次の日、7時に部屋に鳴り響いたインターホンの音を合図に、稜哉は前の日に荷物を詰め込んだスーツケースを片手に、ロランと軽く別れの挨拶をすると、ジョン、オリバーと一緒に宿舎を後にした。
「今度再びこの門を通るのは1月9日かぁー」
校門を出たあたりで、ジョンが背伸びをした。
「稜は休暇中はもう学校には行かないのか?」
「いや、来るよ。3日ばかし。補講があるんだ、里史の」
オリバーには稜哉の答えが意外だったらしい。
「ポンポ先生の個別指導、受けるのか?」
と驚いたような口調で言った。
「この前の試験で失敗してさ。でも、今では逆に良いチャンスができたと思ってる」
「チャンス?」
ジョンが顔をしかめた。
「ほら、ABLの記事のこと、何か聞けるかも。クーデタのこととか、なんだっけ……?ああ、アーノルド・シュプランガーのこととかさ」
ジョンの反応は、稜哉の半ば興奮したような口調とは対照的だった。
「まだ、あの記事のこと気にしてんのか?」
冷めたような、あきれたような、そんな口調で彼は言った。
「なんか……気になるんだ」
「だってABLの記事だぜ?稜はまだよく分からないかもしれないけど、あの雑誌は真実を載せているほうが少ないんだ」
「おい」
言い方がすこし強くなったジョンを、オリバーがひじで小突く。
「でも、もしあの記事がその数少ない真実の1つだったら?そうしたら――」
「稜」
オリバーが優しい視線で稜哉を見た。
「確かにあの記事が100%嘘だと言い切れる確証はない。ひょっとしたら真実かもしれない。でもよ。仮に本当だったとして、それが一体なんだ?俺らはDirty Vampireじゃない。でもって、仮に伯爵が生きていて、Dirty Vampireだとして、人間の生き血を吸っていたとしても、俺たちにはどうすることもできない。違うか?」
オリバーの言い分に、稜哉は言葉に詰まった。
確かに言うとおりだった。
真実だったとして、自分に何ができるというんだろう。
伯爵の居場所も知らなければ、人間界で伯爵の吸血行為で一体何人が殺されているのかさえ分からない。
バンパイアは、人間界とコンタクトを取れないのだから。
オリバーのライトグリーンの瞳は、稜哉の黒い瞳を離さなかった。
稜哉はオリバーの隣で黙ってひたすら歩くジョンに、視線を移した。
オリバーと全く同じ、ライトグリーンの瞳。
でもその瞳の光は、オリバーのものと比べると、どこか冷たかった。
(僕は……これ以上先に踏み込むべきではないのだろうか……)
「……そうだね」
稜哉はオリバーに笑って答えた。
その笑顔には無理にあきらめたような表情があった。
オリバーもその表情には気づいた。
だから彼は、あえて明るい口調で言った。
「そんな、探偵ごっこみたいなことはやめて、もっと今しかできないことをやろうぜ」
駅の改札を通るとき、稜哉はチラとジョンの顔を見た。
オリバーと全く同じ瞳が冬の陽射しと反射して、一瞬、透き通るようにキラッと輝いた。
3人はそのまま、あたり一面真っ白に雪化粧した世界から、暖かい列車に身を移していった。
ブォーーーーッ。
汽車は堂々と汽笛を鳴らすと、終着駅のTimishoraをめざし、走り出した。
「あら、お帰りなさい。寒かったでしょう」
体の芯から冷えた稜哉たち3人を迎えたのは、ジェーンおばさんの笑顔と湯気がもわもわと立っているココアだった。
3人はスーツケースを自分の部屋へ運ぶと、リビングに集まり、ココアを飲みながら、一息つく。
時計の針は12時を指していた。
「3ヶ月ぶりの我が家、かぁー」
オリバーが部屋を見渡して、しみじみとした。
3人で囲んでいる四角いテーブルの真ん中には、花瓶が置かれ、暖色系の花が咲いている。
汚れ1つ見つからないクリーム色の壁には絵画が掛けられ、そばの大きな暖炉では薪がパチパチと音を立てながら燃えていた。
窓からは丸裸になった木々が所々オレンジ色の雪のベールを被っているのが見える。
「やっと3人とも帰ってきたのね!」
階段から3人を待ちわびたようにハンナが降りてきた。
「もう帰っていたのかい?」
ジョンが驚いたようにハンナを見た。
「3人が戻る1時間くらい前よ。始発だったから」
ハンナもジェーンおばさんからココアを受け取ると、それを飲んだ。
「3人とも、明日オカリナを買いに行きますよ。」
ジェーンおばさんが言った。
「了解」
「どこでオカリナって売っているんですか?」
稜哉は聞いてみた。
「お店は2,3軒あるけど、明日行くのは"土の色"ってお店よ」
「"土の色"?」
「ガレンシア街に昔からオカリナ専門店でさ。数百万っていうオカリナがあそこにある」
ジョンの説明に稜哉は驚いた。
「数百万!?そんなに?」
「オカリナは1つとして同じものはないのよ。焼き加減とか土の種類とかでどれも少しずつ違うの」
ジェーンおばさんが言った。
「明日"土の色"に行ったら分かるさ。とにかく、ビックリするぜ」
オリバーが付け加えた。
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