第149話 アイナ登場
今日はスノーと一緒に警邏へ出かける日だ。
2人並んで決められた巡回コースを歩いて回る。
街の人々も大分慣れたようでオレ達の姿を目にすると、会釈したり、軽く手を挙げたり、声をかけてくれたりしてくる。
新・純潔乙女騎士団の団員達も、ちらほらとそういう親しげな態度を取る人々が増えてきていると言っていた。
少しずつだが、皆前に進んでいるようだ。
オレとスノーはそんな光景を眺めながら、警邏を続ける。
「白黒兎の『ぎ』」
「ぎ、ぎ……冒険者斡旋組合の『ど』」
オレ達は、スノー→オレの順番で警邏を続けながらしりとりをしていた。
別にサボっているわけではない。
盗み、喧嘩、諍いなどが無いため、その暇を紛らわすためおこなっているだけだ。
言い換えれば、ある意味これは非常に平和な光景だと言える。
スノーの番になり彼女は顔を顰める。
「えぇ、『ど』なんて思いつかないよ」
「それじゃ『と』でもいいぞ」
「と? と、と、トイレ! トイレ!」
年頃の女性が外で『トイレ』を連発するのはどうだろう……。
しかしスノーはやりきった表情を浮かべているので突っ込めない。
言動は本気でアホの子っぽいが、これでも魔術師Aマイナス級『氷雪の魔女』の二つ名を持つというんだから、世の中というのは分からないものだ。
オレは『れ』でしりとりを続ける。
「れ? れー、れーいき、冷気の『き』!」
「き~? き、き、きー……き、『キスして欲しいな』のな」
スノーは頬を染め、はにかんだ笑顔で告げる。
「『何度でもするよ』の『よ』」
「『よかったら、今夜でも……?』の『も』」
「『もちろんさ! でも、僕は今すぐしたいな』」
オレが決め顔で迫ると、スノーは潤んだ瞳でさらに顔を赤くする。
互いに目が離せず、外にもかかわらず2人の空間を作ってしまう。
「スノー……」
「リュートくん……」
「って! スーちゃん! こんな公衆の面前で何をやってるっすか!?」
聞き覚えのない呼び名と声だったが、スノーが反応して振り返ったため、2人の世界は崩壊を迎える。
スノーは声をかけてきた少女を目にすると、驚きの表情を作る。
「アイナちゃん! どうしてこの街に!」
「もちろん、スーちゃんに会いに来たんすよ」
アイナと呼ばれた少女は、にっこりと笑顔を浮かべる。
くすんだ赤毛にやや癖毛があるロング。
尖ったエルフ耳に、背丈はスノーよりやや高い。胸はほぼ無いが、顔立ちは整っており、快活な美少女といった感じだ。
リュックを背負った、完全な旅装束。
汚れ具合から今、ちょうどこの街に着いたばかりと言った雰囲気だ。
少女はスノーの隣に立つ、同じ制服姿のオレを横目にする。
そして改めて太陽のような笑顔を浮かべて、自己紹介した。
「初めましてっす! 自分、スーちゃんと同じ魔術師学校で同室だった友達の人種族と妖精種族、エルフ族のハーフ、アイナっす。ランクは魔術師Bマイナスっす」
スノーの魔術師学校時代の同室の少女――友達が訪ねて来た。
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スノーの魔術師学校時代の友達が訪ねてきたため、警邏を早めに切り上げ本部へと戻った。
アイナには一旦、旅の疲れを洗い流す意味でもお風呂に入ってもらう。
着替えも旅の最中だったため、あまり綺麗とは言えず体格の近いメイヤの私服を借りた。
その間に護衛メイド見習い達が、アイナの衣服を洗う。
お風呂から上がったアイナが、竜人族の伝統衣服であるドラゴン・ドレス姿でソファーへと身を沈める。
「ありがとうございまっす。お湯を頂いただけじゃなくて、着替えまで貸してもらっちゃって」
彼女の髪はしっとりと濡れ、ドラゴン・ドレスから覗く素足が艶めかしい。
「失礼します」
「あ、ありがとうございまっす」
シアが冷たいお茶を置く音で、視線がアイナの素足から外れる。
危ない、危ない。もう少しで見ているのがバレるところだった。
客室にはオレ、スノー、シア、アイナの4名が存在している。
クリス、リース、メイヤはスノーの友人ということで今は席を外している。
積もる話もあるだろうから、と。後で挨拶をすると言っていた。
オレはスノーから、夫として友人に紹介したいと同席を求められた。
シアはメイドとして世話をするため同席している。護衛メイド見習いに任せないのは、彼女達がまだまだ未熟だかららしい。
そんな未熟なメイドにスノーの友人の相手をさせて、失態があったら困るからと力説した。
シアはリース同様にオレの妻であるスノー、クリスを平等に扱ってくれている。ありがたい話だ。
そんなシアは丁寧に一礼して、部屋を出る。
これで室内には3人が残された。
そして改めてオレ達は自己紹介を交わす。
「僕はスノーの夫で、リュート・ガンスミスです。宜しくお願いします」
「人種族と妖精種族、エルフ族のハーフ、アイナっす。ランクは魔術師Bマイナスっす。スーちゃんから、リュートさんのことは耳が痛くなるほどお話を聞いてるっすよ」
スノー、いったいどんな話をしたんだ。
とりあえず、互いに握手を交わしソファーに座り直す。
オレは気になったことを尋ねた。
「人種族とエルフ族のハーフってことは、ハーフエルフってことですか?」
「そうっす。父が人種族で、母がエルフ族っす。エルフ族は滅多に他種族と結婚して子供を産むなんてないっすから、ハーフエルフ族っていうのは存在しないので、両親の種族両方を言うようにしてるっす」
ちなみにエルフ族は金髪、黒エルフ族は銀髪で褐色の肌と決まっている。
ここに他種族の血が混ざると金髪や銀髪、褐色の肌ではないハーフの子が生まれる。
それ故、一族と同じ色ではないハーフエルフは、エルフ族からやや差別的な目で見られる傾向があるらしい。
アイナは正面に座るオレとスノーを交互に見比べる。
「でもまさか本当にスーちゃんが結婚するなんて。しかも、相手は貴族様だなんて驚いったす」
「あれ? どうしてアイナちゃん、わたしが結婚してること知ってるの?」
「風の噂で魔術師学校に伝わって来たんっすよ。学校の男子生徒と一部女子が、騒いでたっすよ」
学校の男子生徒や一部女子まで驚いていたとなると、やっぱりスノーは学校でモテていたのだろうか?
オレが聞くかどうか迷っていると、スノーがオレの方を向き、話を進める。
「アイナちゃんとは、魔術師学校の1年からずっと同室だったんだ。お陰で色々迷惑かけちゃって」
「いやいや迷惑だなんて……本当にそうっすね」
「えええッ!?」
スノーの言葉に最初は謙遜したアイナだったが、何かを思い出したのか顔を手で覆い深い溜息を漏らす。
スノーはそんな友人の態度に驚きの声を上げた。
アイナは顔をあげると、疲れた声音で語り出す。
「旦那さんにこんなこと言うのもなんっすが、スーちゃんは1年生の頃から魔術師学校の男子生徒からモテまくったんっすよ。そりゃもう同級生から、上級生、学年が上がったら下級生まで」
「そんなにモテたんですか?」
「そりゃもう。スーちゃんに婚約者が居るって、左腕の腕輪を見れば分かるのにっす。でも、どんな美少年や上流貴族、家柄の男子が言い寄っても歯牙にもかけなかったっす。だから逆に人気が沸騰しちゃって、大変だったんすよ。何度も、同室の自分に顔つなぎをして欲しい、出会いを、チャンスをって五月蠅くって。他にも女生徒からや先生達、後半なんてなぜか商人までスーちゃんを追いかけまわしてましたから」
アイナは昔を思い出し、再び溜息を漏らす。
しかしなぜ商人がスノーを追いかけたんだ?
「特にご執心だったのは、自分達と同級生で、北大陸を治める上流貴族のアム君っすね。彼、『氷結の魔女』に師事して、魔術師Aマイナス級になったスーちゃんに相応しくなりたいからって学校を卒業した後、実家にも帰らず武者修行してるらしいっすよ。何度アプローチしに来たことか」
「アム君? そんな人、居たっけ?」
隣に座るスノーが小首を傾げ、疑問を口にする。
その声音は冗談や嘘ではなく、本気で分からないと告げていた。
アイナは引きつった笑みを浮かべる。
「ねぇ、まったく歯牙にもかけていないでしょ? スーちゃんもいくら興味が無い相手だからって、顔や名前ぐらい覚えたほうがいいって何度も言ったじゃないっすか! そのせいで自分達が2年の時、1年の新入生男子を怒らせて、彼が呼び寄せた私兵100人と戦ったりするはめになったんじゃないっすか!」
「スノー、オマエ、私兵100人と戦ったのか!?」
「その時はすでに氷結の魔女様から、『氷雪の魔女』を名乗っていいって言われてたんっすよ。だから無傷で私兵100人を倒してたっすね」
「えへへへ、そんな褒められたら照れるよ、アイナちゃん」
「褒めて無い、褒めて無いっす。あの後の尻ぬぐい本気で大変だったんっすよ!」
つまり、スノーは魔術師学校でモテまくり、色々な事件を起こして目の前に座るアイナがその尻ぬぐいをしていたのか。
「妻が本当にお世話になったみたいで……」
「いや、もう慣れちゃったっすから……」
「あうぅうぅ……」
スノーは魔術師学校時代の学生生活をバラされ、恥ずかしそうに耳と顔を伏せる。
彼女は話題を変えるため、友人に話を振った。
「そ、それでアイナちゃん、どうしてココリ街に来たの? 観光途中? 就職先が獣人大陸の奥地にあるとか?」
「違うっす。スーちゃんがここに居るって聞いて、学校から卒業証書を本人に渡すよう頼まれたんっすよ」
『卒業証書はリュックの中に入れてるっす』と付け足す。
スノーは魔術師Aマイナス級で特待生となり、自動的に卒業が決まっていた。
「スノーちゃんが魔術師学校を飛び出して、えっと……12才の時だから、約3年ってとこっすか? 飛び出したっきり、手紙1つ寄こさないんすから、ほんと薄情っすよ。学校に置いて行った私物は、先生達に頼んで倉庫の一角を借りて押し込んでおいたっすから、何時か取りに戻ってくださいっす」
「ほ、本当にうちの妻がお世話になって」
「いや、もう本当に慣れたんで大丈夫っすよ」
「あうぅうぅ……」
約3年前といえば、オレがまだクリスの奴隷執事見習いで、監禁された奥様を救い出すべくスナイパーライフルを製作していた頃か。
あの時、スノーが超人的勘で竜人大陸まで来てくれなかったら、奥様を救い出すのは難しかっただろうな。
とりあえずアイナが宿泊している間は、彼女に対して最上級のおもてなしをしよう。
アイナが美味しそうに茶菓子のクッキーをつまみ、香茶を飲んだ後、話題を振ってくる。
「それでご両親にはもう会えたんっすか? あれから大分経っているし、もう北大陸に行ったんっすよね?」
「えっと……色々忙しくて、バタバタしてたからまだちょっと行けてない、かな」
「忙しいって、もしかしたらご両親の手がかりがあるかもしれないんっすよ。家族の手がかりすっよ。それなのに忙しかったって……」
スノーは言葉をつまらせながら弁解する。
アイナはやや呆れ気味に台詞を呟く。
このやりとりにオレは過去のスノーとの会話を思い出す。
ヴァンパイア事件解決後、スノーの両親を捜すため、手がかりを求めて北大陸へ行こうと提案した。
孤児院時代、両親を見つけ出し一緒に暮らすのが夢だと彼女は語っていたからだ。
しかし、スノー本人が、
『もちろん行ってくれるのは嬉しいけど……今のわたし達だとちょっと北大陸は厳しいかな』と指摘。
なんでもスノーも魔術師学校へ入学するとすぐ、両親の手がかりを求めて『北大陸』『白狼族』について色々調べたらしい。
北大陸は時計の数字で言うと『12』に当たる。
一年中雪が降り続けている大陸だ。
白狼族はそんな北大陸の奥地で生活している少数民族。
だが北大陸の奥地は危険な魔物が多い。
代表的なのがホワイトドラゴンと、巨人族だ。
ホワイトドラゴンは口から相手を氷らせる吹雪を吐き出すらしい。北大陸のかなり奥地にいるため、滅多に人目につかないが。
巨人族は巨大な歩く石像のことで、群れを成して常に移動している。
ドラゴンに並ぶ危険な魔物らしい。
そんな相手に当時の装備では歯が立たないと、先送りにしたんだ。
あれから約2年近く経った。
今なら――過去開発した武器・そして現在開発している武器を併せれば、行けるのではないだろうか。
オレは隣に座るスノーに謝罪する。
「す、スノー、すまん! 謝って済む問題じゃないが、ずっと先送りにしてしまって!」
「大丈夫、気にしてないよ。それに今まで本当に忙しかったし、当時の戦力で北大陸の奥地に向かうなんて自殺行為だったしね」
スノーは笑ってくれたが、自分自身が許せなかった。
オレは改めて約束する。
「新・純潔乙女騎士団も仕事に慣れて街の治安も落ち着いてきたし、今開発している装備を含めて全ての武器を集めれば、北大陸の奥地でホワイトドラゴンだろうが、巨人族だろうが戦える! だから、一緒にスノーの……いや、オレ達のご両親を捜しにいこう!」
「ありがとう、リュートくん。でも、ちゃんとクリスちゃんやリースちゃんの許可を取ってからにしてね」
「もちろんだよ!」
クリス、リースならきっと反対せず、大賛成で一緒に北大陸へ行ってくれるはずだ。
ちなみにスノーは、ナチュラルにメイヤに行くかどうか聞くのを省いたな……。
こうして、アイナの一言により北大陸行きが決定する。
<第9章 終>
次回
第10章 少年期 北ヘ編―開幕―
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明後日、5月28日、21時更新予定です!
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