第4章
第87話 ホーリー村のお屋敷で ~Bloody Portrait~
鏡から虹色のやわらかいベールのような光が部屋いっぱいに噴出した。
でもその光はまぶしいほどの明るさではなかったので、稜哉は目を開けて鏡から出てくる人影を見守っていた。
その人は光に包まれるようににしてぼんやりと現れた。
ぽっちゃりと少し太った体型、丸い顔に大きな瞳、肩までかかるブロンドの髪。
稜哉は初対面のその若い女性が誰だか、見当がついた。
「お名前をどうぞ」
ジャスティンは、蜃気楼のように今にも消えてしまいそうなその女性に尋ねた。
「私モナ・ガボットと申しましたの。この家に住んでいました」
モナの話し方は、ゆったりとしていた。
ワイン色のガウンがふわりとゆれる。
「何か私たちに伝えたいことがおありなのですね?」
モナはゆっくりとうなずいた。
「"稜君"というお名前が聞こえて、私、その方にお話したいことがございますの。レストレンジ家の稜哉君はいらっしゃいますか」
「僕ですけど」
稜哉は小さく手を挙げた。
モナの目線が、しばらく稜哉の顔に留まった。
「あなたが……」
と残念そうにため息をつく。
「良いお知らせではないのですけど……」
「何ですか」
モナの話し方に少しいらだって、先を促す。
「本当に、悪いお知らせですみません。ただ……あなたは今、ゴッド・グリーン・レストレンジ伯爵というとても怖い方に狙われていますの」
リリーとロランが気まずそうに稜哉を見た。
「……知っています」
無愛想な答えにモナは驚いたように稜哉をみた。
「あら、そうでしたの。それなら、良かったですわ。私、自分があの人に殺された後にあの人があなたのことを話しているのを聞いてしまって、ずっとこのことを伝えたかったのですの。私も絵のことを記者に話してさえいなければ、今頃はまだお花のお世話をしていましたわ。……でもこれで思い残すことはありません。」
「あの、絵とは伯爵の肖像画のことですか」
リリーの問いにモナは首を縦に振った。
「まさにその絵ですわ。はぁ……代々守っていかなければいけないときつく言われてきた絵でしたのに。伯爵にだけは、絶対に渡してはいけなかったのです」
「どういうことなの?ねえガボットさん、あの絵はなんなの?」
ロランは怪訝な表情をしていた。
「あの絵は呪われた絵なのです」
モナは声を潜めた。
「Bloody Portrait(血の肖像画)といってあの絵はペンキや絵の具ではなく、伯爵自身の血で描かれていますの。自分の血で自分の肖像画を書くと、自分自身は永遠に今のままの若さを保ち生き続けることができるのです。絵の中に今の自分を保存するのですわ」
まるで小説のような話でにわかに信じられなかった。
「今までにそれをやったことのある人は伯爵以外にいるのですか?」
「いないと思いますわ。それに、永遠の命なんて、一体どうして皆さんが憧れるのか、私には理解できませんわ。周りで家族やお友達や恋人がいずれは去っていくのに……自分だけ生き残って、何の意味があるというのでしょう。寂しいだけでしょう?」
「もし、絵が破れちゃったりしたら、どうなるのですか」
モナは恐ろしいとでも言いうように首を振りながらジャスティンに答えた。
「そのときは絵の中に永遠に閉じ込められてしまって、二度と戻れませんのよ。生きていても、結局、絵の内では何もできないのですから、死んでいるのと同じでしょう?うわさでは、閉じ込められてしまうとき、絵は恐ろしい、身の毛もよだつような醜い絵へと変わるらしいですわ。もし魂をあの世へと送るためには、さらにその絵を誰かに焼き払ってもらって灰にしてしまわなければならないのです」
「でもそれって誰かに前もってお願いしておかないといけないよね?」
モナは頷いた。
「そう。でもそれは自分の致命傷をあからさまに他人に教えるわけですから、とても危険なことですの。ですから、Bloody Portrait(血の肖像画)に描かれた人は、肖像画を自分ひとりで内密に死守しようとするのですわ。ちょうど、伯爵が誰にも知られず、私から肖像画を奪っていったように」
「あの……そもそもどうしてガボットさんが肖像画を持っていたのですか?」
しばらく沈黙が流れた。
「あの肖像画がこのガボット家に来たのは、今から約420年ほど前――この隠れ里が建国された年――だと言われていますわ。当時生きていたアンナ・ガボットが伯爵から直接預かったものだと」
「アンナ・ガボットさん?」
モナはため息をもらした。
「レストレンジ伯爵の婚約者だった人ですわ」
次回、21日はいよいよ前編最終話となります!!
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