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第168話 ミサンガ

 領主の長男、アム・ノルテ・ボーデン・スミスは白狼族の案内で、ノルテ・ボーデンへと戻ってくる。


「これ以上は私達はお供することが出来ませぬ。このような場所からお見送りすることをお許し下さい」


 場所は地下道の街入り口付近。

 この階段を上がり、金属製の蓋を開ければそこはノルテ・ボーデンの街中になる。

 今はちょうど昼過ぎ、通りは人で賑わっているだろう。


 ここまで案内してきた白狼族男性が申し訳なさそうに頭を下げる。

 白狼族には懸賞金が掛けられているため、変装もせず街へ出る訳にはいかないのだ。

 アムはそんな男に対して、前髪を弾き笑顔で答える。


「気にするな、ここまで案内大儀である。準備が終わり次第、門を越えて花嫁を迎えに行くとミス・スノーへ伝えてくれたまえ!」

「アム様、これを……」


 彼の案内役として一緒に付いてきたアムの幼馴染みで、白狼族のアイスが一歩前へ出る。

 彼女は銀色のミサンガを差し出す。


「アム様を想い何年も前から編み上げたお守りです。魔力的付与は無いただのミサンガですが、どうかお受け取りください」

「おお! ありがとう、ミス・アイス! 喜んで受け取らせてもらうよ!」


 アムはアイスから銀色のミサンガを受け取る。

 暗い地下道を照らす魔術光の光をキラキラと反射させていた。


「まるでミス・アイスの銀髪のように美しく輝くミサンガだ! これを作るのは大変だっただろう。いったい何を材料に作ったんだい?」

「たいした物は使っていないのでお気になさらず」


 アイスは自身の髪をひと撫でしてから、微笑みを浮かべる。

 そのミサンガは本当に、アイス自身の髪とよく似た銀色だ。

 アムは、彼女の返事を聞いて『そうか』と頷く。

 彼はあまり細かいことを気にしないタイプなのだ。

 アイスが笑顔で畳みかける。


「よろしければ私がアム様の腕に巻きましょうか?」

「うむ、それでは頼むとしよう」


 アムは手にしたミサンガを一度、アイスへと手渡す。


「それではアム様、ミサンガを巻くので左腕の袖を捲ってください」

「はっはっはっ、ミス・アイスも冗談が上手いな! 左腕は仮にも結婚腕輪を付ける場所だぞ。いくらミサンガとはいえ、左腕につけるのは――」

「出して下さい」


 アイスは微笑みを浮かべたまま繰り返す。


「い、いや、だから、左腕は仮にも結婚腕輪を付ける場所で……」

「出して下さい」


「いや、しかし……」

「出して下さい」


 アムは最後まで台詞を言うことが出来なかった。

 やり取りを繰り返していくたび、アイスから謎の圧力が増大する。

 アイスに魔術師としての才は無い。

 なのに微笑みを浮かべている彼女から、アムは有無を言わせない圧力を受ける。

 アムは熱くもないのに浮かんだ汗をハンカチで拭いながら、左腕の袖を捲る。


「う、うむ。せっかくのミス・アイスの心遣いに、水を差すのも悪いしな。やってくれたまえ」

「はい、分かりました」


 アイスは珍しく喜色満面で、アムの左腕にミサンガを巻き付ける。


「ふむ、ありがとうミス・アイス。このミサンガは君だと思って大切するよ!」

「ありがとうございます、アム様。無事を祈っております」

「それでは行ってくる! 朗報を待っているがいい!」


 そしてアムはアイスと白狼族の男性、2人を残して階段を上がり街へと戻る。

 2人はアムが地下道を出るまで頭を下げ続けた。


 彼の姿が見えなくなったところで、アイス達はノルテ・ボーデンの外へと出るため来た道を戻る。


 アムは一度城へと戻り、信頼できる部下をアイス達白狼族と合流させ今後の作戦について細かい部分を詰める予定だ。

 今から3日後、ある場所で落ち合う約束をしている。


 アムを見送った帰り道、アイスはうっとりとした表情で、彼女の左腕に巻き付いた『銀色のミサンガ』を眺める。アムに渡したミサンガとは、大きさだけが違う同じデザインの物だった。


「アム様の左腕に私のミサンガが……ふふふ」


 アイスは愛おしそうに、自身の左腕に巻かれたミサンガを見詰め続ける。

 魔術の光で道を照らす同行している白狼族男性は、溜息と共に首を振った。




▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼




 アムは階段を上がり、蓋をしている金属製の丸板を下から押し上げる。

 場所はノルテ・ボーデン内の裏道だ。

 彼は蓋を閉め直し、表通りに出て城へと戻った。


「兄様!? よくぞご無事で!」

「おおぉ! ぼくの愛しい弟、オール! ほぼ1日振りだな!」

「誘拐されたと聞いて肝を冷やしましたよ。それで一体誰に誘拐されたのですか? どうして解放されたのですか?」

「すまない、オール。詳しく話したいのだが、今は少々立て込んでいてね」


 2人は城内の廊下を歩きながら、会話をしている。

 城へ到着したアムは、すぐさま衛兵達に周囲を囲まれて、父であるトルオの元へ連れて行かれている最中だったからだ。

 その雰囲気はまるで王子の出迎えというより、逃亡犯の移送に近い。

 側を歩くアムの側近達は、衛兵達の態度に苛立ちを募らせていた。



 アム達は、衛兵に連れられたまま謁見の間へと辿り着く。

 謁見の間へと続く扉は、巨人でも通れそうなほど大きく高い。

 表面には金や銀などをふんだんに使い、職人が凝った細工を施している。金銭的値段より、芸術的価値の方が高そうな扉だ。


 扉をくぐれば、赤絨緞の先、三段ほど高くなった位置に座るアムの実父であり領主のトルオが、息子達を待っていた。

 謁見の間には衛兵達が左右に並び、トルオの背後にも2名の手練れが彫像のように立っている。誘拐された息子を出迎えると言うより、凶悪犯と面会するような重々しい空気が漂っている。


 そんな息がつまりそうな雰囲気の中、アムだけは軽い足取りでトルオの前へ行き挨拶をする。

 右手を胸に、左手は後ろへ。


「アム・ノルテ・ボーデン・スミス、ただいま戻りました」

「……賊に誘拐されたと聞いていたが、傷1つないようだな」


 実の息子が無事戻ってきたというのに、王座に肘、顎を載せて酷薄の声音で告げる。

 背後で臣下の礼をするアム派の側近達は微かに眉根を寄せた。

 オールはさらにその後ろで、無表情を装う。


 アムは父の言葉に首を傾げる。


「はて、賊に誘拐ですか? ぼくは昨夜あまりに星々が綺麗で、少々夜道を歩きたくなり馬車を降りただけですが。そして、道に迷ってしまい少々帰りが遅れただけです。どうやら部下達が誤った報告をしてしまったようですね。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。部下にはぼくから厳しい処分を下させて頂きます」

「貴様、ヌケヌケと……ッ」


 トルオは肘から顔を上げ、怒りで歯噛みする。

 アムは相変わらず表情を変えず、2人は互いに見つめ合う。

 再びトルオがカードを切る。


「我はすでに見抜いているぞ。白狼族共と一緒に居たのだろう?」

「……なんのことですか? ぼくはただ道に迷っていただけですよ」

「白々しい言い訳はよせ! 我はすでに見抜いていると言っているだろう! 白狼族の雌犬達に唆され、領主の座を奪おうという魂胆なのだろう!?」


 この怒声に、さすがのアムも顔色を変える。


「め、雌犬とは……なんと恥知らずな言いぐさ! いくら父上でも将来の妃であるぼくのスノーさんやその一族の無礼は許しませんぞ! 今の発言を取り消してください!」


 しかし、アムの発言にその場にいた全員が驚愕する。

 トルオは先程まであった怒りが霧散し、困惑した表情で尋ねた。


「ちょ! ちょっと待て! 妃とは一体どういうことだ!? まさかとは思うが……アム、オマエは白狼族の娘を妾ではなく正妻として迎えるつもりなのか?」

「ふっ……ぼくとしたことが口を滑らせてしまうとは。今更隠し立てしてもしかたありませんね。そうです。ぼくは運命の人、スノーさんを正妻として迎え入れたいと思います」

「ば、馬鹿を言うな! オマエは何を考えているんだ!? 妾ではなく正妻として迎えいれるだと!? そ、そんなこと出来るわけがないだろう! 伝統あるスミス家の血に獣人種族の血を混ぜるなど!」


 代々、北大陸の最大領地を治めてきたスミス家。

 その結婚相手は、同じく北大陸内の有力貴族の娘や他大陸から嫁いで来てもらっていた。もちろん全員が人種族である。

 歴代の領主も妾として、他種族の女性を囲っていることはあった。

 しかし、正妻として迎え入れた歴史は存在しない。


 アムはそんな伝統を正面から『破る』と言っているのだ。

 動揺しない方が無理な相談である。


「ふっ、伝統? 歴史? そんな物、スノーさんを愛する心の前では何の意味もありはしない! ここであえて宣言しよう! ぼくはスノーさんに全てを捧げ、彼女だけを生涯愛すると誓う!」


 アムだけはまるで自分に心酔するように両腕を広げ、高々と宣言する。

 どこからか、まるで舞台のスポットライトのように彼のみに光が当たっていた。

 硬直から、トルオが復活する。


「こ、この馬鹿息子が! そんな話を誰が認めるというのだ!」

「ふっ、ならばぼくが実力で認めさせるだけですよ」

「――ッッ!?」


 トルオが玉座で身を震わせる。

『実力で認めさせる』――たとえ自分を殺してでも領主の座を奪い、周囲に認めさせると聞こえたのだ。


 彼は血相を変え、周囲に待機させていた衛兵に指示を飛ばす。


「え、衛兵達よ! 今すぐアムを取り押さえ、地下牢へ拘束しろ! 魔術防止首輪をつけるのを忘れるな!」

「父上、落ち着いてください!」

「ひ! く、来るな! 早くアムを取り押さえろ!」


 衛兵達がやや戸惑いながらも、アムを取り押さえるため包囲網を縮めてくる。


「くっ……まさか父上がここまで反対なさるとは。しかし、愛は障害があればあるほど盛り上がるというものさ!」


 アムは腰から下げていたレイピアを抜きはなつ。


「輝け光の精霊よ! その力を持って地上に聖なる姿を現したまえ! 光鏡(ライト・ミラー)!!!」


 9体の虚像を作り出し、自身の周囲へ展開する。


「輝け光の精霊よ! 遍く人々に威光を知らしめたまえ! 光輝(フラッシュ)!」


 9体の虚像が突然発光。

 まるで音がない特殊音響閃光弾(スタングレネード)のように、謁見の間を光で包み込む。


「さぁ! 今のうちに脱出するのだ!」

「に、兄様! どうしてオールも一緒に連れて行くのですか!?」

「今の父上は錯乱しておられる。可愛い弟に何かあったらと思うと……兄としては心配だからさ!」

「いえ、オールはここへ残ります! 残りますから離してください!」

「はっはっはっ! 安心しろ! 愛しい弟よ! オマエのことはこのぼく、人呼んで『光と輝きの輪舞曲(ロンド)の魔術師』! アムが守ってやるからな!」


 そしてアム達は側近と一緒にオールを抱え、謁見の間を飛び出し城から脱出する。




▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼




 オールは兄であるアムの手で無理矢理、北大陸奥地へと連れてこられた。

 現在はノルテ・ボーデンを出て、徒歩で1時間ほどの場所に居る。

 周囲は木々が立ち並ぶ林で、目を向ければ白兎が跳ねている。紛れもない北大陸内陸部の風景だ。


 ここは3日後、白狼族達と落ち合う場所。

 アムはアイスから預かったある特殊なお香を焚く。これは北大陸内陸部奥地で取れる特殊な薬草を加工し作った物だ。

 白狼族の者なら、匂いが風に乗りかなりの長距離でも嗅ぐことが出来る品物らしい。

 アイス曰く甘い匂いがするという。

 アム達にとっては無臭だ。


 本来なら、3日後にアムの側近がお香を焚くはずだった。

 落ち合う場所でお香を焚くことで、その人物が確実にアムの側近だと分かる。

 そして、白狼族にしか嗅ぎ分けられない匂いのため、狼煙を上げたり、光を打ち上げたりするより安全に落ち合う場所に到着したことを伝えるメリットがある。


 まだアイス達と別れて数時間しか経っていない。

 匂いを嗅ぎつけるのに、そう時間はかからないだろう。

 アムは、アイス達と合流して白狼族の村へ一緒に行こうとしているのだ。


 オールはアムが側近達と会話をしている間、その場に座り込み頭を抱えていた。


(どうしてこうなったんだ……)


 オールの予定では父・トルオに疑心暗鬼を抱かせ、アムとつぶし合わせる算段だった。

 そして、自分は裏から美味しいところを頂く筈だったのだ。


 しかし蓋を開けてみれば、トルオは暴走して衛兵をけしかけ、アムはオールを連れて城を飛び出してしまう。

 お陰でオールの息がかかってる部下達とも引き剥がされてしまった。


 これも全部、想像以上に父・トルオの肝が小さかったことと、兄・アムの頭が想像以上に悪かったことが原因だ。

 オールは2人の身内に、頭の中で罵詈雑言を浴びせかける。


「安心しろ、オール。たとえ巨人族やホワイトドラゴンが襲ってきても、この兄が退けておまえを守ってやるぞ」


 座り込み頭を抱えているオールに対して、何を勘違いしたのかアムが歯を輝かせて肩に手を置く。

 オールは呆れた視線を向けることしか出来ない。

 アムは言うだけ言って、側近達との会話に戻る。


(……いつまでもふさぎ込んでいてもしかたがない)


 オールは溜息を最後にひとつ付き、気持ちを切り替える。


(ピンチをチャンスに。この機会を利用して、白狼族の村を特定してやる)


 そして大国メルティアが求める人物、白狼族の夫婦と指輪を手に入れてやる。

 オールは誰にも気付かれないように笑みを浮かべ、腰に巻いたベルトを撫でた。




ここまで読んでくださってありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!

明後日、7月5日、21時更新予定です!


感想ありがとうございます!

アイスのヤンデレシーンは書いてて楽しかったです。もちろんミサンガの材料は……。

現実でヤンデレは怖いけど、二次元だとなぜかある意味可愛く思えるという不思議!

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