12 門出
転生ゴリラを倒した翌日に後続の第二隊と合流した俺たちは、フリーデグントの応急処置を行い、エジェリーとバウルの埋葬を終えて都市エイスニルへの帰路に就いた。
いつになく耳が垂れ下がっていたフェリシーに対し、俺は「うちに来るか?」などとは言わず強引に「うちに来い」と言った。
「なんで?」
それはフェリシーにとって当然の質問だろう。
もちろん俺と同居していて婚約者となっているアリスも他人事では無いので、しっかりと聞き耳を立ててくる。
なお他のパーティメンバーの連中は無関心だ。
彼らはフェリシーが故郷の田舎に住みたくないと姉妹喧嘩した挙げ句、俺がエイスニルでの居住を手伝ってやると言っていた事を知っているし、エジェリーが死んだ事によってフェリシーが保護者を失った事も理解している。
「故郷の家族や、家を継いだという兄にエジェリーの死を知らせたら、そんな危険な冒険者なんて辞めさせられて、年齢的にはおそらくどこかへ嫁がされて、居たくもない田舎で一生暮らすことになる。心当たりは無いか?」
「そうかもしれないけど……でも」
ふわふわ猫耳から逡巡が漏れてきた。
こういう場合はおそらく「自分自身への肯定」と「価値観への承認」を求めているのだろう。俺はフェリシーが今回の件に対して、何ら責任を負わないのだという点を説明する事にした。
「まずハッキリしておくと、エジェリーは21歳の成人で、プロの冒険者だった。仕事の危険は彼女も家族も理解していたし、こういう結末になっても今さら文句を言う資格がある奴なんて居ない」
「そうだけど……」
「エジェリーの死の責任をフェリシーに背負わせることは、保護者としてのエジェリーを貶める事になる。だから気に病むな。エジェリーだってそんなことは望んでいない」
「…………うん、ありがと」
フェリシーは真っ直ぐな眼差しで俺の瞳をしっかりと覗き込んでお礼の言葉を口にした。
俺はフェリシーから視線を逸らさずに軽く頷き、この後はどう説得したものかと思案した
「エジェリーは今回の死で、フェリシーの足枷になる事なんて望んでいない。だからフェリシーは、自分のためにもエジェリーのためにも自分のやりたい事をやるべきだ。だが仕方がないと言えば仕方が、一つ問題が発生してしまった」
「問題?」
ちなみに故郷とやらには、現在14歳のフェリシーが法的に成人となる15歳までエジェリーの死を連絡するつもりは無い。
連絡してしまえば保護者を変更してフェリシーの望まない進路を歩ませる事は目に見えているが、フェリシー自身が15歳になってしまえば成人である本人の意志として希望進路への干渉を拒否する事が出来る。
誕生日まであと何ヵ月か知らないが、このまま連絡せずに素知らぬ振りをして15歳まで逃げ切ってしまえば勝ちなのだ。
つまり問題とは、その間のフェリシーの生活についてである。
「フェリシーが保護者を持たない未成年の女で、人間の都市で暮らすには不利な獣人で、手続きにも不慣れだから、このまま冒険者を続ける事が難しいという問題だ。預金相続の手続き、住居の確保、もしかすると俺が手伝った方が助かるんじゃないか?」
「うん」
「だから俺が保証人兼保護者になってやる。エジェリーも否定していなかったから予定通りだ。お前が俺を必要としなくなるまで守ってやるから、暫く俺の家に居ろ」
フェリシーが否定出来ない質問の仕方をするなんて、まるで詐欺師になった気分である。
果たしてフェリシーは、コクリと頷いて肯定の意を返してきた。
時限立法あるいは緊急避難と言うべきだろうか。不老のアリスもこの話自体には特に文句を言わなかった。
それからは順調な行程を消化し、俺たちは都市エイスニルへと帰還した。
その後、俺はいくつかの事後処理を行った。
とは言っても面倒だったのは未成年・保護者死亡・獣人の三条件が揃ったフェリシーに関する事柄だけで、請け負っていた転生ゴリラの討伐に関してはギルドへ報告書を提出するだけで済んだ。
だが道案内と情報提供の俺が討伐報告書を出すのもおかしな話である。
何故俺が書く事になったかというと、これには実に浅い理由があった。
1.獣人達は基本的に中等校教育を受けておらず、まともな報告書を書けない。
2.しかしブロイルの件で弱みがある領主の依頼で、ギルド側も手を抜けない。
3.そこへ偶然にも調査隊と討伐隊に両方参加した俺が、ノコノコと現れた。
もしも俺が冒険者ギルドの職員なら、有無を言わせずにその冒険者の首根っこを掴んでギルドの応接室に連れて行き、目の前に書類を並べてペンを握らせるはずだ。
という実に浅い理由により、白羽の矢ならぬ白羽の槍を構えた受注課のアスムス氏に捕まえられたわけだ。いずれにしても俺が冒険者で冒険者ギルドに出入りする以上、アスムス氏に捕まるのは時間の問題であった。
そこで俺は「フェリシーの事務手続きを円滑に行って貰う事」と引き替えに、渋々と獣人たちの宿題を肩代わりした。
未成年で保護者が居ない獣人フェリシーの居住を役所に認めさせるにも、銀行に預けてあるエジェリー名義の預金をフェリシーに相続させるにも、それなりの書類が必要となる。
アスムス氏には、そのための証書に冒険者ギルドの公印を押して貰った。
(まあ、悪くない取引だったか)
むしろ様式通りの書類を作るだけで欲しいものが手に入るなど、まるで錬金術だ。
俺とフェリシーが獲得したのは「エジェリーの死亡証明書」、「フェリシーとの姉妹関係の証明書」、「遺言書による相続者の確認書類」、「冒険者パーティの結成証」、「パーティリーダーの保護下にある確認書」の5枚だ。
そして作って貰ったそれら正規の書類を各所へ提出する事によって、都市内でのフェリシーの立場は確立された。
その後に報酬を受け取って、今回の依頼に拘わる事柄は全て終了したのだが、報酬は俺の基準ではかなり大きかった。
そもそも転生ゴリラの討伐依頼は「参加でBランク1単位256点」「討伐成功で全員の報酬が二倍」「直接倒した隊は、単位が1ランク上昇」という条件だった。
俺とアリスはCランク1単位で参加していたが、討伐成功で報酬が二倍となり、直接倒した隊の所属なので1ランク上がり、報酬はBランク2単位ずつとなったわけだ。
ちなみに討伐隊員として参加していたフェリシーはAランク2単位の獲得であるが、彼女はそもそも俺たちの4倍の身体能力を持っており、実際に転生ゴリラと近接戦闘も行っていたので、比べるものでは無いだろう。
俺は元々の389点と今回の512点を合わせて計901点のCランク冒険者。
アリスは512点を獲得してDランク冒険者。
フェリシーは元々の2,784点と今回の2,048点を合わせて4,832点のBランク冒険者。
そのような結果に至った。
「と言う事で、家を買ってみた」
「でもちょっと狭いですよね」
「検討する時間が足りなさすぎたんだ」
「狭いお家―」
「ぐぬぬ……」
頑張って探し回ったにも拘わらず、アリスとフェリシーには不評である。
これまで俺が借りていた借家の大家さんが、獣人のフェリシーと住むなら貸せないと言った為に充分な検討を重ねる時間はなかった。
大家さんを薄情と言うなかれ。獣人が住んでいた家の評価が落ちてしまうのは事実で、あちらはビジネスである。
そのため俺は購入の速度を優先し、アリスとフェリシーの意見を聞かずに自分の報酬512万Gだけを予算として「即入居可」「馬屋2頭分以上」の家を探した。
俺が自分で稼いだ金だけで買ってしまえば、不満があっても決定が覆される事は無い。
なお購入にあたっての評価基準には「冒険者ギルドに近い」「築年数が比較的新しい」「防犯対策が施されている」「LDKあり」「買い物に便利」「角地」を据えた。
だが不動産商会を6件ほど回った結果、そこまでの優良物件はそもそも手放されず、もし手放されたとしても単なる個人には流れてこないという事が理解できた。
「だが冒険者ギルドに近い。徒歩で10分なら、これからは頻繁に依頼を見に行けるぞ」
ちなみに住所は『ラシュタル王国 都市エイスニル 北2区 3番地 21』となる。
都市エイスニルの中心区画には領主の館や行政府、神殿など都市の中核施設があって、その周囲を東西南北で区分けして中心に近い順から1区、2区と称していく。
1区には公益性の高い施設等が集っており、住宅として住めるのは2区からだ。
冒険者ギルドは北1区にあり、北2区の1番地は商業施設が占めているため、3番地に住居を確保できた俺はかなり頑張った方ではないだろうか。
「確かに近いですけど、それよりも日々の買い物の方が気になります」
「角地を探すって言っていたのに、角地は隣のお家?」
俺が利点を強調すると、二人は巧みな連携で問題点を波状攻撃してきた。
「買い物に馬を使えばスカイラインの運動にもなるから良いし、角地じゃ無いけど馬屋には馬が3頭も入れられるぞ」
「牽かせる馬車の車体は1台分が限界ですよね?」
「言ってくれれば、あたしもお金出したよ?」
「…………良いから素直に荷物を運んでくれ」
「分かりました」「はーい」
勝敗は決した。
もちろん俺の負けである。
いくつかの妥協はしたが、必須条件の「即入居可」と「馬屋スペース2頭分以上」は死守した。
その他は「冒険者ギルドから徒歩10分」「新築2ヵ月」「高い防犯対策」「2DK」「閑静な住宅地」「買い物の利便性は並」「角地では無い」などとなり、気になる購入費は280万Gであった。
2LDKのくせに高いのは「北2区」という立地に由来するので仕方がない。
閑静な高級住宅街は2区以外にあるので、利便性の高い2区が一番高いというわけでは無いが、2区の新築一軒家が300万G以下で売られていた場合は住宅としてどこかしらに欠陥があると思って間違いない。
1階部分が玄関、ホール、LDK、洗面脱衣所、ユニットバス、トイレ。
1階の壁と扉で仕切られた隣側に3頭入る馬屋、飼葉と水桶を置くスペース。
2階部分が2部屋とクローゼット、物入れ。
この家のおすすめポイントは建屋から外に出ずに馬の世話が出来る点で、鍵を掛ければ馬も建屋の中に入れる事が出来る。
それでいて壁という仕切りがあるので匂いはあまり入ってこないし、馬屋を掃除するときに出る飼料のカスや馬糞は、家の前を流れる大きな用水路へそのまま流してしまえる。
デメリットは、言わずと知れた2部屋と言う狭さだ。
出自が下級貴族で庶民よりも裕福な環境で育ってきたアリスや、土地の有り余る村に住んでいたフェリシーは当然狭いと思うだろう。もちろん俺もそう思う。
「もしかして、わざと2部屋にしました?」
「いや、この周辺で馬屋有りのもっと広い家があれば、間違いなくそちらを買っていた」
「エイスニルは人口30万人が暮らす大都市なのに、本当に売られている家がありませんでしたか?」
「冒険者ギルドは都市の中心にあるから、周辺の物件は業者が押さてしまって一般庶民にまで流れて来ないんだ。現状は暮らす上で最低限だと思っているよ」
アリスがこちらをじっと見てきたが、俺は冤罪部分に関する黙秘を貫いた。
そもそも冒険者用の荷を置くにも、一時的にパーティを組んだ者達を泊めるにも、子育てをするにも、部屋は沢山あった方が良いのだ。
まあCランク冒険者には贅沢な話であるが、今回の事は一時的なものとしていずれ現状の改善は行いたいと思う。
つまりCランク冒険者となった俺ではあるが、冒険者ギルドへ就職するのはもう少し先送りして暫くは冒険者を続けるという事だ。
もちろん今回のようなハイリスクな依頼はなるべく避けたいと思っている。
「お部屋はどうするの?」
「俺とアリスが奥の広い部屋を二人で使って、フェリシーは手前の部屋だ」
「いいの?」
「それ以外だと困るな」
俺が家主だからと言ってフェリシーとアリスが同室になっても困るし、数ヵ月間の保護者期間中に俺とフェリシーが同室になるのも却下である。
「まあ俺名義の家だから、二人とも自由に使ってよろしい」
「はい、それでは荷物を片付けますね。フェリシー、手伝って」
「うん、分かった」
どうやら新しい住居は、辛うじて二人に受け入れられたらしい。
スカイラインが牽いてくれた荷台に乗っていた荷物が降ろされ始め、引っ越し作業がようやく動き出した。
「荷を降ろし終えたら、俺はスカイラインを連れてもう一度借家を往復してくる。ベッドを持って来ないと寝られないからな」
「分かりました。それとお隣と向かいの家への挨拶の品は……」
「明日買い物に行く」
「このあとの夕食はどうするの?」
「……あとで外食する」
「朝食は?あたしのベッドは?」
「…………今日は荷だけを運んで、宿屋に泊まる」
「「えー」」
どうやら新しい住居は、俺が思ったよりは受け入れられているらしかった。
俺はスカイラインでの往復の後に明日の朝食分の買い物を済ませ、その後に外で夕食を食べるというプランを組み立てた。
フェリシーのベッドは、今晩だけはソファーで妥協して貰うにしよう。冒険中に野宿をするのに比べれば、Bランク冒険者にとっては楽なものだろう。
「明日の朝食の食材を買った後に、夕食を食べに行くぞ。フェリシーのベッドは、今晩だけソファーだ。それで何を食べたい?」
「エイスニルですし魚が良いです。今夜は赤身魚に白ワインなんてどうでしょうか?」
「お肉が食べたい。美味しいの」
「…………」
女二人になった途端にこれである。
だが自分を取り巻く環境を自己決定できるというのは良いものである。
リスクとリターンを計算して試みる範囲を選択する現状は、まさに冒険者と言えるだろう。
「じゃあ引越祝いに、高い店で肉も魚も出てくるフルコースを食べるか」
「それなら片付けを早めに切り上げないといけませんね」
「早くベッドとソファーを運んできて」
「了解」
10月17日。
Fランク冒険者免許証を受け取ってから4ヵ月、俺は当面の目標を冒険者活動に定めた。
そして新たな環境と仲間を得て、第二の人生のスタートを切る事となった。
第一巻はこれで終わりです。
3月21日(明日)21時に、次話で第一巻の人物・設定・年表を掲載予定です。