第132話 始原
ルッカとの戦闘を終え数週間後――今度は冒険者斡旋組合に呼び出された。
もちろん内容はルッカについてだ。
オレは1人、PEACEMAKERの代表者として冒険者斡旋組合の門をくぐる。
魔人種族の受付嬢がこちらに気付くと、足早に駆け寄ってきた。いつもは微笑みを浮かべているが、今日はどうも様子がおかしい。
彼女は一礼すると切り出す。
「すみません、お呼びだてして」
「いえいえ、それで今日はどういった用件で?」
呼び出された理由は、冒険者斡旋組合についてから話す――としか聞かされていなかった。
彼女は不安そうに眉根を寄せ、
「実はPEACEMAKERの代表者とお話したいという方がいらっしゃって……」
受付嬢は周囲を見回し、そっとオレの耳元へと唇を寄せた。
彼女から良い匂いがして、微かに胸の先端が当たる。役得、役得! ……いや、これは決して浮気とかじゃないよ?
だって歯医者とか、美容室とかで胸が当たったりするだろ? それと似たようなもんだし!
オレは何気なく胸中で言い訳を並べる。
そして、受付嬢から個室で待つ客人の情報を耳打ちして貰った。
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個室の扉を開くとそこには、ソファーで香茶を楽しむ女性が座っていた。
オレに気付くと、ソファーから立ち上がり一礼してくる。
セミロングに、眼鏡を掛けた20歳半ばの容姿。
いかにもやり手秘書と言った雰囲気を醸し出している。
「お忙しい中、お呼びだてして申し訳ありません。わたくし、軍団始原の獣人大陸外交・交渉部門を担当している人種族、セラフィンと申します」
「ご丁寧にありがとうございます。僕はPEACEMAKERの代表を務めます人種族、リュート・ガンスミスです」
互いに挨拶を交わす。
ちょうど受付嬢がオレの分の香茶を出し、部屋を後にした。
個室には軍団、始原のセラフィンとオレの2人だけが残される。
受付嬢が心持ち緊張した表情をしていたのには理由がある。
先程、中で待っている軍団について詳しい話を聞いた。
始原とは、魔王からこの世界を救った5種族勇者達が冒険者斡旋組合を設立。軍団というシステムが決まり、初めて出来たのが始原だ。
つまり、この世界で初めて出来た軍団が、始原ということだ。名は体を表しすぎだろう。しかも5種族勇者の子孫達が集まり、始原を立ち上げる。
純潔乙女騎士団とは比べものにならないほど、歴史と伝統を持つ軍団だ。
もちろん始原の軍団ランキングは、最高位の『神鉄』。
現軍団ランキングのナンバー1と考えていいらしい。
その影響力は冒険者斡旋組合にも強く及ぶ。
オレは、そんな軍団の外交・交渉担当のセラフィンと対峙する。
彼女は誰もが好感を抱きそうな微笑みを浮かべた。
「ガンスミス卿の輝く星々のような功績は耳にしております。そんな方とこうしてお話し出来る機会を頂けるなんて、天神様に感謝しなければ」
「ありがとうございます。しかし僕達の軍団は、始原に比べたら、まだまだ駆け出しの子供のようなものですよ」
「ご謙遜を。わたくしの上司も、PEACEMAKERの近年稀にみる躍進にはとても驚いていましたよ」
「あの始原に、そこまで言ってもらえるなんて末代まで自慢出来ます」
互いに当たり障りのない会話を交わす。
きりのいいところでセラフィンから切り出してきた。
「――本日、ガンスミス卿をお呼びだてしたのは他でもありません。純潔乙女騎士団本部の地下牢に勾留している元団長、ルッカと動き回っていた甲冑の残骸をわたくし達に引き渡して欲しいのです」
「それはまた何故ですか? ……甲冑に関しては、僕達の方でも研究・解析をするため全部渡す訳にはいきませんが量はかなりありますので、必要な分だけ持って行ってもらってかまいません。ですが、ルッカ元団長の裁判は終わっておらず、自分の一存で引き渡していいかどうか……」
「大丈夫です。そちらの問題はすべてわたくし達の方で解決済みです。こちらがその証拠の書類となります」
彼女は脇に置いてあった鞄から、書類の束を取り出す。
つまり、すでに関係各所には了承済み。オレ達に挨拶しているのは、建前上、『ちゃんと筋を通していますよ』と言うアピールらしい。
さすが始原。わざわざ冒険者斡旋組合に呼び出すだけはあるということか。
「もちろん、無償という訳ではありません。引き渡し頂けるなら謝礼金も出ますし、ご要望があれば何なりと仰って頂ければ」
オレはソファーに体を沈め、考え込む。
冒険者斡旋組合にも多大な影響力を与える軍団に逆らっても良いことなど1つもない。
それにルッカにとってもこの街に居るより、さっさと別の場所に移動した方が安全だろう。
ココリ街は一見平穏を取り戻しているように見えるが、住人達の胸中では彼女に対する怒りが未だにくすぶっている。
純潔乙女騎士団本部の地下まで侵入して、私刑を加えるとは考え辛いが、可能性は0ではない。しかし気になる点がある。
「……1つ聞いてもいいですか?」
「ええ、答えられる範囲で」
「なぜ元団長であるルッカの身柄を要求するんですか? 確かに『魔術師殺し事件』は痛ましい事件でしたが、始原が首を突っ込むほどの一件とは思えないのですが……」
「なるほど、お気持ちは分かります。ある理由があって元団長であるルッカの身柄をわたくし達は求めています。……ガンスミス卿、これからお聞かせする話はくれぐれも外部へ漏らさないようお願いします」
そして、セラフィンはトーンを落とし語り出す。
彼女達、始原はある事件――というより、組織を追っているらしい。
その組織の名前は『黒』。
「『黒』は6大魔王の復活を目論み行動している、『魔王崇拝主義者』達の代表的な組織です」
「ま、魔王の復活? 魔王崇拝者?」
確か……昔、エル先生の歴史授業で習った。いや、正確には習ったのではなく、勝手に聞いていた、だが。
その時の記憶を思い出す。
この世界の歴史を簡単にまとめると――
天神様から、6大魔王が神法と呼ばれる秘法を盗み出す。
魔王達は神法を自分達にも扱えるよう魔法に劣化改造し、地上界へと逃げ延びる。
そして魔王達は、この世界を魔法の力で支配した。
だが、5大大陸に住む5種族の勇者達が立ち上がり、魔王から魔法の秘法を盗み出し、自分達が扱えるように魔術へと改造した。
そして、魔術と仲間の力によって6大魔王の内、5大魔王は倒し、封印。
今でも最後の魔王は、魔界大陸の奥深くで存命し息を潜めていると伝えられている――だっけ?
その『黒』という組織は、5種族勇者が倒し、封印した魔王を蘇らせようとしているらしい。
でもなんでだ?
「分かりません。破滅願望があるのか、魔王を復活させて永遠の命、若さでも得ようとしているのか」
一応、こちらの最もメジャーな宗教は天神様を奉る天神教だ。その派生で他にも幾つかあるらしい。
詳しくは興味が無くて学んでいない。
それでも魔王崇拝は初めて聞いた。
前世の地球でも悪魔崇拝者は居るから、こちらの世界に『魔王崇拝者』が居ても可笑しくはない。だが、この異世界には本当に魔王が封印されている。
セットされている核爆弾の自爆コードを喜々として入力しようとしているようなものだ。
わざわざ自分だけではなく、世界を破滅させるものに手を出そうと考えるなんて理解できない。頭がおかしい!
「わたくし達も長年『黒』を追っているのですが、中々有力な手がかりを見付けられず……。なので今回、『黒』の幹部クラスと接触を持ったルッカを引き取りたいのです。精神を壊していますが、何か有力な手がかりを得られるかもしれませんから」
「なるほど、そういうことなら喜んでお渡しします。他にも現場に残っていた遺留品……ゴミしかありませんが、お渡ししますね。もしかしたら何かの手がかりがあるかもしれませんから」
「ありがとうございます、ガンスミス卿。そう言って頂けて嬉しいです!」
セラフィンは喜々として、オレの手を掴み笑顔で握り締めてくる。
見た目がやり手秘書だけに、こうして無邪気に喜ばれるとなんだか嬉しいな。
「ところでもう1つ、気になる点があるんですが質問いいですか?」
「はい、遠慮なさらずどうぞ」
「その『黒』という組織を追っているのは、冒険者斡旋組合から依頼されたクエストですか?」
彼女は微苦笑を浮かべる。
「いえ、わたくし達、始原が自主的に行っていることです。なので事件を解決したとしても報酬金は出ないんですよ」
……ボランティアなのか。
「ですが、誰かが危機を未然に防がなければいけませんから。報酬金が出ないからと言って見過ごす訳にはいきません。魔王が復活した後で、動いても遅いですからね」
握手を交わす手に力が篭もる。
「ところで身柄引き渡し等の謝礼金なのですが、いくらぐらいをご希望でしょうか? PEACEMAKERとは、今後もより良い関係を気付きたいのでご希望の額をお支払いしたいのですが」
その話をしてから、謝礼金の話に繋げるのは止めて欲しい。
あんまり高い金額をねだれないじゃないか……。
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明後日、4月24日、21時更新予定です!
ようやく、某魔法少女の映画をDVDで観ることが出来ました! 当時、忙しくて映画館まで足を運べず、ようやく観ることが出来てよかったです。作品もとても面白かったです。クレイジーサイコレズという造語もそりゃ出来ますわ。
軍オタのスピンオフ、外伝、横道系で魔法少女とかやりたくなりました。……書く時間があればですがー。