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クラウス……怖っ!
第3章
第三章【黄昏の夜鷹】(3)
「市街地での被害が集中しているな。」
「まぁ現実的な話だ。俺だってそうする……この周辺の拡大地図はあるか?」
「こちらです。」

 差し出された地図を更に広げ、その上に先程のスケッチのうち範囲に該当するものを再び照らし合わせていく。

「ベルディアのパン屋がココだろう、だからコレは、ああ向きが逆か。」
「この道はルクセンド通りの事か、だとしたらこう……かな?」

 シュワルツのスケッチは、当人が市街地を迂回するようにここまで来た為に遠景ではあったが、建築物の高さと特徴など地図では読み取れない部分を示すには十分であった。彼はそれらを眺め暫く黙っていたが、やがてポイントを数か所に絞った。

「大方、この辺りが狙撃ポイントになっているだろう。まぁいつまでも同じ場所に潜んでいるとは思えないが、それでもこの周辺3㎞以内で移動しているだろうな。今までの被害を見ると。」

 彼が兵士に語りかけると彼らは一歩前に出て答えた。

「我々もそう読みまして、その周辺地区は警戒を強化しているのですが、見つからないのです。一向に被害は増えるばかりでして。」
「痕跡は?」
「さすがに我々でも、それを逃す程は落ちぶれておりません……。仲間が実際に死んでいるのですから尚の事……。」

 兵士の内の一人が言って眼を背けた。シュワルツは黙って腕を組んだ。そうしてニヤリと笑った。

「しかしこいつは中々、痺れる相手じゃぁないか。」
「そうなんですか?」

 退屈そうに指で〔糸〕をもてあそんでいたクラウスが聞いた。

「被害報告は聞いた。なんでも皆即死だとか。」
「その通りです。」
「しかも全員が全員一撃で脳をやられている。この遮蔽物の多い街中で一般人を巻き添えにする事無く、だ。敵は結構な腕前って事だろう? 恐らくこいつは反政府組織の連中の仕事じゃぁ無い。勿論奴らの中からも何人か狙撃をしようとしている奴らがいるかもしれないが、それでの被害はまだ出ていないだろうな。」
「なんだ、その位皆当たり前のように出来ると思っていましたよ。」

 クラウスがニコニコと笑みを湛えて言った。

「それは“餌”があれば、可能だろうが……。例えばこの3件目の被害ケースを見てみろ。これなんか同時に二人が殺られているだろう? 自分の連れがどこからか狙撃されたとしたら、お前ならどうする?」
「警戒しますね。」
「そうだろう、それなのに二人目もやはり一撃でしかも同じ個所を、だ。どう思う?」
「くだらない拘りですね。そういうの命取りになると思うな。」
「そう言う事を聞いているのではなくてだな。」

 クラウスのマイペースな問いに、少しシュワルツが苛立ちを感じている事を察して俺は慌てて二人の会話に割って入る。

「つまり、存在に気付かれ警戒している敵をも一撃で脳天を打ち抜けるだけの腕前があるって事ですよね。」
「いや、警戒される前に撃ってるって事だ。」

 シュワルツは再び腕を組んで黙った。一方のクラウスは「温いよねぇ、そういうの。」と相変わらずの笑顔で言っていた。だから俺はこの人が苦手なのだ。苦手と言うか、その……怖い。

「ならば周辺5㎞を探れ。老いぼれても出来るだろう、貴様ならばその位。」

 それまで黙って、どこか愉しそうにやり取りを聞いていたリリィが言った。

「だから、爺扱いするな。協力しないぞ、本当にもう……。」

 不満そうに呟きながらシュワルツはテントから表に出た。そこで一度伸びをして、そうして溜息と共に大きく脱力して前かがみになった。そのままの体勢で「なぁ、本当にやらなきゃダメか? 疲れるのだが。」とぼやく彼を見たリリィが傍らに居たクラウスに耳打ちをした。彼はそれを聞いて頷くと手を小さく動かした。とたんにシュワルツが、何かに“操られた”様に背筋を伸ばす。

「あっははは!良い様だ、老兵。まだ背筋が伸びるではないか。その方が若く見えるぞ!」

 その様子を見て大笑いをするリリィには何も言わずに、シュワルツはその鋭い視線でクラウスを刺すように睨んで言った。

「…っ! クラウス、無礼だぞ、お前……。」
「いえねぇ、リリィ上官は上官ですから。上官命令ですから?」

 言いながらクラウスは更に指を小さく動かした。するとシュワルツがこちらに向き直り敬礼をする……ああ、完全に〔糸〕に操られている…気の毒な事だ。彼のこめかみにはくっきりとした青筋が浮かんでいたが、それでもどうにも出来ないらしい。ついに観念したのか彼は叫んだ。

「やります、謹んでやらせていただきます、だからどうか、自由にしてください上官殿!」
「結構だ! クラウス。」
「はい。」

 解放された彼は一度どっとその場に倒れ伏すと、暫く死んだように動かなかった。その肩が小刻みに震えていたが、誰もが見て見ぬふりをした。彼は哀愁を背負いながら腕の力だけで状態を起こし埃を払うと、再び溜息を吐きそうして駐屯地の中央辺りまで、とぼとぼと歩いた。皆彼の後をぞろぞろと追った。

 成程、道中この背中をずっと見せ付けられたなら、彼を“老兵”と罵りたくなるのも頷ける。どんよりと何かが纏わりついたような猫背は彼を実際の年齢よりも一層、老けさせていた。

「この辺りで良いか。」

 駐屯地の一番遮蔽物の無い場所まで来るとシュワルツは振り返ってリリィに言った。

「駐屯軍の兵士達は今どうしている?」
「先程私が一か所に集めておいたぞ。その一角だけは外してくれ。」
「準備が良い事で、相変わらず。」

 シュワルツは再び俺たちに背を向けると、大きく息を吸って眼を閉じた。手を翳し風の向きを確かめる。

「始まるぞ。」

 リリィがニヤリと笑って更に言った。

まさぐられるから覚悟しろ。」


 瞬間…―。


 “何か”が身体の中を通り過ぎた。小刻みな振動…―としか例えようのない、非常に不快な“何か”が通り過ぎて行った。胃を直接揉まれる様な感覚に吐きそうになって、思わず口を手で押さえる。横を盗み見ると、クラウスも胸元に手を当てていた。それでも笑みを崩してはいなかったもののその頬を汗が伝う、ジルは案外平気そうに腕を組んで立っていた。まぁ、こいつの場合は強がりかもしれないが…―。

「ふふん、この不快感も久しぶりだ。」
「……。」

 視線だけでリリィに訴えると彼女は意外そうに俺を見た。

「何だ、お前あいつの弟子なのに見るのは初めてか?」
「…―。」
「あぁ~…じゃぁキツイだろう。この至近距離で受けたら。クラウスも初めてか。」
「いえ、僕は一度だけ体感した事がありますが、その時は今より距離があったので。」
「ジル、お前は平気そうだな?」
「ああ、右手が異常に痺れてはいるが、問題無い。」

 よく、眼を凝らして見れば、シュワルツの周囲には青白い光の帯が薄らと舞っている。その光の帯に掌をかざし、彼は集中して何かを探ろうとしているかのようだった。

「所謂アクティブソナーだよ。」

 リリィが言った。

 アクティブソナー……あぁ、成程。そう言えば彼は〔振動〕をコントロールする事が出来た筈だ。そういえば彼の下で武術を学んでいた頃、嫌がらせを受けたっけ? 足もとの空気の層(に含まれている〔魔素〕)を振動させられる、遠巻きな足掛け技を……。そんな事を思い出していると、シュワルツの周りの光の帯が急速に収束して彼の掌に集約される。

「返しが来るぞ。」

 リリィが叫ぶ。振り向こうとしたその瞬間、再び先程の不快感が襲った。今度は三半規管がイかれたように視界が揺らいだ。平衡感覚を保てなくなり膝を付き、耐えかねて俺はその場で吐いた。


「大丈夫?」

 遅れてテントに戻った俺はクラウスの労いの言葉と、ジルの無言の嘲笑に受け入れられた。それに片手を上げてこたえて席に着く。シュワルツは黙々と地図上に何かを書きこんでおり、リリィは一度ちらりと鋭い眼で俺を見たがすぐにその視線はシュワルツの描く記号へと戻された。「使えない奴」と思われただろうか。

「位置は粗方掴んだのだが…。」

 シュワルツは言って俺たちの方に地図を回転させて向けるとポイントを指で指しながら言う。

「ターゲットと思しき者が潜んでいそうなポイントが絞り込めなかった。……これらのポイントには現地の反政府組織の者が居るのか、ターゲットがいるのか、はたまた、ただ遊びで子供が隠れているのかはちょっと見当がつかない。すまない、やはり大陸側は〔魔素〕の濃度が薄くてイマイチ掴みにくい。取り敢えず、狙撃のポイントになり得る廃屋で不自然に人が居る個所のみは洗い出せた。」

 地図上には青いマーカーで、点が6か所程示されていた。その横には細かな癖字で、人影を感知した階層や、その時に感じた事など注意点が書き込まれている。6か所…ポイントは多いが、だが範囲から点に絞り込めただけで仕事は大分やり易くなるはずだ。

「6か所ですか……。」

 クラウスがぼやいて腕を組み仰け反った。

「この中で貴様が、いや貴様ならば何処を取る?」

 リリィが葉巻の煙を吐きながら言った。

「俺ならば、そうだな。俺が潜むとしたならば。」

 シュワルツは眉間に皺を寄せて暫く考え込んでいたが、やがて地図上の二か所を無言で指した。


 日が沈むのを待って、俺たちはそれぞれ行動に出た。クラウスとジル、俺と遅れてギリギリ到着したシャムがそれぞれツーマンセルで動く。最優先のポイントは先程シュワルツの指した2か所、確認後、ターゲットの無い場合には残りの4か所に赴く。クラウス達はメインストリートを挟んで東側3か所、西側が俺たちの担当だ。各チームが本部に待機するシュワルツと連絡を取り合いながら行動する。敵狙撃手の観測範囲に入り込まない様に迂回ルートをあらかじめ設定し、それに沿ってポイントまで行かなければならない為、本来ならば大した距離がある訳ではないが、非常に大回りとなる。移動にかなり時間を取られそうだった。

「それにしても、不思議だよねぇ。」

 黒い防刃グローブを嵌めながらクラウスが呟いた。ブーツの紐を結びなおしていた俺は必然的に立っているクラウスを見上げる形になる。

「何がです?」
「さっきの…―ほら、シュワルツ氏がスキャンした時。」
「先輩が吐いたって奴ですか?」

 シャムが頬を擦りながら、横から会話に割って入ってきた。彼は先程から頻りに自分の左頬を手でさすっていた。その頬は時間だ経つにつれて腫れてきており(十中八九リリィの制裁を喰らったのだろうが)痛々しかった。だがこれだけ遅れて到着したのだから自業自得だ。因みに遅刻の理由は「泥地にはまって……。」だそうだ。その為彼は到着早々挨拶もそこそこに、水で愛車を洗い流していた、そこを丁度ミーティングを終えたリリィに見つかってしまったのだから、まぁ、この後の展開は述べるまでもないだろう。

「吐いた……ってあんまり言うなよ。」
「だって事実じゃぁないですか。」
「死ね。」
「あぁ、酷いんだから。」

 シャムは腫れた頬を更に膨らませて拗ねて見せた。俺はそういうシャムを無視して視線でクラウスに先を話すように促した。クラウスは良いのかと言う様に一度シャムを見遣って首を傾げたが、俺が頷くと更に続ける。

「シュワルツ氏のアレは、言ってしまえば大気中の〔魔素〕を振動させて、その返しで色々な物を掴んでいる訳でしょう。」
「まぁ、実際はそんな単純では無いのかもしれませんが、簡単に言えばそうですね。」
「だから、僕達は気分が悪くなったじゃない。体内の〔魔素〕がコネクトしている大気中の〔魔素〕の振動を受けて。だからリリィ女史は他の隊員を一か所に集めて、そこだけはスキャンしない様に言っていた訳でしょう。」
「そうだと思いますけれど、それが何か?」

 靴紐を編み上げて、その結び目を中に押しやり俺は上体を起こしてクラウスを見た。クラウスは一瞬、ほんの一瞬だけ珍しく笑みを消して俺を見た。ひんやりと冷たい青味がかったグレーの瞳が覗く。

「だって、キリト君は、〔魔素〕とコネクト出来ないじゃない。」

 そのプレッシャーに圧倒されて返す言葉も無く唾を呑むと、クラウスは再びいつもの笑顔に戻って「だから、不思議だなって思ってさ。」と、それだけ言って彼はテントを後にした。

「やっぱ、何か怖いですよねぇ、クラウスさん。」

 シャムがボソリと呟いた。

「良い人だけどね。」

 俺も言って頷く。「寒い。」シャムが言って鼻を啜った。シンと静まり返ったテントの中は、夕闇のオレンジに薄く染められて、天幕の隙間から差し込む橙が、テーブルやベンチをなぞり凹凸を模った。その光の指す先ではジルが腕組みをしてテントの骨に軽く寄り掛かる様にして眠っていた。恐らく本気で眠っている訳ではあるまい。仕事の前に体力を温存しておこうという所だろう。

 砂地は昼と夜の寒暖の差が激しい。昼間は照りつける日の光で熱く蒸すのに対して、夕暮れから夜半にかけてはどことなくひんやりと冷たかった。ここは、どんなにザクセンと近くてもやはり大陸で、本島とは違うのだという事を再認識させられる。

「そろそろ、行きますか。」
「そうだな。」

 シャムと俺は同時に立ちあがる。天幕を擡げると、より一層濃い橙が目に痛い。背後で衣擦れの音がした。ジルが起きたのだろう。

「さあ、戦争の時間だ。」

 言って俺たちは互いに見合わせニヤリと笑った。
よろしければご意見ご感想等いただけますと幸いです。筆者が「私は今も昔も金星人だ。それ以上でもそれ以下でも無い!」と多摩川の橋の下で奇妙な宣言をしつつ、喜びのあまり、皿を片っ端からパンに変えるだけでは飽き足らず多摩川をぶどう酒に変えつくす事でしょう。
ИСТИНАサイト(イラスト・設定等)
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