第124話 立て籠もり①
「まずは立て籠もり犯を包囲するため、周辺を封鎖する。2人1組になって通りを塞いで誰が来ても通さないように」
この指示に、純潔乙女騎士団顧問のガルマが同意し、彼が適任の人材を選び出し向かわせる。
周辺の道を完全封鎖する理由は、犯人の逃走を防ぐ以外にもある。
野次馬やその他人々と犯人を隔離することで、オレ達以外交渉相手がいないと認識させ、接触しないと現状は改善されない――と、犯人に思い込ませ交渉に持ち込ませる。
心理作戦の基本だ。
また犯人の注意をオレ達に向けさせることで、人質から注意をそらす意義もある。
「次、クリス。建物の四方を2人1組で囲み監視を頼む。クリスは犯人正面の位置へ。持っていくのはSVD(ドラグノフ狙撃銃)で」
『分かりました!』
狙撃銃にはボルト・アクションとセミ・オートマチックの2種類がある。
命中精度を優先する場合はボルト・アクションの方が良い。だが予備にセミ・オートマチックを準備しておくと役に立つ。
大抵の作戦では1発で片が付くことは少ない。そのためセミ・オートマチックの銃に5発、20発の弾倉を装着し使用することが多い。
クリスはガルマの助けを借りて、人員を確保。
建物を4箇所から囲み、監視する。2人1組にしたのは、通信機器が無いこの世界ゆえ。何か変化があれば、すぐに知らせに来るための人材を配置したのだ。
漫画・アニメ・ドラマなどのエンターテイメントでは、狙撃手がよく発砲するが――実際の現場ではその機会は圧倒的に少ない。
たとえば特殊警察の場合、人質を無事救出するが最優先されるが、『犯人逮捕』も重要な目的だ。
そのため映画や漫画、アニメなどの演出ではよく狙撃手が犯人を射殺しているが、実際はそんな機会はほとんど無い。なぜならば狙撃手は監視がメインで、必ずしも犯人射殺をする必要はないからだ。
狙撃手は、犯人の人数や動き、特徴や兵装の種類、仕掛け爆弾や罠の有無、犯人と人質を識別するための特徴などを詳細に味方に伝える。
こうして『監視』という任務を通じて、犯人と交渉する人質チームや建物に突入する戦術チームの眼となり情報を集め、伝えるのが役目なのだ。
犯人を射殺出来ても、建物内部に仕掛け爆弾があることを見落とした場合――犯人死亡後、爆発し人質全員が亡くなったりしたら元も子もない。
そのためか、単純に犯人を射殺すればいい――という考えの人物はまずこういう救出部隊には向かないらしい。
FBI人質救出チーム(HRT)の隊員選抜に関わった人物の証言では、候補者の選定には気を付けているらしい。
血の気が多かったり、撃ち合うことを楽しむような人物では救出チームの隊員は務まらないからだ。隊員に必要な素因は、しっかりとした判断が可能で、重圧に耐えられる人物だからだ。
さらに驚くべき事に、狙撃が可能な状態になっても、他の突入部隊が敵を制圧する準備が整っていなければ、狙撃が行われることはない。必ず他の部隊との連携を取ることが重視される。
また前世の地球で一般的な一戸建てを監視する場合、建物の四方を狙撃手と観測手の2人1組で監視する。
場合によっては長時間相手を監視するため、集中力や注意力を維持するため、一定時間で役割を交代するため2人1組で行動するのだ。
オレが出した指示は、的確に実行に移されていく。
これで犯人を閉じこめ、逃がさない包囲網が完成した。
さらにオレは次の手を打つ。
「ガルマ顧問、犯人との交渉をお願いします。決して刺激しないよう、時間を長引かせることだけを考えてください。それと、残っている団員達に犯人が居る建物の内部を知っている人達を探させてここまで連れてきてください。建物内部の見取り図が欲しいので」
「ッ! わ、分かったやってみよう」
ガルマは残っている団員達に指示を飛ばし、自分は装備を一旦外す。つまり武器、防具無しの姿になる。
これは無抵抗を主張し、犯人を刺激しないようにするためだ。
ガルマが年の功で犯人と交渉し、時間を稼いでいる間にオレ達は次の準備へと移る。
ここからは戦術チーム――室内に突撃するための作戦会議だ。
団員達の協力で、犯人が立て籠もる建物内部を知る人を連れてきてもらう。
彼、彼女達の口から内部の見取り図を作り上げた。
誤認を防ぐため建物の中の位置は色と数で表される。
たとえば正面は白、裏は黒、左側は緑、右側は赤というように面を色であらわす。――これは削る。
『犯人・グリーン・ワン』と言えば『犯人が左側1階に姿をあらわした』ことになる(左は緑、右は青、裏が黄色等と指定した場合)。
こうして誤認を防ぎ、情報を蓄積――犯人の行動パターンを把握し、突入に適した時間、場所が決定されるのだ。
クリス達、狙撃チームの情報伝達のお陰で現在の状況を概ね把握することが出来た。
人質は3人。犯人が立つ窓の隙間から、クリスと彼女の観測手であるラヤラが確認している。
犯人は1人、武装は剣のみ、魔術師ではない。
どうやら飲酒と薬物を大量に摂っているせいか、凶暴性が増しているようだ。
ガルマは必死にコミュニケーションを取ろうとしているが、『甲冑野郎を連れて来い!』の一点張りで話が進まない。
オレ達は立て籠もり犯の知人に話を聞いて、相手のより詳しい情報を入手する。
――立て籠もり犯は人種族、ヨルム。
冒険者でレベルⅢ。魔術師の才能は無いが、よくチームを組む女性魔術師と恋人同士だったらしい。
どこかで見た顔だと思っていたが、紅甲冑に襲われた翌日、冒険者斡旋組合に呼び出された時、冒険者斡旋組合建物前で酔っぱらい喚いていた男だ。
その最愛の恋人が甲冑野郎に殺害。さらに遺体すら持ち去られてしまった。
ヨルムは仇を討つため独自に動くも、甲冑野郎に辿り着くことは出来なかった。そのため現実逃避のため酒を浴びるほど飲むようになり、周囲に当たり散らすようになってしまった。
さらに症状が悪化して、現在、人質を取り立て籠もるまで精神を追い詰めてしまったようだ。
……気持ちは分かる。
もしスノー、クリス、リースが誰か1人でも敵の手にかかり死んだら、オレは殺した奴を絶対に許さない。
地の果て、異世界の果てにだって追い詰め、ミンチになるほど弾丸をぶち込み続けるだろう。
しかし、今彼がしていることは精神を壊し前後不覚になっているだけの凶行でしかない。
人質に取られている女性達には何の罪もないではないか。
だから、容赦はしない。
たとえヨルムを殺す結果になったとしても、確実に人質である女性達は救い出す覚悟を決める。
「スノー、シア、メイヤ、オレ達もそろそろ行くぞ。準備を頼む」
『了解!』
スノーとシアは手にしているMP5SDにマガジンを装填。
安全装置を解除。
コッキングハンドルを引き、薬室にまず弾を1発移動させる。
メイヤは特殊音響閃光弾を取り出し、テーブルへと並べた。
3人に建物の地図を見せながら、突入方法を説明する。
「本来、2箇所から同時に突入するのが基本だが、それを出来る人材は今、オレ達しかいない。……だから、突入は射撃の技量がもっとも高いオレとスノーが左側の窓から入る。シア、メイヤは反対側の小窓から特殊音響閃光弾を2人で1本ずつ、計2本投げ入れてくれ」
特殊部隊が突入する際、特殊音響閃光弾を2本投げ入れる場合がある。これは1本では不発の可能性があるためだ。それを防ぐため2本同時に投げ入れるらしい。
シアが手を挙げ、疑問を口にする。
「若様、どうしてわざわざ犯人が顔を出している窓から入るのですか? 確かに通常より大きめのため、突入するのに問題ありません。ですが、ドアを破壊して突入する方がより確実だと思いますが……」
「最初それも考えたんだけど、狙撃チームの報告からドアの前には机や椅子、タンスなどでバリケードを作っているようだ。だから、扉から入るのは難しいんだよ」
オレの返答にシアが納得する。
前世の地球の場合、ドアをショットガンで破壊したり、壁を破壊する爆薬シートを使用し、2箇所破壊して突入したりする。
しかし、現在、オレ達はどちらも所持していない。製作している時間もない。そのため窓から突入する方法を選択したのだ。
むしろ特殊音響閃光弾を作っておいただけでも僥倖だった。
これ無しで建物内に突入し、犯人を倒し、人質を救うのはかなりの難度だ。
「他に質問はないか?」
オレはスノー達の顔を見回すが、それ以上の疑問はなさそうだ。
「よし、それじゃ人質を救出に行こう!」
オレの掛け声に、スノー、シア、メイヤが行動を開始する。
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