第162話 スノー、両親との再会
10数年ぶりに再会を果たしたスノーと彼女の両親が、一頻り泣いて抱き合った体を離したのは大分経ってからだった。
スノーは涙を拭うと、改めて両親と会話を交わす。
「でも、どうして、お父さんとお母さんがここに居るの?」
「私達は約2年前から、白狼族の村へ身を寄せてたの。そしたら、先遣隊の1人が村へ戻ってきて『スノーって娘が両親を捜しに来た』って聞いて……」
スノー母曰く、自分達の事情を知っているのは一部の白狼族だけ。
今居る先遣隊を率いるリーダー格は、その数少ない人物だ。そのため村へ使いを出し、2人に事情を知らせに来てもらったらしい。
憎い演出をするのものだ。
スノーは納得すると、ハンカチで涙を拭き笑顔でオレ達のことを両親へ紹介する。
「お父さんとお母さんに会えたら、いっぱい、いっ~~~ぱい! お話したいことがあったんだけど、まずはわたしの大切な人達を紹介させて!」
彼女は左腕を顔の位置まで上げ、両親に誇示するように見せる。
「わたしの旦那様のリュートくんだよ! そして、こっちがクリスちゃんで、こっちがリースちゃん、2人ともわたしと一緒でリュートくんの奥さんなんだよ!」
スノーは尻尾をブンブン振りながら、オレ達の紹介をしてくれた。
オレは彼女の言葉に続く。
「ハイエルフ王国、エノール、ハイエルフ族、国王から名誉士爵を授与された人種族のリュート・ガンスミスです。僕はスノーさんと同じ孤児院出身で、そのご縁で彼女と一緒になりました。軍団、PEACEMAKERの代表も務めております」
オレは右手を胸に、左手を背中へ回し頭を下げる。
クリスとリースも続いた。
『魔人種族、ヴァンパイア族のクリス・ガンスミスです。スノーお姉ちゃんと一緒にお兄ちゃんの奥さんをやらせてもらってます』
「お初にお目にかかります。妖精種族、ハイエルフ族のリース・ガンスミスと申します。浅学非才の身なれど、スノーさんと轡を並べさせて頂いております。スノーさんのご両親にお会いでき大変光栄です」
クリスはミニ黒板を差し出しながら、リースはオレと同じで右手を胸に、スカートではないので左手は背後へ回し軽く一礼する。
嫁達の挨拶が終わると、スノー両親が顔色を変える。
2人はどちらも青い顔で息を飲んでいた。
この世界では一夫多妻制があたりまえに存在する。
決して珍しいことではない。
しかし、自分の娘が妻の1人とカウントされるのは、親としてはやはり嫌なのだろうか?
顔色の変化に気付いているのか、気付いていないのか淡々とシアが挨拶をする。
「自分は奥様方のお世話をさせて頂いております妖精種族、黒エルフ族のシアと申します。以後、お見知りおきを」
そしてトリを飾るのはもちろん彼女だ。
「初めまして! スノーさんのご両親様! わたくしは竜人種族のメイヤ・ドラグーンと申します。竜人大陸でちっぽけな魔術道具開発をおこなっておりましたが、現在は大天才魔術道具開発神であらせられるリュート様の一番弟子にして、右腕、腹心をやっておりますわ!」
「丁寧に挨拶をしてくださってありがとう。自分は獣人種族、白狼族のクーラだ。よろしく」
「私は獣人種族、白狼族のアリルです。娘が……お世話になっております」
『娘』の所で言い淀んでしまう。
孤児院に預けて、放置していたんだ。素直に『娘』と口に出せるほど神経は太くないのだろう。
場が静まりそうになるのを止めるように、スノーの父、クーラが口を開く。
「失礼だが……もしかして竜人大陸、メイヤ・ドラグーンといえば……あの『七色剣』や『魔力集束充填方式』を開発した『魔石姫』なのかい?」
「はい、よくご存知ですね、オジ様」
「自分達は竜人大陸にも行ったことがあるからね。あそこで天才魔術道具開発者、魔石姫の『メイヤ・ドラグーン』を知らないなんてありえない。赤ん坊だって知っている有名人さ」
「ありがとうございます。しかし、わたくしの才など、こちらにおわすリュート様の前ではゴミ……いえ、存在しない『0』と同義語ですわ」
スノー父が先程とは違い感心した目を向けてくる。
「まさかあのメイヤ・ドラグーンを弟子にして、ここまで手放しで褒められる人物だとは……」
「いえその、彼女の言い方が大げさなだけで大したことはありませんよ」
オレはとりあえず謙遜する。
そんなやりとりの最中に、領主の息子であるアムが割って入ってくる。
「初めまして、ミス・スノーのお義父様、お義母様! ご挨拶が遅れて申し訳ない。ぼくはアム・ノルテ・ボーデン・スミスと申します」
「!? そうか君が……」
スノーの父、クーラの呟きが漏れる。
アムは続けて語った。
「白狼族が行おうとする作戦についての詳細は、ミス・アイスからお聞きしました。非常に有効的な手段だと思います。しかし、彼女達にも話したのですが、妾では父上に手を出させなくするのは難しいかと……。そこで白狼族から妾ではなく、ぼくの正妻として迎え入れようと考えています。いくら父上でも、将来跡を継ぐ後継者の正妻一族を表だって無下に扱うことは難しいでしょうから」
彼の道筋立てた説得にスノー両親が納得する。
そして、アムは最後に爆弾を投下しやがった。
「そこでぼくは白狼族との関係を強化するためミス・スノーをアム・ノルテ・ボーデン・スミスの正妻として迎えようと考えています!」
「…………はぁぁあぁぁぁぁぁあッ! ちょ! オマ! ふざけんなこら!」
オレはスノー両親の前にもかかわらず大声をあげてしまう。
だって、こいつは人妻であるスノーを、旦那であるオレの目の前で自身の正妻にすると言ったのだ。黙っていられるはずがない。
アイスなんて、先程まで自分が将来、ずっと恋焦がれてきた人の正妻になれるとウキウキしていたのに……天国から地獄に突き落とされたような、暗いヘドロ的空気を全身から発している。
さすがに可哀相過ぎるだろ! 上げて落とすなんて!
彼女のためにもオレは抗議を繰り返す。
「スノーはオレの妻だぞ! 誰がオマエに渡すもんか!」
「そうだよ! わたしはリュートくんの奥さんなんだから! リュートくん以外の人と結婚するつもりなんて全然無いんだから!」
オレとスノーの批難を前にしても、アムは余裕の態度を崩さない。
キザったらしく前髪を掻き上げる。
「確かに今はミスター・リュートの妻かもしれない。しかし、ぼくがミス・スノーの夫になったら彼女以外の妻を娶るなどしません! 彼女だけを一生涯愛し続けると、ご両親と天神様に誓いましょう!」
まるで舞台俳優の決め台詞のように堂々と告げる。
こいつの精神力、強すぎるだろう……マジで鋼で出来てるんじゃないのか?
彼の非常識な言葉にオレやスノーだけではなく、アイスも怨念のような空気を全身から吐き出し、クリス達は呆れた視線をアムへと向けていた。
しかし、スノー両親はというと……
「スノーちゃんがアム様の正妻に……」
スノー母のアリルは満更でもない声音で呟く。
父であるクーラも態度から、前向きな雰囲気を漂わせていた。
彼らの反応はまるで、オレよりアムの方がスノーの夫として相応しいと言いたげな態度だった。
オレがそんなスノー両親の態度に愕然としていると、アムがすっと側に寄り――
「どうやら二本目の勝負『ミス・スノーのご両親に気に入られる勝負』はぼくの勝ちのようだな」と勝者の声音で呟いてきた。
(相手は北大陸とはいえ伝統ある上流貴族の長男。オレはハイエルフ王国の名誉貴族……言葉が悪いけれど成り上がり。しかもスノー以外の妻を抱えている。それが両親的に気にくわなかったのか?)
とりあえず、久しぶりに再会したスノー親子に気を遣い、その場は一度解散になった。
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中型イグルー(かまくらの大きいもの)は親子3人で過ごすのに十分な広さを持っていた。
10数年ぶりに再会した親子は、向き合う。
3人の前には北大陸式の謎果物ジャムをたっぷりと入れた香茶が置かれ、白い湯気を昇らせている。
スノーの父、クーラは彼女が一番知りたいであろう話――『なぜスノーを孤児院の前に置き去りにしたのか』を語り出す。
「数十年前――自分達は白狼族の村を出て、妖人大陸にある今は無き国家ケスランに仕えることになった」
理由は――次期国王となる男性に2人とも命を助けられた。その恩を返すためだ。
ケスランは妖人大陸の北側平原にある、歴史と伝統だけが取り柄の小国だった。
そのため魔術師Bプラス級の実力を持つ2人は、ケスランで優遇されたらしい。
そしてスノーを妊娠出産。
しかし当時、ケスランは妖人大陸で現在でも最大勢力を誇る大国、メルティア王国との戦争に突入していた。
ちなみにリュート、スノーが育った孤児院もメルティア王国の領内になる。
スノーは思わず尋ねる。
「どうしてそんな大国と小国のケスランが戦争なんてしたの? 負けるって誰でも分かるのに……」
「……メルティア王国が一方的に戦争を仕掛けてきたんだ。対外的な理由は、『メルティア王国の領土を取り戻す』というものだった」
「対外的には? つまり、他に本当の理由があるってこと?」
両親が苦い顔をする。
スノーの母アリルが切り出した。
「私達はあくまで食客的な立場だったから、詳しいことまでは分からないの。ごめんなさい」
クーラによって、話が続けられる。
大国メルティアvs小国ケスラン――勝敗は火を見るよりも明らかだった。
クーラ達はメルティア王国兵士が王宮に殺到する寸前で、国を脱出。
クーラ達は北大陸には逃げず、裏を掻いて妖人大陸を渡り、獣人大陸へと逃げ出した。彼らの作戦は功を奏して、無事メルティア王国が敷いた警戒網を突破することが出来た。
しかし、産まれたばかりのスノーを連れて逃げ延びることなど、到底出来る訳がない。そのため冬の日、通りがかった孤児院の前に彼女を置いてくるしかなかった。
『スノー』と彼女の名前が刺繍された衣服を着せ、心ばかりの金銭と一緒に。
アリルが娘の手を取る。
「スノーという名前はね、北大陸にしか咲かない『スノーホワイト』から取ったの。寒い雪世界でも力強く咲く……そんな花のように力強く、美しく、気高く生きて欲しいって。私達の願い通り、ううん、願い以上に立派に育ってくれて本当に嬉しいわ」
「お母さん……」
ぐすぐすと母娘は瞳を潤ませる。
そして、スノーを孤児院に預けた後、すぐにメルティア兵士の追撃を受けた。
もしこの時、スノーを手元に残していたら、追撃を逃れることは出来ず、親子共々捕まり殺されていたかもしれなかったらしい。
クーラ、アリルは予定通り獣人大陸へ。
しかし、メルティナ国王は執拗に彼らを追い立てた。
指名手配された2人は獣人大陸→魔物大陸→竜人大陸→魔人大陸と逃げ回り、約2年前に北大陸へと逃げ、現在は一族を頼り白狼族の村に身を寄せている。
「理由はどうあれスノーを置き去りにして、今まで迎えに行けなかったのは自分達の罪だ。責められても、恨まれても、憎まれてもしたかない……だが、これだけは信じて欲しい。自分達はずっと、片時もスノーのことを忘れたことなどなかった」
「お父さんの言う通り、ずっと忘れたことなんてなかった。愛していたわ」
「大丈夫だよ、お父さん、お母さん、2人を恨んでなんかいないよ。孤児院に置かれたことでエル先生や色々な人達と出逢うことが出来た。それにリュートくんと一緒に、幼なじみとして育つことが出来たのはとっても嬉しいことだったよ。わたし、孤児院に置かれて全然不幸じゃなかったよ。だから、2人のことを恨んでなんかいないよ」
自分を迎えに来れなかったのは両親が追われていたからだと知り、スノーは微笑む。
そして目元に光る涙を拭い健気に言葉を続ける。
「それじゃ次はわたしの番だね。わたしが今までどういう風に生きてきたかお父さん、お母さんに聞かせてあげるね」
そしてスノーは、自身の生い立ちを身振り手振りを交えて語り出す。
孤児院での生活、リュートとの思い出、魔術師学校、クリスやリース、シア、メイヤ、新純潔乙女騎士団団員達との出会い等々。
スノー両親はその話を涙ではなく、笑顔で聞き続けた。
娘が言葉通り、不幸ではなく、幸せに今まで生きて来られたことを喜んでいるのだ。
親子の楽しげな会話は深夜遅くまで続いた。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、6月23日、21時更新予定です!
感想ありがとうございます!
また私事なのですが、引っ越しをします!
一応、予約投稿で予備を含めてアップするつもりですが、場合によってバタバタして更新が遅れることがあるかもしれません。なるべくないようにするつもりですが……その時はご容赦を。
とりあえず、引っ越しのお兄さん方にオタク的なアレの山を見られる前に、自分でダンボール詰めしないと。後は人の目に触れたらアレなアレとアレを自分でダンボルールに入れて――んん? まるで夜逃げ準備みたいな気分になってきたぞ……。