第143話 クリス、14歳――『クリス14 シシギを撃て! 後編』
目が良いクリスが先行、オレは後方を警戒しながら後に続く。
森は昼間なのに薄暗く、濃い緑に覆われていた。
そんな中をクリスは慎重に、静かに、確実に歩を進め獲物であるシシギを探す。
ハッターの話ではシシギは小さな鳥で嘴が長く、焦げ茶色の地味な羽模様をしているらしい。そのため発見が困難で、飛び立たれたら正確に撃ち落とすのは難しい。
シシギ狩猟は獲物を発見し、飛び立たれる前に頭部を狙い一撃で絶命させるのが基本だ。
シシギが居る可能性の高いポイントまでもう少し。
先行するクリスが、右腕を下から上へ――止まれのハンドサインだ。
「?」
何か魔物でも出たのか?
オレが指示通り足を止め、いつでも発射出来るようにMP5SDを構える。
警戒をするが、オレの目では周辺に魔物どころか、異変も見付けられないのだが……。
クリスはジッと動かず、正面に向けてゆるくM700Pを構える。
数分後、視線の先にパウックがフル装備で姿を現す。
どうやら待ち伏せしていたが、クリスに見抜かれた、ということらしい。
パウックも数分待って動かないクリスに、待ち伏せを見抜かれたことを悟り、諦めて姿を現したようだ。
ココリ街で引き連れていた部下以外の男達も引き連れて居る。
正面、クリスの前に5人。
背後、オレの前に5人の計10人だ。
というか、大人数で来たらシシギに逃げられてしまうじゃないか!
だから、わざわざクリスと2人で来たというのに!
オレは背後の敵に注意を向けながら、嫌味を飛ばす。
「僕達の予想じゃ、オマエ達はシシギを捕らえた後、帰り道で待ち伏せしていると思ってたんだが……。これだけの大人数で押しかけたら、シシギに逃げられるって分かってるはずだろ?」
「はッ!」
その嫌味にパウックがひげ面で笑う。
「最初から、オマエ達がシシギを獲れるなんて思ってないさ」
意外な返答に面食らう。
「むしろPEACEMAKERの代表者とその妻を誘拐して、身代金を頂くつもりだったのさ」
部下の男達も同意して下品に笑う。
さらにパウックが調子づく。
「しかもオマエ達PEACEMAKERは変わった魔術道具……高性能な弓矢を使っているんだろ? なのにこんな遮蔽物が多い森の中にたった2人で行くんだから。稼がなくてどうするよ」
なるほど、最初からオレ達の身柄が狙いだったのか。
しかし彼らも運がない。よりにもよってクリスと2人っきりの時に狙うなんて……
まだスノーやリースと2人っきりの時なら、森の中運が良ければ逃げ切れたかもしれないのに。
オレの同情的な視線を怯えていると勘違いしたのか、勝ち誇った様子で手にした剣で自身の肩を叩く。
「無駄な抵抗はするなよ。大人しくしてれば、命だけは助けてやる。まっ、オマエの嫁はちょっとばかし俺達の相手をしてもらうことになるがな」
『ぎゃはははははは!』と部下達も笑う。
うわ、うざいほど調子にのってる。
でも、問題があるとしたらこのまま戦ったらシシギに逃げられる可能性が高い、ということだ。
オレがクエストについて考えていると、クリスに袖を引かれる。
「だい、じょうぶです。このまま、戦っても」
「いいのか? でも……」
「わたしを、信じてくださ、い」
クリスが自信たっぷりに断言。
だったらオレがこれ以上、心配する必要はない。
「了解。それじゃ後ろの5人は任せてくれ」
「お兄ちゃん、頑張、って」
言葉を交わすと、互いに背中を預け合う。
それを合図にパウック達も剣、ナイフ、クロスボウなど手にし、襲いかかってくる。
木々を楯に接近してくるつもりだ。
オレはMP5SDをフルオート!
森に減音された発砲音が響く。
部下の男達は巧みに木々を楯にして、9mm(9ミリ・パラベラム弾)を防いでいる。
オレは最初から9mm(9ミリ・パラベラム弾)で仕留めようとは思っていない。
男達に木々を楯に隠れていれば安全だと思わせるだけでいい。
そして攻撃用『爆裂手榴弾』のピンを口で抜く。
「クリス! 爆裂手榴弾を使うぞ!」
背後で戦う彼女へ一言告げ、木々にぶつからないよう攻撃用『爆裂手榴弾』を男達の後方10m以内に投擲、爆発させる。
木々を楯に10m以内で固まっていた男達は、背後からの衝撃波によって一掃される。
爆裂手榴弾は『衝撃波』によって相手に死傷させる手榴弾だ。
殺傷半径は約10m程度と破片手榴弾に比べると狭い。
これは使用者が身を隠す場所のないところでも使えるように(巻き込まれないように)したためだ。
オレの担当分はこれでお終いだ。
一応警戒しながら、クリスの様子を窺うと――
ダンッ!
こちらもすでにほぼ倒し終わっていた。
今ので4人目が銃弾に倒れる。
残るはパウックただ1人。
彼は先程まであった余裕が一掃され、震える声で叫ぶ。
「ふ、ふざけるな! どうして方向も! 距離もバラバラな俺達をそこまで正確に素早く倒せるんだ! どんな魔術を使ってやがる!」
「魔術、ちが、う。練習、あるの、み」
クリスが小さく反論する。
彼女の指摘通り、これぐらいならクリスが指導している偵察狙撃隊のメンバーでも実行出来るレベルだろう。
彼女達は普段似たような訓練をしているからだ。
前世、アメリカ海兵隊の偵察狙撃隊が行っているものと一緒だ。
イラクでは偵察狙撃隊が治安回復作戦に導入された。
当時は狙撃手、観測手の2人ペア2組、合計4人で市街地に投入された。
しかしある夜、偵察狙撃隊の1つが、敵ゲリラ兵に接近されてしまう。
その結果、4人しかいない少人数チームのため火力が弱く、この偵察狙撃隊は甚大な被害を受けてしまった。
海兵隊はすぐにこの教訓を生かし、偵察狙撃隊の改革に乗り出した。
2人ペア2組の4人から、6人に増員。
あらゆる事態に対応できるよう、部隊火力を強化した。
さらに改革は続く。
戦術面も今までは遠距離一点という考えを捨て、遠~中距離レンジでの戦闘を考慮した練習プログラムを作成した。
どんな練習プログラムかというと――
バラバラに設置されたターゲットを短時間に次々狙撃していくというものだ。
通常、狙撃は風を読み、距離を測り、集中して行う。
この訓練はより実践的で素早くボルトを前後させ、正確に、1発で敵を仕留めることを要求する。
パウック達は距離を詰めようと、少しでも体を木々から晒した瞬間、クリスの餌食になったのだろう。
「ち、ちくしょう!」
パウックが絶望し、捨て身で突撃してくる。
クリスは彼の絶叫に怯えることもなく、M700Pを構えて引鉄を絞る。
「ぐあぁッ!」
パウックは痛そうに手を押さえて蹲る。
「ん?」
パウックはまだ倒れていない。
振り上げた剣の手を撃ち抜かれただけだ。
まだ無力化出来ていない。
珍しいこともあるもんだ。
クリスが外すなんて。
ちょうど5発使い切っているため、再装填しないといけない。
「クリス、止めをさそうか?」
「おね、がいします」
彼女の了承を得て、MP5SDで無力化する。
これでパウック達誘拐企て犯達は全員倒した。
「しかしこれだけ騒ぎを起こしたら、シシギに逃げられちゃっただろうな」
「だい、じょうぶ」
クリスは笑顔を浮かべると、パウック達を通り過ぎ森の奥へと行く。
疑問に思いながらも、オレも後へ続いた。
クリスがしゃがみ、地面に落ちている何かを拾い上げる――シシギだ!
しかも頭部が撃たれて、一発で絶命している。
「ど、どうしてシシギが!?」
オレの驚く姿が可笑しかったのか、クリスは笑顔で説明してくれる。
どうやら彼女はパウックが姿を現した時点で、シシギが木に止まっていたのを発見していたらしい。
後はパウックの手を撃ち抜くと同時に、ジグザグに飛行して逃げようとしたシシギを1発の銃弾で仕留めたというのだ。
先程の銃弾は外した訳じゃなかったのか。
オレは飛行して逃げるシシギにすら気付かなかったっていうのに……。
どんなチート射撃技術だよ。
兎に角、無事にオレ達はシシギを捕らえることに成功した。
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ココリ街へ向かう帰り道。
昨夜、歩哨をしていたせいかクリスは、御者台で角馬を操作するオレの隣に座り眠っていた。
肩にもたれかかり静かな寝息を立てている。
パウック達は馬車に乗せる訳にもいかず、適当な治療をしてから木々に縛り付けておいた。ココリ街に戻って冒険者斡旋組合に連絡し、逮捕してもらうつもりだ。
ココリ街外のため新・純潔乙女騎士団の管轄外だし。
その間に魔物に喰われても自業自得ということで。
「しかしクリスの射撃技術は、凄い凄いとは思っていたがここまでとは……」
ふと、前世での豆知識を思い出す。
前世の地球にもシシギに似たタシギ――スナイプと呼ばれる鳥が居る。
タシギは変速的に飛ぶので散弾銃でも当てるのが難しい。そんなタシギを狩る射撃の実力者を『スナイパー』と呼んだ。
狙撃をする名手を英語なら『シャープシューター』、フィンランド語では『タルッカアンプヤ』だったが、第一次世界大戦で狙撃兵をスナイパーと言う名で呼ぶようになったらしい。
「まさにクリスはPEACEMAKERの名スナイパーだな」
こんなに寝顔が可愛いのにだ。
オレはそんなことを考えながら欠伸を1つ。
夜にはココリ街に付くな、と眠る嫁の頭を撫でながら馬車を走らせた。
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明後日、5月16日、21時更新予定です!