになったクリス、リース、メイヤの足を止めた。

 シアは居なくなったリュート達に代わり、正面の敵を受け持つ。


「でも! リュートさんは怪我をしていたんですよ! 早く助けにいかないと!」

「落ち着いてくださいお嬢様! 確かに若様は怪我を負っていましたが、スノー奥様がご一緒です。怪我の治癒は問題ないでしょう。それよりここで敵に背を向け、こちらが全滅する方が問題です!」


 シアがリースの意見に反論しながらコンファーを一閃。

 彼女の目の前の白兵士は、重いコンファーの一撃で大きく後退させられる。


「兎に角、前方の味方と合流するのは不可能。メイヤ様、アイスさんの安全を確保するためにも一度、白狼族の村まで後退して体勢を立て直すべきです! なのでアイスさんも立ってください!」

「わ、わ、分かったわ」


 前方との距離が今以上に開けば、銃器を敵へ向け発砲することが出来る。

 広さのある村へ戻ることで体勢を立て直せる。


 皆、言いたいことはあるが、ここで議論する時間はない。

 時間が経つにつれ、白兵士達の数が明らかに増えている。

 シア自身、出来るなら今すぐリュート達の元へと駆けたいが、敵に背を向ければ後ろから襲われる。全滅の危険がある行為は出来ない。


 アイスも叱咤され、暗くても分かるほど青い顔で立ち上がる。


 シアはそれを確認して奥歯を噛みしめる。

 そして覚悟を決めて、前方に聞こえるような大声で告げた。


「白狼族の村まで後退します! 敵を倒す必要はありません。無理をせず下がってください!」


 そしてシア達は、リュート&スノーを残し白狼族の村まで後退することを選択した。




▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼




 時間は少しだけ遡る――




「馬鹿な! 敵襲だと!」


 皆を先導していたスノー父、クーラは敵襲に驚愕の声をあげる。

 白狼族の緊急避難地点ルートは複数存在する。どのルートを通るか敵に悟らせないためだ。


 またクーラは皆を先導するに当たり、周辺の警戒も怠っていなかった。

 たとえ運悪く敵がルートを勘で当て待ち伏せしていても、すぐに気づけるようにと。


 しかし結果は待ち伏せされ、襲撃を受けている。

 敵の気配にも、魔力の流れもまったく気づけなかった。

 それは本来、絶対にありえないことだ。


 だが、現実として目の前の光景がある。

 何時までも呆けていたら、皆が捕まるか、殺されてしまう。

 クーラ達は意識を切り替え、敵――秘密兵士隊、白兵士を迎え撃つ。


 まずは後方の実弟と白狼族の子供達を守るためアムが素早く動く。


「輝け光の精霊よ! その力を持って地上に聖なる姿を現したまえ! 光鏡(ライト・ミラー)!!!」


 9体の虚像を作り出し、自身の周囲へ展開。

 虚像で側面と後方を固めて実体と子供達を敵から守る。


「下郎共め! このぼく! 魔術師Bプラス級、人呼んで『光と輝きの輪舞曲(ロンド)の魔術師』! アム・ノルテ・ボーデン・スミスに刃を向けたことを後悔するがいい!」


 アムはレイピアを襲いかかってきた白兵士達へと向け、高々と叫んだ。


『ライトニング・ボルト・スペシャル・スラッシュ・インパクト!』


 無駄に長い技名と共に、9体の虚像が体ごと敵へと向かって刺突する。

 白兵士達は咄嗟に抵抗陣を形成。

 レイピアの先端が接触すると同時に、雷に似た輝きを放ち、そして爆発をおこす。


 襲いかかってきた白兵士達は軽く吹き飛ばされてしまう。

 アムの虚像は光の屈折により作られたものでありながら、彼の魔力により一部を実体化し攻撃することが出来るのだ。


 その姿を目の前にアムは満足げに前髪を弾いた。


「父上の秘密部隊とはいえ、所詮こそこそと女子供を襲う輩共。このぼく、『光と輝きの輪舞曲(ロンド)の魔術師』! アム・ノルテ・ボーデン・スミスの敵ではないね!」


 アムは後ろを振り返ると、星の光も無い深夜に関わらず歯を光らせる。


「安心したまえ、我が弟オール、そして子供達よ! 君達には、あの卑劣漢共の指一本さえ触れさせはしないぞ!」


 子供達はそんなアムをキラキラと輝く、憧れの人のような目で見詰めていた。


『白狼族の村まで後退します! 敵を倒す必要はありません。無理をせず下がってください!』


 シアの声は前方のスノー夫婦、アム、オール、白狼族の子供達まで届く。


「どうやらミス・スノー達は、後退するようだね! ならばぼく達も彼女達と合流して村まで後退しよう!」


 アムが高々に叫び、再び後方を塞ぐ白兵士達へレイピアを構える。


「アム様! 娘達と一緒に村へ行くのではなく、このまま突き進みましょう! あちらにはアイスが居ます! 他のルートを辿って集合地点に辿り着くことが出来ますから! それに自分達が彼らのすぐ前に居るため、本来の戦い方が出来ず苦しんでいるのです。ここは自分達だけで前進しましょう!」


 スノーの父クーラがアムへ意見する。

 クーラとアリルが前衛を担当。

 夫婦だからこそ出来る熟練のコンビネーションで白兵士と渡り合っていた。


 アムは彼の意見に大きく返事をする。


「了解した! では、このぼくの華麗な魔術によって道を切り開こう! 安心したまえ、もちろん皆を守るのを疎かにするつもりはないよ!」


 彼の言葉通り、虚像は最大で9体作り出すことが出来る。

 しかも実際に攻撃も可能。

 人数が多いため皆を守りながら、正面を塞ぐ白兵士達へ対応することも問題無く出来る。


 白兵士達が外からアムの虚像を突破するのは骨が折れるだろう。突破する前に、逃げられるのがオチだ。

 しかし、背を向けている内側なら話は別である。




「――それは困る。ここで逃げられては計画に支障が出てしまうじゃないか」




「ひぃ……ッ」

「お、オール!?」


 背後から聞こえてきた声と短い悲鳴。

 アムが振り返ると、オールが白狼族の子供――5、6歳の少女にナイフを向けていた。

 刃の先端が白い喉に突き付けられている。


「お、オール! どういうつもりだ! 今はふざけている場合ではない! それにたとえ悪ふざけでも幼き少女に刃を向けるとは何事だ!」


 アムは激昂する。

 貴族として云々以前に、男としてやってはいけない行為に本気で腹を立てていた。


 しかしオールは、そんな兄の怒りなど歯牙にもかけず要求を突き付ける。


「冗談でも、悪ふざけでもないさ。いいから、魔術の使用を止めて武器を捨てるんだ。そっちの夫婦もだ。抵抗したら――」


 ナイフの先端が少女の皮膚を浅く切る。

 鮮やかな血の玉が白い肌に浮かぶ。


「お、おにいちゃん……」


 少女はアムを涙目で見詰める。

 彼はすぐさま虚像を解除。

 レイピアも投げ捨てた。

 夫婦も彼に倣って抵抗を止める。


「分かった。何でもするからその子を離してやってくれ。人質ならぼくがなる。絶対に抵抗したりしないと約束しよう」

「ふふふ、安心してくれ。兄様には人質以上に役に立ってもらうつもりでいるから。おい、オマエ達、魔術防止首輪を全員に装着しろ」


 白兵士達はオールの指示に従い、取り出した魔術防止首輪を全員につける。

 さらに手首を後ろで縛り、簡単に逃げ出せないようにした。


「オール、どうして彼らが命令を素直に聞いているんだ。父上の部下のはずだろ?」

「それは表向きの話で、実際は僕様の傘下さ。なにせ、この僕様が妖人大陸最大の大国メルティアに口利きしてもらって金ゴールドクラスの軍団(レギオン)処刑人(シーカー)の代表者、静音暗殺(サイレント・ワーカー)を呼び寄せて秘密兵士隊を設立を設立したんだから」

「魔術師A級の静音暗殺(サイレント・ワーカー)をか!? この世界で1、2を争う暗殺集団じゃないか!?」


 アムが驚愕の声音をあげる。


「道理で兵士達が魔術を使っても魔力を感知出来ない筈だ。武者修行中に噂でしか聞いたことがなかったが、静音暗殺(サイレント・ワーカー)は気配を希薄にし、魔力の流れを消すことが出来ると……しかも、その力を他者へ渡すことが出来ると聞いていたが、本当だったとは」


 静音暗殺(サイレント・ワーカー)は、ある特殊技術により気配を希薄にし、一定以上の魔力を感知させないことが出来る。しかも、他者にその力を与えることが出来る希有な力を持っている。もちろんオリジナルと比べて精度は落ちるがだ。

 故に『魔術師A級』とランクされている。


 この力により、静音暗殺(サイレント・ワーカー)はたとえ魔術師が相手でも魔術で不意打ちで殺害することが出来るのだ。


「僕様がしているベルトには、静音暗殺(サイレント・ワーカー)に頼んで魔力の流れを抑える特殊技術が施されてある。だから、魔術防止首輪に組み込まれている着用者の位置を知らせる魔術を行使しても、誰もその流れに気付くことは出来なかったのさ。お陰で白狼族の村も、兄様達の逃走ルートも事前に知ることが出来た」


 オールが自慢げに手品の種を明かしてくる。

 前世、地球の話でたとえるなら――常にオールは、味方に発信器で位置を教え続けていたようなものだ。

 アムは実弟の豹変に狼狽する。


「どうして、こんな事をするんだ。オールは昔から良い子だったじゃないか……」

「そんなの! 僕様が領主になるために決まっているだろ!」


 オールは端正な顔を歪め、白兵士達に拘束されたアムへと顔を寄せる。


「長子で、魔術師の才能もある兄様には分からないだろうね! この僕様の劣等感は! 産まれたときから決定された負け犬人生は!」


 オールは狂気じみた絶叫を上げ終えると、ゆっくりと顔を離す。


「でも、もうすぐずっと苛んできた劣等感も終わる。兄様と父様が領主の座をめぐって相打ち――そういう形で始末すれば、僕様の魂はようやく救われるんだ!」


 アムとの話は終わったとばかりに、オールは今度はスノー両親へと向き直る。

 2人もアム同様、首には魔術防止首輪を嵌められ、拘束されていた。


「さて、君達を引き渡せば、大国メルティアの要望は達成出来る訳だ。後は指輪だけか……観念して『番の指輪』を渡してもらおうか」

「つがいの指輪?」


 アムが初めて聞いた指輪の名前に首を傾げる。

 クーラは、そんな彼を横目に短く答えた。


「持っていない」

「……おい、その子供の目玉をえぐり出せ」

「本当だ! 本当に持っていないんだ! あれはリュート殿に渡してしまった! 嘘じゃない!」


 クーラの発言を聞いた白兵士の1人がオールへ耳打ちする。

 彼は顔を顰めると、舌打ちした。


「崖から落ちただと……チッ、面倒な。捕らえた白狼族達は適当なイグルーにでも押し込んでおけ。見張りは最低限で十分だ。他は全員、崖から落ちたリュートの死体を探しだせ。絶対に指輪を手に入れろ」


 白兵士達は無言で右手を胸に、左手は腰へ回し一礼してから指示通り行動を開始する。


「オール! 領主の椅子も、ぼくの命もオマエに差し出す! だから、関係無い白狼族達は見逃してくれ!」

「…………」

「オール!」


 アムは必死に叫ぶが、オールはまったく相手にしない。

 いつしかアムは白兵士達に無理矢理、白狼族の村だった場所へと引き摺られていった。


 護衛を2人だけ側に置き、オールは今後の方針を考え込む。


(メルティアの使者曰く、夫婦はなるべくなら生きて捕獲すること。但し『番の指輪』だけは、絶対に見つけ出しこちらに引き渡すこと――だったな。しかし、その指輪はメルティアが血眼になって探すほどの価値ある物か?)


 オールは使者との会談の席で、興味本位で尋ねたことがある。

 返ってきた返事はというと……


『メルティアを敵に回しますか?』


 ごく短い脅し文句が返ってきたのだ。

 その台詞を聞いて、オールは思わず顔を顰めたことを思い出す。

『番の指輪』が何かは分からないが、メルティアに取っては喉から手が出るほど欲する物だとは理解した。


『……あれは災いです。5種族全ての根幹を揺るがしかねないほどの。最悪の場合は、この世界その物の秩序を破壊することに繋がります。だから、我々はそうならないため正義感から『番の指輪』を求めているのです』


 使者はそう言って、白狼族夫婦を襲うこと、指輪を奪うことを『正義』という言葉で内包し綺麗にラッピングする。

 不吉な雰囲気の笑みを浮かべながら。


 オールは思案を打ち切る。


(……まぁいい。種族がどうなろうが、世界がどうなろうが、領主の座さえ手に入ればいいんだ。問題は無い)


 彼は踵を返し、白狼族の村を目指す。

 ちょうど曇天から雪が振り出し、まもなく吹雪き始めた。




ここまで読んでくださってありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!

明後日、7月15日、21時更新予定です!


感想ありがとうございます!

どうやら引っ越した自宅固定電話が、タクシー会社と似ているらしく朝7時に間違い電話がかかってくるようになりました。

起きてるから良いけど……。

しかも間違い電話の相手は基本おじいちゃん&おばあちゃん。ここで可愛い女の子から間違い電話がかかってきて、『ご、ごめんなさい! 間違えちゃいました!』『はっはっは、気にしないで下さい。よくあることで』『(キュン! やだ紳士的!)』とかなんとかあって、ラブストリーが展開するとかないのかよ! ま! そんなの現実に無いって知ってるけどね! 知ってるけどね!(大事なことなので2度言いました)

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― 新着の感想 ―
[一言] 紳士的でなく、 「謝るぐらいならちゃんと番号確認しろや」 「すみませんでした!」(なに?謝ってるのに酷すぎじゃない?) みたいなことが数度ありつつ 本当に緊急な時にまたかけてしまって、 なん…
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