11/14 修正に加え文量・表示方法の変更。
鍵カッコ中の()は、主人公視点から見て、外国語に当たる場合の表記です。
PASSを切って鉄製の分厚い扉を開け放つと、そこは一面の白だった。夕刻、といっても北に位置するこの土地は白夜なのだろう。辺りは時刻の割には明るい。まだ夏だというのに、どんよりと白い雲が垂れ込め、うっすらと雪が積もっている。吐く息が白く漂う。
俺は、コートの内側に着込んだスーツのジッパーを首もとまでしっかりと上げた。そうして、額に装着したバンドの耳の上の小さなスイッチを押す。すると薄い透明なゴーグルが降りてくる。
針葉樹ばかりのツンドラ地帯、荒涼とした景色は、先程までいた活気に満ち溢れた塔の中と、壁一枚隔てた地とは、とてもではないが思えなかった。吹き荒ぶ風が、地面を撫でて雪を巻き上げる。頬が鋭い刃物で切り付けられるように痛かった。
それを堪えながら風上に向かって歩みを進める。人陰などは見当たらない。まぁ、当たり前だろう。こんな場所を乗物も無しに歩く人間など稀であろうから。
ツンドラの、針葉樹の蔭に身を顰める。袖口に仕込んだ細いセラミックのナイフを幹に突き立てて足場にし、幹を登る。そうして太い枝まで辿りつく。辺りを眺めると見渡す限り立派な杉の木が生い茂っている。方位磁石と地図を照らす。そしてコンパス…―更に北に三キロ弱。
そうして、樹木の枝から枝へと跳躍する、距離にして二メートル位か。着地、衝撃で枝が音を立ててしなるが、さらにその戻ろうとする力を利用して先へ先へと跳躍する。
俺の使っている戦闘服……スーツはかなり高度で特殊な機能を備えている。筋肉の働きを増強する機能や光学迷彩、暗視ゴーグルに耐熱断熱機能、その他諸々、正直魔術の扱えない俺にとっては生命線となるスーツだ。
しばらく跳躍を続けて、俺は再び枝に止まる。そこからは今まで続いていた樹木が綺麗に伐採されている、切り立った岩山の白い肌の亀裂の部分…―恐らくそこが採掘場への入り口なのだろう。雪が踏み均されて、アイスバーン状態になっている。それから入り口には見張りが二人、やや離れた所に五、六人と、こんな極寒の辺境、まさに自然の要塞と言った体の軍事産業施設にしては厳重に警備が敷かれている。(お偉いさんでも来てるかな?)
俺はスーツの光学迷彩をオンにする。光の屈折律を〔魔素〕によって機械的に螺子曲げるこの装置は、かなりのハイスペックだ。……一般支給品を俺が改造したからなんだが。
見張り達の死角になる位置にそっと着地する。さて、この雪に足跡を残さずにどう越えようか。施設の近く、兵士たちに気付かれないギリギリの位置まで近寄る。左腕に仕込んだワイヤーを岩肌の、所々除いている通風孔を狙って打ち込む。(勿論、心配性の俺はコイツにも光学迷彩コーティングを施しているわけで。)
カツン
小さな音でも静けさの中では何倍にも強調されて聞こえたのだろう。兵士たちが辺りを見回していたが気が付くはずもなく。自動リールを巻き上げて、俺はアッサリと施設の侵入に成功する。さてと現在地は……。通風孔に入ると俺は迷彩のスイッチを切り(バッテリーを食うのでね?)あらかじめ、リリィから手渡されていた竣工図面を広げ位置を確認する。
位置を確認した後、図面を再び折りたたみ口に咥えると、そのまま歩伏前進で狭い通風孔を這って行く。こういう時には身体が小さいというのは便利である。悔しいけれど。
所々ある金網から下の様子を覗き見る。スライド写真で見た通りの、研究者や、作業服を着た人間が忙しそうに動き回っている。目当ての物の性能とやらを把握しなければならない、とは言ってもこんな状態でのこのこと出て行く訳にも行くまい。いずれ夜が来れば、もう少しは静かになるはずだ。それまでに少しこの施設を把握しておく必要があるだろう。
更に通風孔を奥に奥にと這って行く。途中デスク風の部屋や手洗い場など通り過ぎる、暫く行くと急に通風孔の幅が広がった。どうやら製造ラインが近いらしい。金網からはベルトコンベアーや、プレス機のような物が雑然と並んでいるのが見えた。もう少し、詳しく見てみようと金網に顔を近づけた時、不意に人の声がして慌てて身を引いた。極力気配を消して様子を窺う。
「(私は、この様な物を…―聞いていない。)」
穏やかだが、その内部に憤りを押し隠したような、そんな言い方だった。やや高めの、男性の声だろうか。
「(ええ、そうでしょうね。私は貴方に伝えた覚えはありません。)」
もう一人、別の男の声が聞こえた。テノールの気取った物言い……。少し癇に障る。
「(だがしかし、これでは、これは重大な契約違反だ、帝国に知れたら……。)」
「(知れたら何だと言うのですか、何故私たちは独立を果たしてなお未だ、帝国に税を納めているのですか?何故私たちは彼らの為に労働力を割き、彼らの武力支配のための兵器を作り続けさせられているのですか?何故私たちは私たちの水源を彼らに折半し分け与えなければならないのですか、それも無償で……。可笑しな、これは実に可笑しな話だ、そうは思いませんか労働者諸君。)」
テノールの男が言うと、何処からともなく歓声が沸き起こった。(帝国、アルディアナの事だろう。)俺はその声の主を一目見ようと、光学迷彩のスイッチを入れると金網から下の様子を覗きこんだ。まず最初に目に飛び込んで来たのは燃える様な赤い髪、そして甘いマスク……そうだ、今朝方、塔のヴィジョンで見たあの男だ、幕僚長の…―。
「(今こそ、真の独立の時なのですよ。これはその、ほんの準備に過ぎません。そう、それは国民も望んでいる事なのですよ。)」
「(そうだ、俺たちは帝国に、恨みしか持っちゃいねぇ。)」
「(あの国に酷使され、この国に逃げてきた。)」
「(帝国は俺の故郷を滅ぼした。)」
「(あの砂漠の灼熱地獄での強制労働には、あの餓えた頃に戻るなんてごめんなんだ!)」
彼に扇動され、労働者達が口々に言った。
「(お解りでしょうか、これが、民意です。我々は今こそ、立ち上がるべきなのです。真に世界を解放する為に。)」
幕僚長は相も変わらず芝居じみた身振り手振りで訴えている。それに対して、わっと歓声が上がり拍手が起こる。
「(しかし……私は……。)」
「(あんたは帝国の人間だから、そんな事を言うんだろう。)」
もう一人の、最初に憤りを含んで幕僚長に抗議した彼が言い淀むと、労働者のうちの一人が言った。
「(無礼ですわ! あなた、その様な物言いをよくも……。)」
今度は甲高い女、と言うよりはまだ幼さを残した少女の声がした。その声の主が一目見たくて更に前に出る。艶やかなウェーブの黒髪、白い女性士官服を着た女性だ。彼女の顔を見る。長い睫に大きな黒い瞳、幼さの残る顔だが品のよい美人だ。やはりヴァローナには美人が多いのだろうか…。なんだかこの国の住民が酷く羨ましく感じてきたのだが…。
「(そうだね。ミコトちゃんの言う通りだね。けれど彼らには悪気は無いんだよ。それも、解ってあげて欲しいな。)」
「(けれども……それではセラナ様が…―。)」
彼女はそう言って、俯いて黙った。悔しいのだろう、アダムが差し伸べる手を軽く払った。中々どうして良い女だ、幕僚長殿はいい気味だ。俺はその様子に妙にスカっとして思わず顔がにやけた。いや、待てよ……今、何て言った? 俺は再び金網から下の様子を覗く。
「(私は……ただ、争いを、多くの命を失いたくないだけだ。)」
ぽつりと呟いた、その人を見て、思わず息を呑む。
陶器の様な滑らかな白い肌、煌く銀色の髪を肩まで垂らし、手足がスラリと長く、その痩身を真っ白な軍服が包んでいる。顔までは良く見る事が叶わないまでも、その雰囲気に圧倒される。これがヴァローナの皇王……破滅の、天使……。
頬を冷や汗が伝う。あの時の恐怖が蘇る。いや、それより何より、幕僚長にしろ、皇王にしろ、何故、そんな大物がこんな辺境にいるんだ? そう思いを巡らせながら更に身を乗り出した、その瞬間だった。
皇王……セラナは徐に自らの胸元に手をやった。そうしてこちらに何かを投げ放った。(え?)空気を切り裂く音に殆んど条件反射で体を捻っていた。何が起こったのかは、その物体を見て初めて判った。ソレは、コンクリートの壁にぶつかって、カラカラと音を立てて金網の上を転がった。銀製の……ボールペン?
「(セラナ君?)」
「(セラナ様どうかなさいまして?)」
幕僚長とミコトと呼ばれた少女が口々に言った。気取られた?! そんな馬鹿な…-。
「(いや……。)」
驚く二人に対して、言葉少なく彼が呟く声が聞こえた。
「(鼠……か、な。)」
(おいおい、冗談だろ?)未だに冷えきっている体を無理繰り動かして、更に先へと進んだ。彼が何故、何も行動を起こさなかったのかは分からないが、少なくともあの場は離れたほうが良いだろう。まさか本当に鼠だと思ったなんて事はないだろうしな…有り難くないことに。
ズリズリと這いつくばりながら、進む。行き止まりだ。図面を広げようとする手が震えていた。頭を振って気持ちを立て直す。再び下の様子を窺う。どうやらここは製作施設の一番端の方らしく、丁度大きな機械の陰になっているようだった。
更に先程視察に来た御一行を見物に、作業員達は行ってしまっているのだろう。人気は無く、周囲は静まり返っている。まぁ、実際、時刻的にも既に就業時間が過ぎているのだろう。工具や何かが奇麗に片付けられている。(これは、下りるチャンスかもしれないな。)
俺はステルス迷彩のスイッチを入れようとしてある事実に気が付いた。(俺、スイッチ切ってないよな…。)
俺は自分の手を見つめた。迷彩が入っていれば見えないはずの手が見えている。バッテリー切れかと疑い腰を探って愕然とした。バッテリーとスーツを繋いでいる配線が切れている。擦って磨耗したわけではない。あの時だ。あのボールペンは…―何て奴だ、俺は不意に笑いが込み上げてくるのを感じた。頬が弛む。ただの若様ではないって事かよ。けれど残念、詰めが甘かったな。まだ、俺はここで生きている。
俺は、通風孔の金網を抉じ開けて、そっと降り立った。このまま手ぶらで帰る訳にはいかない。戦闘狂、言い得て妙だ。俺はこの状況が愉しくて堪らないのだから。……しかしこの判断を俺は後々痛烈に後悔する事になる。
久々に伸ばした手足の開放感を味わいながら、壁伝いに気配を探りながら歩く。粗末なコンクリートと鉄筋の壁はヒンヤリとして、熱く滾った腹の底には丁度良い。外気温と室温の差が激しい為に薄らと湿り気を帯びている壁には所々パイプが走り、結露を集め流していた。
竣工図面からも読み取れるのだが、この施設は増設に増設を繰り返し行って来た様で、宛ら迷路の様に入り組んでいるようだった。所々で天井の高さも違う。迷いやすい構造ではあるが、逆を言えば逃げ易いという事だ。薄暗い非常灯と、手にした小型のマグライトの明かりを頼りに周囲を探る。ザクセンでは見る事の出来ないような精密な機械類がそこかしこに転がっている。
水滴の落ちる音が、シンと静まり返った空間に輪を描いて響いた。時折、通路の遠く奥から足音が木霊して遠ざかって行った。息を呑む、セキュリティシステムを念入りに調べてから、鉄製の分厚い扉の錠を細身のナイフでピッキングする。ガチリと鈍い音がしてノブが回る。身体の通るギリギリの隙間を開けて滑り込んだ…―。
薄青く、鈍く光る鋭利な翼、流線型のやたらと細長い胴体から伸びたそれは、狭い工場の中で窮屈そうに折り畳まれていた。小型の戦闘機、磨き上げられた機体は周囲の微々たる明りをも反射する。塗装の仕様から見て恐らくは俺のスーツと同じ魔素コーティングによる光学迷彩が施されているのだろう。そっと、翼に手を触れた。機体の先端下部には鉛色の機関砲が取り付けられ、比翼の下にはミサイル弾が収納されている。綺麗な戦闘機だ。
機体には小さな文字で「Ласточка《ラストーチカ》(燕)」と書かれていた。数枚、記録画像を撮りながら機体を中心に一周ぐるりと廻る。同じ機体が他にも二十機ほど、床に引かれたレールに沿ってズラリと並んでいて、そのレールサイドには橙色の誘導灯が取り付けられていた。その光景を見廻しながら先程の、連中のやり取りを思い出した。
「こんな物、聞いていない。」と、彼はそう言った。そう嘆きたくなるのも解らないでも無い。この光景を見れば、それが言い訳で済まされない事くらい、一目瞭然だ。まして彼の出自がアルディアナに縁があるとするならば尚更、それによる混乱、関係の悪化を嘆きたくなるのも頷ける。
機体を眺めていて一つ、気付いた事があった。この戦闘機にはタイヤらしき物が見当たらない。彼らはどうやってこれらを移動させるつもりなのだろう…それよりも何よりも、滑走無しに、どうやって飛ぶというのだろうか、そして着陸は……?
ヴァローナ皇国は前述した通り、その国土は巨大な塔だけだ、と言っても良い。勿論、これらの戦闘機を飛ばす為の飛行場を天候の安定しないそんな土地に作れるはずも無い。ザクセン諸島と違い周囲に海洋や湖面は無い筈だから、空母という線も無いだろう。
だとすれば、塔…-だが果たして塔に軍事飛行場を作ってどうするというのだろうか。効果が無いとは言えないが、広大なアルディアナを攻めようとした時に有効な拠点に成り得るのだろうか…答えは否だ。戦争で得た領土に飛行場を作るつもりか……だとしたら何故これらの戦闘機にはタイヤが付いていないのだろうか…-。
垂直離陸? 確かに機体を見るとそれ相応のエンジンが搭載されているように見えるが…。否、そもそもこの機体は純粋な爆撃機では無いように見える。と言う事は対地専用攻撃機では無いという事だ。(守るべき対象となる大型機が他にもあるという事か…。あの塔が爆撃やミサイルなんかで簡単に崩壊するとも思えないし、おそらくザクセンと同じように防御シールドが張られているであろうし…。)
まさか……ね。
とある仮説を立ててみて自分で「在り得ない」と否定して頭を振った。タイヤの付いていない戦闘機と、滑走レールのあるこの工場、天井のパワーアーム。振り返れば今しがた侵入した扉の内側には更に開け放たれたままになっているもう一枚の、通用口にしては大げさなほど、随分と間口の広い鉄製の分厚いゲートがある。
ぞっとして、飛びのいた。国土の上空に強固なシールドを持つザクセンにとって「制空権」なんて、今や何の脅威でも無い。だが、それを持たないアルディアナにとって、「空」は驚異だ。勿論、対空防御策を持たない訳では無いのだろうが。逆に、地上にまともな領土を持たない彼らにとって、陸地を進軍する事ほど難しい事は無い、ならば攻めるべきは空、彼らの領土は空、そのもの。何だ、面白いじゃぁないか、なかなか、どうして。
この工場は「張子の虎」だ。だからこその「聞いていない」……それでこそ、新興国、それでこその独立国、その為の従属、カモフラージュ。あの幕僚長、なかなかの策士だ、だが甘い。平和惚けし過ぎだ、この国は。なんせ侵入を許してしまっているのだから、この俺の、ね?
よろしければご意見ご感想等お聞かせください。
今後の活動の参考とさせていただきます。
ИСТИНАサイト(イラスト・設定等)
更新通知を登録
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。