第123話 減音器
駆け足であてがわれている部屋にオレとシアは戻った。
部屋で待機していたスノー達へ簡単に現状を説明する。
「――と、言うわけで今夜のお楽しみパーティーは後日ということで。これから人質救出作戦を開始する。早速、準備を始めてくれ」
オレの指示に彼女達はすぐさま応えてくれる。
シアもメイド服から、素早く野戦服へと着替えた。
てか、本当に一瞬で着替えたがどうやったんだよ……。
これは恐らくあれだ。
気にしたら負けというヤツだな……。
オレは意識を切り替え、リースに指示を飛ばす。
「『MP5K』じゃなくて、もう1つの方、太い筒みたいな銃身の『MP5SD』の方を出してくれ」
「これですか?」
「そうそれ。スノー、シアも受け取っておいてくれ」
2人は指示通り、リースから『MP5SD』を受け取る。
一通り最低限の準備が終わり、オレ達は外に待たせてある馬車へと足早に向かう。
ちょうど純潔乙女騎士団の団員達も、馬車に乗るところだったらしい。
オレ達はそのうちの1台に乗り込み、現場へ行く。
御者台で角馬を操る団員以外、馬車内部はPEACEMAKERメンバーしかいない。
リースから弾倉を受け取り、予備弾倉をマガジンポーチに入れているオレにメイヤが尋ねてきた。
――彼女を1人本部に残して甲冑野郎に襲われたら危険のため、連れて来ていたのだ。
「リュート様、質問宜しいでしょうか?」
「いいよ。まだ現場に着くまで時間があるしね」
「ありがとうございますわ。それで気になったのですが、どうして今回使用するのが『MP5K』ではなく、『MP5SD』なのでしょうか?」
「それ、わたしも気になってたんだよ。どちらも短機関銃なのに、どうしてわざわざ使い分けるの?」
メイヤの質問にスノーが反応する。
またクリス、リースも無言で頷いていた。
オレは黙々と準備を進めながら、皆の問いに答える。
「確かにどちらも短機関銃だが、どうして今回、『MP5K』ではなく、『MP5SD』を選んだかというとだ――」
『MP5K』と『MP5SD』の違いは、銃に『減音器』又は『消音器』が付いているか、付いていないかだ。
では『減音器』又は『消音器』とは一体なにか?
端的に言うと銃声を『減音』させるための器具、または装置のことだ。
専門家によって『消音器』ではなく、『減音器』と呼ぶべきだと指摘する人も居る。完全に消音できる訳ではないからだ。
今後は一応、『減音器』で統一するが、『消音器』と一緒だと思って欲しい。
話を続ける。
……今回は、恐らく室内に突入して発砲する確率が高い。
その場合、『減音器』付きの銃器でないと色々問題が起きるからだ。
1つ――『減音器』無しの銃器を室内で発砲すると、自分の耳を痛め麻痺させてしまう。そうなった場合、周囲の物音を捕らえにくくなる。
薬品や燃料などが保管されていた場合、銃口からの火炎で引火する恐れがある。
3つ――暗闇で発砲した場合、犯人に銃口からの火炎で自分達の居場所をばらしてしまう。
以上だ。
訓練によって銃声に対する耐性が培われたり慣れたりするため、『減音器』など必要無し、と考える人も居る。
だが、必要以上に大きな音は耳にある『蝸牛にある有毛細胞』(蝸牛=カタツムリの殻のような形をした機関。カタツムリのような形になっている理由は、簡単に言えば太い方が高い音つまりHzの高い音を、細い方がHzの低い音つまりHzの低い方に対応し、その場所にある有毛細胞を揺らすことによって音を認識させると言われている。これは高い音がすぐに減衰しカタツムリ状の太い部分の有毛細胞のみを振動させるため)にダメージを与える。
有毛細胞は再生しないため、一度与えられたダメージは蓄積し、ある程度の期間の後(期間は個人差がある)難聴になる可能性が高くなるのだ。
耳は80デシベル以上の音にさらされ続けると数年間かけて聞こえが悪くなっていく。さらには100デシベル以上、もっと言えば110デシベル以上にさらされれば、より短い期間で難聴になる可能性が高い(音の大きさによっては、個人差もあるがその当日に難聴を発症する場合もありうる)。
電車が通過する際のガード下での音が約100デシベル、飛行機エンジンの近くでの騒音は約120デシベル(どの程度の距離かでもデシベルは変わるが)といったデシベル別のイメージを良く聞くと思う(これは厚生省が騒音について法律等を作る等して周知する際、様々な媒体において一般の人にも伝わり安いよう説明する時に出てきた数値で、ゆえに厳密にデータを示すわけではなく、イメージを伝えるのに重きを置いたのだと思われる)。
そして、銃の発砲音はエンジンの騒音である120デシベルをも上回り、火薬量が多い弾丸だと160デシベル以上にもなると言われている。
ちなみにデシベルの数字は対数の数値のため、6デシベルの差で2倍の音圧、12デシベルの差で4倍、18デシベルの差で8倍、20デシベルの差で10倍、そして40dbの差で100倍の音圧となる。たった6デシベルでも、倍の音圧の音でダメージを耳に与えることになるのだ。
120デシベルですら轟音なのに、160デシベルではその120デシベルの100倍の音圧となる。さらには音のエネルギーは音圧の2乗となるので、160デシベルでは120デシベルの10000倍となる――これではいくら銃声に慣れたと射撃手が主張したとしても、耳にダメージが残る結果となり、ある程度の時を経た後に難聴へと症状は進んでしまう。
このような症状を『音響性外傷』という。
ところが『減音器』を使用すると約20~40デシベルも減少できる。これは30デシベルであれば音圧であれば31.6倍、音のエネルギーでは1000分の1の音量に軽減されるということであり、耳へのダメージを気にする必要がなくなるのだ。
だからオレはわざわざ怪しまれず武器を持ち運ぶ用の『MP5K』、室内へ強襲し発砲するための『減音器』付き『MP5SD』の2種類を作り出したのだ。
オレはスノー達に分からないだろう&話せない単語を省き、彼女達に説明を終える。
するとちょうど馬車は立て籠もり事件が起きている現場へと到着した。
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現場は閑静な住宅街の一角。
高級と下層の中間――中流層の上位が住む庭付き1階建ての建物だ。
「早く甲冑野郎を連れてこい! さっさとしないと人質をぶっ殺すぞ!」
眼がドロリと濁っている男が、大きめの窓から野次馬達へ向けて叫んでいる。
手にはよく磨かれている剣と人質の女性だ。
女性は逃亡阻止のためか、手を紐で縛られ、口には猿轡をカマされている。
本来、日の光を最大限取り入れるための大きな窓が、今夜は犯人が周囲に要求を伝えるための舞台になっている。
オレは遠目で状況と周辺を確認しつつ、馬車から完全武装で下りてきた純潔乙女騎士団団員達に眼を向ける。
オレは一緒に同行してくれたガルマに、現在居る団員数を尋ねた。
「全部で何人いるんですか?」
「この場には24名揃っている」
24人か……出来ればもう少し欲しかったが、贅沢は言えないか。純潔乙女騎士団本部を空にする訳にはいかないだろうし。
オレは正面に並ぶ団員達をぐるりと一瞥する。
「今回は人質救出を最優先にするため、PEACEMAKER代表のリュート・ガンスミスが指揮を執ります。異存、質問がある人は挙手を」
『…………』
少女達は馬車移動中にガルマから話を聞かされたのか、反対の声をあげる人物は出てこなかった。
話が早くて助かる。
オレは再度、団員達をぐるりと見回す。
少女達は事件が起きている現場に居るためか、皆一様に顔が強張っている。
「事態は一刻を争い、卑劣漢の手には命を奪える刃と人質が居ます。そんな彼女達は、この街を守護する純潔乙女騎士団の助けを待っているのです。……緊張と不安で胸がいっぱいでしょうが、自分が出来る最善を尽くし、無事人質を傷つけることなく救いだしましょう」
オレの言葉に、先程まで強張っていた少女達の顔が引き締まっていた。
オレは彼女たちのその表情を見て、満足げな微笑みを浮かべて彼女達に告げる。
「それでは淑女の諸君、状況開始だ」
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明後日、4月6日、21時更新予定です!
やばいです。最近、後書きのネタが思いつかない!