第136話 格闘技訓練
前世の地球、アメリカ海兵隊入隊訓練に進んで入る女性ももちろん存在した。
海兵隊に入隊した女性は、全員バリス島で訓練を受ける決まりになっている。
最初の訓練期間第3週目は、今後の訓練に耐えるための基礎筋力、体力作りがメインになる。
まずは準備体操。
ジャンピングジャック。
ハロードリー。
腕立て伏せ。
腹筋。
背筋。
グラウンドでのランニングは、約4・8キロに時間制限をつけて完走させる。
アメリカ海兵隊新兵の体力試験の1つだ。
4・8キロを走った時間で点数がつけられる(女性と男性では求められるタイムも異なるので、同じタイムで走ったとしても点数は異なる。最低要件として、最も若い分類の20代前半まで程度の兵士は女性は4・8キロを31分、男性の場合は28分という時間が設定されているらしい)。
他にも教練の基本動作――気を付け、休め、敬礼の基本動作を教え込む。
さらにオレ達の場合、教練で純潔乙女騎士団の歴史、そしてPEACEMAKERの目的、考え方を教える。
自身が所属する軍団の歴史、思想などを知ることで愛着や敬意を抱かせるのが目的だ。
そしてひたすら行進させる。
何回も、何回もだ。
突撃銃はまだ持たせていない。そのため突撃銃を持たせた行進はまだ練習させていない。
運動会の行進のようにただひたすら何回も繰り返す。
すると、彼女達は疑問を抱く。
(どうして私達はこんなことをやらされているの?)
(こんなに行進をして何の意味があるのよ)
(もういや、もういや、辞めてしまいたい……ッ)
少女達の間に不信感が募る。
1日経つたび、空から降る雪のようにそれは高く積もっていく。
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夜、兵舎で啜り泣く声が響く。
掛け布団を頭からすっぽり被り枕で抑えているが、隣のベッドで眠るラヤラには聞こえてしまう。
彼女は消灯時間を過ぎているのにかかわらず、ベッドを抜け出す。
隣に眠る少女――獣人種族、兎耳の少女へ声をかけた。
(だ、大丈夫?)
(ら、ラヤラ副団長……ごめんなさいです、うるさくて)
(ふひ、も、元副団長だよ。今は皆と一緒でただの下っ端だよ)
ラヤラはロップイヤーのように垂れた兎耳少女の頭を優しく撫で、落ち着かせようとする。
(ラヤラさんは辛くないのですか? 私はもう……)
(うん、辛いよ。苦しいよ。で、でもウチはもう一度、お世話になった純潔乙女騎士団に入隊したい。そして、お世話になったリュートさん達の下で働きたい。それ以上に恩を返したいから。だから、苦しくても、なんとか頑張れる)
ラヤラが兎耳少女の涙を拭う。
(……私ももう一度、純潔乙女騎士団に入りたいです。そして、今度こそ皆さんのお役に立ちたい)
(ならもう少しだけ頑張ろう。大丈夫、皆で一緒に頑張れば13週間なんてあっというまだよ)
(はい……っ)
そしてラヤラは少女が眠りにつくまで、その手を握り締めていた。
日頃の疲れが安心感を得たことによって一気に襲いかかったため、少女はすぐに眠りに落ちる。
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翌日もオレは少女達に意味もなく行進をさせる。
そして罵声を飛ばし、不信感を募らせた。
しかし彼女達は決して不平や不満を告げず、訓練に食らいつく。
ランニングでペースが落ちた仲間を励まし合い、声をかけ指定された時間内に完走しようとする。
オレは少女達に気付かれないよう満足げに頷いた。
なぜ彼女達の『不信感』をわざと煽るようなマネをしたのか?
それにはちゃんとした理由がある。
『これには何の意味があるのか?』――この理不尽への不信感こそが、彼女達、新兵に『皆と協力しないと目標を達成できない』、つまり『チームワーク』の大切さを理解させる。つまり、わざと辛い状況へと追い込み、『仲間と助け合わなければ』と強く思う環境を作り出しているのだ。
前世の地球、アメリカ海兵隊の入隊訓練で新兵が追い詰められて取る行動は大きく分けて2つしかない。
1つは訓練を去る、という行動。
そしてもう一つは、『1人ではこの過酷な訓練を乗り越えることは不可能』と気付き、周りと助け合い、訓練を乗り越えるという行動だ。
前者を選ぶ者は少なく、大抵は後者を選択する。つまり海兵隊、今回の場合は『純潔乙女騎士団を支えるのは自分1人だけではない』と理解するのである。
『1人は部隊のために、部隊は1人のために』だ。こうして少女達は『チームワーク』の大切さを学び、仲間同士協力して与えられた困難な試練を乗り越えていく。
オレはそんな彼女達の反応に満足する。
こうして訓練期間第3週目で、基礎の体作りを終える。
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訓練期間第4週目から格闘術の教練を開始する。
前世の地球、アメリカ海兵隊でも訓練期間第4週目から格闘技術を教える。海兵隊では海兵隊格闘技プログラム(MCMAP)と呼ぶ。
訓練はいきなり『2人1組になって殴りあえ!』と言い出す訳ではない。
訓練を始める前に指導教官から必ず説明を受ける。
格闘術の指導教官はオレとシアが担当する。
オレとシアはグラウンドで体育座りしている少女達の前に立ち、これから指導する格闘術の説明を行う。
いつもはメイド服のシアも、今回ばかりは軍服にブーツ姿になってもらった。
なんだか久しぶりにメイド服以外の服装が見られて新鮮だ。
「皆さんの格闘術、指導教官を務めますシアです。どうぞよろしくお願いします」
彼女は軍服姿にも関わらず、優雅に挨拶をする。
訓練期間中にそういう態度を取られては困るんだが……。
彼女のそれは職業病のようなものだ。指摘してもしかたない。
オレは咳払いをして早速、格闘術の説明を始める。
「まず基本体勢――ファイティング・ポーズだ」
シアは軽く膝を曲げ、重心を爪先に、両手は軽く握り自然と前へ出す。
これが基本的な体勢――ファイティング・ポーズ。
「相手を殴る時は、拳を突き出すまで柔らかく握り、命中する瞬間しっかり握るように」
シアがオレの言葉に合わせて殴る仕草をする。
右ストレートだ。
「また布一枚、石一個を握っても攻撃力がアップする。相手を攻撃する方法は拳だけじゃない。まず手刀、これは喉元やこめかみの攻撃に使用する。掌底、これは拳と違って骨折の心配が無く威力のある攻撃が出来る。肘、これは拳の約3倍の攻撃力を持つ。他にも体の中で尤もリーチがある爪先。背後への攻撃に有利な踵。接近戦では肘と共に威力がある膝など。今からそれぞれの攻撃方法のやり方を教える。後程、2人1組で軽く組み手をするからやり方をよく見ておくように」
『サー・イエス・サー!』
少女達は真剣な表情で、素手による格闘術のやり方を学ぶ。
オレは奴隷時代、ギギさんから格闘技のやり方を教わった。
この世界の格闘技は、流派など存在せず打撃、投げ有り――レスリング+キックボクシングのようなものしかない。
少女達には今回の格闘技訓練で殴り方だけではなく、将来的には投げや絞め技、関節技など本格的な戦い方を教えていく方針だ。
一通り殴り方を教えた後は、オレとシアで組み手のやり方を教授する。
2人1組になり、それぞれ順番に殴りかかったり、防いだりを繰り返す。
そんな彼女達をオレとシアは、見守る。
こうして格闘術の訓練が追加された。
訓練期間第7週目からは、いよいよ射撃訓練に入る。
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明後日、5月1日、21時更新予定です!
気付けばそろそろ1年の3分の1が終了か……。
マジで歳をとると過ぎる時間が早く感じますね~。