黒羽快斗は語る
なんだあ?
魚がどうして嫌いかだってえ?
別にいいじゃねえか、そんな事どうだって。
体にいい?
魚喰わなくっても人間死にゃあしねえんだよ。
ああ、もう、うるせえなあ。
判ったよ。
本当は、思い出すのも嫌なんだけどよ、
俺が、魚を、でえっ嫌いになったわけを教えてやるよ。
アレは、俺が、3歳くらいの時かな。
親父のショーの練習場所に遊びに行ったんだ。
珍しいもんが一杯ある中に、でっけえ水槽があった。
そうそう、脱出マジックに使うあれだよ。
そいつの中に見たことの無い魚がうじゃうじゃいてな。
無邪気な俺は珍しい魚に
おやつに持ってたパンをやろうとして
そのまんま水槽に落っこちまったんだ。
おい、笑ったな。
ああそうさ、もちろん、まだ泳げなかったから溺れたさ。
でも、溺れたから、魚が嫌れえになったわけじゃねえよ。
その水槽にいた魚って言うのが「ピラニア」だったんだよ。
そう、アマゾン川で牛をあっという間に
骨にしちまうって言う肉食魚さ。
何で、そんなもん?
親父が、新しい脱出ショーで使うつもりだった・・・
らしいけど、今となっちゃ判らん。
とにかく、親父が、すぐにすくい上げくれて助かったがな、
ピラニアの奴、水から出されても
俺の体に山ほど喰い付いて離れようとしなかったんだぜ。
そんな経験をした俺に、お前は魚を喰えと、言うのかよ。
寺井 黄之助は語る
ぼっちゃまの魚嫌い。
誠に重症でございます。
ピラニア?
いえ、そんな話は、盗一様から伺った事は
ございませんが・・・。
ぼっちゃまが、魚嫌いになったのには
ちゃんとした理由がございます。
これは、誠に私の思慮の無さから、としか言い様の無い事で、
ほんに、この寺井、後悔してもしきれませぬ。
そう、あれは坊ちゃまが、まだ3歳くらいの
時だったでしょうか?
盗一様は海外公演へ出かけられました。
いつもなら、私もご一緒するのですが、
その時は、奥様が、体調を少々崩してご入院されました。
そこで、私は、盗一様より、奥様とぼっちゃまのお世話をするよう
申し付かっておりました。
さて、ぼっちゃまとお家で過ごしていたある日の事です。
盗一様の後援者の方から、
大きなマグロが届けられたのでございます。
誠に見事なマグロでして、
マジシャン仲間、隣近所に配っても
まだ余りあるほどのものでした。
はい、私が解体いたしました。
青子様も、お父様とご一緒に見物においででしたよ。
ああ、覚えてはおられませんか。
ぼっちゃまご一緒にと
目を輝かして私の包丁さばきを
ご覧になっておられました。
さて、その晩の事。
夕飯のおかずは、マグロのお刺身でした。
ぼっちゃまは大喜びでマグロを召し上がっておられました。
そう、いささか、3歳の子供が食べるにしては多すぎるほど。
私は、止めようと致しました。
奥様がいらっしゃれば、必ずお止めになったでしょう。
しかし、実に哀しい瞳でこちらを見つめられると
この寺井どうしても、止める事が出来ず
ぼっちゃまが満足なさるまでお刺身を差し上げたのでございます。
その結果、
真夜中、ぼっちゃまは、激しい腹痛と嘔吐で、七転八倒の苦しみ様。
私は、急いで、病院に運びましたが、
もしぼっちゃまに何かあれば、この皺腹掻っ切るつもりで
一晩中病院の廊下ですごしました。
幸い、病院の方々のご尽力のおかげで
お体は、見る見る良くなったのですが
ぼっちゃまは、それ以来、魚というものを、食べるのも
見ることさえ、拒絶されるようになってしまわれたので
ございます。
本当に、私の浅はかさから、ぼっちゃまにも、
奥様にも、青子様にも、甚大なご迷惑を・・・
え?
しかし、将来お家でお食事を作るのにも、
魚が使えないとなるとメニューが・・・。
ったあ・・。年寄りを力いっぱい
はたかないでくださいませ。
そうでございます。
青子様のおっしゃるとおりでございます。
ほほ、若いという事は・・・
うっ・・・、御願いですから、背中を、はたくのは
おやめくださいませ・・・。
黒羽快斗の母親は語る
マグロの刺身にあたった?
ウ〜ン、そんな事があったかしらねえ。
寺井さんは、つまらない事を大げさに記憶するくせがあるから。
快斗の魚嫌い?
理由は、はっきりしてるのよ。
ピラニア?
違うわよ、絶対。
え?どうして、快斗が嘘ついたかって?
そりゃ、ほんとの理由が恥ずかしくって話せないからに、
決まってるじゃないの。
でも、青子ちゃんには教えてあげる。
快斗が3歳くらいだったかしら。
今でも、だけど、あの子はいたずらが大好きでね、
あの人の、マジックの道具を持ち出しては
めちゃくちゃにしてたのよ。
何回怒られても、こたえなくって。
ある日、そう、子供の日の近くだったわ。
あの人が、幼稚園で園児に見せるマジックのために
特別に準備していた、『鯉のぼり』、
それを持ち出して、どろどろに汚してしまったの。
そこで、あの人は快斗に言った。
「今度、この『鯉のぼり』にさわろうとしたら、
こいつは、お前を食べてしまうぞ。
私が、そう、魔法をかけたからな」
魔法、って言うのは、快斗を怖がらそうとした
あの人の嘘だったんだけど・・・。
それから、あの人と、寺井さんは、幼稚園での、
子供の日マジックショーの打ち合わせで、出かけていった。
快斗も、自分の部屋で大人しくしてるな、と思ってたら、
凄まじい泣き声で、マジックの備品倉庫から泣きながらころがり出てきたの。
その体には、鯉のぼりがすっぽり、はまり込んでた。
う〜ん、その場を見ていないからどうしてそんな事になったのか
私にも良くは、わからないんだけど。
多分、あの人の嘘だと思って、大事にしまいこまれた
鯉のぼりに、性懲りもなく手を出そうとしたのよね。きっと。
ところが、快斗がいたずらしようとしたら、たまたま鯉のぼりが
上から降ってきたのかしら。
で、ばさりと上からかぶってしまった、と。
快斗は、必死で、鯉のぼりから逃れようとするんだけど
どうしても、抜け出ないのよ。
一見普通の鯉のぼりに見えるけど
中には、色んな仕掛けがしてあるから
力任せに、ひっぱって、壊してしまうと
公演に、間に合わなくなるし。
快斗は、暴れまくって大人しくしてくれないし。
苦労して苦労して、何時間もかかって、
私は快斗を鯉のぼりから引きずり出したの。
それからよ、快斗が、お魚がだめになっちゃたのは。
あ、快斗に私から聞いたなんて、言っちゃダメよ。
小泉紅子は語る
黒羽君?
そう、魚が嫌いなの。
理由?
そうね、良かったら占ってあげましょうか。
不思議?
これは、わが一族に代々伝わる水晶玉でね、
私の知りたいことを何でも教えてくれるのよ。
・・・そう、なるほどね、そんな事が・・・。
ええ、もちろん教えてあげるわ。
でもその前に。
中森さん、今日のお弁当のおかずは?
塩鮭。
だったら、このお話はお弁当のあとの方がいいわね。
え?
だってお弁当が食べられなくなったら、中森さん困るでしょ。
そう、そうね。
こういうことは、本人がしゃべる気になった時に
本人から、聞くのが一番よ。
じゃあ、中森さん、ごきげんよう。
面白いお話聞かせていただいて感謝するわ。
(終り)
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