表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/14

10 転生ゴリラ討伐隊

 9月7日。

 都市エイスニルを出立した討伐隊は、ドザーク山脈の東西から半々に分かれて入山し、予定通り転生ゴリラの発見ポイントへと進んでいった。


 ちなみに食料などの荷を運ばせる馬だが、前回で懲りた俺はスカイラインを都市内の公共厩舎に預けてきた。

 今回は依頼主である侯爵からの借馬を使っており、そいつらが隊の人数分だけ付いてきている。


「順調だなぁ」

「通常の魔物は、Dランクで対応できる程度だからな」


 俺の発言に対し、パーティの狼系獣人ギュンターが当然だと断じた。

 何しろ隊の6人は全員Bランク以上。

 俺とアリスは人数外だが、俺は水魔法で全員分の飲料水をいつでも用意できるし弓も使える。アリスは火弾1で火を起こすことが出来るし、治癒魔法は都市の神殿長が務まるほどに強力だ。

 4つ編成されている討伐隊の中でも、俺たちは本命だと見なされており、目的である転生ゴリラ意外に苦戦する理由は無い。


 ちなみに討伐に派遣された4隊の人数は、それぞれ10名以下。

 俺たち西側の第一隊には1パーティ6名と、俺とアリスの合計8名が参加している。

 当初アリスは、この少数精鋭の編成に関してしきりに首をかしげていた。


「どうして少数で、しかもバラバラに向かうのですか?」

「大規模な部隊で行ったら、転生ゴリラは逃げ出すだろう」


 転生ゴリラは調査隊6名の時には脅威を感じず襲い掛かってきた。

 だがこちらが大人数で探し回れば、危険を感じて逃げてしまうかも知れない。

 他国まで逃げてくれれば構わないが、山中に隠れられると手に負えなくなる。


 なにしろドザーク山脈は、道沿いに進んでも往復1ヵ月も掛かる大山脈である。

 山中には道など無いし、地面の土が踏み固められておらず凹凸も激しい。荷運び用の馬が使えないどころか、今度は茂みをかき分けて歩かなければならない。

 それに視界も最悪だ。

 山の傾斜や木々などの障害物に身を潜ませた魔物たちが、昼夜を問わず四方八方から忍び寄ってくる。

 もしも転生ゴリラに逃げられてしまえば、今後の討伐隊はそんな未開の地をテント・毛布・食料などを背負いながら捜索しなければならなくなる。


「あっ、それは困りますね。山中だと、山道に比べて捜索が凄く大変そうです」

「その通りだ。おまけに頑張って転生ゴリラを見つけても、相手が正面から向かってくるとは限らないからな」


 いざ転生ゴリラを発見してもまた逃げられれば、せっかくの捜索が振り出しに戻る。

 そうやって討伐が長引けば、追撃する間に犠牲となる冒険者も増えるだろう。

 転生ゴリラは高精度かつ高威力の遠投が出来るし、俺などでは奴の初投を感知出来ない。

 それに討伐するまでの間、周辺の魔物を交易路へ追い出されて交易都市エイスニルの価値は大きく減じられ続ける。


「一度逃がしてしまうと、いつまでも長引きそうですね」

「多分そうだろうな。それに1ヵ月追い続けて目の前で逃げられでもしたら、俺なら心が折れてもう追いかけられないかな」

「先程とは逆の質問ですが……」

「うん?」

「今回の討伐メンバー8名は前回より2名多いですけれど、逃げられたりしませんか?」


 アリスの言うとおり、前回の6人よりも人数が多くなればそう言う可能性もある。

 転生ゴリラを逃がさない事だけを念頭に置くなら、なるべく前回と同じかそれ以下の条件で望みたいところである。


「人数が少ないと転生ゴリラを見つけられないかもしれないし、相手に先手を取られたときに負けるかも知れない。今のメンバーならそういう事は無いと思うけどな」


 俺たちは周囲を見渡し、同行している6人の討伐者へと目を向けた。

 周囲を囲んでいるのは竜人、狼系獣人、猫系獣人2人、狐系獣人、犬系獣人の計6人。大半が獣人という編成である。

 獣人は人との間に子孫が残せる種族もいるほど人に近い種族でありながら、HP・腕力・耐久が人の3~6倍もあって、おまけに聴覚・嗅覚・動体視力なども優れている。


 つまり転生ptで身体能力を人の3~6倍に振った者は、獣人へと転生した可能性がある。

 もちろん魔物になる可能性もあるので一概には言えないが、可能性としてはかなり高いのでは無いだろうか。

 なお俺の身体能力は人間の男性として平均的な10ばかりで、人以外の何者にもなりようがなかった。

 但しMP量を聖女ジルベット・ヴィクスのように上げていたら妖精種に転生していた可能性もある。

 そしてやり過ぎると、転生ゴリラのように人型ですらなくなる。

 転生ゴリラは、おそらく身体能力値が人型種族の限界値を越えたのだろう。


 獣人たちはMP量がそれほど高くもなく、属性にも偏りがあるので全てが人より優れている訳ではないが、今回求められているのは転生ゴリラと戦う身体能力なのでさほど問題は無い。



 A級冒険者 フリーデグント     亞系竜人(男) 大剣

 B級冒険者 ギュンター       狼系獣人(男) 槍

 B級冒険者 エジェリー・ベランジェ 猫系獣人(女) 細剣

 B級冒険者 フェリシー・ベランジェ 猫系獣人(女) 手甲鉤

 B級冒険者 ライムント       狐系獣人(男) 剣

 B級冒険者 バウル         犬系獣人(男) 双剣



 名字が同じエジェリーとフェリシーは姉妹だ。

 他の獣人にも名字はあるのだが、一時的にパーティを組むだけなので俺は呼ばない名字を覚える努力を放棄した。

 前回パーティを組んだメンバーもあれっきりだし、何度も組むようなら覚えるという方向で行きたい。


(……竜、狼、猫姉、猫妹、狐、犬)


 こういう認識であれば、耳や尻尾が特徴的で覚えやすい。

 ちなみに俺個人ではなくラシュタル王国としては、獣人たちは国内にそれぞれ完全な自治領や生息地を持つ他種族という認識である。

 もっとも彼ら獣人の側にとってみれば、ラシュタル王国の下風に立っているつもりはない。

 先方から見たラシュタル王国は、故郷の近くにある人間の国という認識だ。

 条件次第で協力はしても、どちらかが一方的な指示や命令を受けたりはしない。


 獣人達は交易を行い、あるいは冒険者のような形で外貨を稼いでラシュタル王国から物を買ったりしている。

 俺はリーダーにして一人だけAランク冒険者である竜人フリーデグントと目が合い、慌てて視線を逸らした。


「何だ?」

「何でも無い」

「オレは今気が立っている」

「了解」


 フリーデグントに追求されたが、俺は知らぬ存ぜぬを決め込んだ。

 人口や技術が全く釣り合っていない勢力がなぜ対等な関係を維持できるのかというと、それは種族の身体能力がそれを補うくらいに優れているからだ。

 竜人の腕力・体力・耐久などの身体能力は、標準的な人の9~18倍もあると言われている。

 よほど強力な魔法や祝福を揃えた転生者でも無い限り、1対1で竜人に勝つのは不可能だ。

 彼は冒険者よりも迷宮のボスの方が合っているのでは無いだろうか。

 俺は素知らぬ顔で会話を流した。


 竜人には有名な7つの血統がある。

 火竜のファイヤー・ドレイク、水竜のユルルングル、風竜のワイバーン、土竜のピュトン、雷竜のリントヴルム、光竜のラベンダー・ドラゴン、闇竜のニーズヘッグ。

 彼ら純血種が持つそれぞれの属性の力は最大に近い。


 これら7血統以外にも竜人にはいくつかの血統があるが、それらは7血統ほどに属性が際立っているわけではない。

 ちなみにフリーデグントの血統は混血だそうで、属性は雷2だけで魔法も雷矢2しか持っていないそうだ。

 だが純血だろうと混血だろうと、竜人の身体能力は概ね9~18倍の中に入るという認識で間違いない。


(つまり俺たちパーティの中では、冒険者ランクの通りフリーデグントが一番強い)


 毛が無い代わりに分厚い皮膚と、発達した全身の筋肉。鋭い歯は何度も生え替わり、爪もよく伸びる。物理攻撃や魔法攻撃のみならず病原菌への耐性まで高くて、個体としての能力は人よりも遙かに上だ。

 竜人のフリーデグントならば、完全に人外の転生ゴリラとも互角に近い肉弾戦が出来るかも知れない。

 但し竜人は寒さには弱く、手先も不器用で、知性が本能に引っ張られてしまう点などいくつかの弱点を持っている。それと竜人は、せっかく上げた知性が衝動的な本能に引き摺られて活かせない。


 フリーデグントは知性50で転生したらしい。

 だが身体能力が10倍な分だけ、知性は10分の1に下がっているのではないだろうか。

 つまりフリーデグントの知性は人の知性5くらいしか使えていないように思える。そして獣人も転生ゴリラも、それぞれの種族に応じて知性に大きなマイナス補正が掛かってしまうのではないだろうか。

 それに転生ゴリラは、マイナス補正に加えて知性を人並みに活かせる身体構造をしておらず、教育環境も整っていない。


「坊主、転生者同士でも種族の壁は理解しておけ」

「了解」


 狼系獣人のギュンターが注意してきたので素直に頷いた。

 同じ転生者という同郷であっても、人同士のようにコミュニケーションを図ることは出来ないらしい。

 尤も俺を転生ゴリラに売り飛ばした元調査隊長のブロイルのような男もいる事だし、人間同士ならば仲良くなれると言うわけでも無いが。


 ちなみに俺たち8人の中では、竜人フリーデグントと俺とアリスの3人が転生者らしい。

 だが自称というか他称の転生者候補は居て、猫系獣人のエジェリーは自分の妹のフェリシーが転生者だと主張している。


「ねぇフランツ、なんで転生者は最低年齢が15歳なの?」


 エジェリーは将来の妹のためとか言って勝手に転生者の情報を収集している姉馬鹿だ。

 ちなみに獣人達は、総じて人よりもコミュニケーションが直情的で遠慮もない。


「俺たちは神から転生の神託を受けた時に、前世の善行に応じて能力などを変えられた。だが年齢に関しては、15歳までしか下げられないと定められていた」

「じゃあ、前世が15歳未満だった人って居なかったの?」


 エジェリーが指摘した事は、これまでに一度も考えた事がなかった。

 だが確かに、転生候補者51万人の中に14歳以下が一人も居なかったとは到底思えない。それに天使も年齢制限をするとは言っていなかった。

 すると14歳以下の転生者も居るという事になる。それどころか、転生を自覚した14歳以下で不老になるケースも有り得るのではないだろうか。


「考えたこともなかったが、おそらく居ると思う」

「私もそう思います」


 俺の考えにアリスも賛同した。

 だがそんな事を知ったところで、既に14歳である彼女の妹には無関係だろうと思う。フェリシーは優秀なので転生者と言う可能性もあるが、それだけに転生ptを貯めるにはその年齢では難しかったはずだ。


 妹のフェリシーは14歳にしてBランク冒険者で、獲得した単位にはAランクもある。

 それだけでなら21歳にしてBランク冒険者である姉と共同で依頼をこなしていた事や、猫系獣人の中でも身体能力に秀でた血統である事などが理由だと考える事も出来るが、フェリシーは他にも格闘術や体術、護身術などの技能に天賦の才があった。

 おそらくそれぞれの技能が認定4に近いくらいにはあるのでは無いだろうか。


 それに小柄な身体や高い身体能力が加わった結果、狩りの腕は恐ろしいことになる。

 茂みの中で何かが動いた瞬間に姿勢を低くし、次の瞬間には大地を蹴って茂みへ飛び込み、目で追うのがやっとの高速で手甲鉤を振るって魔物の首を切り裂く。

 魔物が手足を振り回して迎撃しようとしても華麗な身のこなしで避け、魔物と身体を入れ替えて周囲の魔物の盾にし、夜間であろうと難なく狩りを行う。

 フェリシーは明らかに常人には持ち得ない才能を持っており、姉が転生者を疑うのにも根拠がない訳では無かった。


「お姉ちゃん、あたしは別に転生者じゃなくても良いよ」


 一方、本人は転生者であるか否かについてあまり興味を持っていない。

 道すがら髪の毛の手入れなんかをしており、フェリシーにとってはそちらの方がより高い関心事項だ。


「何を言っているのよ。あなたの力に祝福が加われば、もっと強くなれるわよ」

「でも、これ以上強くなってどうするの?」


 姉の理想に、妹が現実的な突っ込みを返した。

 能力に秀でていたフェリシーは、姉の後押しもあって15歳の成人を迎えるよりもずっと早く冒険者になった。

 だが姉の理想と違い、妹は高みなど目指していない。

 もしかするとそれは、格闘術・体術・護身術を既に名人級まで極めてしまっているが故かも知れない。

 弱ければ上を目指そうと思うだろうが、既に限界近くまで上がっていればそれ以上は伸び代が無いので頑張る意欲が沸かないのではないだろうか。


 それを聞いていた狐系獣人のライムントが苦笑する。


「ははは、そう言う台詞を一度で良いから言ってみたいものだ」

「同感だな。祝福があれば打たれ強くなったり、病に冒されなくなったり、五感が優れたりするのだろう。ランクSも狙えるのではないか」


 ライムントに同意したのは犬系獣人のバウルだ。

 重婚が認められている以上、金を稼げば稼ぐほど妻を増やせて子孫も残せる。

 飢餓や病気で子供が死んでも沢山居れば何人かは残るので、より多くの子孫を残そうというのは生物にとって自然の考え方であろう。

 そして沢山の金を稼ぐためには、より強い方が良い。

 獣人男性である彼らにとっては、どれだけ強くなっても困ることは無いし、祝福を貰えるものならどれだけでも欲しいのだ。


 だがフェリシーは女なので、そういう男性の理屈は通らない。

 それにBランク冒険者と言う事は既に生涯年収分を稼ぎきっているので、男性に稼ぎを求める必要も無い。


「あたしは普通に生活できればそれで良いよ」

「フェリシーの考える普通の生活とは、どれくらいだ?」


 獣人の生活は、人間に比べてかなり原始的と言える。

 獣人は主食が肉であり、農耕の文化を持っていない。つまり周辺の獲物を狩りすぎない程度の集落しか作れないので、村単位の集落が各地に点在してしまうのだ。村単位で生産出来るものなど限られており、娯楽が無いどころか利便性もかなり悪い。

 ならば家畜を飼育すれば良いと思うだろう。

 まず水捌けの良い土地を開拓して、そこで農耕を行って、飼料を作って、家畜を大規模に飼育して、食用の肉を得て……そうすれば沢山の獣人が同じ場所で暮らせる。


 だがそんな手間を掛けるくらいなら、魔物を狩って肉を得るのが獣人である。

 あるいは冒険者になって金を稼ぎ、人間から食用の肉を買うのが獣人である。

 獣人達は家畜を飼育して肉を作るならともかく、なぜ開拓を行わなければならないのかと疑問に思う連中だ。


 そもそも農耕とは、獣人との狩りの競争に負けた人間たちが食料を得るために身につけた文化である。

 農耕に適した土地はとっくに人間が押さえているし、人間が手を付けていない土地には強い魔物が定住しているなど何かしらの問題がある。

 大変な苦労をしてまで開拓を行う獣人は居ないし、誰かが始めても後の獣人が続かないので思うような生産体制が確立できない。

 だから獣人たちは村単位で生活しており、文明は人間よりもかなり劣っている。


「水が綺麗で、食べ物や欲しいものお金で買えて、ちゃんと家があって、普通に暮らしていければ良いよ」

「ふむ…………人間の国に住むのか?」

「うん」


 フェリシーがお金で欲しい物をいつでも買える都市での生活を求めているのなら、そんなことは獣人の村では一生不可能だ。

 そもそもフェリシーはBランク冒険者で金持ちのはずである。せっかく金があるのだから、それを使える都市に住みたいと思うのはおかしな話でも無いだろう。

 あるいは一生村で過ごす事を望んでいないのだとしても、それは充分な動機になる。


「ちょっと待って。ねぇフェリシー、あんた村には帰らないの?」

「だってうちにはお兄ちゃんもいるし、結婚して奥さんもいるし」

「そうじゃなくて、故郷には住まないの?」

「どうして?」

「どうしてって……住み慣れた故郷でしょう。知り合いもいるでしょう」

「とっても不便だし、力の差があったから一緒に遊べなかったし」

(…………勝負あったな)


 突然勃発した姉妹対決は、どうやら妹側に理があるらしかった。


「でも故郷にはお母さんとか居るでしょう」

「だからちゃんとお兄ちゃんがいるでしょ」


 二人の対決に対して狼系獣人のギュンターは、呆れ顔であった。

 彼の表情から勝手に心中を察するとすれば、獲物の探索中に何をしてやがると言った感情を持っているのでは無いだろうか。全くその通りなので、反論の余地は無い。


 狐系獣人のライムントは、納得した表情でやれやれと肩を竦めていた。

 一体何に納得しているのかというと、若者が都会に憧れ、年長者が諫めるというありふれた話だとでも思ったのかも知れない。

 確かにこういうケースの場合、家族の説得は無駄どころか逆効果である。


 犬系獣人のバウルは、我関せずを決め込んでいた。

 ピンと張られた犬耳は明らかに周囲の警戒へと充てられており、姉妹の雑音は右から左へと通り抜けている。彼はこの中で一番現実的かもしれない。


 ちなみに竜人のフリーデグントの表情は読めない。

 フードの下から窺える表情はいつでも怖い顔なので、怒っているのか否かがサッパリ分からない。感情が読めないというのは、いつ暴発するか分からなくて実に恐ろしい。


 そしてアリスはと言うと、俺の方を窺っていた。

 出しゃばらずに男を立ててくれるのは有り難いが、この件に関して俺が仲介しないといけないのだろうか。


(獣人達が自己解決する可能性は…………皆無か)


 パーティメンバーは、知性のマイナス補正が大きい困ったちゃんばかりである。

 老狼のギュンター辺りが年長者として仕切ってくれれば良いのだが、彼はこの件以前から明らかに短気であり、今などは何時にも増してイラッとしている。

 例えるなら職人気質の頑固ジジイとでも言うべきだろうか。多分ギュンターは、限界を超えた時点で怒鳴り出す。

 暗雲の垂れ込む未来を憂いた俺は、渋々と仲介に乗り出した。


「…………はあ」

「何よ?」


 俺の溜息に対して、エジェリーが「あんた何か文句あるの?」と言わんばかりの口調で意図を問い質してきた。


「14歳は未成人であり、保護者代わりのエジェリーがある程度の干渉をするのは当然だ」

「そうでしょう?」

「フランツはお姉ちゃんの肩を持つの?」


 ツンとすました猫耳が若干語尾を和らげ、ふわふわ猫耳が不満げな口調になった。


「だが逆に言えば、15歳以降のフェリシーが進みたいと思った道を閉ざす権利は無い」

「何よそれ。15歳なんて、まだ世の中の事は分からないわよ。獣人が人間の街で暮らすのは大変なんだから」

「都市エイスニルで暮らしている獣人も居るし、制度的にも不可能では無い。そして姉や親にフェリシーの将来を強制する権利は無い」

「そんなの家族の問題でしょ」

「フェリシーの将来を決める権利を持つのは、フェリシー本人だけだ。将来を共に歩む権利なら配偶者にもあるし、保護を求める権利なら未成年の子供にもある。だが姉には何の権利も無い。ちゃんと段階を踏んで妹離れしていけ」

「うっさい。じゃあ、フェリシーが都市で苦労したらあんたが責任取れるの!?」

「獣人が都市で暮らすことにどんなメリットとデメリットがあるのかを中立的な立場からきちんと教えて、本人の望む進路を支援してやるのが保護者だと思うが」

「答えになってないわよ。あんた責任取れるの!?」


 ……あかん。この猫女に理屈は通じない。


「フェリシーが都市で暮らしたいなら、俺が法的な支援をしてやる」

「ほんと?」


 ふわふわ猫耳が、目を丸く見開きながらキラキラと輝かせて俺に確認してきた。

 なんだか面倒ごとを背負い込んでしまった。しかもツンとすました猫耳は目を細めて俺を睨んでいる。


「ああ。そもそもラシュタル王国法では、獣人たちは独立国では無くて最初から王国内に住んでいるのだと解釈されている。だから獣人が都市内へ住所登録する事も出来るし、そうすれば冒険者資格証が無くたって入地資格も持てる」


 ラシュタル王国は、獣人が住んでいる地域の実行支配権など持っていない。

 それなのになぜそんな事を主張しているのかと言うと、人間同士で国境線を主張している範囲に獣人が住んでいるからだ。

 その建前によって獣人はラシュタル王国内に住んでいると言う事になっており、獣人達は限定国民では無いので住所を移す権利も生まれる。


「でも獣人は、人間の都市内に土地の所有権を持てないでしょうが」

「俺名義の家に住所を登録するのなら自由だ。家主が住んでいる都市にしか獣人を住ませる事が出来ないから、俺が手伝ってやれるのはエイスニルだけだが。フェリシーはエイスニルでも良いか?」

「うん、良いよ。エイスニルで良いよ」

「お節介よ」

「知らん。フェリシー、15歳になってもまだ都市に住みたいと考えていたら俺を訪ねて来い。住所を渡しておこう。もし引っ越していても、冒険者ギルドを介して連絡を取れば大丈夫だろう」


 俺が紙に住所を書くと、ほんわか猫耳が凄まじい身体能力を発揮してそれを瞬く間に奪い去った。

 ツンと立った猫耳が俺を真っ直ぐ見据えて睨んできたが、いまさら俺の寝首を掻いてもフェリシーが都市に住むやり方を知ってしまった以上は無駄である。


「まあ、人間の生活圏に住むデメリットもちゃんと教えてやる」

「うん、よろしくお願いします」

「一番多いのは、人と獣人の常識の違いから生じるトラブルだ。それを避けるには先に3つの事をやっておけば良い。1つ目、先に隣近所と町内会長に贈り物をして頭を下げておく事。2つ目、間に立つ仲介者を示しておく事。3つ目、冒険者ギルドなど公的な組織に話を通しておく事。まあ任せておけ、後は楽しい都市生活だ」

「ドキドキしてきた」


 フェリシーはこれからの都市生活を想像して緊張しているらしい。

 一方で姉は、当然ながら不機嫌の極みだ。


 俺の失敗は、冒険中にパーティメンバーの一人を完全に敵に回してしまったことであろうか。もしもベテラン冒険者であれば、完全な隔たりが出来ないように上手く処理しただろう。

 例えば調査隊の副隊長であったクレランドなどは、隊長と隊員との隔たりを割り切った上でパーティを維持していた。俺もその様に場を収めていれば、この姉妹喧嘩の結論を冒険の後に先送りする事が出来たかもしれない。

 つまり俺は、仕事に徹するプロの冒険者としては未熟者だと言うことだ。冒険者ギルドの受注課に就職するにはまだ早いらしい。


 だが俺は、村での生活を嫌がる妹に対して、自身の偏見に基づいて都会での生活を一度も経験させずに村での生活を押しつける姉が間違っていると思えた。

 すました美人系のエジェリーより、くせっ毛のほんわかフェリシーの方が好みだったとか、そう言う動機からではない事を念のため申し添えておく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の投稿作が、TOブックス様より刊行されました。
【転生陰陽師・賀茂一樹】
▼書籍 第6巻2025年5月20日(火)発売▼
書籍1巻 書籍2巻 書籍3巻 書籍4巻 書籍5巻 書籍6巻
▼漫画 第2巻 発売中▼
漫画1巻 漫画2巻
購入特典:妹編(共通)、式神編(電子書籍)、料理編(TOストア)
第6巻=『由良の浜姫』 『金成太郎』 『太兵衛蟹』 巻末に付いています

コミカライズ、好評連載中!
漫画
アクリルスタンド発売!
アクスタ
ご購入、よろしくお願いします(*_ _))⁾⁾
1巻情報 2巻情報 3巻情報 4巻情報 5巻情報 6巻情報

前作も、よろしくお願いします!
1巻 書影2巻 書影3巻 書影4巻 書影
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ